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「薬師錬金術士」 の 「リーナ」
異動の打診
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第44師団司令部の執務室の扉をノックするの。 此処に来たのも久しぶりね。 作戦前は良く呼び出されたり、マクシミリアン殿下ともお会いできた場所。 緊張もしたし、ちょっと、怒ったことも有るわね。 さて、お声がけしましょうか。
「第四四〇特務隊。 軍属、薬師リーナ。 護衛作戦の終了をご報告に参りました。 入室のご許可を頂きたく存じます」
「おぉ、来たかッ! さぁ、入ってくれ!」
中から、何となくだけど明るい声が響くの。 声の主は副師団長のグスタフ=ノリス=アントワーヌ子爵様。 あれっ? 師団長のエドアルド伯爵様じゃぁ無いの? 疑問に思いつつも、扉を開け入室するの。 後ろには、シルフィー以下四人も付いて来てくれた。 ちょっと、心強いわ。
だって、スフェラさんが不穏な事を言うんだもの、心細かったのよ。
執務室の中の、大きな執務机には、アントワーヌ子爵が付いておられた。 えっと、そこは…… 師団長様の居るべき場所なんじゃないのかな? 変ね。 お部屋の中に居る面々にも、面食らったの。
当然、幕僚さん達の何人かは居るかもって、思ってたのよ。 でも、そこに居たのは―――
戦務幕僚 リヒャルト=フランシス=アーバスノット子爵
情報参謀 リキゼル=エミール=ヘズター子爵
輜重幕僚 イザベル=クレア=グラスコー女子爵
庶務主計長 シャルロット=セシル=ドゴール女男爵
法務参謀 バーベル=エルグラート男爵
そんな錚々たる方々。 なんで、第四師団の幕僚全員が揃っているのよッ! おかしいわよッ! さらに、私の所属している、王宮薬師院からも、人が来ていたわ……
王宮薬師院 人事局長 コスター=ライダル伯爵
王宮薬師院 調剤局長 ベーナベル=ミストランド子爵
えっとね…… 人事局長のライダル伯爵が居るのはまだ判るの。 なんで、調剤長様がいらっしゃるのかしら? こちらを見て、真面目な顔で頷いてらっしゃるのが、また……
それでね、紅一点もいらっしゃるのよ。 とても、お世話になった方なんだけど、こんな場所に居るような人じゃないのよ。 なんで、いらっしゃるのか、ほんと意味不明。 先生方、どうしちゃったの? なにか、私に御用なのかしら?
そう――― 王立ナイトプレックス学院 の礼法と、ダンスの先生でいらっしゃる、
メアリ=アイリス=スコッテス女伯爵
リューゼ=シーモア子爵
のお二方…… あぁ…… シーモア子爵様は、先生じゃ無くて、その筋の人って立場でいらしたのかも…… でも…… スコッテス女史は…… えっ、もしかして、女史もそっちの系の人だったの?
困惑が、張り付けた微笑にも浮かび上がっていると思うんだけど、これだけの錚々たる人たちの前だと、そうなっても仕方ないよね…… はぁ…… 何なんだろう…… お、お腹イタイ……
「申し上げます。 第四四〇特務隊、及び、第四四〇〇護衛隊は、「護衛」任務を完遂。 此処に帰投致しました。 報告書は、ギフリント城塞より、先行してお送りいたしました。 マクシミリアン殿下、及び、マグノリア王国、公女リリアンネ第三王女殿下、御随身の方々の王都到着を持って、「護衛」任務の完遂と判断いたしました」
「宜しい。 確かに、報告は受けた。 無事に、マクシミリアン殿下 及び、公女リリアンネ第三王女ほか三名の貴賓の方々は、無事王都ファンダル、王城コンクエストムに入られた。 王太子府、宰相府、執政府、外務寮、国務寮の各所から、報告が入っている。 任務の完遂、誠に見事。 よくやった」
「お褒めの言葉、有難く頂戴いたします。 ひとえに、第四四〇〇護衛隊の義勇兵の方々の献身が、本作戦の成功を導き出せた要因と、そう愚考いたします」
「ふむ、第四四〇〇護衛隊の活躍も、報告書に有る。 彼等にも惜しみない賛辞を贈りたい」
「有難く、あります」
「さらに、「穢れし森」の一件についても……」
「わたくしは何もしておりません。 ちょうど居合わせただけに御座います。 ……推察するに、あの魔力暴走に対処したおり、何らかの干渉が、「穢れし森」に起こり、ああなったのかと。 特に、わたくしが何かをしたという訳では……」
