その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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エスコー=トリント練兵場の「聖女」 

前世の想い人……

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 自分に与えられている部屋で、準備をするの。



 王都からのご使者をお迎えするのならば、正装が基本。 私は軍属。 ならば、第一種軍装が基本になるわ。 まぁ軍属だから、兵隊さんの様に煌びやかなモノでも無いし…… シルフィーに云って、支給されている、軍装を出してもらったの。

 そう云えば、朝から練兵場が煩かったなって思う。 珍しく馬の嘶きも聞こえていた。 基本的に第四軍には、騎兵は居ない。 その必要がある場合は、王国騎士団から派遣されるの。 それに、その王国騎士団の多くも、北の荒野に出向いているから、第四軍に派遣される騎士も少ないと、そう聞いているわ。

 特に第四四師団には、めったな事では配属されないしね。 だって、錬成中の部隊よ? いる訳無いもの。 ごく少数の部隊が、第四一師団、第四二師団の戦域方面に、直接王都から配備されているのが現状なのよね。 だから、エスコー=トリント練兵場に騎士団の軍馬の嘶きが聞こえる事すら稀なの。

 準備を整え終わり、司令部の執務室に向かう。 当然、第四四〇特務隊 指揮官の準第一種軍装。 着用しているのは、「従軍薬師」としてね。 着慣れない軍装は、見るからに真新しいのよ。 まるで、新兵さんが頑張って、制服着てますって感じが…… ちょっと嫌だったわ。


 王都からの「ご使者」…… って、誰だろう。 何処の部署からの方だろう……


 王宮薬師院ならそう仰るだろうし、第四軍の関係者なら、上官って仰るだろうし…… なんか、不気味ね。 ロマンスティカ様なんかは、こんな場所には出向かれないでしょうし。 フルーリー様は直接見えられるのよ。 良く判らないわ?

 執務室の扉をノックする。




「お呼びにより、第四四〇特務隊 指揮官 「薬師」リーナ、並びに 事務官クレア、参上いたしました」

「入りなさい」




 中から副師団長のアントワーヌ子爵の声が、入室許可を告げるの。 えっ? なんで? 王城外苑にいらっしゃるんじゃ……なかったの? 扉を開けて、入室する。 そこには、思ってもみなかった面々が揃っていたわ。

 部屋の端っこで小さくなっている、師団長のエドアルド伯爵様。

 執務机に付いているのは、アントワーヌ子爵様。

 執務机の背後に整列して立ってらっしゃる方々は――――


 戦務幕僚 アーバスノット子爵様
 情報幕僚 ヘズター子爵様
 法務参謀 エルグラード男爵様
 輜重しちょう幕僚 グラスコー女子爵様
 庶務主計長 ドゴール女男爵様


 第四四師団の幕僚、全ての方が、お揃いになっておられたの。 当然、私の顔は固まるわ。 これほどの人達が、集結しないと出迎えられない相手…… それだけの礼を尽くさねばならない相手となると……

 第四軍 司令官、エントワーヌ=オリビス=オフレッサー侯爵様…… でも、それなら、そう云うわよね。 つまりは、もっと上の人のご使者。 つまりは―――


 ウーノル王太子殿下の、ご使者と云う事。


 とても、驚いた。 顔にも出ていると思うの。 かなり緊張した、硬い表情でアントワーヌ子爵様の御言葉を待ったの。




「本題に入る前に、貴官に伝え置くことがある、「薬師」リーナ。 此度の作戦では、よくやった。 第四四師団、代理指揮官として礼を云わせてもらう。 貴官の成した戦闘の詳報は受け取った。 上にも回した。 捕縛した者達異国の奴隷商人の情報に関しても、王城外苑……「四紅錬石赤レンガ」では、特に重要視している。 王国執政府からも、尋問官が派遣されるほどにな。 その功績の大きさを鑑み、君に栄誉として、高位の勲章を与える事も思案された。 が…… まぁ、そこは、匪賊討伐と云う事でな。 戦闘一級章と云う事で落ち着いた。 叙勲おめでとう」

「はい…… 有難く思います…… が、今回の作戦は、訓練評価の面も御座います。 それに、この成果は、わたくしの力では御座いませんわ。 もし褒章を頂けるのであれば、参加した兵すべてにお与え頂く事をお願い申し上げます」

「……個人の栄誉は求めぬと?」

「個人では、あの女性たちは救えませんでした」

「なるほど。 ならば……、部隊勲章に切り替えるか…… なぁ、法務的には、可能か?」

「はい、問題は無いかと。 個人栄誉はなかなかに難しゅうございますからな。 いくら殿下のお申し出でも」

「そうだろうな。 薬師リーナ殿の言もある。 個人栄誉から、部隊栄誉に切り替えよ。 ならば、戦闘一級章では無く、王鷲功労章上位の勲章も可能だな。」

「御意に。 その旨、オフレッサー侯爵閣下にご推薦申し上げます」



 あっ、でも、第四四〇特務隊とその指揮下の部隊だけでじゃぁ…… コレばかりは、たとえ、出過ぎた言葉と云われようと、進言せねば! あの方たちも…… あの、墓石の下に眠る人達の献身も、無視するべきじゃないわ! 意を決して、私は口にするの。 



