その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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父と 子と 精霊と

父と 子と 精霊と  (2)

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 ガング―タス陛下は、声を上げた私を見た。 それまで、厳重な【隠遁】【隠形】で隠されていた私は、自ら声を上げることで、陛下の前にまるで浮かび上がるように出現した筈。 陛下の目には驚きが浮かび上がっていた。 

 手に持つ王笏が震えている。

 じっくりと陛下を観察すると、薄らぼんやりとではあるけれど、何かしらの魔法が、陛下を取り囲んでいたの。 なにかしら…… 精神に作用する感じの、『闇魔法』だったわ。 これは、いけない。 陛下に於かれては、何が在っても他人の支配下に置かれる事は、ならない事。

 私は今、お母様と共に居る。 この身を形作る魂の器は精霊様方によって作り替えられたとしても、私は、エスカリーナ。 父母に縒り合され、母の胎内で自我を生成した魂は、紛れも無く私。 その傍らにお母様の魂が寄り添う。 母よりでたる私は、母と同じ魔力の波長を持っているのよ。

 つまり、強い『闇の魔力』が二重に存在していると云う事。 見えるモノは、より鮮明に。 魔法的に隠そうとした物は、私…… 私たちの前では無効となるわ。 それが『闇魔法』ならば、より鮮明にね。

 視線を凝らしガング―タス陛下の様子をじっくりと見る。 その何かしら邪な意思は、誰かが紡いだ『魔法』では無く…… 『依り代』より具現化したモノの様にられたの。 術者の意思を感じる事は無かったから。 陛下の周囲を巡る、単純に其処にあるだけの『魔法術式』

 魔道具…… かな?

 古来より、王族の方々は、その身に多数の防御魔法を纏われる。 対物理、対魔法の障壁はとても強く、【重結界】並みの強度を持つと云われていたわね。 ただ、精神に作用する『魔法』だけは、護り方が難しく、『呪い除け』の呪符タリスマンだけが、その役割を担っているのよ。

 その一番強大な力を持つモノが、陛下の御被りに成っている宝冠。 ……幾つかの宝玉が取り除かれているのよ…… あれじゃ…… 『呪い除け』の効果が不十分になるわ。 一体、誰がそんなバカげたことを為したのよ。

 あぁ、そうだった…… 前世の記憶が朧げに・・・浮かび上がる、一つの出来事。

 私が色々な悪事を重ねた結果、陛下の前に罪人として引き出された時、陛下の傍らに居られた王妃殿下の御姿が淡い記憶の中に浮かび上がる。 フローラル王妃殿下の胸元に、燦然と輝くお飾りは、紛れも無く磨き抜かれた『宝冠に埋め込まれていた』結界の大宝玉。 魔晶石とも云える、その宝玉を、王妃殿下は国王陛下の宝冠から取り出して、自身の装身具とされる愚行を犯していたんだっけ……

 そんな王妃殿下の無茶を間近に見ていた私は、私の愚行すら容認されるモノだと、そう思っていたんだっけ……

 バカげた話ね。 王族自ら、王室典範を反故にするなら、わたしだって許されるなんて、そんな事を思っていたなんてね。 何も…… 見えていなかった。 何も…… 感じていなかった。 驕慢で傲慢な感情を抱え持った『前世の私』。

 今世、王宮を出奔し、貴族社会と関わらない為に市井に降りた結果、そこで生活するこの国の人々を間近に見つめ続けた。

 そして、一つの結論に至るの。


  『民草の平穏を護る為に存在を許されているのが、王侯諸侯である』と。


 苦い笑みが私の頬に浮かび上がる。 ゆっくりと手を掲げ、右手にイグバール師匠より頂いた魔法の杖を振り出すの。 左腕に格納されているシュトカーナの杖では無く、右腕に格納されていたイグバール師匠の杖をね。

 私の特異な魔法の能力は、私の身に宿る『闇の魔力』に依存する。 たとえ、人種が変わろうとも、その事に於いては、全く変化は無いの。 つまり、私が得意とする魔法は、闇属性の魔法の数々。 高々魔法具が具現化する『精神感応』系の魔法なんて、私にとっては玩具も同然。

