その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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北の荒地への道程

その日を前に……

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 ―――― 秋季大舞踏会まで、あと一日半。 




 まだ、大舞踏会に…… 出席とも、護衛任務とも、連絡は来ない。

 スフェラさんの憔悴の色が濃いわよね。 その任務の種類によっては、色々と準備が必要だし、手配も時間が掛かるものね。 一応ね、舞踏会に出席を求められた時用に、フルーリー様にドレスの手配はお願いしていたの。

 それは、一週間前に到着してて、事前にフィッティングも済ませているわ。 見事なドレスね。 ちゃんと、お願いしたとおりに、動きやすいデザインで、隠しポケットもついているの。 

 下級の貴族の方が着用を許されている、くすんだアイボリーホワイトの御色。 中級品の反物は、男爵家辺りのお家の方でも、何とか手が出せる価格帯のもの。 まぁ、庶民が買うとなると、一年分の収入を注ぎ込まないと無理だけどね。


^^^^^


 私は、ほら、色々と役職とか任務とかあったし、その上、御食事位にしかお金を使っていなくてさぁ…… 各所の財務官吏の方にお願いして、フルーリー様の総合商会に作った私の専用口座に、全てのお給金を振り込んでもらっているのよ。

 それがね、笑っちゃう程に溜まっていたのよ。 

 フルーリー様は、グランクラブ男爵家として、私にドレスを用意する! って、そう仰っていたけれど、それはご辞退したの。 だって、同じようなことを、ドワイアル大公家からも、ご提案されていたんだもの。

 ほら、私の王都での 『 後見人 』 って、ドワイアル大公家でしょ? おばば様の手前、放置するわけにもいかず…… でも、ドワイアル大公家の食客って訳でもないものね。 だから、対処に苦慮されていたみたいなんだもの。

 それにさ、ドワイアル大公家としては、今年のデビュタントはとても、とても、重要な意味が在るのよ。

 一つには、アンネテーナ様が、王太子妃候補として擁立されること。 もう、他の候補者は増えないし、ほぼ確定なんだもの。

 もう一つは、ミレニアム様。 王太子殿下の側近としての第一歩を歩み出すの。 社交界デビューと云う晴れの舞台で、確定されれる訳なのよ。 これから、一層の研鑽を積み、やがて外務官僚をしてその身を立て、いずれ、ドワイアル大公閣下の職務を御継ぎになられる、そんな第一歩目の大事なお披露目。

 そんなお二人がいらっしゃる、ドワイアル大公家には、当然余裕なんてものは無いわよね。 細心の注意を払って、御二方の装いに、そして、礼法に力を注ぎ入れて、さらに周囲の貴族、御連枝様方、一族御親戚様方達に十分な根回しをしなくてはならないしね。

 さらに、云うなら、外務系は抑えられるけど、ファンダリア王国の国政という面からみれば、内務を司っているニトルベイン大公家、財務を司っているミストラーベ大公家、軍務を司っているフルブラント大公家の方々に御了承も頂かないといけないんだものね。

 そりゃ、大公家の方々は大変な思いをされているわよ。 そんな中でも、私にまで目を向けてくださるのよ。 有難いことよね…… でも、無理よ。 私がそんな方々に迷惑をかけるわけにはいかないもの。



 ――― 前世の私は…… 



 自分の事しか考えていない、前世の私は、そんな中でもやりたい放題…… 一応はね、ほら、マクシミリアン殿下のご婚約者って立場があったから…… それでも…… 嫌ね、驕慢で傲慢な私の事を…… 思い出しちゃったのよ。

 だから、ドワイアル大公家の皆様のご助力はご遠慮したの。 きちんとお給金も頂いているし、それも…… 莫大な額よ? だから、自分の事は自分で出来ますって、お伝えしたの。



 ” どうぞ、アンネテーナ様、ミレニアム様のご準備に専念してくださいませ ”



 ってね。 第十三号棟に御越しになった、ドワイアル大公家の家令の方は、それはそれは、嬉し気にその言葉を受け入れてくださったわ。



 ” お心遣い、有難く存じます。 主、ドワイアル大公閣下にも、そのように? ”

 ” 閣下には、十分にお世話になっております故、これ以上の思し召しはご不要に…… と、お伝えいただければ、幸いにございます。 どうぞ、良しなに ”

 ” 御意思、確かに承りました。 家令として、御礼申し上げたくもあります ”

 ” 勿体なく。 どうぞ、良しなにお伝えくださいませ ”



 そんな、会話を思い出したわ。 ドワイアル大公家の家令さんも、私の記憶の中にいらっしゃるの。 記憶の中の彼は、いつも無表情で…… 冷たい目をしていたわ。 でも、今は違った…… 暖かな、そして、申し訳なさそうな色が、瞳に浮かんでいるもの。

 彼の表情は、彼の気持ちを雄弁に語っているわ。 てんやわんや状態の大公家に、” 私 ” という、異物が混乱を更に助長させる要因となる事が、無くなってホッとしているってね。

