その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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「薬師錬金術士」 の 「リーナ」

薬師錬金術師のリーナ

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 王宮学習室を辞し、第九層の長い回廊をミレニアム様と同道していたの。



 彼が居なければ、私が第九層に居るわけには行かないから、それは納得なの。 でも、なんで、階層を下がらず、又、上への階段を上がるのかな?




「リーナ、済まない。 私が殿下に報告すればよいのだが、証人が居る。 あの衛士の事も、学習室の中のことも、そして、アンネテーナの滞在している部屋の事も。 君から報告を受けた私でも、驚きを隠せない。 この事は、ドワイアル大公家に対する蔑視と受け取らざるを得ない。 まして、アンネテーナの身に危害が及んでいる事は、王太子府でも確認していなかった。 ……殿下の反応が恐ろしいな」

「愚考いたしますが、その源はかなりの確率で王宮、後宮の主様のお心を忖度した結果かと。 あの方の、ドワイアル大公家への思いは、根深いものが御座いますゆえ」

「……王妃殿下か。 ウーノル殿下のお心を想うと、なんとも言えないな」

「御生母様に成られますゆえ……」

「そうだな。 しかし、報告せねばなるまい。 ドワイアルから、直接言うわけには行かぬから……な」

「御意に。 国が割れてしまいかねませんもの」

「よく見える目だな、リーナの目は」

「部外者の目に御座いますれば。 当事者では、見えぬものも御座います」

「冷静だ…… 私などは、怒りに我を忘れそうに成ってしまっているというのに」

「第四〇〇特務隊の指揮官なれば……」

「冷静さが、その身上と云うわけだね。 頼もしいよ。 アレの兄として、願う。 アンネテーナの事、どうか宜しく頼む。 アレの王城での安寧は、君の双肩に掛かっていると…… そう認識した。 いや、認識させられた。 わずかな面会時間の間に、不備をあれほど指摘するなど…… 王城の澱んだ空気は、穢れを孕み、ファンダリアを腐らせる。 君の見識、手腕。 改めて認識した。 どうか、殿下の側に……」

「成りませんわ。 一介の庶民の薬師が、王太子殿下のお側に付く事は出来ません。 お呼び出し頂いて、その都度のご命令を頂くほうが、現実的に御座いますわ。 そのことは、誰よりもミレニアム様がご存知のはず」

「……詮無き事を、口にした。 能力だけならば、君が一番の適任なのだがな…… 身分制度の壁か……」

「御意に。 こうやって、ミレニアム様と親しくお話しすることでさえ、畏れ多い事に御座いますれば」

「いや、それは、いいんだ。 こうやって、忌憚の無い意見の交換は、私にとっても有意義で有り難いモノだ。 自身の能力を自身で測るための重要な指針にもなる。 だから、それは言わないで欲しい」

「勿体無く…… ですが、よいのですか? 本当に?」

「あぁ、学院に於いても、同様に頼みたい。 もっとも、学院では建前上、階位間の無礼は許されているが……」

「それでも、貴族と庶民の間には大きな溝が御座います。 どうか、その辺りは…… お含み於き下さいませ」

「……遺憾ながら、同意する」




 第十二層までの大階段を上がる私達。 その間にそんなお話を続けていたの。 ウーノル殿下にご報告に上がる為に、連れて行かれるのか…… 証人と言われたわね。 あぁ、そうね。 事実を打ち明けるには、その事を実際に見たものが必要なのよね。


 判った。


 アンネテーナ様の安寧のため、引いては、ファンダリアの未来の為にきちんと報告するわ。 光を消さないように、まだ細く危うい、ファンダリアの未来の為に…… 




 ^^^^^



 王太子府で、ミレニアム様と教育室であった事を報告したわ。 細大漏らさずにね。

 ウーノル殿下の顔色が、すっと変わったの。 侍従長ビッテンフェルト様に向けられた視線は絶対零度まで、落ちていたわ。 ビッテンフェルト宮廷伯様の顔色も青いわ。 そりゃそうね、「王家の見えざる手」の人だったかしら。 対外向けとか、貴族たちの動向を調べるのは当たり前だったけれど……