 イグバール師匠の杖に埋め込まれた魔石が輝きを増し、虚空に『魔法陣』と紡ぐ。 お母様もそれを『是』とされたのか、一切の『掣肘』をされないわ。 私の意図したとおり、緻密で精緻な魔法陣が私の『魔力』に依って紡ぎ出される。 術式は『解呪デカース』。 紡ぎ出したる魔法術式は、いにしえの古代魔法言語で紡がれる、大魔法級。 きっと、魔人様が紡がれる『呪い』でも溶け落ちてしまうわ。




「陛下に御尊顔を拝し、光栄の極み。 まずは、陛下の『呪い』と解呪いたしましょう。 さぞやお辛かったと推察いたします。 高貴なる方の精神を蝕む、忌まわしい闇の魔法をいざ解かん。 【解呪デカース】!」



 私の手に依り紡がれた魔法が陛下に向かい、陛下の足下にその魔法陣が転写される。 瞬く間に陛下を包み込み、陛下に付けられていた数々の『呪い』というべき精神感応系の魔法が分解昇華されて、金色の粒になり吹き上がっていった。 

 呆然とした表情を晒されるガング―タス陛下。 今まさに目覚め朝日を浴びたと云うような、そんな『表情』を浮かべられ、周囲を一瞥される。 その瞳の中の光は、いまだよく定まっていない。 そんな陛下の様子に慌てたのが、誰あろうフェルベルト=フォン=デギンズ枢機卿。 煌びやかな枢機卿の法服のあちこちから、黒い煙が上がっているの。

 ふ~ん、そんなところに隠し持っていたのね。 



「ば、馬鹿な!! へ、陛下!! ガング―タス陛下ッ!! この様な者の言葉など聞いては成りませぬ!! へ、陛下? 陛下ぁぁ! 如何なされたのですかぁぁぁ」

「いま、陛下は混乱に落ちられておられるのです、デギンズ枢機卿。 長きに渡り、陛下の御遺志を曲げ続けていた『精神感応系』の魔法が破られたのです。 暫くは…… そのお気持ちは、千々に乱れて居られる筈。 御宸襟は定まらぬままでしょう」

「く、くそっ!! お、お前は何と云う事をしたのだッ!! 無敵の兵を率い、獅子王陛下のやり残した偉業を完遂されようとしていたのに!! か、かうなる上は、事後承諾と成さねばならぬッ!! 一旦、戦端さえ開かれれば、ファンダリア王国も動かざるを得ない!! フフッ、ファハハハ! そうだ、既に、此処まで来たのだ!! 栄光は既に我が手中にあるのだ!!!」



 デギンズ枢機卿は、天高く両手を突き上げ、彼の頭上に魔法円を紡ぎ出す。 金色のそれは、国宝宣下の【宝円魔法陣】。  聖職者が打ち上げる『開戦の詔』を天空に掛けるために紡ぐ、第一級の聖職者の魔法陣。 ……枢機卿、あなたと云う人は、何処まで愚かなのですか?

 冷めた目で彼の所業を見詰める。 彼の手が【法円魔法陣】を完成し、天空へと打ち上げる。 『開戦の詔』を世界の知らしめるための、重要で絶対的な……



 ―――― 精霊様との『お約束』の証。



 どうも、デギンズ枢機卿は、最初から…… 物事の本質すらわからずに、唯々、記憶に知識をため込んでいた様ね。 出来る人・・・・と、周囲に思われ、ご自身もそう思い込んでいたのね。 結局、自身の野望の為に必要となる知識を詰め込んだその優秀・・な頭脳は、本質を掴む事が出来なかった。 

 聖職者が何者で、何を為す者か。

 この世界のどんな宗教でも、その根幹に有るのは、精霊様方への敬虔な祈りと、真摯な感謝の念。 世界に住まう人々の代理として、日々の暮らしに追われる、そんな人々の代わりに、彼らの心の中にある、生かされる者の感謝を精霊様方にお届けするのが、聖職者の役目。

 彼の紡ぐ【法円魔法陣】は、見事に構築されているわ。 ええ、緻密に正確に。 でも、デギンズ枢機卿? その魔法術式に綴られる聖句を本当の意味でご理解されているの? 世界の安寧に挑戦する馬鹿共を、その手で止めると、『精霊誓約』で約定する為の法円なのよ?

