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「薬師錬金術士」 の 「リーナ」
絡まる思惑。
しおりを挟むお話は続くの…… 異動のお話だけじゃ無かったわ。 ちょっと、気が重いの。 だって、スコッテス女史がとてもイイ笑顔で、私を優しく見つめて居るんだもの…… 居心地がとても悪いわ。 お尻がムズムズするのよ。 だって、アノ女史がよ……
ニコニコ顔のスコッテス女史は、事も無げにトンデモナイ事を言いだしたの。
「リーナさんには、学園の礼法の時間に戻って来てもらいます。 「軍属」となり、従軍薬師に任ぜられてから、王立ナイトプレックス学院への登校は不要とみなされてしまいました。 学院上層部の判断でした。 とても、残念に思っておりました。 が、この度、「王宮外苑」に配置転換するにあたり、王太子府より、王城への出仕も求められていると、そう伺いました。 リーナさん、貴女にはまだ伝えていない、数々の礼法が御座います。 王城コンクエスタムでの振る舞いについては、十分に身についていると判断しておりますが、王太子府からの情報では、もう少し補強せねばならない事が、判りました」
「補強…… ですの? 王城コンクエスタムへの伺候は、王宮薬師院、調剤局への出頭と考えておりました。 外宮の調剤局での、お手伝いであれば、礼法も今の理解している範囲で、問題無いのでは?」
ふと、女史が溜息を付かれたの。 なんだか、怖い言葉が出そうね…… 御顔にもちょっと陰りが有るし……
「事は、重大です。 王城、王太子府にお呼出しが有る可能性を示唆されました。 それに伴う、礼法を学ばせよ、誰にも謗りを受けるような事の無きように、との、ウーノル殿下よりの御言付が、わたくし宛に在りました。 シーモア子爵にも、同様に貴女のダンスを磨けあげよとの思召しに御座いますのよ」
「ダンス…… もですか……」
ちょっと、” げんなり ” しちゃったわ。 ギフリント城塞の天幕内での情景が、思い浮かぶの。 確か、あの時…… シーモア子爵が、言葉にしてたよね。
”ダンスの練習をしなくちゃね。 ワルツにタンゴ、色々と教えてあげるわ………… …………その時に成れば判るわ。 その時に成ればね ”
ウインクしながら、そう仰ったんだった。 はぁ…… シーモア子爵、知ってたんだ………… でも、なんで、ダンスなんか必要なのよ。 百歩譲って、王太子府に出頭を求められて、その為の礼法が必要なのは判るわ。 でも、ダンスなんて…… 貴族でもない私が、舞踏会に招待される訳も無いし、よしんば、舞踏会に居る必要があっても、壁に張り付いているのが普通よ?
何故なのかしら?
シーモア子爵が、面白そうな笑みを浮かべて、私に語り掛けてくるのよ。 ホントにこの人はッ! 加虐趣味でもあるのかしら? 一度、精神鑑定を実施する事を、強くお勧めするわ…………
「リーナさん。 あのね、ウーノル殿下が仰ったのよ。 来秋の、この国の高位貴族の子女、令息達がデビュタントする国王陛下主催の「秋の大舞踏会」に、あなたも参加させよってね。 理由は、殿下の大切にしている女性の方々の護衛。 女性の近衛騎士をドレスアップさせて、幾人かは参加させる、おつもりだったらしいのだけれど、如何せん人数が足りないのよ。 思い出されたのが、学院舞踏会でのあなたの事。 近衛騎士達も一目を置く様な、貴女ですから、殿下も特に大切な人の側に置きたいと、そう思われた様ね」
「特に大切な方…… アンネテーナ様に御座いますか?」
「ご明察。 舞踏会当日、公式にアンネテーナ嬢は、王太子の御婚約者として発表されるわ。 その後は、公式に未来の王太子妃、いいえ、国母と成られる方として遇せられるようになるの。 安全面を最大に考慮されるのは、当たり前よね」
「……護衛官ならば、わたくしなどよりも……」
「いいえ、貴女が良いんですって。 毒にも精通しているし、なにか不調が有れば、即座に診て取れる。 対処も並みの治癒師よりも的確である上に、薬剤の錬成がその場で可能。 さらに、並みの護衛官よりも腕が立つ。 ねっ、ほら、” 余人を以って替えがたい人材 ” って、判るでしょ?」
「あ、あの、それは…… 買被りに御座いますわ。 何を根拠に……」
「根拠? それはね、貴女が ” 成した事の全て ”ね。 北域街道の街々から、感謝の言葉が第四軍司令部に届いているわ。 それに、ギフリント城塞の治癒師、ヘーバリオンの治癒師、軍治癒師からも…… 更に言えば、ここ、エスコー=トリント練兵場、エスコーの街、トリントの街の教会、治癒所からもね。 あなた、判ってないの? 貴女の成した事が全て、繋がっているのよ?」
