104 / 129
飛車
3
しおりを挟む
新撰組も、最近人員が減った。あの殺伐とした空気は一層濃くなるばかりで。
以前いた半数が伊東と共に離脱したと、沖田から聞いた。最近、一人で暇らしい。言葉は少なくなったが、それなりに話してくるのだ。
顔を覆う布を持参するようになった。はっきりと、土方直々に沖田の治療を任されたからだ。
つまり、労咳だとはっきりとわかったのだ。それは、生前に藤嶋が耳打ちをしたらしい。
沖田も当たり前に自覚を持っているから、隠さず布を覆って治療をしている。こうして生計を立て始めた。
頼んできた土方自身はそんなわけで忙しく、すれ違うことはあれど、面と向かって会うこともなくなってしまった。
「今日も来たの?薬屋さん」
不思議だ。
皆こうして死にそうに笑うのだから。
「はいはい、来ましたよ」
まずは窓を開ける。
日課になっていたが「別に、いいのに」と、今日はやけに陰鬱そうだ。
三日前はそうでもなかった気がするが、病は気から。「出稼ぎですよ」と軽口を叩くに留める。
「…寺、二人になっちゃったんだっけ?」
「ええ。せやけどまぁ、坊主丸儲けですよ、土方さんがたんまりと握らせてき」
「斬っちゃったぁ、山南さん」
ふと言った一言に振り向けば、沖田は陽の光から顔を背けている。
翡翠は沖田の側、薬箱の隣に座り、薬剤を選びながらふと、床の間を眺めた。
刀が、ない。
「…あれ?」
「あー、いま一本、修理中なの」
「もう一本、あの刀は?」
「んー、ついでに溶かそっかなって」
毎回通り、沖田の腕を握る。1,2,3…。
「溶かす?」
「先、折れてたからね」
24。
「…あぁ、そう言えばトキさんの錫杖刀もついに錆びましてな」
108、良し。
脈を測り終え、出る前にこっそり拝借した錆刀を見せる。
「え?」
「いやぁ、元からなんやあのハゲ腐り坊主が昔トキさんの父上のな、首を落としたもんやったらしく、縁起でもないしわての墓の卒塔婆にしてやっとったんですわ」
「…ナニソレ斬新」
「けどまぁ…たまーにこっそり磨いとったんやけどやはりあかんようやね。今朝方、埋めてたところがパキっと」
「…小刀くらいにはなりそうだね」
何故か沖田は急に目を光らせそう言った。
「まぁ、なるんやない?溶かせば」と特に考えずに答えたが、「じゃあ守り刀にしちゃいなよ」と提案してきた。
「…ん?」
「まぁあんたいっぱい持ってるだろうけど、あのぼーさんは丸腰でしょ?」
「んーまぁ……」
「まぁ、でも嫌か。打ち直したらと思ったけど…」
「…あんさんもいま、そんな気分で?」
「え」
「いやぁ、あんなに気にいっとったやないですか、あの槍みたいな刀」
「……そうなの~っ!でもさ~」
「魂抜きしました?」
「え」
「あしてないんや?なるほど……」
沖田が咳き込み始めたので、さっと手拭いを渡し、そういえばと思い出した翡翠は、「少々失礼しますね」と、沖田を置いて厨房に向かうついで、極悪顔の土方の部屋を訪れた。どのみち許可が必要だ。
ガラッと、無礼も何もなく襖を開けた翡翠に驚き、「…んだよ!」と言った土方に「刀と厨房」と言えば、土方の眉間の皺はより深くなった。
「…あぁ?」
喧嘩腰の土方に言葉少なく説明をしたあと、「じゃ!」と厨房を借り米を炊いておいてやった。
目的の物を手に入れた翡翠は沖田の部屋に戻り、薬嫌いの沖田に、問答無用で磨ぎ汁と一緒に飲ませた。
鼻をつまんでグッと飲む大男。これが道場一だった男だ。
以前いた半数が伊東と共に離脱したと、沖田から聞いた。最近、一人で暇らしい。言葉は少なくなったが、それなりに話してくるのだ。
顔を覆う布を持参するようになった。はっきりと、土方直々に沖田の治療を任されたからだ。
つまり、労咳だとはっきりとわかったのだ。それは、生前に藤嶋が耳打ちをしたらしい。
沖田も当たり前に自覚を持っているから、隠さず布を覆って治療をしている。こうして生計を立て始めた。
頼んできた土方自身はそんなわけで忙しく、すれ違うことはあれど、面と向かって会うこともなくなってしまった。
「今日も来たの?薬屋さん」
不思議だ。
皆こうして死にそうに笑うのだから。
「はいはい、来ましたよ」
まずは窓を開ける。
日課になっていたが「別に、いいのに」と、今日はやけに陰鬱そうだ。
三日前はそうでもなかった気がするが、病は気から。「出稼ぎですよ」と軽口を叩くに留める。
「…寺、二人になっちゃったんだっけ?」
「ええ。せやけどまぁ、坊主丸儲けですよ、土方さんがたんまりと握らせてき」
「斬っちゃったぁ、山南さん」
ふと言った一言に振り向けば、沖田は陽の光から顔を背けている。
翡翠は沖田の側、薬箱の隣に座り、薬剤を選びながらふと、床の間を眺めた。
刀が、ない。
「…あれ?」
「あー、いま一本、修理中なの」
「もう一本、あの刀は?」
「んー、ついでに溶かそっかなって」
毎回通り、沖田の腕を握る。1,2,3…。
「溶かす?」
「先、折れてたからね」
24。
「…あぁ、そう言えばトキさんの錫杖刀もついに錆びましてな」
