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思惑の迷宮
フルーリー=グランクラブ準男爵令嬢の役割 (2)
しおりを挟む開封の手順を踏み、神官長様の御手紙を紐解くの。
ちょっとね、理解が追い付かないわ…… そこにに掛かれた、力強くも優しい文字が、神官長様の為人を表していると…… そう思ったの。
”ファンダリアの光を護りし者、その献身と行動は、神の御心のまま。 精霊様に誓いを立てし者は、すべからく、神に仕えし者でもある。 受けられよ、ミルラス=エンデバーグもまた、堂女であった。 その愛弟子もまた、その栄誉を受ける事は必然。 疑義あらば、賢女ミルラスにお尋ねせよ ”
ですって。 おばば様から聞いた事はあるわ。 おばば様は、市井の出自ではあるのだけれでも、「光」の属性を保持しているが故、教会に囲われたって…… お知り合いなのかな?
「神官長様は、かつて獅子王陛下のご側近に有らせられました。 戦野を共に駆け抜けられた、戦闘神官で在らせられたと。 その傍らに、常に賢女様が居られたと…… そう、お世話になっている枢機卿様にお教え頂きました」
「…………そ、そうなんですね。 知りませんでした」
「遠い昔の事です。 神官長は、「祈りの間」におられます。 ファンダリア王国の平安と、民の安寧を一心に神に祈り続けられておられました」
「 ” おられました ” ですか?」
「お世話になっている枢機様から、お話がありました。 祈りの家に、欲心を持ったものが蔓延る事に憂慮され、動かれるそうです」
「……そうですか。 ……お話の内容が、とても、表に出せるような物では、御座いますまい。 何故わたくしに?」
「光護りし者に、伝えなさいと、枢機卿様が仰いました。 神官長様のご意志だそうです」
「…………左様に御座いますか」
聖堂教会の内部で何かが起こり始めたのね…… そして、その人たちが、私に目を付けた。 表の聖堂教会はもとより、秘されている神官長様もまた…… おばば様の同胞なのよね。 コレは…… 一筋縄ではいかなわいね。 覚悟を決めなくちゃね。
「わたくしは、何も…… 何も出来ません。 堂女の証を頂いたとしても…… 聖堂教会には……」
「何もする必要はございません。 その証は、真に『神と精霊様への仕える者の証』であると、そう、お伝えせよと、申し付かりました。 神と精霊様の聖名において授けると。 「薬師様」のお仕事を通じ、精霊様とのお約束をお守りする者が付けるべき記章であると…… お納め願えませんか?」
縋る様に、祈る様な目で私を見つめるデギンズ司祭様。 ……受け取らざるを得ないわね。 判った。 でも、私は薬師。 教会の者じゃないわ。 それだけは、譲れないもの。
「深い信仰を理解いたしました。 わたくしの後見人たる、ドワイアル大公閣下より、” 聖堂教会の者からのモノは、受け取るなと ” とのご指示が御座いました。 が、神官長様の御心は、私を教会に置くのではなく、これからも薬師として民の安寧に尽くせ、との思召しと理解いたしました。 その証左として、この記章を授けると。 ならば、賢女様も、ドワイアル大公閣下もお許しになると、思います。 この記章はお受けいたします。 どうぞ、皆さまにその事をお伝えください。 わたくしは、辺境の ” 薬師錬金術士リーナ ” であると。 聖堂教会の色は付かぬと。 それで、宜しいでしょうか?」
「承知いたしました。 必ず。 必ずや、お伝え申し上げます。 リーナ様は、これまでも、そして、これからも、薬師錬金術士であると。 決して、聖堂教会と志を同じくするものでは無いと。 そう、お伝え申し上げます」
「感謝申し上げます」
ふぅ………… 何が御供よ…… フルーリー様は、繋ぎに来たのね。 用心深く、聖堂教会と距離を置いていたのに…… でも、そんな聖堂教会にも現状を憂う人たちが居るって事…… だったのね。 ニコニコしながら、私を見ていたフルーリー様。
流石は、豪商の娘ね。
人とのつながりを最も大事にする、商人さんたち。
信頼と信用は何にもまして、尊重されるべきもの。
そして、人と人を繋ぐのは、商人の ” 使命 ” でもあるのよね。
そう…… コレは、フルーリー様の、使命の一つでもあるのね。
理解した。
なぜ、彼女が、公式で私事と云う一見矛盾した方法で私に会おうとされたのか……
コレは、たしかに、公式で…… 私事だわ。
色々と勉強になった。
ありがとう、フルーリー様。
「リーナ様…… ごめんなさいね」
「えっ?」
なんか、謝られているのよ。 とても、申し訳なさそうな顔をしているフルーリー様。 えっと、謝るのなら、私の方からなんだけれど?
