Get So Hell? 3rd.

二色燕𠀋

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飛車

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 ウチだけなんだよな、まだ魂抜きもしていないのは。遺髪を最近、やっとここに埋めた。

 かたんと側で音がしてハッとし、墓石を磨く手が止まった。
 翡翠宅に刺してあったあの錫杖刀が倒れたようだ。どうやら…土に埋まっていた半分くらいが、錆びたらしい。

 そりゃぁそうか、何年だったか。しかし、よく持ったな…。

 さてどうしようかと立ち上がった時、「トキさん」と、翡翠が呼びにきた。
 刀をチラッとは見たが、「珍客です」と、それには触れずに報告してくる。

 何奴だ…こんな、もう九割九分潰れた寺になど。檀家も周知の事実だし、付近住民も奉行も知っている。
 最近は賽銭や謎の、布施なのか食べ物などは確かにあるが所在は不明…と言うことは…。

「…まず触れるか触れないかを聞いて良いか?」
「あー、触ると痛いかもしれへんね」
「……そっちか、」

 廃寺荒らしか寺荒らしかのどちらか…。最近翡翠はその対策として、賽銭箱の前に苦無をぶっ刺した案山子かかしを作った。
 驚くことにその案山子にはたまに藁人形が刺さるようになり毎日何かしらのお焚き上げ状態、お陰で魂抜きが少しだけ順調に進んだとも言えるが…生きた人間の方が怖いものだ。

 しかし、「客」ということは知り合いだ…。どのみち嫌な予感しかしない。

 仕方がないと腰を叩きながらのろのろと向かえば、賽銭箱の側には痩せこけたざんばら頭が酒を呷り「なんだいこらぁ、」と、案山子を見て笑っていた。

「…高杉晋作!?」

 声を聞いて漸くわかった。

 案山子を眺める高杉は「あん時のお前さんみたいだな」と笑っている。頬のこけがより目立った。

「えっ、」
「失礼な。ぶっ刺したのはあんたを、ですえ、高杉さん」

 そう軽口を叩きつつも…翡翠もやはり、浮かないような懐かしむような、心配のようなものが滲んでいるように見える。

 随分と、覇気が亡くなったものだ。

「そーだったそーだった。いやはやあん時の礼をとな、遅くなったが」
「礼なんて…」
「ま、」

 高杉は座る廊下をポンポンと叩き、酒瓶を翳した。

「悪ぃな、つまみもねえが…ここ、どうしたんだ?」
「あぁ、まぁ…」

 久坂の辞世の句、本当にこの高杉に届いたかは不明だったが、あの筆跡は切羽詰まっていたように感じた。

 朱鷺貴が側へ行くその前をわざわざ然り気無く歩き、「潰すんですよ」と翡翠は告げた。

 しかし高杉は興味もなさそうに「ほう」と言いながら、ぶら下げている物入れから猪口を出し酒瓶を傾け「ほれ」と急かした。

 茶を用意する気だった翡翠が先に手に取り「ん?」と匂いを嗅いでいるが、構わず朱鷺貴にも渡してきては「ちょっとした収入があってな」と、まるで庶民の言い種、本当は藩主の養子だと今や知れ渡っているというのに。

 ましてや…。

「戦の戦利品で?」

 つい聞いてしまったが、高杉は特に答えず酒瓶を煽る。
 睨んだように眺め口にしようとする朱鷺貴に「あ、」と翡翠が言ったが遅かった。

「………っんっ!?」 

 なんだこの……まっずい水は!

 「はっはっは!間違えちまった!」と悪戯っ子のように笑った高杉の顔は酔って赤くはなっているがどうにも死人のような顔、加えて咳き込んだ。やっぱ、不味いんじゃんというか…。

 思い出した。

「……磨ぎ汁かこれっ、」

 朱鷺貴もついつい咳き込みながら尋ねれば、「はいよ」と、今度はどうやら別の酒瓶を賽銭の側に置いて気付いた。こいつ、酒瓶何個持ち歩いてるんだよと。

「米だよ。萩の名産、僕の燃焼材さ。少しわけてやろうと」

 いや、

「高杉、もしかして」

 聞く間もなくふっと立ち上がり「俺は死んだら風になるさ」と門まで歩き、後ろ手を振る。

「元気でな、ぼーさん。おもしれぇ人生送れよ!」

 まるで、嵐のように去って行った。

 猪口を眺め、二人顔を見合わせて何も言えなくなった。

「…本当に刀を置いたようだな」
「…そうですね」

 翡翠もくいっと、不味そうに一気飲みし、やはり「不っ味、」と吐き捨てるように行った。

「あー、それで思い出した、あのさ、」
「あ、わても思い出した。行ってきますね」

 ……またか。

「…まあな…」

 あれからこんなとき、勿論はぐらかしているから目など合わせないのだが、翡翠は珍しくこちらを見上げ、「わかってはいるんやけど」と、また視線を反らす。
 そこにある哀愁に結局「まぁ、」としか出ていかず。

「49日なんてもんで片付けば、人間苦労はしないよな」
「…それも、あるんやけど。あんさんも行きたくないやろ」
「…まぁ…終わったら来い」

 ここで何かを発してやらなければ、互いに終わる事も出来ず立ち止まってしまう。それでは坊主の名までもが廃るというものだ。けして、過去と未来が交わることはないのだから。

 それから二人で互いに薬箱を用意し背負い、途中で別れた。

 翡翠は壬生寺、朱鷺貴は花街へ。
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