「あ、あの…… 今作戦に置いて、斃れられた方、そして傷付き除隊を余儀なくされた方々には……」

「判っている。 傷病退役者には、名誉従騎士位を、残念な事ではあるが、死亡者には、名誉騎士位、名誉騎士爵位を、追叙す。 その者達には合わせて、戦闘一級章の追叙も申請する。 付随して、軍からの恩給も出るからな。 バーベル、それでいいな」

「匪賊討伐に置いての名誉の戦死となりますからな。 問題は無いと」




 良かった…… 皆さん、命を懸けてファンダリアの民を護ろうとしたんですものね。 命を落としたことに付いては…… とても、残念で、後悔しかないわ。 でも…… 彼等が示した、第四軍の「意思」は、特筆すべきものだと…… そう思ったからなのよ。




「差し出がましい口をききました。 申し訳御座いません」

「いや、いい。 君の献身は、司令部一同が一様に知っているからね。 第四四〇特務隊をよく率い、事を成してくれた。 第四四師団としても、これに勝る喜びは無い。 師団としての通達は、ここ迄とする」

「はい」




 アーバスノット副師団長様は、そこで言葉を止められ、私をジッと見詰めれらたの。 その視線は、副師団長様が ” なにか ”、思う所があると、云わんばかりだったわ。 様々な思惑が通り過ぎたような、視線だった。 何が有るのかしら? 私…… なにか、したのかしら? ご不興を買ってしまったの? 

 ちょっと不安げに、副師団長様を見つめて居ると、口ごもりながら、彼は言葉を紡ぎ出したの。




「さて…… 本来の呼び出しの方なんだが……」




 少し躊躇らわれるの。 言い難いのかしら? その様子を見ていた、情報参謀のベズター子爵様が、副師団長様に代わって言葉の続きを紡がれるの。 それは、副師団長様の胸を内をお知りになっているからだと、思うのよ。 見てられないって、感じだったから。




「王都よりのご使者が参られておる。 王宮よりのご使者だ。 このエスコー=トリント練兵場に王宮の方が見えられるのは極めて異例でしてな」

「高貴な、「ご使者」の方…… に、御座いますか? あの、本当に…… 王宮の方が、ご使者に?」

「あぁ、極めて異例だ。 勅使と副使の方だ。 周囲を近衛騎士団が固められておる。 使わされたのは、ウーノル皇太子殿下。 正式な勅命と思って貰っていい」




 やはり…… そうだったのね。 状況的にそうだと思っていたわ…… でも、司令部全員が来ることは無いと思うのよ。 なにか…… なにか他の理由が有るのかも……




「勅命……ですか。 『軍属』の、わたくしにで御座いましょうか?」

「あぁ、その通りだ。 内容は…… 直接お聞きくだされ。 我らも存じてはおりますが、貴女御自身で、お聞きされる方が、良いと判断いたしました。 かなり異例の勅ですので」

「異例尽くしという訳で御座いますね。 それで、わたくしは、御前に伺候すれば宜しいのでしょうか?」

「あぁ、正副の勅使は応接に居られる。 お待ちだ」

「……承知いたしました」




 司令部の方々に敬礼し、踵を返す。 ご使者のお待ちになっているという、応接室に向かうの。 この建物の中で、一番いい部屋よ。 貴賓室とも呼ばれているわ。  降り続いていた雨も、今朝方に止んでいて、雲は晴れ…… 高く澄んだ空気と、蒼い空が…… 窓からは蒼い空が見えていたの。


 差し込む日が、廊下を照らし出す。


 廊下の先の扉の向こう側に、そのご使者が居る。 王宮のご使者。 その出迎えに、師団司令部総出だったことを考えると、かなり高貴な御方で有るのは間違いないわ。 だから…… ちょっと、予感がしたの。




 そこまで、礼を尽くす相手。

 そこまで、警戒する相手。

 昨今の第四軍の事情…… 敵対する相手…… 




 扉の前に着く。 ノックし、入室の許可を乞う。




「第四四〇特務隊 指揮官、薬師リーナ、及び、事務官クレア。 お呼出しにより、御前に参上いたしました。 入室の許可を頂きとう存じます」

「おはいりなさい」




 涼やかなお声。 そのお声を耳にした途端、溢れ出す ……懐かしい想い。 そして、その声を聴くことに、情熱の全てを懸け、その御姿に、恋焦がれていた事を思い出したの。 扉を開け、中に入る。 主賓の席に座る、高貴な御姿。 黒目黒髪の貴公子。 傍らには、近衛騎士団の制服を着た、人が立っている。




「御前、参上いたしました。 殿下。 第四四〇特務隊 指揮官 薬師リーナ御前に」




 膝を折り、胸に手を当て、首を垂れる。 王家に連なる、高貴な御方に対する最上級の礼を捧げる。 前世では……


 この方の側に立つことだけを夢見て……


 周囲を見ず、己の事ばかり考えていた……


 生まれ直して…… もう恋なんてしないって…… そう、決心したのに……


 優しそうに微笑まれる、マクシミリアン殿下の御顔が…… 私の胸の奥底にあった、過去の想いを……

 胸の痛みを伴って………… 少しだけ……





 思い起こさせたの。





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