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父と 子と 精霊と
父と 子と 精霊と (1)
しおりを挟む聖堂都市ゴメイラへ続く道を歩むのは、五名。 そして、精霊様が一柱。 私とナジール導師が征くことは絶対。 私が魔法を編むための時間、私を護るべく常にあるのは、シルフィーとラムソンさん。 ナジール導師をお護りするべく、私達と同道したのがプーイさん。
お母様は柔らかい笑顔で、人選を決定する際のちょっとした言い争いを眺めてらしたっけ……
皆が皆、同道を申し出られていたんですものね。 でも、これから向かうのは、決して楽な道行きでは無いの。 周囲は「死霊兵」で溢れ返っているし、もし、気付かれでもすれば、あの強大な力持つ兵たちが一斉に襲い掛かってくるのは明白なんだもの。
【隠遁】【隠形】【重結界】を重ね掛けしつつ、それを維持し歩むのは、いくら私だって骨が折れるのよ。 最初は四人だけで行こうとしたんだけど、皆さんがどうしても同道すると。 道行きを塞ぐモノ達は、殲滅しながら突き進むと、そう仰ってね。
でも、そんな事をしたら、貴方達もただでは済まないわ。 あの、北域の荒野で対峙した「死霊兵」達を思い出してもらったの。 それに、此処にはあの時加勢してくれた方々の姿は無いわ。 唯一の方法は、静かに”影に紛れ”接近する事だったんだもの。 それは、理解してもらった。 その上で、皆さんが同道を申し出られるのよ。
最終的に…… 私の ”正論 ”は、皆の熱意と情熱に負けてしまったの。 折衷案を出さざるを得なかった。
妥協点は、『護衛に一人だけ』を選出してもらう事にしたの。 私の護衛じゃないわ。 ええ、ナジール導師の護衛。 万が一『死霊兵』の誰かが気が付いた時、一撃で戦闘力を奪える力を持つ方を。 ……穴熊族の方に成ることは判っていたわ。 そして、力強く満面の笑みを浮かべたプーイさんが、その役目を負われたのよ。
――― リーナの行く場所が、私の行く場所なんだ。 みんな判れよ。 文句があるんなら、相手になってやるよ。 言いな
不敵に笑うプーイさんに皆が怯むのが判るのよ。 あれは、まぁ…… いわゆる『脅し』ね。 怒りに満ちた視線を、皆さんはプーイさんに送る。 でも、プーイさんはどこ吹く風の様に受け流す。 不敵な笑みをその御顔に乗せながらね。
最終的に皆さんには、丘の上で待機してもらう事になったの。 ほんと、説得するのに時間が掛ったわ。 それでね、皆さんで『ひと塊』に成って貰って、【重結界】と【隠遁】【隠形】で隠す事にした。 私の魔法だけじゃなく、当事者である皆さんにも協力してもらってね。
【隠遁】に精通した、森猫族の方々。 【隠形】に特化した森狼族の皆様。 破壊力をその身に宿し、一撃必殺の力を深く溜める穴熊族の皆さん。 そんな彼らを繋ぐように兎人族の皆さんが、【重結界】を紡いで行くの。 底に私がそっと手を添える。 聖堂都市ゴメイラを望む丘の上で、これでもかッ! ってくらいに重層した【重結界】と【隠遁】、【隠形】の安全地帯を構築したの。 その中に皆さんを導き入れ、待ってもらう事を約束した貰ったの……
彼等の安全が何よりも重要よ。 その安全が確保できた事を確認して、私は道行きを始めたの。
―――― § ――――
今も、私が起動した【円環の魔法陣】は、聖堂都市ゴメイラを外側から順次浄化しているわ。 危険を冒すと判っていても、全てを浄化する魔法陣が、ゴメイラを覆い尽くすまで、待てはしなかったの。 ええ、私には、待てなかった。 既に危険なまでに『時間』を掛けたとも云えるわ。 精霊様の『思し召し』を実行する為の時間をね。
陛下が開戦を決断され、その宣戦布告を為されたなら、大きくこの世界の平穏を損壊する。 周辺国は、ファンダリア王国が野心を以て周辺国に侵攻する国だと、そう認識されてしまう。 そうなれば、もう止める事は出来ない。 疑心暗鬼が多くの国土を覆い、それまで命の危険を感じなかった場所に、暴虐と死が撒き散らされるのだもの。
でも、まだ、陛下は開戦を決断されていない。 その証拠に、聖職者が打ち上げる『開戦の詔』は天空に掛かっては居ない。 まだ、いくらでも言い訳の方法はある状態なの。
