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エスコー=トリント練兵場の「聖女」
心に蓋を…… (2)
しおりを挟む改まった口調で、マクシミリアン殿下は、私に告げるわ。 そう、此処に来た理由をね。
「ウーノル殿下よりの、お言葉があります。 薬師リーナ。 半年後…… マグノリア王国より、彼の国の第三王女、公女 リリアンネ=フォス=マグノリアーナ様が、ファンダリア王国、王立ナイトプレックス学院に御遊学されます。 その対応を殿下は私に任じられました。 公女リリアンネ様を、出迎えるのは私の役目となりました。 つきましては、その折、貴女の率いる第四四〇特務隊で、護衛をお願いしたい」
「それは、王太子殿下の勅に御座いましょうか?」
「はい、そうです。 此度の奪還作戦に置いて、貴女の部隊が犠牲者無く作戦を遂行し、且つ、幾多のファンダリアの民を助け出した。 ……その作戦を構築されたのは、貴女ですね」
「錬成中隊の中隊長様方とも、十分にご相談申し上げました。 わたくしだけの考えでは……」
「記録と、報告では、そうではありませんよ? 錬成中隊の中隊長達へも、聞き取りと、戦闘詳報、及び、作戦立案時の記録を提出してもらっています。 殿下もご存知です」
「…………」
外堀は…… 埋めて来たのね。 記憶に有る、マクシミリアン殿下とは違って…… 抜け目ないわ。 甘い考えは、もうしないって事? 何時までも、甘えて居られないって…… そう、お思いになったの? ふわりと、甘い笑みを浮かべられるマクシミリアン殿下。 そっと、呟くように私に言葉を紡がれるの。
「無理にとは言いません。 私にも護衛の騎士隊は付きます。 ここに居る、アンソニーも、そうなんですよ。 しかしね、彼の国からの道中、何が起こるかは判らない。 万が一、道中で公女リリアンネ様に何かあると、アノ国に付け入る隙を与える事にもなります。 それは避けねばならないんだ。 理由は…… 君も懸念している事だよ」
「わたくしの懸念? に、御座いますか?」
「あぁ。 報告書によると、彼の国の『奴隷商』が、ファンダリア王国にて、暗躍しているとあった。 それが、彼の国の高位貴族とも深い付き合いが有るとの懸念もね。 その証左を執政府に突き付けたのが、君だよ」
「……山賊の頭領と、奴隷商の繋がりですか?」
「判って来たかい? 山賊共の装備を見たかい?」
「……マグノリア王国、軽歩兵準拠…… に近い物でしたね。 他の部隊があれほどの被害を被ったのも、それだけ、彼等の装備、装具が優れていたから……」
「山賊が、そんな物をどこから調達した来たと思う? 喰うに困って、山賊にまで身を落とした者達だ。 装備装具に関しては、ファンダリア国内の物を、もっと言えば、使い古した装具を使うとは思わないかい?」
そうね…… その懸念はあったのよ。 妙に装備が良かったもの。 あの山賊の頭の近くに居た、大男…… 鉄板で補強された、手甲も、下肢鎧も、装備していたものね。 普通の山賊ならば、そんな物はまず手に入らないもの。
「つまりは…… マグノリア王国が支援していたと?」
「その可能性も視野に入れると、ウーノル殿下は仰っておいでだった。 王太子府、執政府、貴族院の懸念を押し切り、公女リリアンネ様の御遊学を纏められたのは、国王陛下なんだ。 と云うよりも、聖堂教会かな」
「…………また、ですか」
「あぁ、『また』、だよ。 ウーノル殿下が私を、彼女の饗応役に任ぜられたのにも、理由があるんだ」
「公女様を『監視』する為…… ですね」
暗い目をして、私はそう云ったの。 ウーノル殿下は、有能で有る事は間違いないわ。 きっと、マグノリアの人達は、公女リリアンネ様の御遊学の機会に、ファンダリア王国の貴族の間に不和の種を撒くつもりなのかも。 野放しにして置くと、何処で何をするか、判らないものね。
そこで、マグノリア王国と縁深いマクシミリアン殿下にその対応を任されたのね。 と云う事は……
「マクシミリアン殿下。 貴方の色は、何色に染まりましたのでしょうか?」
私のこの不躾な問い掛けに、マクシミリアン殿下は、『即答』されたわ。 あの、優柔不断で日和見が常だった…… 彼が……
「『蒼』だよ。 自らそう望んだ。 ウーノル殿下に臣下の礼を取り、あのお方の御力になると、そう決めた」
「左様に御座いましたか。 ……ウーノル殿下の『勅』、心して お受けいたします」
私の応えに、マクシミリアン殿下は満足げに頷かれたの。 でも…… 今でも、彼にとって、マグノリア王国は祖国な筈。 そこの所の折り合いはついているのかしら? テイナイト子爵様が、そんなマクシミリアン殿下を見ながら、私に伝える様に言葉を紡がれたわ。
