その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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断章 10

 閑話 深夜の国務寮

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 宰相府 上級執務室。


 時間は深夜。


 ニトルベイン大公と同道し、第四軍の視察後に この部屋に戻って来た、ケーニス=アレス=ノリステン公爵は、ドサリ自席に付くと、大きく溜息をつく。 ニトルベイン大公の言葉に、少々戸惑いも憶える。


 ” 宰相、わたしも人ぞ? 身内の姫を心配してなんの不思議がある? ”


 ロマンスティカ嬢の事をそこまで思われていたのかと、純粋に疑問にも思っていた。 大公閣下の孫にあたるその姫様に関しては、ノリステン公爵にも関りがある。 と云うより、彼女の母親を ” 王妃 ” に押し上げたのは、実質、彼の采配でもあった。 

 そして、記憶が浮かび上がる。 現王妃が後宮に入る直前に、産み落とさられた、女児が居た事を。


 男児ならばと、惜しまれた女児。 存在の否定された女児。 王家の色が全く受け継がれていない、その女児。 産み落とされては、ならなかった女児。 なにより、秘匿し、闇に葬られるべき女児。 


 それが、ロマンスティカだった。 その存在を隠し、五年の月日がたった後、彼女が「光」の属性保持者である事が判明した。 その事実を知ったニトルベイン大公家は、聖堂教会の手から護る為に、非常の手段を取った。 偽の戸籍を作り、大公閣下の御継嗣の養女として迎えさせたのだ。 またしても、その差配をしたのが、ノリステン公爵であった。 




 コン コン コン コン




 密やかに執務室の扉をノックする音が聞こえた。 物憂げに、問う。




「誰だ」

「ネフリムに御座います。 今週の調査報告をお持ち致しました」

「ふむ、入ってくれ」




 深夜にも拘わらず、宰相府 上級執務室へ報告に来る者は、特別の許可を与えた者しかいない。 扉をするりと抜け、上級執務室に入って来たのは、鋭利な刃物の様な表情を持った、漢であった。


 ――― ネフリム=エストラーダ=ニトルベイン公爵 宰相府 執政局 局長


 ニトルベイン大公の継嗣であり、現在は宰相府にて辣腕を振るう官吏であった。 いずれ、ニトルベイン大公が隠居すれば、彼が次代のニトルベイン大公となり、国務大臣の職を奉じる。 それまでには、まだ、ときを必要とはするが、確定している事項でもあった。




「報告書は後程、眼を通す。 まずは、口頭にて報告せよ」

「御意に。 南方方面に展開している、「影」からの報告で在りますが、ファンダリア王国内の南方各都市に、銀灰色シルバーグレイの髪を持つ女児の存在は未だ確認できずにおります。 これだけの期間、探し続けている事を不審に思う者も出て参りました。 主だった「影」も、やはり、失われたと、そう判断している模様にございます」

「そうか……」

「何時まで続けられますか?」

「…………ドワイアル大公が、諦めるまでは…… 少なくとも…… 続けるべきなのだ」

「それは…… 指示があったと?」

「そう、理解してよい。 卿も判っておるのだろ? 大公閣下と、ドワイアル大公の確執を緩和する為には、必要な処置であることは」

「……御意に。 さすれば、少々非公式ではありますが、使いたい「 手 」が御座います」

「……シーモア子爵か? アレには、ダクレールで暗躍した歌劇団の調査を依頼している。 その上、こちらの話を聞いてくれるか?」

「おそらくは。 その伝手で、あの娘を探すのも ” 手 ” かと」

「そうか…… ならば許可する。 秘して動けよ」

「御意に」

「そうそう、これより、ニトルベイン大公の元に向かう。 同道せよ」

「……今夜の視察に付いてに御座いますか?」

「ロマンスティカ嬢の消息を知りたくは無いか?」

「つっ…… 判明したのでしょうか、” 我が娘 ” の居所が」

「…………問題の薬師に、心当たりが有りそうなのだよ」

「薬師リーナに御座いますか。 大公閣下は如何に申されましたでしょうか?」

「” ロマンスティカ嬢の、よき朋に ” と、そう仰られた」

「なんと! 誠に御座いますか!」

「あぁ、理由は、直接お聞きするがいい。 では、行くぞ」




 ニトルベイン大公の言葉は、その継嗣である、ネフリムにとっても、驚きを持って受け取られた。 負い目の有る孫の友人にと、そう願う相手。 生半な者には、その言葉は与えぬ筈であった。 その問題の薬師にそれ程の物を見出したのかと彼は驚愕する。