108、良し。
脈を測り終え、出る前にこっそり拝借した錆刀を見せる。
「え?」
「いやぁ、元からなんやあのハゲ腐り坊主が昔トキさんの父上のな、首を落としたもんやったらしく、縁起でもないしわての墓の卒塔婆にしてやっとったんですわ」
「…ナニソレ斬新」
「けどまぁ…たまーにこっそり磨いとったんやけどやはりあかんようやね。今朝方、埋めてたところがパキっと」
「…小刀くらいにはなりそうだね」
何故か沖田は急に目を光らせそう言った。
「まぁ、なるんやない?溶かせば」と特に考えずに答えたが、「じゃあ守り刀にしちゃいなよ」と提案してきた。
「…ん?」
「まぁあんたいっぱい持ってるだろうけど、あのぼーさんは丸腰でしょ?」
「んーまぁ……」
「まぁ、でも嫌か。打ち直したらと思ったけど…」
「…あんさんもいま、そんな気分で?」
「え」
「いやぁ、あんなに気にいっとったやないですか、あの槍みたいな刀」
「……そうなの~っ!でもさ~」
「魂抜きしました?」
「え」
「あしてないんや?なるほど……」
沖田が咳き込み始めたので、さっと手拭いを渡し、そういえばと思い出した翡翠は、「少々失礼しますね」と、沖田を置いて厨房に向かうついで、極悪顔の土方の部屋を訪れた。どのみち許可が必要だ。
ガラッと、無礼も何もなく襖を開けた翡翠に驚き、「…んだよ!」と言った土方に「刀と厨房」と言えば、土方の眉間の皺はより深くなった。
「…あぁ?」
喧嘩腰の土方に言葉少なく説明をしたあと、「じゃ!」と厨房を借り米を炊いておいてやった。
目的の物を手に入れた翡翠は沖田の部屋に戻り、薬嫌いの沖田に、問答無用で磨ぎ汁と一緒に飲ませた。
鼻をつまんでグッと飲む大男。これが道場一だった男だ。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
Get So Hell? 2nd!
二色燕𠀋
歴史・時代
なんちゃって幕末。
For full sound hope,Oh so sad sound.
※前編 Get So Hell?
※過去編 月影之鳥
剣客逓信 ―明治剣戟郵便録―
三條すずしろ
歴史・時代
【第9回歴史・時代小説大賞:痛快! エンタメ剣客賞受賞】
明治6年、警察より早くピストルを装備したのは郵便配達員だった――。
維新の動乱で届くことのなかった手紙や小包。そんな残された思いを配達する「御留郵便御用」の若者と老剣士が、時に不穏な明治の初めをひた走る。
密書や金品を狙う賊を退け大切なものを届ける特命郵便配達人、通称「剣客逓信(けんかくていしん)」。
武装する必要があるほど危険にさらされた初期の郵便時代、二人はやがてさらに大きな動乱に巻き込まれ――。
※エブリスタでも連載中
遅れてきた戦国武将 ~独眼竜 伊達政宗 天下を統一す~
bekichi
歴史・時代
霧深い夜に伊達家の屋敷で未来の大名、伊達政宗が生まれた。彼の誕生は家臣たちに歓喜と希望をもたらし、彼には多くの期待と責任が託された。政宗は風格と知恵に恵まれていたが、幼少期に天然痘により右目の視力を失う。この挫折は、彼が夢の中で龍に「龍眼」と囁かれた不安な夢に魘された夜に更なる意味を持つ。目覚めた後、政宗は失われた視力が実は特別な力、「龍眼」の始まりであることを理解し始める。この力で、彼は普通の人には見えないものを見ることができ、人々の真の感情や運命を見通すことができるようになった。虎哉宗乙の下で厳しい教育を受けながら、政宗はこの新たな力を使いこなし、自分の運命を掌握する道を見つけ出そうと決意する。しかし、その道は危険と陰謀に満ちており、政宗は自分と国の運命を変える壮大な物語の中心に立つことになる。
伊藤とサトウ
海野 次朗
歴史・時代
幕末に来日したイギリス人外交官アーネスト・サトウと、後に初代総理大臣となる伊藤博文こと伊藤俊輔の活動を描いた物語です。終盤には坂本龍馬も登場します。概ね史実をもとに描いておりますが、小説ですからもちろんフィクションも含まれます。モットーは「目指せ、司馬遼太郎」です(笑)。
基本参考文献は萩原延壽先生の『遠い崖』(朝日新聞社)です。
もちろんサトウが書いた『A Diplomat in Japan』を坂田精一氏が日本語訳した『一外交官の見た明治維新』(岩波書店)も参考にしてますが、こちらは戦前に翻訳された『維新日本外交秘録』も同時に参考にしてます。さらに『図説アーネスト・サトウ』(有隣堂、横浜開港資料館編)も参考にしています。
他にもいくつかの史料をもとにしておりますが、明記するのは難しいので必要に応じて明記するようにします。そのまま引用する場合はもちろん本文の中に出典を書いておきます。最終回の巻末にまとめて百冊ほど参考資料を載せておきました。
(※この作品は「NOVEL DAYS」「小説家になろう」「カクヨム」にも転載してます)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる