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Get So Hell?
後編5
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佐藤はおろかミツにしても、当時の者たちの情報や居場所には一切触れなかった。
途中からなんとなく、言わないだろうなと感じ墓すら聞いていない。
『…俺たちは生き残ってよかったのかねぇ…』
空を見上げてみた。朝から晴天だ。
師は紅い血だったけれども、本当に俺の血は赤いんだろうかと、考えるくらいのもの。多分相手は答えなど求めていなかっただろう。
今ここにいるのなら良いも悪いもないとは、言ってやりたかったが。
「……俺たち?」
そういえば佐藤の向かった方、「海軍兵学校の…」とは…恐らく勝麟太郎のことだ。会ってすぐと去り際に、そんな事を気遣ってくれて…。
言うなれば佐藤と自分は『似たものを持ち合わせた他人』でしかない。
話の殆どが沖田と土方と翡翠…つまりは自分ではない当事者たちのものだ。それ以外を話すつもりもないだろうという無意識な「圧」も感じた。
言葉少なで、聞く姿勢だった佐藤とミツには、京での“新撰組”の話をしたのみだ。仲間意識や交友とは違う、そこに入れてなんていない気がする。
まぁ、気にしだしたらどうにもだが…深く考え込む程でもないこと。
頭を切り替えよう。
今度は善福寺に寄ろうか…。
懐古巡業だとすれば、この地で世話になったところはあと、そこしかない。
自分が京を去ってから…というか、翡翠の嫁の父親と寺主の逝去以来、やり取りは途絶えた。故にそれからを知らない。
…本当に巡業していいのなら、まぁ、一度くらい京に帰っても…いや、やはりそのつもりはない。
自分はあそこを捨てたから。
区画案の予定地図を取り出す。
…まだこうじゃない訳で…試衛館、近かったんだな…。
…あ、本当だ。牛込󠄁區の端っこ、勝麟太郎になってる…ここは豪商の集まりなのか…。
善福寺…あぁ、当時はそうか、武蔵の領地か…え、どこだ一体。
辿り着ける気がしないが、ふっと浮かぶように思い出した。
あそこはひたすら農村地帯だったのと、自分が塾なんてものをやっていたものだから、何かの拍子に開拓案だとか…言われたことがある…そう、今年の学制の話だ。
宿があるほど発達はしていない村だったが…あの寺は水源を持っている。つまり端に端にと歩けば、なんとか着くのではなかろうか。
現地付近で村人に聞いてみようか…あそこ、すごく複雑なんだよな…。
まぁ、でも正直“東京府”よりもあちらの方が土地勘はある。
地図で見たところ千葉道場は東京府の端にあった。
そうかあいつは毎日早起きで…よく通ったもんだ…。
実際あいつは寺のあれこれを覚える間もなかったし、だからか、結局免許も皆伝じゃなかった。殆ど歩いてたんじゃなかろうか、なんならたまに遊び歩いてたんじゃないか…有り得る。
嫁さんともどうやって交流をと、当時疑問だった。
行きは丁度朝支度でバタバタしていて顔を合わせ、帰りは夕支度で顔を合わせ、だったんだろうが、そのくせ花街へ出歩いたよなぁ…と思い出す。そういやヤケにあいつは詳しかった。
曹洞宗の教えに“不邪淫戒”…快楽でなく誠実に男女愛を育めという、驚きの教えがあった。
幾ら真言宗の対派、天台宗の流れを汲むとはいえ、天台宗だって、元は般若心経の捉え方の違いで真言宗と分裂したという背景があるからして…緩かったけどなんか行事はそう言えば面倒だったんだよな、経典も多かったし…。
その分確かに、元は他宗派だったという小姓もいた。つまりとても“グローバル”な感じだった気がする。戒律も殆どないし。
…まだあるといいけどな…法案のひとつで、神社仏閣の維持は厳しくなっている。
籍を政府へ奉還しているのだから、寺がそれに関与することはなくなった、つまりあとは「信仰心や自尊心」ばかりが強くなければ立ち行かない。
あそこは、水源が綱となるかもしれない。そうでもしなければなかなか残るのはキツイ。
…考えることが無くなった…あれ、まだ長いな…。
てゆうか試衛館の方があいつ、間違いなく近かったんじゃないか?
…それも過去の話だが。絶対昔よりこの…拓けた道を眺める。
あれ、うーんどの辺かわからないがまだ政府領地が見えるし絶対東京府を抜けていない、昔より今の方が歩きやすい筈だけど…。
曹洞宗か…もう一回坊主もあり…いや、やめよう、辞めたのだから。
ただ、元から何も目標がなかった分、政府にいて果たして「心豊か」かといえば、今のところそれはない。
如何に穏健に生きていたかとは、農民紛いとして北上するまでに痛く感じた…と思う。生きる場所を探さねばならなくなった時期は、結構堪えていた…。何が、というのは思い出せない気がするが。
間違いないのは、今やっと落ち着いた生活の筈なのに、こうしてバタバタしているということ。
まぁ、これも贅沢な悩みだ。普通は佐藤のように疲れきるだろう。
…だからより、なんだよなぁ…。
置いてきたひとつの中に、相続について「自由」とだけ書いておいた…。
…無責任にも程があるな…、自分を軽蔑しそうだ…。
互いにわかっていたと思うけれど…あれからを考えると「自由」だなんて、そんな幻想は地獄だ。僅かな物しか持って行かなかった自分がそうだったわけだし…。
例えば残った物を全て売却していたとしても、恐らくキツかっただろう…。
例え上手く…いや、結果、無理だな。今や問答無用で政府に全てを持って行かれているだろうから。
ああ、悔いても何も変わらないがホンマに俺はどういう事なんだよ、気がどうかしてたよアホだよ鳥頭だよ……っ!
これすら贖罪は「空」かね、都合がいいなぁ、神さんは…。
途中からなんとなく、言わないだろうなと感じ墓すら聞いていない。
『…俺たちは生き残ってよかったのかねぇ…』
空を見上げてみた。朝から晴天だ。
師は紅い血だったけれども、本当に俺の血は赤いんだろうかと、考えるくらいのもの。多分相手は答えなど求めていなかっただろう。
今ここにいるのなら良いも悪いもないとは、言ってやりたかったが。
「……俺たち?」
そういえば佐藤の向かった方、「海軍兵学校の…」とは…恐らく勝麟太郎のことだ。会ってすぐと去り際に、そんな事を気遣ってくれて…。
言うなれば佐藤と自分は『似たものを持ち合わせた他人』でしかない。
話の殆どが沖田と土方と翡翠…つまりは自分ではない当事者たちのものだ。それ以外を話すつもりもないだろうという無意識な「圧」も感じた。
言葉少なで、聞く姿勢だった佐藤とミツには、京での“新撰組”の話をしたのみだ。仲間意識や交友とは違う、そこに入れてなんていない気がする。
まぁ、気にしだしたらどうにもだが…深く考え込む程でもないこと。
頭を切り替えよう。
今度は善福寺に寄ろうか…。
懐古巡業だとすれば、この地で世話になったところはあと、そこしかない。
自分が京を去ってから…というか、翡翠の嫁の父親と寺主の逝去以来、やり取りは途絶えた。故にそれからを知らない。
…本当に巡業していいのなら、まぁ、一度くらい京に帰っても…いや、やはりそのつもりはない。
自分はあそこを捨てたから。
区画案の予定地図を取り出す。
…まだこうじゃない訳で…試衛館、近かったんだな…。
…あ、本当だ。牛込󠄁區の端っこ、勝麟太郎になってる…ここは豪商の集まりなのか…。
善福寺…あぁ、当時はそうか、武蔵の領地か…え、どこだ一体。
辿り着ける気がしないが、ふっと浮かぶように思い出した。
あそこはひたすら農村地帯だったのと、自分が塾なんてものをやっていたものだから、何かの拍子に開拓案だとか…言われたことがある…そう、今年の学制の話だ。
宿があるほど発達はしていない村だったが…あの寺は水源を持っている。つまり端に端にと歩けば、なんとか着くのではなかろうか。
現地付近で村人に聞いてみようか…あそこ、すごく複雑なんだよな…。
まぁ、でも正直“東京府”よりもあちらの方が土地勘はある。
地図で見たところ千葉道場は東京府の端にあった。
そうかあいつは毎日早起きで…よく通ったもんだ…。
実際あいつは寺のあれこれを覚える間もなかったし、だからか、結局免許も皆伝じゃなかった。殆ど歩いてたんじゃなかろうか、なんならたまに遊び歩いてたんじゃないか…有り得る。
嫁さんともどうやって交流をと、当時疑問だった。
行きは丁度朝支度でバタバタしていて顔を合わせ、帰りは夕支度で顔を合わせ、だったんだろうが、そのくせ花街へ出歩いたよなぁ…と思い出す。そういやヤケにあいつは詳しかった。
曹洞宗の教えに“不邪淫戒”…快楽でなく誠実に男女愛を育めという、驚きの教えがあった。
幾ら真言宗の対派、天台宗の流れを汲むとはいえ、天台宗だって、元は般若心経の捉え方の違いで真言宗と分裂したという背景があるからして…緩かったけどなんか行事はそう言えば面倒だったんだよな、経典も多かったし…。
その分確かに、元は他宗派だったという小姓もいた。つまりとても“グローバル”な感じだった気がする。戒律も殆どないし。
…まだあるといいけどな…法案のひとつで、神社仏閣の維持は厳しくなっている。
籍を政府へ奉還しているのだから、寺がそれに関与することはなくなった、つまりあとは「信仰心や自尊心」ばかりが強くなければ立ち行かない。
あそこは、水源が綱となるかもしれない。そうでもしなければなかなか残るのはキツイ。
…考えることが無くなった…あれ、まだ長いな…。
てゆうか試衛館の方があいつ、間違いなく近かったんじゃないか?
…それも過去の話だが。絶対昔よりこの…拓けた道を眺める。
あれ、うーんどの辺かわからないがまだ政府領地が見えるし絶対東京府を抜けていない、昔より今の方が歩きやすい筈だけど…。
曹洞宗か…もう一回坊主もあり…いや、やめよう、辞めたのだから。
ただ、元から何も目標がなかった分、政府にいて果たして「心豊か」かといえば、今のところそれはない。
如何に穏健に生きていたかとは、農民紛いとして北上するまでに痛く感じた…と思う。生きる場所を探さねばならなくなった時期は、結構堪えていた…。何が、というのは思い出せない気がするが。
間違いないのは、今やっと落ち着いた生活の筈なのに、こうしてバタバタしているということ。
まぁ、これも贅沢な悩みだ。普通は佐藤のように疲れきるだろう。
…だからより、なんだよなぁ…。
置いてきたひとつの中に、相続について「自由」とだけ書いておいた…。
…無責任にも程があるな…、自分を軽蔑しそうだ…。
互いにわかっていたと思うけれど…あれからを考えると「自由」だなんて、そんな幻想は地獄だ。僅かな物しか持って行かなかった自分がそうだったわけだし…。
例えば残った物を全て売却していたとしても、恐らくキツかっただろう…。
例え上手く…いや、結果、無理だな。今や問答無用で政府に全てを持って行かれているだろうから。
ああ、悔いても何も変わらないがホンマに俺はどういう事なんだよ、気がどうかしてたよアホだよ鳥頭だよ……っ!
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