「フフンっ、そうか。 まぁ、そうで有ろうな。 なぁ、シーモア卿」
艶のある流し目を、シーモア子爵様に向けるアントワーヌ子爵様。 そんな視線を受けて、薄ら笑いを艶然と浮かべなら、頷きつつ言葉を綴るシーモア子爵様。
「そうね、そうなるわね。 あれは、突発的に起こった事。 リーナさんには、関係のない事よ。 そうよね、リーナさん」
「はい、その通りに御座います」
「ねっ、アントワーヌ卿。 だから、云ったじゃない、その事については、そう云う風に話しは付いているって」
「まったく…… リューゼ、お前は直ぐに……」
「御国の大事。 言える事と、言えない事があるのよ。 特に今回の事はね。 あまりに、大事過ぎて、王城でもどう扱ったらいいか、判らないらしいわ」
「で、蓋をした。 そう云う事か?」
「ええ、そうよ。 リーナさんには悪いけれどもね。 情報を拾えば拾う程、トンデモナイ状況だったのが、判るのよ…… その上、全貌は霧の中。 今も、王宮魔導院の奴らが、あっちでウロウロしている筈よ。 でも、「穢れし森」には、入れない。 強力な結界が既に、張り巡らされているらしいわ。 強度、構造から…… 多分、妖精族のモノらしいけれど。 王宮魔導院の魔術師が言っていたわ、” 「森都ブルシャト」が蘇ったかのようだ ” ってね。 ……さて、わからない事は、横に置いておいて、現実に対処しましょうよ。 そうでしょ、アントワーヌ卿?」
「あぁ…… そうだな。 その通りだ。 ライダル伯爵。 王宮薬師院と、第四軍との協議の結果を伝えて貰っても?」
「御意に。 薬師リーナ。 君に王宮薬師院 人事局からの通達を申し渡したい」
ライダル伯爵様…… ちょっと見ない内に、なんか、とっても草臥れ居るわね。 どうしちゃったのかしら。 お疲れなのは、一目見て判るわ。 ちゃんと、御自身の健康管理もしないと、薬師院が変な眼で見られちゃうわよ? 大丈夫かしら?
「はい、何なりと」
「君の所属は、王宮薬師院であることに変わりは無い。 此度の護衛作戦の完遂と、その献身を持って、王宮薬師院は、君の王城への伺候を推挙した。 宰相府はコレを認め、君の王宮への伺候の許可を出した。 もって、君を第九位薬師から、第八位薬師となし、所属を王宮調剤局へと異動させた」
「はい…… 調剤局ですか?」
「王城コンクエストム内にある、部局の一つだ。 主に、王家と王城に居る高貴なる方々への薬事行為を司る。 しかし、君は第四軍に出向中の身で有る事に変わりは無い。 というより、第四軍が君を手放さんものでな」
チラリとアントワーヌ子爵を見るの。 その眼が冷たいわ。 肩をすくめるのは、アントワーヌ子爵。 きっと、オフレッサー侯爵様が頑として譲らなかったんでしょうね。 そんな風に感じるのよ。
「君が第四軍で成した事は、此方にも伝わっている。 第四軍軍団長より丁重に ” 御礼の言葉 ” を、戴いた。 まったく…… 君は…… 何処に行っても、その力を遺憾なく発揮するな。 おかげで、人事局としては頭が痛いい。 本来ならば、「軍属」から離れ、勤務地を王城コンクエストム内、調剤局に迎えるところなのだが、軍が手放さない。 と、云う事で、また、古巣に逆戻りだ」
「と、いいますと?」
「王城外苑へ異動となる。 幸いにしてというか…… 王城外苑の錬金室から、聖堂教会教会薬師 バーバリン教会薬師が消えた。 薬師達も引き連れてな。 今、王城外苑の錬金室には誰も居ない。 由々しき問題であると、軍から懸念を呈せられた。 軍の薬師達は、治癒師として各軍に同行する者で手一杯なのだそうだ。 後方の軍の薬品類の生産拠点である、王城外苑、錬金室に誰も居ない状況に陥っている。 そこでだ……」
「わたくしが、入ると?」
「そうだ。 今、王城外苑の錬金室に設置してある、錬金釜は使用不能の状態にある。 生半な薬師では、錬成も出来ない。 君…… 薬師錬金術士リーナの力を借りたい」
「……はい」
あれ…… まだ、解析出来て無かったんだ。 一枚、術式を引き抜けばいいだけなのにね。 なんで、判んないんだろう…… あっ、でも、アレの所管って、王宮魔導院だって、そうティカ様が仰ってたわよね。 と、云う事は、わざと? 聖堂教会の教会薬師の人じゃ、錬金釜の解析は出来なかったって事なのかな?