 それなのに、こんなバカげた『北伐世界を壊す戦』を宣するのに、使用すると云うの? 

 そして、彼はもう一つ大切な事を見落としているの。 王家だけがその法円魔法陣の使用を認める理由と、制限の事。

 法円魔法陣を使用を認める事が出来るのは、国王陛下ただお一人。 魔法陣の中に、国王陛下の魔力を鍵とする密理の魔法術式が練り込まれているからね。 だから、陛下の魔力を注ぎ込まれない【法円魔法陣】は、その権能を封じられることに成るの。


 ―――― それと、もう一つ。


 獅子王陛下がご自身の暴走と云える『北伐』を宣せられた時、誰もそれを止める事は出来なかった。 その事をとても悔いておられたと、歴史書にあるわ。 陛下の藩屏たる臣下も、箴言は出来ても、陛下ご自身の決断を否定する事は出来ない。 一旦陛下ご自身がそう『決められて・・・・・』しまえば、【法円魔法陣】の発動を宣下できるの。

 そこで、獅子王陛下は一つの制限を大誓約として、【精霊誓約】を用い、王家『王室典範』に追加された。 【法円魔法陣】の使用を宣下する時、必ず王家の血筋を持つモノが、王家の総意として陛下の御決断に『是』と同意の意思を示す事。 

 宣下を『精霊誓約』されるには、少なくとも王家・・の血を引いた者が、陛下以外の王家の人々が『同意』していると、証せなければならないの。 実際には、国王陛下に繋がる血筋の代表者たる ” 一人 ”が、同意すれば、それで事は足りるのだけどね。

 つまりは、王家血族の代表として、宣下の場に居る事が必要なのよ。  本来は王太子がその責務を任じられるの。 だから王太子ウーノル殿下は王都を動かれなかった。 それすらデギンズ枢機卿はご存じなかった様ね。 いえ、それを無視していたとも言えるわ。

 だって、その精緻な【法円魔法陣】には、その制限事項が巧妙に回避されているのが見て取れたのだから。

 そんな事をしては、精霊様方は二重にも三重にも、決してお許しに成らないわ。 ええ、決してね。 だから、私は何もせず、ただ傍観しているの。 傀儡と化していたガング―タス陛下の意思は、そこには無いわ。 それに、巧妙に回避されている制限事項だって、陛下が『異議』を質された時、私が異議を申し立てた時、既に破綻していたんですもの。 


 ―――― 二重にも、三重にも、許されざること。


 でも、それでも、確実じゃ無い。 事実デギンズ枢機卿は、【法円魔法陣】を打ち上げているんですものね。 何かしらの小細工をして、宣下を完成させようとしているのよ。 でも、それは許されざること。 だから、決定的にこの【法円魔法陣】を無効化する為に必要な理由必要十分条件を、精霊様方は私に託されたの。

 ……だから、私がここに居るの。 時を図ってくださった精霊様の御意思を感じざるを得ないわ。



 一緒に来てくれた皆さんを護る為に……

 王家の尊厳を護る為に……

 ファンダリア王国が世界から見放されない為に……

 王国に生きとし生ける全ての民の安寧を護る為に……



 私の『心』を慮ってくださった精霊様方は、慎重に慎重に、時を図っておいでになったのよ。

 ゴメイラ大聖堂の大広間の天井にあるステンドグラスの天窓をすり抜け、天空に打ちあがる【法円魔法陣】。 それは、精霊誓約が求める天空高き場所にまで到達し、その術式を展開する。 眩い金色の光が空一杯に広がり、重々しい鐘の音が鳴り響く。



   ゴーン
       ゴーン
           ゴーン



 でもね、それだけ。 デギンズ枢機卿の組む腕に、『祈り』の、真摯さは無く。 【法円魔法陣】の宣下に、『正当性』も無く。 宣下の内容に、『精霊様方の承認』も無く。 法円魔法陣の中央部には唯々、黒々した『虚無ホロウ』が有るのみ。