 椅子から立ち上がるノリステン公爵。 その後に続き、宰相府の更に奥にある、国務寮 大臣執務室に向かう二人。 重厚な調度が、行く先を示す。 広い廊下の雰囲気ががらりと変わる。 そこは、ファンダリア王国の真の中枢。 



^^^^^


 幾重にも張られた重結界。 自身の足音さえ聞こえぬような、静けさ。 勿論【防音】の魔方陣が織り込まれている為であった。 揺らぐ魔法灯の影が二人の漢達の行く先を照らし出している。 廊下の先、重厚な扉が立ち塞がる。

 衛士が問う。




「何者か?」

「ニトルベイン大公閣下にお呼出しを受けた。 ノリステン公爵、及び、ニトルベイン公爵である。 取次ぎをしてくれ」

「はい! 承知いたしました。 暫し、お待ちを!」




 扉に向かい、声を張る。




「ノリステン公爵様、ニトルベイン公爵様、お呼びにより参上されました」

「入れ」




 重い疲れ切った声が、扉の向こう側から響く。 衛士は扉を開け、中に二人を捧げ入れる。 扉を抜ける二人。 彼らが通り抜けた後、その重厚な扉は再びしっかりと閉じられ、重結界ににて封じられる。


    ギシリ


 革張りの椅子に座る、ニトルベイン大公が、彼等を見た。 顎をしゃくり、近くにある椅子を指し示す。 芳醇な香りを放つ蒸留酒を手に、ニトルベイン大公が疲れた顔をして座っていた。 椅子の近くには、数個のグラス。 水晶のボトルの中には、琥珀色の液体が揺らいている。




「『ハラダイム 十八年物』だ。 お前たちもやれ」

「有難く……」




 言われるがまま、グラスに琥珀色の液体を満たすと、勧められた椅子に腰を下ろした二人。 掌の温みが、芳醇な香りを鼻腔に届ける。 造り手の真摯な仕事が、疲れ切った体に沁みた。




「もう、十八年にもなるのか……」

「……アレの事ですね。 行く先が判ったそうですね、父上」




 ネフリムは、公的な立場では、決して口にしない、” 父上 ” と、そう呼び、この場には、重い役職を背負う、重職たちの姿では無く、一族一門の頭領と継嗣、その分家の当主という立場で集まったと、口にした。 




「ネフリム。 そうだな。 まぁ、そうなのだが…… 行先は判らぬよ。 やるべき事をやると、そう、置手紙にあったであろう。 「ミルラス防壁」を放り出して迄、行かねばならぬ処だ。 成果は上げるのだろうな、アレは」

「父上…… 良いのですか?」

「よい。 良いのだ。 これまでも、王国の平安に尽力しているのだ。 アレも「ミルラス防壁」の重要性はよく理解している。 それでも尚、王都を離れると云うのだ…… 必要なのであろうな」




