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思惑の迷宮
ベラルーシア=フォースト=ミストラーベ大公令嬢の興味(1)
しおりを挟む「こんなに貰ってもいいの?」
「ええ、皆さんで食べて下さい。 休憩時間のお茶請けにでも」
「そうするわ! 賄いご飯は出るんだけれど、お菓子はねぇ…… 厨房長、お菓子類って作ってくれないから」
「そうなんですか?」
「そうなのよ。 ……リーナちゃん、お願いしてみるぅ?」
おもてなし用の、焼き菓子をもって、食堂に来たら、そんな事言われたの。 日持ちはするんだけど、使いまわしじゃ、何となく嫌だったら、都度買ってたの。 でも、あの人達基本的に食べないでしょ? 高貴な人達なんだものね。 あの人達にとっては、自分達よりも遥かに下の階層のモノが用意する、胡散臭い場所で出された焼き菓子。
食べる訳ないよね。
街で一番人気のお店で買ったんだけどね…… だけど、もう、一杯余っちゃって…… ラムソンさんと二人で食べてたら、何時になっても食べきれないから、いつもお世話になっている、食堂のお姉さんに、お渡しする事にしたのよ。 やっぱり、喜んでもらえるのは嬉しいモノね。
そこで飛び出た、そんなお話。 丁度、閑散としている時間帯だったから、カウンターでお話している私たちの元へ、厨房長さんがやって来たのよ。 ホントに珍しい事よ?
「リーナちゃん、久しぶりに顔を見たな。 こいつらにいいモノ持ってきても、無駄だぜ。 味なんかわかりゃしないからな」
「いつも、美味しいお食事を作ってもらって、ありがとうございます。 厨房長様」
「『仕事』だからな。 王宮の大厨房で追い回されていたんでな。 ホワイトシチューが好きなんだってな」
「ええ、そうです。 あの丸い味がとても、美味しくて。 牛乳ですか? ちょっと、変わった風味もしますから、山羊乳も入ってます? バターは毛長水牛の乳で作ったモノですよね。 鶏肉にも、バジリスク肉にも、会いますものね。 お野菜のカットも、煮崩れしない様に、ちょっと大きめにゴロゴロですね。 ステーキの付け合わせの様なカットじゃぁ、シチューに入れたら物足りませんものね!!」
美味しいシチューの事なら、いつまでも語れるわ。 おばば様もホワイトシチュー大好きだったもの。 でも、私が作ったホワイトシチューは、厨房長の作るものより、数段落ちるものね。 流石は本職が作るものは違うと、最初に食べた時に思ったわ。
「おいおい、なんだよ…… リーナちゃんの御口は、そんな事も判るのか。 こいつら、普通に喰ってるだけだぜ? おい、ミエル、なんとか言ったらどうなんだ?」
「えっ、いっ…… ほ、ほら、私、食べるのが専門で。 作り方とか、何が入っているのかは、あんまり気にしてないし……」
「なっ、リーナちゃん。 こいつらに美食を振舞うのは、” 猫に金貨 ” なんだぜ。 だから、俺は菓子はつくらねぇんだ」
「えっ? どういう事なんですか?」
「知らんかったのか? 俺は、王宮料理人だったが、専門は焼き菓子職人だったんだ。 まぁ、王妃殿下の逆鱗に触れてな、解職になっちまったんだが」
「……厨房長って、お菓子造りの方の方だったのですね」
「そうだよ。 何の因果か、食堂の親父やってるけどなっ! ガハハハハハッ!!」
そ、そうだったんだ…… なんか、こんな物持ってきた私が恥ずかしいよ…… 王宮の菓子職人に、下町の焼き菓子だなんて…… やだ、顔が熱くなってきたわ。
「こいつは、レーベソンの所で作ったやつだろ? アイツも腕はいいんだが、性格がなぁ~ 可愛い嫁さん貰ってからは、多少は丸くなったって言ってたが。 なるほどね。 人気になる筈だな。 アイツは素材の扱いが丁寧だから、出来上がりも旨くなるんだ」
「厨房長のお墨付きでしょうか?」
「ああ、これなら、王宮のお茶会でも十分に対応できるな。 あぁ、生クリームとかデボンシャーなんかを、沿えると見栄えも良くなるしなっ!!」
凄くご機嫌な笑顔が浮かび上がるのよ。 そうか、よかった。 一生懸命選んだ甲斐があったわ。 なら、皆さんにお出しするのも、これでいいわよね。
「そうそう、高貴な人達は、ドカンと置いても興味を示さないから、小さな皿に、チマッって盛るのが基本だぜ。 さも、貴重なモノですって、感じを出してな!」
「そ、そうなんですか? 手が出しやすいように、大皿に盛ってました」
「そりゃ、パーティ用だぜ。 お茶会の時には、チマッが原則だな。 何かの機会があれば、やってみな」
「はい! ありがとうございます!」
そうか、そういう事か。 じゃぁ、次のお客様の時に、実践してみよう! 次は…… 明日だから、帰りにレーベソン菓子店で買って帰ろう! とってもいい事聞いちゃった! ありがとう、本当にありがとうございます、厨房長様。
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おもてなしで出来る事を聴いて、気分がよくなったの。 だって、誰も手を付けない、お菓子は、私が一生懸命考えて買ってきたものだったんだもの。 なんか、ちょっと寂しくなってたのよ。 ちょこっと盛りね。 よし、わかった。 そういえば、前世の私が経験していた「お茶会」もそんな感じだった。 マクシミリアン殿下に意識が向いていて、あまり、テーブルの上とかには興味が無かったものね。