まぁ、使うだけだから、その魔道具がどういう風に成って居るかは、知識の範疇外なのかも…… しれないわよね。 まぁ、あのお馬鹿さん達が居ないんなら、王城外苑も勤務地として…… 大丈夫かな?
「尚、王城外苑に勤務する事で、閉鎖していた、第十三号棟も開ける。 あそこは、君の家だ。 存分に使ってもらう事にした。 周辺の護衛には…… 君の大切な仲間達が居るな。 王宮内には連れて入る事は叶わないが、王城外苑、第十三号棟、薬師院外局には、同道してもらっても構わない。 と云うより、第四軍より、そう申し渡された。 ” 獣人族義勇兵を誰よりも良く知るのは、第四四〇特務隊の指揮官であり、他の部隊では運用が難しい ” とな。 つまり、王都における、君専用の護衛部隊となる。 いずれ、人数を決めて、王城にも同行できるように取り計らうと、オフレッサー侯爵閣下よりの御言葉を此処に伝えておく。 王宮薬師院 人事局として、君の侍女と侍従は最初から君と共に王城に入城できるようにはしているがね」
「ご配慮…… 誠に有難うございます。 ライダル伯爵様。 一つ懸念が……」
「何なりと」
「第十三号棟だけでは、第四四〇〇護衛隊の全ての人員を収容できるとは、思えません。 他に彼等の宿営が可能な場所が必要であると愚考いたします」
「その懸念、最もであるな。 隣接棟の第十五号棟を開けよう。 中は自由に使って貰って構わない。 予備の倉庫だ。 今は使っていない。 アレを使えばどうだろうか?」
「感謝いたします。 倉庫内には、何か入っておりますのでしょうか?」
「何かしらは有るが…… 使用していない、物や廃棄品が置いてあるかも知れぬ。 封鎖していたからな」
「中に入っているモノを適宜使用しても?」
「あぁ、構わない」
やったっ! 言質は取ったわ。 素敵なお部屋にしなきゃね。 簡易お風呂も、キチンとした寝床も、必要だもんね。 よかった。
「了解いたしました。 第四四〇特務隊 薬師リーナ。 異動の内示をお受けいたします」
「うむ…… 済まぬな。 アントワーヌ子爵、第四四師団は春に成れば、第四二師団と交代で、東方域南部に展開するのであろう?」
アントワーヌ子爵様が重く頷くの。 幕僚の方々もね。
「冬が終わると共に、第四二師団との交代がある。 師団は東方域南部に展開する事となった。 師団全部があちらに移る。 王城外苑に残るのは、輜重幕僚のイザベル=クレア=グラスコー女子爵と、その配下のみとなる。 リーナ殿、イザベルと、宜しくな」
「はい!」
ウハッ! イザベル様が残られるのね。 こちらからの物資の輸送なんかを、配するのね。 前線に輜重部隊を送り込む、いわば生命線。 庶務主計長のシャルロット様との連携がとても、重要になるって事ね。 私は…… そうね、前線に医薬品類を切らさない様に頑張って錬成室でのお仕事をする事に成るわよね。
頑張ろっと!
そっかぁ……
王都ファンダルに戻るのかぁ……
ちょっと、懐かしいなぁ……
また、あの食堂で、美味しい、白いシチューが食べられるのかぁ……
なんか、楽しみになって来ちゃったわ。
ちょっと、笑顔に力が戻って来たの。 そんな私を見て、ニヤリと笑っている人が居たの。
えっと…… その笑顔…… ちょっと、怖いんですけど?
その笑顔に、どんな、意味が有るのか……
教えてくださいませんか?
――― スコッテス先生?
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