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「薬師錬金術士」 の 「リーナ」
治療(3)
しおりを挟む彼女の後に続き、私室への廊下を進むの。 はぁぁぁぁ、ココも記憶にある。 つまりは、あの時と、同じお部屋にアンネテーナ様はいらっしゃるって事なのね。 私の場合は問題行動だらけの、準貴族だから仕方ないけれど、アンネテーナ様は暦とした、大公家のご息女よ?
こんな後宮の奥まった所なんて、いくらドワイアル大公家の意向があったとしても、そうは干渉できないわ。 そのお部屋…… 広さはあっても、とても、薄暗く、寒々と…… 陰鬱な感じのするお部屋なの。 窓もごく小さな細長いものが数箇所。
明り取りといっても過言ではない程のものだったわね。
さらに、魔法灯火も類も僅少。 すべて間接照明で賄われているわ。 壁紙が暖色系統ならば、それでもいいんだけれど、実際は荘厳なお城のお部屋らしく、ブラウン系統の重く重厚なもの。 温かみなんて皆無よ。 豪華な机とか、広い天蓋付きベットとかは、さすがに王宮らしいものが揃えられているけれど、隣接するお風呂場は寒いし、給湯も遠い為か熱いお湯が出ることは無いわ。
前世でね、隠れて侍女たちが蔑んだ声で、私の事を揶揄してたのを…… 思い出したの……
――― 軟禁部屋の偽貴族 ―――
だったかしら…… 怒りに震えた覚えがあるのよ。 ギュッて握り拳を固めて、更に苛烈に驕慢になったわ…… はぁ…… 嫌な記憶ね。 まぁ、偽貴族って言うのは、間違いないんだけどね。 でも、そんな部屋にアンネテーナ様を? 本気なの? 上層部は…… ウーノル殿下は知っているの? これは、お知らせしないといけない。
前を歩くアンネテーナ様。 思ったとおり、記憶にあるお部屋に連れ込まれたの。 暗く静かで重いそんな部屋の雰囲気が随所に見られるの。 その上、思ったとおり、瘴気が濃い。 暗い部屋のおかげで、私の目の色はそんなに気にならないと思うわ。 なら…… 遣ってみる。
「アンネテーナ様。 少々こちらの、浴室をお借りいたします」
「ええ、いいわ。 侍女の方達には、今、大切な秘匿された魔方陣を使用するから、この部屋に入らぬように申し付けたの。 それでいい?」
「有りがたくあります。 では、少々お待ちください。 あのソファで、お座りいただければ……」
「判ったわ、待っている」
この部屋の中で一番瘴気の薄い場所を指定して、座ってもらったの。 アレくらいの瘴気じゃ、アンネテーナ様の胸に掛かる護符が防御してくれる。 これ以上彼女の負担が増すのは絶対に良くないもの。 お風呂のある部屋に入って、早速、目の【詳細鑑定】の制限をすべて外すの。
鏡に映る私の瞳は…… エスカリーナの色。 群青色の瞳に光が宿って揺らめいていたわ。 そっと、アンネテーナ様の居るお部屋を探査するの。 そう、探査。 呪物がある筈なのよ、この気配はそう。 どこから、瘴気が漏れているか、それを探るのよ。
あったわ…… それも、何箇所も……
ベッドの上、お風呂場、豪華な机の陰。 さりげない、調度品にまぎれて、それは設置されていたわ。 前世の記憶から、この部屋はどうしようも無い、王族とか準王族の軟禁部屋にされていた風ではあった。 だから、問題行動を起こすそれらの人々に対し、弱らせるの目的としたお部屋なのよ。
王宮侍女の人は知っていた。 そして、女官長もまた、それを知っていて、それでも、アンネテーナ様のお部屋としてこの部屋を宛がわれた。 悪意が透けて見える。 そして、それを指示したのが誰か…… 女官長は、王妃殿下の元侍女。 あの方の頭の中では、今もドワイアル大公家は敵対的な大公家という事。
ロマンスティカ様が物憂げに、語られたニトルベイン大公家の内情とも合致する。
ならば、どうするか。 表立って、対立すれば、王国は割れる。 ニトルベイン大公閣下も二者択一を迫られれば、王国を取られるわ。 そう、ドワイアル大公家を捨ててね。 そうならないようにするには、ニトルベイン大公閣下自ら、処置をされるのが一番。
誰が狐に首輪をつけるか…… 王太子殿下に決まっているわ。 状況を説明できれば、これ程強い権限を持った方は居ない。 そして、ニトルベイン大公閣下に働きかける事が出来る人で、強い影響力を持つのは…… 彼しか居ない。
それまでの間…… この場をどうにかするのが、私の役目。 場所の特定は終わった。 何をすればいいか、それもわかっている。 目の制限を掛け直し、手に【封印】の魔方陣を紡ぎだしたの。
「アンネテーナ様、水飴を練成する前に、お部屋の掃除を致しますね。 どうも気になって仕方ないものですから……」