考えてみれば、前世の私にとって、生活のすべてはいかにマクシミリアン殿下の気を引くかって事で、成り立っていたのかもしれない。 どんな場所に居ても、どんな時間であれ。 独りぼっちでも、なにも気にならなかった。 どんな悪口や陰口も気にならなかった。 そこに重要な情報が乗せられ、私の行く末が危険に満ちていると示唆されようと、まったく眼中になかった。
だからこそ、あの結末を迎えたのね。
今だからわかる。 自分の生活を構成しているモノは、人で在れ、モノで在れ、それに携わる多くの人々が存在している事を。 そして、私は「精霊様」に誓いを立てた。 すべての人を安寧に導くと。 私の出来る限り、手の届く限り。
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お茶菓子を買い求め、第十三号棟に帰ると、ラムソンさんが待っていたの。 お手紙と云うか、通信文というか…… まぁ、森の民の連絡方法でね、繋ぎを付けてきた人がいるんだって。 奴隷じゃぁ無いらしい。
「俺にも、誰だかわからん」
「差出人と云うか、お知らせくださったのは?」
「単にシルフィーとだけ。 心当たりの有る名は無い」
「そうなんですか。 ラムソンさんがここにいる事を知っている方なんですよね」
「あぁ、多分な」
「何時いらっしゃるのですか?」
「近日中とあった。 何時とは明記していない」
「入れ違いに成らないといいのですが」
「そうだな。 お前の防壁を抜けるような事は無いと思うから、扉の外で待つんじゃないか?」
「そうですか。 で、お返事は?」
「居所がわからんからな。 それに、単に此処に来ると云う、通達みたいなものだ。 返事はいらない」
「そうなのですね…… 判りました。 心に止めておきますね」
誰なんだろうね。 森の人だとは思うのだけれど、私の知り合いにラムソンさん以外の獣人の人は居ないからなぁ…… 次に、ここに来訪されるのが確定しているのは、ミストラーベ大公令嬢 ベラルーシア様。何となくだけど、だれか同行されるかもしれない。 だって、アンネテーナ様も、フルーリー様もそうだったでしょ?
慌てないように、用意だけはしておこうと思うの。 用意して、無駄になっても、その場で慌てるよりもマシだもの。
テーブルクロスも洗って真っ白になったし、お茶の葉も庶民が手に入れる事の出来る最高のモノを用意したわ。 高位貴族様にお出しするモノとしては、ギリギリ合格な感じのものだけどね。 あとは、お話次第。 何が飛び出すか、判らないけれど。 判らないなりに、頑張ってみようと思うの。
―――― 翌日の昼下がり ――――
予定通りに、ベラルーシア様が、第十三号棟にいらしたの。 黒塗りの高級馬車ではあったのだけれど、ミストラーベ大公家の紋章は入っていなかった。 護衛の方も、数名。 皆様、ミストラーベ大公家の衛兵様で、装備もお家の装備でお見えになったわ。
ベラルーシア様も、お忍びの御召し物。 淡い薄碧色の街娘の様な御姿だった。 でも、そこは、やはり大公家の御息女よね。 漂う気品が、周囲を圧倒してね。 ちょっとちぐはぐな感じを受けてしまうの。
「今日は済まない。 私も便乗させてもらった。 ベラルーシア一人では心もとない物でね。 突然の訪問、誠に申し訳ない」
「何も御座いません、第十三号棟にようこそおいで下さいました。 十分な歓待も出来ぬゆえ、お許しください。 エドワルド=バウム=ノリステン子爵様 ベラルーシア=フォースト=ミストラーベ様。 ごゆるりとお過ごしくださいませ」
そうなのよ、やっぱり、ご同行者様がいらっしゃったの。 今日は、宰相ケー二ス=アレス=ノリステン公爵の御三男、エドワルド=バウム=ノリステン子爵様がごいっしょだったの。 ホントに、どうなっているのよ。
御国の重臣の御子息、御令嬢がこんな倉庫に見えられるなんて、ほんと、どうかしてる。 それも、一介の「薬師」に逢いになんてね。 普通じゃ考えられないもの。
「護衛の方々も、ご一緒に?」
「いや、彼らは、部屋の前で待機する。 少し、込み入った話もあるからね」
「御意に御座います。 では、此方に」
内側に案内して、いつも通り、【施錠】と【重防御】を施すの。 もうなんか慣れっこになっちゃったわね。 大テーブルに ご案内して、お茶の用意。 厨房長様にお教えいただいた通り、ちょこっと盛りに変えたの。
手早くお茶を入れ、カップに注ぎ入れて、お客様にお出しした後、自分の分を淹れ、口を付ける。 茶菓子もちょこっと齧る。 さぁ、如何かな? 毒見は終わったよ?
ベラルーシア様は、ニコリと微笑んだ後、お茶を飲みお菓子を摘まれた。
「美味しい焼き菓子ですわね。 街でお求めになったのですか?」
「ええ、とても、人気のお店でして、なかなかに買い求めるのは難しく御座いますわ」
「そうなの。 また、お店の名を教えてね」
「はい、喜んで」
ベラルーシア様は、喜んでくださったわ。 良かった。 ほんとうに、良かった。 私が微笑むのを見て、お二人も微笑まれたわ。 なんとか、いい感じでお話を伺えると思う。
それが、どんなお話であれ……
最初の雰囲気は、悪くなかったわ。
厨房長様、ほんとうに、ありがとうございました!!
応援ありがとうございます!
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