その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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北の荒地への道程

復活せしは、王都の護り

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 私が継承した、エリザベートお母さまの記憶。




 「血の継承」と、魔人さんがそう仰っていた。 その記憶が蘇るの。 今となっては、かなりその記憶も薄くはなっている。 




 以前…… そう、処刑場で魔力を吸われ尽くし、初めて幽界に引き込まれた後、ティカ様に私の記憶にある、エリザベートお母さまから 「 継承 」した記憶についてお話ししたわ。

 あの記憶に基づく、異界の術式が組み込まれる前の「ミルラス防壁」は、ティカ様にお渡しした後、王宮魔導院で詳しく、詳しく解析されたの。 

 でもね…… 悪いことに、異界の術式によって汚染された部分については、かなりの上書き改変が行われていて…… 整合性が取れなくなるまでに至っていたのよ。

 ティカ様は…… このままでは、ミルラス防壁の改変を実施しても、まともに稼働するかどうか判らないと、そう決断され、おばば様のもとに……


 そう、の「ミルラス防壁」をお求めに、懐かしきダクレール領に赴かれたのよ。


 結果は…… 知っての通り、原初の術式はもう失われていたわ。 でも、可能な限り掘り起し、そして、ティカ様の ” 絶対記憶 ” で、保存されていったのよ。



^^^^^



 今、目の前に広がる「ミルラス防壁」は、お母さまが異界の術式を組み込まれる前の物…… ともいえる。 けれど……

 私が覚えている、異界の術式を組み込む前の「ミルラス防壁」とは、少し…… というか、ずいぶんと趣が違うの。

 異界の魔力によって汚染され書き換えられていた部分が、浄化され解呪され、そしてこの世界の法理によって規定される術式に戻った…… 改変されていた部分は、お母さまの記憶にあるモノとは全く違うの……

 でも…… 繋がりと、機能は整合している。 破綻は無いの。 いえ、言うなれば、よりよく改変されているともいえたわ。




「ティカ様…… これは……」




 全ての【浄化】【解呪】を終え、汚濁部分が昇華され切った後、ティカ様に語り掛けたの。




「リーナ…… これほど変革されていたのですね。 道理で、貴女から渡されていた、異界の術式を組み込む前の「ミルラス防壁」を詳細に検討しても、当てはまらなかった訳ですね。 歴代の王妃殿下が改変していった、「ミルラス防壁」。 パッチワークの様な状態が、一枚の完成されたタペストリーの様に…… 美しい術式ですね」

「ええ、ティカ様。 まことに、誠に仰る通りですわ。 ……これで、あの「魂の捕縛術式を【浄化】できますわ。 すでに、この防壁からは、切り離されておりますから、二度と修復術式は働きませんもの」

「そうね、リーナ。 仕上げとしましょう。 そして、二度と【魂の捕縛術式】が、この世に出る事が無いように、わたくしが禁忌魔法として封印いたします」

「はい、よろしくお願い申し上げます」




 私は、もう一度、最強強度の【解呪】を組み上げ、起動魔方陣に【魔力変換術式】を組み込み、起動準備は完成。

 宙ぶらりんになっている、【魂の捕縛術式】の下に【解呪】の魔方陣を展開して、いざ起動。

 私の赤黒い魔力が変換され、【解呪】の魔方陣に流れ込む。 全体に行き渡り、そして、術式は発動したわ……

 ぼんやりと、発光する魔方陣は、徐々にせり上がり、そして、【魂の捕縛術式】を分解昇華していくの。 氷を食むような、そんな音がする。 術式が抗い、そして、分解されていく。

 金色の粒が、吹き上がり…… 虚空に消えていくの。 それはまるで…… 金色の雨粒が、逆転したような…… 地吹雪にも似た、そんな情景。

 隣で佇み、その情景を見つめているティカ様の表情も、私と同じ様。

 ただ、ただ、” 美しい ” と感じてしまうの。 最後の煌めきが、虚空に消えるまで、私たちはずっと…… ずっとその情景を見つめていたの。



      ホゥ……



 口から感嘆の溜息が漏れるの。 ティカ様は目を大きく開け、その様子を見つめられていた。 ゆっくりと、私の方に顔を向けられ、そして、語り掛けられたの。




「リーナ…… 終わりましたね」

「はい…… ティカ様。 これで、【制御術式】は、完成したと…… そう思われます。この後は、この術式を王城地下に設置し、再起動させるだけ。 魔力の入力に必要な、術式は?」

