その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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断章 10

 閑話 財務寮の夜

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 カリカリカリと、羊皮紙の上を滑るペン先の音。


 周囲には大勢の男たちが、同じ様に書類に目を通し、確認し、あるいは、巨大ともいえる台帳に書きつけている。 一様に目の下には黒い隈が見受けられれる。


 王城コンクエストム。 内宮、財務寮 主計局。


 巨大な王国の全ての施政において、その裏付けとなる予算を配分する重要な組織。 一流と云われる男達、女達が、時間の感覚を放棄するように、勤務する場所。 国庫の番人にして、王国の行く道の確かな案内人達。

 国庫と云う巨大な財布を管理し、そして、必要な支出を必要と思われる場所に配する場所。 様々な思惑が交錯する場所。

 とりわけ優秀な者が、その責任者に抜擢される。 門地も、家柄も、そんなモノは度外視される、予算編成上の重要な人物達。 彼等、彼女等より上位の者達は、その地位を世襲により受け継ぐ、門地貴族の者。 最適な予算編成を、阻害するかの様な要望を、ねじ込む輩達。



 現実と、無理難題の狭間



 一人の人物が、その地位についていた。 すでに、何日も屋敷には帰っていない。 予算の確定までは、当分続く、激務の日々だった。

 そんな、激務が続くある日の夜。 友人に ” 大きな動きが有るんだ ” と、そう聞いていた日の夜の事だった。


 時間は、宵十刻。


 一息入れようと、執務室を出て、隣に用意されている、休憩室に入る。 黒茶の用意と、軽く摘める物が常備されているその休憩室で、ソファに倒れ込む様に、眠っている女性の執務官も居た。 呆れた表情を浮かべながらも、さもありなんと、咎めだてはしない。

 彼女も、何日も屋敷に帰っていないのは、知っている。 先日も、上役の強引な事案を、予算組させられて、半泣きで、試案を作って持って来ていた事を思い出していた。


 投げだしそうな重責に、よく耐えているとも思っていた。


 用意された黒茶の入ったカップを持ち、いつも使っている、一人掛けのソファに腰を下ろす。 疲労からか、尻から根が生えたように動けなくなる。 かけた眼鏡をとり、指で目頭を押さえる。 酷使している目は、一時の安息を得た様だった。 眼を瞑るだけで…… 軽く意識が遠のくのを感じている。




「ここに居たか、アーノルド」




 聴きたくは無い、友人の声が頭に響く。 声の主にこうべを上げ、その姿を視界に収める。 不機嫌そうな声が出るも構わずに、彼はその声を発した人物に対応した。




「リベロット。 どうした、大公閣下と第四軍の不備を掘り出しに行ったんじゃなかったのか?」

「あぁ、行ったさ。 親父殿の随伴としてな。 目的の部隊第四四〇特務隊にも出向いた」

「で、その部隊は、根こそぎ予算を取り上げ、解体するんだろ?」

「人聞きの悪い。 上役には、報告済みだが、アレには手が出ないな。 完全に「白」だったよ」

「はぁ? なんだそれは? 「調」が、、財務調査をに出向いて、なにも掘り出せなかったと云うのか? ……大公閣下がお怒りにならなんだのか?」

「親父殿も舌を巻いていた…… いや、はや、アレは…… 侮れん」




 何時になく神妙な顔をしている盟友に、アーノルドの内心に不安が浮かび上がる。 この男の手に掛かれば、どんな隠し事も暴き出し、相手に付け入る隙を与えず、そして、徹底的にその財布を絞り上げる。 その結果…… それまでに幾つもの不必要・・・な部署が王宮から消えたのだ。




「何がどうなってるんだ?」

「いやな、まぁ、それなりには、手加減しようと思ってたんだ。 ほら、ニトルベインの魔女からも ” 釘 ” をな、刺されてたしな」

「あぁ、ロマンスティカ嬢にね。 おまえ、その名称使ってたら、いつか呪い殺されるぞ?」

「いいんだよ、そんな事は。 でな、まぁ、こっちの事も少し ” お話 ” してな、それで、警戒を解いてから、” 作業 ” に、入ったんだよ。 まぁ、編成されて、二ヶ月半。 おこちゃまが、部隊長をしているんだ。 きっとあっちの輜重幕僚なり、庶務主計長なりが手助けしてても、大金を眼にすれば、それなりに使うだろ? 私的に……」