 ノリステン公爵が、ポツリと呟くように言葉を紡ぐ。




「魔導院の者達も、アレを「小賢女」と、そう呼んでおりますな。 ロマンスティカ嬢には、我らに見えぬ物が見えたのでありましょうな」

「ケーニス。 それに父上。 ロマンスティカの身に万が一の事が有れば、どうされるおつもりですか!」

「怒るな、ネフリム。 アレは見つけたのだ。 そして、前に進もうとして居るのだ」

「何を根拠に?」

「アレの朋に会った。 いやはや、とても強い意志を持つ者であったな…… そうであろう、ケーニス」

「薬師リーナ…… 侮れませぬな。 僅か十三歳の女児にして、大公閣下の威圧に真っ向から向かわれるとは。 驚きました」

「クックックッ…… お前の慌てた顔など、久しく見ておらなんだな。 どう見立てた?」

「使える駒かと。 ……いいえ、単なる駒にするのは惜しい。 王太子府からの陳情も頷けますな」

「ケーニス。 卿の息子からの報告によると、あの娘、後宮には入らぬと、そう言ったのであろう?」




 ニトルベイン大公の顔が、少々歪む。 薬師リーナが示した 「 意思 」 は、当初の自分たちの思惑を、退けるものだった。 その事に、驚きと、疑惑が浮かぶ。 何を企んでいるのかと。 会えば、判るとそう睨んでいたが、結果は余計に判らなくなった。




「その女児…… 王宮に入る事を拒んだのですか、父上」

「はっきりとな。 その上、軍属として配属され、そして、第四四〇特務隊という部隊の指揮官となった後も、軍の命令よりも、上位の誓いが有るのだそうだ。 人々の安寧を護ると云う、「使命」だそうだ」

「それは、また…… ” 精霊誓約 ” に、御座いますか?」

「だろうな…… 薬師にして、錬金術士。 練成したモノは、王宮薬師院でも確認させた。 アレを錬金釜無しで、練成出来る者は、海道の賢女位なものだと、そう申して居ったな…… あの年でだ。 行く先が……末恐ろしい。 薬師院が手放さん訳だ。 万が一にも、聖堂教会には手を出させては成らぬな。 もしやとは思うが、海道の賢女様より、” エリクサー ” の錬成を伝授された可能性すらある」

「それは…… いけませんな。 聖堂教会が、そんな者を手に入れたとなると、奴らの計画が実行に移されます」

「だからよ、ケーニス。 敢えて、第四軍に囲わせた。 エスコー=トリント練兵場に薬師リーナを避難させるぞ。 そう言っていたであろう?」

「確かに…… 荒っぽい手を使ったとしても、第四四〇〇護衛隊の獣人族が居りますからな。 易々とは取り込まれるぬでしょう。 聖堂教会は、獣人族を蔑みますからな。 当然のことながら、薬師リーナを護ろうと動くでしょう」

「それにな、第四軍の指揮官は誰ぞ?」

「王太子殿下にあられますな」

「そう云う事ですか、父上」




 ニトルベイン大公の思惑が、そこで透けて見えたネフリム。 成程、敢えて囲わせたという言葉に納得もした。 薬師リーナと云う少女の価値。 そして、その利用方法が、頭の中を駆け巡る。 様々な奸計が思い浮かぶ。 ネフリムの横顔を見たニトルベイン大公は、それを良しとしなかった。 厳しい声が言葉と紡ぐ。 




「手を出すなよ、ネフリム。 あれは、『 真白の鳥 』 だそうだ。 籠の中では生きられぬらしい。 大空を飛ぶ、鳥の羽…… 奪い去る事は、許さぬと、ロマンスティカがそう申したのだ。 この私にな」

「アレが、父上にですか! それは! また!!」

「初めてでは無いか? アレが、私に意見したのは…… 面白い。 実に興味深い。 ネフリム。 お前の世代では、考えられぬな。 新しき酒が…… 熟し始めたようだ。 この、『ハラダイム 十八年物』の様にな。 とすれば、私達の役目は、なんとする?」

「……王家の威信は地に落ちております故。 新しき未来への、産みの苦しみを、認容すべきかと。 ファンダリア王国の未来への光を護るために…… こびり付いた汚濁は、纏めて、捨て去る事が肝要かと」

「そうだ。 ……深き闇を浚わねばならん。 「真白の鳥」が、住める都にせねばな……」

「…………御意に」




 深く首肯するニトルベイン公爵と、ノリステン公爵。 ニトルベイン大公は、そんな彼等に優し気な目を向け、言いきった。




「ファンダリアに巣食う、深き闇のゴミ掃除。 やらぬ訳には…… いかぬな。 例え、身が斬られ、私が追われようともな」




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