 精霊誓約は、結ばれる筈も無かった。 天空に広がる金色の魔法陣が、収斂してゆく。 中心部の虚無に向かって、縮小し、崩壊し、金色の粒と成り、昇華していく。

 その様子をただじっと見つめている私。 なんの表情も浮かべず、ただ、真っ直ぐに天空を見据えていたの。



「な、何故だ!! こ、こんな筈は無い!! 神はッ! 神は約束したのだッ! 我らが唯一の『愛の女神』はッ! こ、小娘!! 何をした!! お前が邪魔をしたのだなッ!! ええい! お前などが、この場に居る事こそが不遜なのだ!! 聖堂騎士共、この不遜な輩を排除し、『愛の女神』の贄に差し出してしまえッ!!」



 デギンズ枢機卿は、周囲に響き渡る大声を上げ、死霊兵達に私を襲う様に命じたの。 そうなる事は、予測済み。 既にその対策も施してある。


    【呪縛バインド


 私の口から洩れる、その呪文は、周囲に居た死霊兵達の足元を固める。 一歩も動く事叶わず。 それは、それは強固な魔法術式。 これを破れるモノは、多分精霊様くらいしか…… 無いと思う。


 ”あら、私だって無理ですよ、エスカリーナ。 貴女の紡ぐ古代術式と、異界の魔物から継いだ異界の術式は、容易に精霊さえも縛る事が出来るわ。 さて…… ここからは、私の出番ね。 あと…… 少しで【円環の魔法陣】が、この場に到達するわ。 その前に、為さねばならない事を為しましょう”


 お母様の声がした。 と、同時に、天井のステンドグラスから光の粒が降り注ぎ…… 私の隣に降り積もり…… 精霊様が御顕現される時の様に実体化されたの。 眩い光が収束し、発光する精霊様の御姿は、紛れも無く私のお母様の御姿だったわ。



「デギンズ。 久しいですね」

「な、なに奴!」

「見忘れましたか? 卿が追い落とし卑しめた、先の王妃の姿を?」

「え、エリザベートッ!! お、お前が何故ッ!」

「闇の精霊 ノクターナル様の眷属として、彼の尊き御方の権能の一部を譲渡され、この場に『裁定者』として降臨いたしました。 どこの誰とも判らぬ者に、断罪されるよりも、卿にとって、断罪される理由を持つモノが、この場に降臨した事に、ノクターナル様の慈悲を感じなさい」

「な、なにをッ!」

「この世界の創造神様では無い神を奉じ、世界の調停者たる精霊様方を軽んじ、世界の理を歪めたる罪、万回の死に相当する。 そして、そなたの魂は、救済されるべきモノでは無く、よって、『無間混沌の闇ゴルゴラルゴ』に堕とす」

「お、お前に何の権限が有って……」

「ファンダリアーナ王家は、精霊様方と大精霊誓約を結びし血の一族。 その方々を害し奉った貴方は、精霊様方に弓曳いたと同義。 神官で在りながら、精霊様をないがしろにした罪は重く大きい。 わたくしは、闇の精霊ノクターナル様の『眷属』として、そして、『裁定者』としての権能を譲渡され顕現したと申しました。 その意味すら判らぬならば、最後の救済すら不必要と断じます」



 ふらりとお母様の体が揺れる。 私の目の前に立つお母様が、何処からともなく、巨大な鎌を取り出された。 禍々しく、鎌の頭には数十の頭蓋骨が装飾の様に埋め込まれている。 その虚空の眼窩に、精霊様方の意思を宿しているかの様な光が輝くのが見える。 ゆったりとした所作で、大きくその鎌を振りかぶるお母様。



「わ、私を屠るかッ!!」
「いいえ、私は、「裁定者」です。 私には、魂の器を害する事は出来はしません。 その役目は他のモノが追うべきモノなのです。 よって、その者達をこの場に呼び寄せます」



 表情を無くし、冷たくデギンズ枢機卿を睨みながら、お母様はそう宣下成された。 精霊様が送り込まれた、「裁定者」として、断を下されたのよ。





 ―――― 振りかぶられた大鎌は、




            虚空を横に薙いだ。 














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