「マクシミリアン殿下は、ウーノル殿下に臣下の礼を取られた後、仰ったのだ。 今のマグノリア王国は、もはや、祖国では無いと。 祖国は、ガルブレーキ国王陛下と共に滅んだと。 その御覚悟で在らせられる」
「左様に御座いましたか。 ――――決められたのですね」
「あぁ、私は、ファンダリア王国の王族として生きるとね。 ウーノル殿下が、マグノリア王国を落とせと仰るのなら、私は私の全てを懸けてでも、それを実行する。 殿下の望む未来を、私もまた望む」
「マクシミリアン殿下は、紛れもなくファンダリアの民となられたと…… そう云う事に御座いますね。 心得ました。 存分に、第四四〇特務隊を…… わたくしを、お使いください」
「頼もしいね。 人払いをしたのには、コレを君に聴いてもらう為だった。 私は、マグノリアの血を引く者だからね。 第四軍の方々にも、何かと『色眼鏡』で、見られるんだよ。 仕方ない事なんだけれどもね。 この案の発案者は、ウーノル殿下と云う事に成っているんだが、本当は違うんだよ」
「えっ?」
「君の姿を…… あの舞踏会の日から、追っていた。 ウーノル殿下を護る為に、その身を投げ出したよね。 わたしは、すぐ近くで…… と云うか、君をあの襲撃者の前に投げ出した本人だからね。 殿下の御命を救ったと云う、その栄誉が、何もしていない私が戴く事に成ってしまった。 申し訳無いと思う気持ちと同時に、もう一度君に会いたいと、そう思ったんだよ。 まぁ、わたしの我儘さ」
「さ、左様に……」
「殿下をお護りした君ならば…… 難しい任務も一緒に熟していけると、そう感じたんだ。 今日こうやって話が出来て、確信が持てたよ。 薬師リーナ、よろしく頼む。 出迎えの詳細が決まり次第、君に伝えに来るよ。 護衛計画も立案にも立ち会って欲しい。 勿論、護衛の騎士隊の分もね。 アンソニー、出迎えの時には、第四四〇特務隊の指揮下に入って欲しい。 そうすれば、きっと上手く行く。 あの奪還作戦を立案したんだからね。 さすれば、恙なく公女リリアンネ様を、王都ファンダルに、お迎え出来る」
テイナイト子爵が憮然とした顔をしながらも、ボソリと呟くように言葉を紡ぐ。
「仰せのままに」
……厄介な任務を引き受けちゃったのかもしれない。 その時になってやっと、お茶の用意が出来て、クレアさんが、震える手で出してくれたの。 機会を伺っていたのかな? 毒見もせず、スッと手を伸ばす、マクシミリアン殿下。 それは…… いけませんわよ!
「殿下、まずは、わたくしから。 毒見も「薬師」の本分に御座いますので」
「あぁ、失念していた。 そうだね。 頼むよ」
出されたカップを持ち上げて、一口。 美味く入っているわ。 十分よ。 その姿を見られて、少し間置いてから、マクシミリアン殿下は、カップを持たれたの。
「なぁ、アンソニー。 コレが、薬師リーナ殿なんだよ。 僅かでも危険性が有るのならば、まず、確かめる。 アンソニーが ” 危惧 ” するような事は無いんだ。 わたしは、殿下が信を置く相手に、疑を持つような事はしない」
「……御意に」
そう……ね。 また…… 確かめられたのね。 私がどうするか。 わざと、先に口を付けようとされたのも…… ある意味、試験の様なモノかもね。 いいえ、きっと、テイナイト子爵様の ” 疑惑 ” を、打ち消す為に、敢えてされたのかもしれないわ。
どんな、” 疑惑 ” を、お持ちなのかは、知らないけれどもね……
「今日は、此処までにしよう。 殿下にご報告申し上げなければならないからね。 ”「薬師」リーナ殿は、ご了承された ” ってね。 時間を取らせた。 下がっていい」
「御前、失礼いたします。 お帰りの際も、お気をつけて」
「あぁ、そうする。 わたしも…… ” 戦う相手 ” は、多いからね」
にこやかに…… 本当に爽やかに御笑いになったわ。 この笑顔を見たくて…… 本当に、本当に…… 頑張ったんだったわ。
苦しい王妃教育も…… 周囲からの揶揄も…… 乗り越え、跳ね飛ばし…… 近寄る者を排除して、傲慢に、驕慢に……
それでも…… 一途に…… 前世であんなにも、頑張れたのは……
きっと…… この笑顔のせい……
でも……
今は、違うわ。 もう、恋なんてしない。 この方の側には立つことは無い。 溢れ出しそうな、心の奥底からの笑みを、グッと堪えて、歯を食いしばり、最敬礼を捧げ―――
御前を辞したの。
胸がキリリと軋む。 記憶の中に有る、狂おしい程の、 ” あの方を求める心 ” に、大きな戸惑いを覚えながらも…… それでも、私は……
その想いに、キッチリと……
――― 蓋をしたの ―――
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