 市井のよく貴族間の事情を弁えない、そんな一般庶民なら、喜び受け入れ、増長して我儘を云うとでも、思っていらしたのかしら? まさか、大公家からの優遇を受け入れないって、思ってもみなかったって、そんな表情。 ふふふふ、感情が表情に出ているたよ、家令さん。

 でも、困った状態にあるのは変わりないわ。




^^^^^



 私への処遇が決まらないまま、あと一日半。 ティカ様にお聞きしても、何もわからないって、そう、にこやかに告げられるばかりなのよ。

 なにか……

 なにか、知っていて、それでも尚、私には教えて無い…… そんな雰囲気ね。 想像だけど、私をどんな立場で秋季大舞踏会に出席させるか、決めかねている? いえいえ、それよりも、出席させるかどうかさえも決められない? そんな感じなのよ。


 ティカ様の御尊顔の表情から、伺えることは一つ。


 駄々を捏ねているのは、きっと王太子殿下。 私をアンネテーナ様の御傍につけさせようと…… そして、その…… と、云っては何だけれど、一緒にデビュタントをさせて、貴族の社交会の中で、ちょっとした 薬師リーナ の、足場を作りたい…… って、そう思し召しなのね。

 ほら、一旦、社交界デビューをしたら、どんな局面においても、” 出席者 ” として、出入りできるもの。 それが、たとえ王城であってもね。 つまりは…… 呼びやすくなる。 囲い込みの一種よね。

 でも、ほら、ベネディクト=ペンスラ連合王国の使節団の方々とのやり取りがあったから、王太子府詰めの各要人の方々から、かなり警戒されてしまったって事ね。 私の口から、ファンダリア王国の秘事に値する事が、あちらに漏れる可能性も大いに在るって処かしら?

 交渉事を常とする、ミストラーベ大公家の方々…… 財務を司って、事、ベネディクト=ペンスラ連合王国と、今後経済的に遣り合おうって考えておられる人たちにとっては、由々しき問題だものね。

 それに、外務関連の方々も…… 別な角度からは、軍務関連の方々もね。 

 だって、私…… 軍属の薬師で、第四軍に配されているもの。 王太子殿下の横車も、そうは効かないわ。 そもそも、庶民が王宮に於いて開催される、国王陛下主催の舞踏会に出席する方が、異例中の異例なんだものね。

 軍属の薬師として、護衛ならば…… 考えられないでもないけれど…… まぁ、それは、あちら側が考える事。 私にはどうする事も出来はしないし、何かを働きかけるつもりもない。 

 王城コンクエストムは、強固な護りを持っている。 物理的にも、人的にも。 アンネテーナ様の護衛だって、女性護衛騎士の方々がたくさん準備されているもの。 まして、この秋季大舞踏会のデビュタントでは、王族の方もデビュタントされるわ……

 そう、マクシミリアン殿下がね。 一歳年下の王太子殿下も、特例を以てデビュタントされると、そう仄聞そくぶんするもの。 王城の警備だって、気合が入っているわよ。

 それに、まだ、近衛騎士さん達は、王城でのお仕事に戻っていないわ。 今、王城を護っているのは、護衛騎士団の方々なのよ。 実戦経験豊富な、危機を肌で感じられる人達なんだものね。

 万全……

 そう言えるの。

 その上……


 この機会を逃すまいと、ティカ様が動かれたの。

 王城内に、主だった高位の貴族の方々が集まり、そこは重点的に強力な護衛騎士団が護っていらっしゃる、この状況をね。 

 最大限に有効に使われようとされているのよ。


 つまり……


 やるつもりなのよ…… ティカ様。



 ミルラス防壁の刷新を…… 短時間でも、防壁が消滅する危険な時間を、出来るだけ安全に…… そして…… 国の中枢を守り抜くべく……


  ―――― 決断されたのよ。







「リーナ。 魂の捕縛術式の【解呪】と【昇華】。 お願いできますね」

「ええ、勿論ですわ。 聖壇のご用意は?」

「すでに、王宮魔導院と、聖堂教会 神官長様に手により、準備は終わっておりますわ。 あとは、リーナ次第なの」

「精霊様のお導きです。 精霊誓約の誓いは、違える事、有り得ませんもの。 この世界に、異界の術式は必要ありません。 あまりにも…… 危険です。 そして、それを分解出来るのは、わたくしのみでは御座いませんか。 成し遂げますわ、この国の…… いえ、この世界のすべての生きとし生ける者たちの為にも…… ですわよ」

「ええ、リーナ。 その事は、よく理解しているわ。 貴女が何者で何を成さねば成らないかも。 


  ――――精霊様…… 感謝申し上げます。 この世界に…… リーナをお遣わし頂いた事…… 誠に、誠に…… わたくし、ロマンスティカ=エラード=ニトルベイン。 最大の感謝を以て、祈り伏します。  」





 両手を組み、天を見上げるティカ様。


 なんだか…… とっても……




    ―――― くすぐったい……なぁ……




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