「えっ? ええ…… 掃除ですか?」
「はい、掃除です」
私は見定めた目標に向かい、吐き出されている瘴気をものともせず、それら呪物を一つ一つ【封印】していったのよ。 がっちりとね。 それこそ、異界の魔力と術式も駆使してね。 だってそうでしょ、柔らかな【封印】をしたって、王宮魔導院の高位魔術師が封印を取り払う可能性があるんだもの。
なら、彼らにも解けない、厳重な【封印】をするのは当たり前。 そして、この【封印】を施すことによって、彼らより ” 出来る ” 魔術師がアンネテーナ様に付いたと認識させる事が重要なのよ。 手出しできない【魔方陣】を見て、彼らが思うことは…… アンネテーナ様の後ろに、とんでもないモノが居ると云う、認識。
海道の賢女様の術式をわざとらしく混ぜたのも、それが理由。 きっと、ティカ様に相談に行くわ。 そして、明るみに出る、” 王宮と後宮女官 ”のやり口。 ニトルベイン大公家の姫様が激怒されるわ。 何より、王宮魔導院、第四位魔術師、ロマンスティカ=エラード=ニトルベイン様ならば、お許しになられない。
未来の国母を害するような、そんな部屋に、アンネテーナ様を放り込んだ者達に、鉄槌を下すわ。 彼女なら…… ティカ様ならやりかねないもの。
【封印】はがっちり。 そして、部屋の中の瘴気を払うために、浄化結晶を練成するの。 主成分はお塩。 数種類の薬草と一緒にね。 これも、フルーリー様を救い出すときに使ったものと同じ。 『 魘魅の呪い 』の瘴気をことごとく吸ってくれるもの。
薄暗く、重い雰囲気だったお部屋が明るく軽くなったわ。 やっと、これで、普通に生活できるようになるのよ。 アンネテーナ様の安全はコレで……護られる。 ドス黒く変色した、浄化結晶。 長年にわたって、この部屋にこびり付いた瘴気も吸ってくれたみたい……
「リ、リーナ様…… そ、それは……」
「この部屋の穢れですわ。 ちゃんと浄化しましたから、これからは、体調不良もなくなるでしょう。 あっ、でも、このことは内緒にして欲しいのです。 一介の薬師が、こんなことをしてしまっては、女官長様にしかられてしまいますもの……」
にこりと笑い、そう伝えるの。 その、言葉の意味の裏側は、アンネテーナ様にとっては、直接言っているのも同じ。 彼女もまた、にこりと微笑んでくださったわ。
「さて、では、御所望の「水飴」を練成いたしますわね」
右手に練成魔方陣を紡ぎだして、水飴の術式を起動させて、起動魔方陣に魔力を注ぐの。 起動限界に達し、魔方陣が起動…… さっき貰ったお砂糖を、砂糖壷の中身を ” 全部 ” 突っ込んで練成開始。
チャカポコ、チャカポコ 音がしてね……
魔方陣の下側から、ポロリ、ポロリって、二、三個の水飴が瓶に入って落っこちたのよ。 当然、瓶には【保存】の符呪が施されているわ。 そして、リーナ特製の魔術的刻印もね。 そう、薬師とか魔術師ならば、これが誰が作ったか一目で判るはずよ。
「アンネテーナ様。 どうぞ」
「有難う…… 本当に、有難う…… 舐めて……も?」
「どうぞ、お確かめください」
そういって、そっと匙を差し出すの。 銀製よコレ。 彼女も一目見て判ったみたい。 苦笑いを浮かべてそっと言葉を紡がれたの。
「信用しておりましてよ? 銀の匙とは…… 貴女と云う人は……」
「毒見をせずお渡しすることなので。 信用とか信頼とかは別として、王宮薬師院、製剤局の薬師としては、当たり前のことに御座いますれば」
「あら、そんな配慮、今までこの王宮では、してもらったこと無いわ」
「重大な職務規定違反となりますね、それは。 ミレニアム様を通し、殿下にご報告申し上げましょう。 色々と…… 違反事項が散見されます。 アンネテーナ様の身の安全は然るべき者達に委ねられるでしょう。 そうですね、きっと…… ニトルベイン大公閣下もそう望まれるでしょう」
「……リーナ。 貴女、何処まで理解しているの?」
「ご想像に、お任せいたしますわ、アンネテーナ様」
「……仲良くしてね。 リーナ」
「はい」
にこりと微笑まれ、瓶の蓋を開け、銀の匙で水飴を一掬い。 御口に運ばれ、匙を咥えられたまま、両手の掌で頬を押さえられ、蕩ける様な笑みを浮かべられたの。 まるで、幼子の様に…… かつて…… ドワイアル大公閣下のお屋敷の彼女のお部屋で見た ” お姿 ” と、同じ様に…… エスカリーナと笑いあって、瓶に指を突っ込んでいた頃と同じように……
あぁ…… 私は……
この笑顔を護りたい。 大切な、大切な……
姉妹なんですもの……
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