「おばば様に教えを乞うた、” 祈りで魔力を増幅 ” する、術式があります。 わたくしなりに、強化改変はしてありますの。 見てもらえる?」

「御意に。 でも、わたくしに判る物でございましょうか?」

「精霊様の愛し子である貴女。 貴女なら、きっと…… 紡ぎますね」




 ティカ様は、両手で虚空に魔方陣を紡ぎ出したの。 彼女の手から編み出された魔方陣は複雑な軌跡を取りながら、一つの術式を形成したわ。 途中、途中に、いろいろな術式が見えるのだけれど、どれも美しい術式だったの。




「コレなの…… だけれど……」

「拝見させて頂きます」




 虚空に浮かぶ術式。 人の、生きとし生ける者の祈りが集められ、辺りに漂う空間魔力を増幅する魔方陣。 真摯な祈りがあれば、有るほど、その増幅率は増大する。 魔力を多く持つ者が、祈りを捧げる事によって、その者の魔力も注ぎ込まれる。


 そんな、魔方陣。



  ” 祈りの術式 ”



 わたしが何かを指摘するまでもなく、飛び切り上等なそんな術式。 ふと、頭を撫でられた様な気がしたの。 この御手は…… ノクターナル様。 そっか…… 精霊様も御照覧あそばされ、そして、とても気に入られたのかぁ……




「ティカ様。 これはとても良い物に御座いますね。 僅少でも祈りがあらば、空間魔力をよく固定し、そして、方向性を決め流し込めます。 祈りが多くなれば、なるほど、その量もまた。 ” ……祈りが無い場所には、護る価値など無い ” でしたかしら? おばば様の…… 海道の賢女様が、「ミルラス防壁」をお創りになった際に、仰られた言葉に相違ありませんね」

「ええ、リーナ。 でも、たとえ、庶民の孤児が、たった一人でも祈り捧げるならば、この大いなる護りは、維持される。 たった一人…… たった一人の真摯なる祈りさえあれば…… その役割を果たすのが、ファンダリア王国の王妃殿下に他なりません」




 ええ、そうね。 祈りは小さくとも尊いもの。 精霊様の御前にあらば、人の貴賤など、云うに及ばず。 誰かが遣らされるものでは無く、自発的に祈りを捧げなければ、” 祈り ” の効果も薄い。 そして、その最初の一人が……


 ファンダリア王国、王妃殿下 に、与えられる最も重要な事柄。

 成程ね。 アンネテーナ様の祈りかぁ…… あの方なら…… きっと……




「魂の捕縛術式」のあった場所に、「祈りの術式」を組み込み、さっき私がまとめて受容体を作った、魔力の入力線に接続するの。 「祈りの術式」への魔力供給は、「ミルラス防壁」の各部出力線。 そう、「魂の捕縛術式」のと同じ。

 よく見れば、保守復元術式も組み込まれているわ。

 さらに、ティカ様の手による「対異界の魔法術式」もね。 異界の魔力でもって、この「祈りの術式」を攻撃すると、その攻撃に自動反撃を行うの。 【ミラー】って事ね。 術式には、【魔力変換術式】が組み込まれていて、異界の魔力に対しても、護られている。 

 考えられて、考えられて、最善を尽くされたのね。 凄いわ、ティカ様。

 強度の【定着術式コーティング】で、すべてを固着して、これで、すべて確定したの。

 新型の、「ミルラス防壁」の制御術式。

 思わず、笑みが零れた。 

 これを、王城コンクエストム 直下のあの場所に設置さえすれば……

 そして、刑場のあの「魂の捕縛術式」本体を【浄化】【解呪】を完了し、祈りの為の聖壇を設置さえできれば……


 あとは、起動するだけ。



 そうすれば……



 ファンダリア王国、王都ファンダルの最終防衛線は、維持できる。







 見てらっしゃい、邪な思いを募らせる者たち。


 あなた達の思い通りになんて、させはしない。 民草の祈りは、天に通じるんだからッ!









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