 雇い主の動向を調べることなんて出来ないんですものね。


 きっと、直ぐに調べられるわ。 そして、果断に処置されると思うの。 だって、アンネテーナ様は、ウーノル殿下の「 唯一 」なのよ? その方が害されている現状を看過する様な為人ひととなりでは無いもの。

 きっと、苛烈な判断を下されるわ。




「ミレニアム、そして、薬師リーナ。 報告有難う。 そして、アンネテーナを治療してくれて、感謝する。 コレより王太子府は、アンネテーナの保護に力を注ぐ。 の好きになどさせてやるものか。 ビッテンフェルト、ニトルベイン大公を呼べ。 今すぐに! 宰相ノリステンも同時に。 良いか」

「御意に御座います。 ……王国騎士団 総団長、テイナイト公爵閣下も呼ばれますか?」

「…………叱責せねばな。 よい、呼べ。 その前に、万全に足る証拠を集めよ。 あぁ、薬師リーナは同席しない方が良いな。 アンソニーを呼んで、彼女を外苑まで送らせよ。 決して、危害が加わらぬ様にな、よいか」

「御意に」




 殿下は怒りを少しでも抑えようと、拳を握り締め、執務机の上に置いているわ。 フルフルと震える、握り拳。 殿下のお怒り、とても良くわかる。 でも、暴発しないでね。 ファンダリアの未来の為に必要な人も居るんだから……




^^^^^



 呼び出されたアンソニー様が私を連れて、王城外苑に一緒に向かったの。

 来た時と同じ道を反対に辿ってね。

 王城外苑に付いたときにはとっぷりと日も暮れ、辺りは夜の帳がすっかり落ちていたわ。




「薬師リーナ。 いや、リーナ。 今日は疲れただろう。 突然の呼び出し、公女リリアンネ様との会見。 さらに、王宮学習室と、アンネテーナ様の事。 ゆっくりと休息をとるべきだ」

「お気遣い、痛み入ります、アンソニー様」

「……君と話をしていると、心が落ち着くな。 きっと、これから、王太子府に於いて、嵐が吹き荒れる。 因習にとらわれた世代と、それに抗う世代との間に吹き荒れる…… そんな嵐がね。 しかし、ファンダリアの未来を見据えるならば、必要な事でもある」

「それを…… ご理解して頂いていたのですね」

「掛け違ったボタンを戻すのには、根気が必要なのは判っている。 しかし、いざとなれば、ボタンの付いたシャツを脱ぎ捨てることも又必要なのだともね。 さぁ付いた。 しっかりと休養をとられよ。 そして、万全の状態を維持し、もって、ファンダリアの未来の為に精進なされよ。 そう、君が遵守する、「精霊誓約」を履行する為にも必要なことだ」

「御意に。 有り難く…… それでは、御前を辞します」

「うむ。……また、呼び出しがあろう。 コレを」




 そっと、差し出されたのは、一つの記章。 それは、【近衛騎士隊の特別記章】 王太子府のある、第十二層へ伺候出来るようにと用意されたモノと判ったわ。




「コレを、わたくしにですか?」

「あぁ、そうだ。 何かと意見を聞きたくなるからな。 王太子殿下は、君の事を高く買っておられる。  第四〇〇特務隊 指揮官にして、薬師院、第八位薬師殿。 経路は多いほうがいい。 コレを鎖と思うか、通行手形と思うかは…… 君次第だ。 君は、笑って受け取ればいい。 私が思うに、、必要な記章だからね」




 朗らかに笑うアンソニー様。 

 そうね。 鎖では…… 無いわ。

 何か有れば、緊急の報告も必要なのよね。

 だって、ウーノル殿下は……


 ―――― 第四軍の総帥なんだしね。




 それに、私は、第四軍 第四〇〇特務隊 指揮官



 ―――― 薬師錬金術師リーナ。 


 なんだものね。 出来ること、成すべきことを、成すだけよ……。






^^^^^^^






 夜空に、《 月 》 が、出ていたわ。


 明るい、まん丸なお盆のような。





 冬の夜……

 シンシンと寒い夜。




 清々とした、月光の元……



 
 色々な思惑が絡みついた王城から……




 私は、暖かい第十三号棟おうちに向かって、歩き出したわ。





 皆の居る、あの、暖かな、お家に帰ろう…… 





 本当に…… 疲れたんだもの……







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