その上、アイツ等はまだ【円環の魔法陣】が発動していく事に、気が付いていない。 アイツらの目には、その神々しい浄化の光は届かないから。 余りにも深く、異界の魔力に冒されている彼らの目には、私のこの世界の魔力が見えないのよ…… それに、私の魔力は『闇の魔力』だしね。 魔力の波動はとても薄く、ただでさえ感知し辛いんだものね。
そんな死霊兵たちは、徐々に大聖堂に向かっているの。
幽鬼の様にふらふらと、その歩みを大聖堂に向けているの。 つまり、『何か』が大聖堂で挙行され始めていると云う事。 考えられるのは、『一つ』だけ。 そう、陛下が『開戦の詔』を宣下すると云う事。 よくぞ此処まで時間が持ったと、そう思うしかないわ。 私たちはその緩やかな流れの中、自身の姿を魔法で隠しつつ、足早に彼らの向かう先に歩を進めていったの。
―――― お母様は微笑みながら、私に一つの事実を伝えて下さったの。
”言い方は悪いのですが、ガング―タスは、臆病者なのです。 ここ一番の決断をせねばならぬ時に、その決断を先延ばしする傾向にあるのです。 『優柔不断にして怠惰』 王太子教育の際に、彼の教育官達にそう言わしめたガング―タスの為人なのですよ、エスカリーナ。 逆の視点に立てば、彼はとても優しい心を持ち、石橋を叩いて叩いて、確信を持った時でないと動こうとはしないのです。 決断が遅れるのは、最初から判っておりました”
”でも、よくぞ、今までと……”
”それは、貴女の働きに依るところでしょう。 北部辺境域からの補給が途絶え、もう兵力の増派を期待できなくなった。 戦力の拡充は出来なくなり、手持ちの聖堂騎士だけで戦争を遂行するのは、不安があった。 更に云えば、主戦力である聖堂騎士は、国軍と比べて明らかに怠惰で戦闘力は低い。 そんな中、枢機卿や神官達が悪事に手を染めたの。 ガング―タスの背中を押す為にね。 ……貴女が今考えた事よ。 戦力の拡充のため、彼の配下の兵が全て『死霊兵』と成したのよ。 そう、聖堂教会の枢機卿たるものがッ!”
”お母様は『時を図って』おいででしたの?”
”一度にすべてに対し『対処』せよとの、ノクターナル様の思し召し。 この北の荒野に侵入したモノ達には、獅子王陛下の御遺志は届かなった。 そして、それが世界の理を打ち砕く所業である事すら、理解していなかったとも云えるの。 きっと聖堂教会の邪なる意思の持ち主達は、状況を進めるに違いないと、そうノクターナル様も仰っておいでに成りましたよ。 自身の邪心が、いかに世界を混乱に落とし込むか、その罪を知らないままにね。 知らないと云う事は、『罪』なの。 『知らない』と云う事は、決して『免罪符』には成らないわ。 まして、精霊様を祀る聖堂教会に属している者で、祈りを精霊様に捧げている者ならば、理解できるはず。 いえ、理解しなくては成らない事なの”
”つまりは…… どう転んでも、彼らは救う手立ては無いと?”
”…………『考えている事』は有るのです。 『どうしようも無い魂』を『救済』する方法を、勘案し続けておりました。 エスカリーナ。 一筋の光明は見えました。 貴女が成した事を見て、思いつきました。 後の事は任せなさい。 貴女は、貴女の成すべきを成すのです”
”…………はい、お母様”
お母様は慈悲深く私を見詰め、そして頷いて下さった。 誰よりも信頼していると。 誰よりも信用していると。 誰よりも精霊様の御遺志を具現化しているのだと、その視線は物語っていたわ。 心を決めて、歩みを進める。
【隠遁】と【隠形】、そして【重結界】は良い仕事をしてくれた。 周囲を取り巻くのは、『死霊兵』達。 でも彼等には私たちを認識する事は出来ない。 難なく彼らの間を進み、そして、大聖堂の中心部に到達した。
圧巻の光景が其処に広がっていた。 次々と入室してくるのは、既に人を辞めた『死霊兵』と化したかつての聖堂騎士達。 整列する事も忘れたのか、思い思いの場所に立ち、”玉座”の方を向き、得物を掲げ、人語では無い言葉で『何か』を叫び続けていた。
――― 玉座 ―――
大聖堂の奥まった講壇の上。 三段以上高い其処は、本来高位の神官が、祈りを捧げ人々に説教をのたまう場所であったはず。 しかし、今は祈祷台すら取り払われ、そこに黒曜石で形作り、宝玉の数々が埋め込まれた玉座が鎮座していた。
その玉座には玉体が座って居られた。
ファンダリア王国、当代国王陛下。