「で、どうなんだ?」

「ねぇんだよ。 あれは…… 手練れの商家の財務とか…… 大店の支配人とか…… そんな感じでな。 先に、を出したんだ。 でもな、” なんで、そんな物が出てくるんだ? ” くらいにしか、表情にださねぇんだ。 当然、俺は、教本の内容を知らないか、知ってても、俺の妹みたいに表面上をサラッと流しているくらいにしか、感じなかったんだ…… だがな…… 魔女が言うには、おこちゃまが、アレの編纂をした一人とだと云っててな…… 嘘つけって、笑い飛ばしてたんだが……」

「なんだよ、早く言えよ…… その少女が飢狼おまえの牙から逃れたのかよ」

「いや…… 噛み返された。 ファンダリア王国の、法理まで知ってやがった。 僅か十三歳の女の子がだぜ? 信じられんかった。 あれ以上突っ込むと、こっちがヤバい…… 法の不備を指摘されて、軍の経理法と、一般会計法の違いを説明されちまったよ…… 何なんだ? 一応、指摘事項として、修正して欲しいって、そう告げては来たが……な。 ありゃ、バケモノだぜ…… 親父殿も、太刀打ちできんね。 アンソニーの所でやったとしても、無理筋だぜ。 上役には、手を出さねぇ方がいい、こっちが火傷やけどするって、伝えておいた…… 魔女が気に入る訳だ……」

「お前に噛みついただと? 法理の抜け穴を知っているだと? ナニモノなんだ! 直ぐにでも、財務寮ここに引っ張ってこれんか? そんな人物なら、両手を上げて、歓迎するぞ?!」

「それも、無理だ…… 無理筋過ぎる。 今晩、ニトルベイン大公と、宰相閣下が、あっちに向かった。 ありゃ、囲い込む気、マンマンって所かね…… 王太子府も、相当、入れ込んでいるらしいしな…… 宰相府としたら、財務寮に対する突貫要員ってわけだ…… 持って行かれたら、それこそ、厄介な事になるぞ、ありゃ……」

「王太子府が、許さんのだろ? それは。 ウーノル殿下の御命をお救いされたんだ、そっちの方が有力なんだろ?」

「あぁ、そうだな。 ……感触としたら」

「したら?」

「あの子は、王宮を嫌っているな。 海道の賢女様の直弟子ってのも有る。 勅命により、嫌々王都にきたんだろ? そんな嬢ちゃんが、王城コンクエストムに入りたがる訳ねぇよ…… あとは、今夜の話合い次第か……」

「お前……」

「なんだよ」

「気に入ったな?」

「はっ? どういう意味だよ」

「笑ってんぞ。 お前のそんな顔、ウーノル殿下と直にお会いした時以来だ。 ……だろ?」

「…………かなわんな。 まぁな。 いろいろ、楽しみではある。 ロマンスティカ嬢の ” 釘 ” は、有ってもな」

「ほら見ろ。 いや、色々と興味深い話を聞かせて貰った。 今度、俺にも合わせろ。 法理に付いて、意見を交換してみたい」

「悪い癖だぞ、それ。 まぁ、有意義な話し合いになるかもな。 ダクレール領の薬屋で鍛えたと…… 言うだけじゃ無さそうだ。 もうちょっと、深く調べてみるか」

「あんまり、首を深く突っ込むと、身がヤバいんじゃないか? その女の子の周囲には、大物が揃っているんだからな」

「あぁ、その辺は気を付けるよ。 ……うちの愚妹が、こんな評価を受けているんなら、親父殿の野望も現実的なんだがなぁ……」

「おいおい、エリザベート前王妃殿下の悲劇、繰り返す様な事しなさんなよ。 ――― そう云えば、その子…… 悲劇の王女エスカリーナ様と同い年なんじゃないか?」

「えっ? ………………そっか、そうだよな。 シアと、同じ年だもんな。 そっかぁ…………」




 深く沈考する、リベロット。 何かを思いついた様な顔をしている。 友人であり、ライバルでもある、辣腕を誇る、調査局の飢狼、リベロット=エイムソン=ミストラーベ宮廷伯爵の思案顔に、一抹の不安を覚える、財務寮、主計局 予算編成室 室長 アーノルド=ヴァン=フレグラント宮廷伯爵であった。 




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