269 / 714
エスコー=トリント練兵場の「聖女」
心に蓋を…… (1)
しおりを挟む「呼び出して、済まなかったね。 私の事は憶えていてくれているようで、何より。 まずは、座って欲しい」
マクシミリアン殿下の言葉に、最敬礼を解き、設えられた豪華な椅子に軽く腰を下ろす。 勧められた事を否定するのは、不敬に当たるもの。 オトナシク、椅子に座り、伏し目がちに、辺りを伺うと……
ほぼ、完全に人払いがされているのよ。
応接室に居るのは、四人だけ。 マクシミリアン殿下、そして、副使の方。 ほぼ同年代の見覚えの有る人。 私と…… 事務官として私の側に控えるクレアさん。
クレアさんに目配せをして、お茶の準備をお願いしたわ。 従卒すら、いらっしゃらない無いんだもの。 幸い、クレアさんは茶事に関しては、一通りの事は出来るから…… でも、あまりに高貴な方の前だから、手が震えているのよ。
大丈夫? なにか有っても、一緒に謝るから。 落ち着いて……ね。
「硬くならず、話を聞いて欲しい」
「はい、マクシミリアン殿下。 お話の前に直言の許可を、お与え頂きませんでしょうか?」
「ふむ、そうだね。 薬師リーナ、直言を許可する」
「有難き幸せ。 感謝申し上げます」
流れ的には…… これで、直接マクシミリアン殿下とお話出来る筈。 お隣の方も…… 厳しい視線を私に向けてはいるけれども…… これで、非礼では無い筈。
「私もアンソニーも、君とは二回目だね。 やっと、きちんと、『言葉』を交わせる」
「此方の方が…… アンソニー様…… 王国騎士団 騎士団長 モーガン=アクト=テイナイト公爵様の……」
まだ、幼いけれど、枯れた声が私の耳に届くの。 やや驚いた顔。 憶えているもの。 マクシミリアン様の、ずっと壁になっていた方だもの。 今も…… そして、前世も……
「あぁ、そうだ。 テイナイト公爵の三男。 アンソニー=ルーデル=テイナイト。 爵位は子爵を賜っている」
「薬師リーナに御座います。 どうぞ良しなに」
また、記憶があふれ出すの。 そうね、リリアンネ公女の頬を叩いた時に、見てらっしゃったのもこの方。 この方もだったかしら。 そして…… 「断罪の時」、私を床に叩きつけたのは、この方だったわね。 突き飛ばし、足蹴にされたのは、記憶の底に沈んでいたのにね。
その時は……
他国の姫君に対して手を挙げた私には、反論する余地も無くなっていた。 そう、他国の平和の使者たる姫君を害したと見られても、間違いはなかった。 ただ、私の心情を少しでも判ってくれる人が居たなら…… そう、思わずには、居られなかった。
口惜しさと、憤りが綯交ぜになった私の視線は………… もう、誰にも届く事は無かった。
記憶の奥底から、浮かんでくるその時の情景。 床に蹲りながらも必死で、蔑んだ瞳で見下ろすマクシミリアン様を見上げ…… その瞳の中にありありと浮かぶ、憎悪の光を見詰め…… 絶望が体と心を締め付け……
何もかもが、黒く染め上げられたかの想い……
顔からスッと表情が消え、そして、硬く硬く固まる。 私の表情が変わるのを目敏く見付けたのか、マクシミリアン殿下は、ちょと困り顔。 でもね…… やっぱり身構えるわ。 前世の記憶の前には、私の心は無防備になるんだもの。 絶望と悔恨の想いが胸に競り上がって来るんだもの。
そんな私の心など、きっと伺い知れない。 だから、彼は云うの。 本当に、本当に優しげな声でね。
「あぁ…… アンソニーは、こんな感じなのだけれど、優しい男なのですよ。 そう、警戒しないで欲しい」
「……御意に」
とは言っても、表情は変わらないわ。 痛いの…… とっても、心が。 いくら、マクシミリアン殿下の優しい笑顔と、心を揺さぶる声が聞こえようとも、記憶は私を苛むから……
「う~ん、困りましたね。 一応は勅使として、此処に来たのですよ。 ウーノル殿下のご希望だし…… そう、警戒されたも困ります」
「申し訳御座いません。 高貴な方の前ですので、どうしても緊張してしまいますので」
「…………そうなのですか。 やはり、私がマグノリアの血を引く者だからなのでしょうか?」
その言葉を紡がれたマクシミリアン殿下。 真剣な面持ちでこちらを見詰められるの。 と、同時にテイナイト子爵様の視線が凍る様に冷たくなる。 あぁ、そう云う事ね。 第四軍の主敵が、今や明らかにマグノリア王国となってしまっているものね。
「それは、違います。 そうでは、御座いませんわ。 殿下は、紛う事なきファンダリア王家の御一人。 今は亡き、マグノリア王国が先王、カルブレーキ=トップガイト=マグノリア陛下の王子殿下で有らせられましたのは、もう過去の事。 わたくしは、マクシミリアン殿下は、大切なファンダリアの高貴な方と、そう認識しております」
「では、なぜ、そう…… 頑なのでしょう?」
「それは、わたくしが、辺境の民であるからで御座います。 ……住まう世界が違うのです」
「……薬師リーナもまた、ファンダリアの民では無いのですか?」
「……蒼き血を持つ者と、そうでない者。 自ずから、違いは御座いましょう」
「そう……なのですか……」
気まずそうに、指で頭を掻くマクシミリアン殿下。 その癖は、現世でもお有りに成るのね。 また…… また一つ…… 遠き記憶が溢れ出すわ。 王城に押しかけて、強引にお茶会を強請る私に、困った顔で、指で頭を掻いてらしたものね……
その、眩い光の中の情景…… 二度と、見る事が無いと思っていた…… その仕草……
本当に嫌になる。 心の弱い私は…… マクシミリアン殿下のどんな小さな言動にも、心が揺らいでしまうの。 殊更に、表情を硬くするのも…… 心に引き摺られない様にする為。 だって、誓ったんだもの。
――― もう、恋なんてしない ―――
って。 平穏を望み、誠実に生きている、生きとし生ける、この世の全ての者に、愛を注ぎ、慈しみ、その安寧を護るって……
そう、誓ったんだもの…… その安寧を妨げる者を排除し、救える命をこの小さな手で、救うと―――
――――― そう、決めたんだもの。
11
お気に入りに追加
6,836
あなたにおすすめの小説
天才になるはずだった幼女は最強パパに溺愛される
雪野ゆきの
ファンタジー
記憶を失った少女は森に倒れていたところをを拾われ、特殊部隊の隊長ブレイクの娘になった。
スペックは高いけどポンコツ気味の幼女と、娘を溺愛するチートパパの話。
※誤字報告、感想などありがとうございます!
書籍はレジーナブックス様より2021年12月1日に発売されました!
電子書籍も出ました。
文庫版が2024年7月5日に発売されました!
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
愛されない皇妃~最強の母になります!~
椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』
やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。
夫も子どもも――そして、皇妃の地位。
最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。
けれど、そこからが問題だ。
皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。
そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど……
皇帝一家を倒した大魔女。
大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!?
※表紙は作成者様からお借りしてます。
※他サイト様に掲載しております。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
私が死んで満足ですか?
マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。
ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。
全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。
書籍化にともない本編を引き下げいたしました
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。