ガングータス=アイン=ファンダリアーナ陛下
その人でだったわ。 ウーノル王太子殿下が年を取ったらそうなるだろうな、と云うようなお顔立ち。 威厳に満ちた精悍な雰囲気は、十分国王陛下であると云える。 お召しになるのは、陛下戦装束。 簡易甲冑ではあるけれど、獅子の紋章を胸当てに刻み込んだ、ファンダリア王国の象徴たる装束なの。
髪は銀灰色。 瞳は紺碧。
王家の色を色濃く受け継がれた容姿だったわ。 歓声を上げ、その威光を讃える死霊兵を睥睨しつつ、周囲に侍る高位神官達が、捧げる奉書をゆっくりと持ち上げられたところだったの。
間に合った……
ええ、間に合いました。 最後の決断を下される前に、この大聖堂の大広間に辿り着けた幸運を、精霊様に感謝申し上げて、しっかりと前を見据えて時が来るのを計る事が出来たわ。 隠遁と隠形はその効力を最大限に発揮して、私達の姿を隠し続けている。
私達の居る場所は、講壇の少し下。 でも、私達とガング―タス王の間には、「死霊兵」の姿は無いわ。 有るのは聖堂教会の聖職者の法衣を纏った、聖職者非ざる者達数名。 奉書を捧げ持つのは、聖堂教会 フェルベルト=フォン=デギンズ枢機卿。
嫌らしくも野心を隠しもしない、薄汚れた表情に卑しい笑みを乗せ、ガング―タス陛下の足下にその身を置き、奉書を捧げ持っているのよ。 多分あれが『開戦の詔』ね。 アレを読み上げ、聖堂内の皆に疑義が無いかを問われるの。
―――― ええ、それが、宣下の形式だから。
根回しにしっかりと時間を掛け、重臣一同が納得した場合にだけ発せられる、重大事項の宣下の形。 だけど、この場所には重臣達は居られない。 形式だけを取り込んで、その実、聖堂教会の邪たる者達の想いのまま……
と云うのが実情ね。
でもね……
でも、今、私が居るの。
ゴメイラの大聖堂に朗々と流れるガング―タス陛下の『開戦の詔』の言葉。 華麗な美辞麗句が並ぶ宣下の言葉。 ガング―タス陛下の口から紡がれるのは、『北伐』の意義と、偉大なる獅子王陛下のやり残した偉業を自身が引き継ぐと云う、世迷い事。
決して獅子王陛下の御意思では無いわ。 御遺言を曲解に曲解した果ての言葉。 聞けば、聖堂教会がその意思を護り続けていると。 何処が…… 馬鹿め。 パウレーロ神官長が、一言でも、そんな事を云ったのか? 精霊様がそれをお許しに成るとでも思ったか?
したり顔のフェルベルト=フォン=デギンズ枢機卿とその仲間の神官達が、陛下の足下に膝を折り、陛下に向かって卑しい笑顔をのぞかせていたの。
宣下に於いて、本来天空から降り注ぐ精霊様の祝福は無く……
ただ、ただ、歪んだ異界の魔力だけがその場に渦巻き……
全てを汚染し、穢し、冒していたの。
宣下の結文を口にされるガング―タス陛下。 朗々と響く陛下の御声が、聖堂内に響き渡る。 あれほど騒いでいた「死霊兵」達は膝を折り、胸の前に彼らの得物を捧げ持つ。 元が騎士だったかしら? もし、これが、正当なる宣下であれば、神々しい光景だったに違いないわ。
振り返ると、目に赤黒い光を浮かべた「死霊兵」達の姿。
暗闇に広がる、戦火の炎の様に見えるのは、私だけだろうか? 余りにも禍々しく、思わず吐き気を覚えるわ。 潰すわ。 ええ、この邪な計画を完膚なきまでに。 清浄たるこの地をこれ程の穢れに堕とした者達へ、鉄槌を下すのよ。
「…………天に負わす女神に申す。 我、ファンダリア王国国王、ガングータス=アイン=ファンダリアーナ。 我が名に於いて、北伐の戦端を開く事を此処に宣する。 全てのファンダリアの民の名誉と安寧を護り、力を持ちて北夷を廃する我に、疑義有る者は申し出よ!」
シンと静まる大広間。 沈黙は同意となる、貴族の世界の常識。 王の宣下。 満面の笑みを浮かべ、最後の宣下の言葉を紡ごうと、口を開くガング―タス陛下。 陛下の口から言葉が綴りだされる前に、私が口を開く。
断固とした、強い口調で。
決意を込めた、意志ある言葉を紡ぐ。
「陛下の御宣下である、『北伐の開戦』に疑義有り! 世界を崩壊に導かれるかッ! 獅子王陛下の御遺言に背かれるかッ! ガング―タス陛下に於かれては…… ファンダリア王国に災いを齎せる御積もりかッ!!」
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