あぁぁぁ、墓穴掘ってたぁぁぁぁ。 そうか。 そうだったんだ。 街の皆さんがお困りに成っていたから、第四軍の評判をちょっとでも上げようと、邪な事を考えたから…… ココに繋がっちゃったんだ……
「いい? リーナさん。 指導は厳しく致しますからね。 愛情を持って、メアリも、わたくしもッ! ウーノル殿下は、特別ですが、他の方々はご一緒致しますからね。 ほら、学院舞踏会の前の様にね」
「は、はい…… お手柔らかに……」
はぁぁぁ………… また、学院に逆戻りだよぉ…… あの場所には、色んな意味で、前世の記憶を呼び覚ます場所が有るんだよぉ…… それに、今度あそこに戻ったら、きっと…… マクシミリアン殿下とも会う事に成るし…… その側には何時も、公女リリアンネ殿下が居られるだろうし……
前世の黒い感情が…… 私は怖いのよ。 あんな嫉妬に狂った、歪んだ感情が蘇るのが……
―――― 本当に怖いのよ ――――
なんとか成らないかしら? また、隔離授業とか…… は、無いようね。 女史とシーモア子爵の口調から、マクシミリアン殿下も、近くに居る事に成りそうなんだけれど…… 心の蓋が持ち上がって、黒い物が…… 出て来ませんように…… 精霊様…… お願いですッ!!
暗くなる私の表情、対して、女史とシーモア子爵の御顔は晴れやかに微笑んでおられるの。
副師団長様 アーバスノット子爵が、仰ったの。 にこやかに、晴れやかにね。
「これで、我らは、安心して任地に向かえる。 薬師殿がこのエスコー=トリント練兵場に残されるのは、少々不安でもあったからな。 王城外苑で、王国への更なる献身を捧げられるモノと期待する。 あちらでは、イザベルが居るから、なにか困った事が出来たならば、相談すると良い。 きっと力に成ってくれる筈だ」
「ありがとうございます、副師団長様。 ご期待に沿えるように努力いたします」
「うむ、期待する。 薬師院、調剤局長殿、頼みましたぞ」
「はい。 王城では、我らがリーナ殿を庇護いたします。 ご安心を。 誰にも…… そうですね、特に聖堂教会の者達には、指一本触れさせません。 王太子府、宰相府よりの厳命でも御座います。 それと……」
少し…… 蔭りの有る表情を浮かべるの。 まだ、何かあるの?
「上級薬師 御典薬師 エルネスト=ベックマン上級伯爵からも、距離を取らせて頂きますので、ご安心を」
「えっ? 御典薬師様からですか? 何故でしょうか?」
「少し障りの有る内容なのですが…… いえ、この場で申し上げるべきですね。 現在の王宮薬師院の最高位で荒瀬らる、御典薬師様の関心は国王陛下と王妃様に在ります。 さらに言えば、彼の御方もまた、ガングータス陛下の側近のお一人。 つまりは、聖堂教会にとても近しい人でもあります。 幸い、人事局が人事を掌握しております故、御典薬師以外の薬師達は、聖堂教会からは距離が取れておりますが……」
「以前は違ったのでしょうか?」
「ええ、北の大地に向かわされた多くの薬師院所属の薬師達には…… 本当に済まなかったと、そう、感じてしまいます。 故にその轍を踏む事は御座いません。 安心してください。 決して、決して…… あ奴らに隙など見せませんから」
「…………根深いモノが有るのですね。 承知いたしました。 万が一の場合は、直ぐに第四軍、オフレッサー侯爵様におすがり申し上げます」
「それが良いでしょうね。 こちらも、そのつもりに御座いました。 王宮では、王太子府にお呼出しが御座いましょう。 あちらで、診て頂きたい方がいらっしゃると、お聞きしております。 事は内密にですので、この場でお知らせいたします。 此処には、あいつらの耳も届かないでしょうから。 調剤局の局員は、リーナ殿のその錬成能力に驚きを禁じ得ません。 よって、最大限のご協力を申し上げる事、お伝え申し上げておきます」
「勿体なく。 若輩者には御座いますが、何卒よろしくお願い申し上げます」
何となく……
何となくだけど……
王城コンクエスタムでの私の仕事が見えてきたような気がしたの。
そのためには、まずは、王立ナイトプレックス学院でのお勉強が必要なのね。
判った……
判ったけど……
ちょっとね……
深く頭を下げ、皆さんに感謝を申し上げるの。
こんなにも、ご配慮してくださっているんだもの。
精霊様との誓約も有るし…… 多分、王城内で困っている人もいる筈。
だから……
だから、私は……
私の成すべき事を成しに……
―――― 王都ファンダルに帰るわ。 ――――
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