「フルーリー様、私の方こそ、ごめんなさい。 せっかく作って頂いた、とても素敵なドレスと、御貸しして頂いたお飾りを…… めちゃめちゃにしてしまって…… これだから、庶民の女児はと、呆れてしまわれたのでしょうね」
「そ、そんな事は、まったく、これっぽっちも思っていませんわ!! お、お父様だって、判っておいでですもの。 ウーノル殿下がどのような御立場で、それを守り抜いたリーナ様がどれ程の御方でなのかは、父に伺うまではございません! ドレスやお飾りは、着る人、付ける人がいてこその物です! リーナ様の身を包んだ物ですから、ボロボロになっても、我が家の家宝ですわ!」
「えっ? えぇぇぇ?」
「わたくしが謝罪したのは、こうやって、ユーリ様をお連れしたことについてです。 リーナ様が聖堂教会と距離を置いておられるのは、存じておりました。 が、お父様が神官長様の元の枢機卿様に懇願されましたの。 わたくしと、ユーリ様ならば、表に目を付けられないと…… そう愚考いたしましたの」
「そ、そうなのですね…… 理解いたしました」
ちょっとした緊張が私たちの間に落ちる。 フルーリー様の伺う様な視線は、私が怒っているのではないのかと問う様な視線だったわ。 普通ならば、怒るでしょうね。 でも、神官長様はおばば様の同胞。 ならば、志は同じと思っても…… 間違いはないと思うし…… 思いたい。
フニャって笑ってみたの。 緊張の糸がほどけて、霧散する。 泣きそうな顔のフルーリー様。 ホッとされたのね。
「フルーリー様、貴女にお礼を。 このような機会を与えて下さったお礼がしたいのですが」
「お礼?…… ですか?」
「わたくしにも知らない事は沢山あります。 特に王都での人の繋がりは良く判りませんもの。 こうやって、知るべき人を繋いで頂いた事に感謝を。 何なりと、お申し出くださいね。 勿論、わたくしに出来る事には限りがありますが……」
「リーナ様……」
うるうると瞳を潤ませながら、じっと私を見詰めるの。 感謝の気持ちよ。 そして…… フルーリー様は遠慮がちに口を開かれたの。
「リーナ様…… あの…… 一つ、お尋ねしたい儀が」
「はい、なんでございましょうか?」
「舞踏会の日にお貸しいただいた、あの魔道具の事です。 アレは…… リーナ様が符呪されたのですか?」
「ええ、そうですわ。 時間も無かったことですから、簡単ではございましたが、必要な機能は符呪出来たとおもいます」
「……あの、リーナ様は………… 薬師様だけでなく…… 符呪師なのですか?」
「私は、薬師錬金術士です。 そして、錬金術士として、符呪もたしなみます。 師を戴くことも出来ました。 そういう意味では、符呪師でもありますね」
「…………そうでしたか。 あの魔道具を、我が家出入りの符呪師に見せましたところ、とても精緻なモノで、そう易々と符呪出来るようなモノでは無いと…… 出来るならば…… 御力をお貸しいただけませんか?」
「……師との約束がありますれば、ご容赦下さい。 私の符呪は、商いには、使う事を許されていないのです」
「そ、そうなのですか…… 残念です。 で、では、リーナ様の師は、どなたなのでしょうか!」
「それも…… 秘匿せよとの、思召しで御座いました。 ただ……」
「ただ?」
「ダクレール領に高名な符呪師を存じております。 その方と繋ぎを取る事は可能に御座います」
「それは…… どなたでしょうか?」
「エランダル準男爵家のご当主様に御座います」
「えっ! あのエランダル様に御座いますか!! なかなかとお会いできない方ですのよ? 父も、商会の者達も、どうにか繋ぎを付けたいと、そう思っておりました方ですわ!! 本当に?」
「ええ、繋ぎを付けられる方を存じておりますので」
というより、息子さんなのよね。 イグバール様。 商会同士で上手くやってくれるよね。 大丈夫だよね。 というより、エランダル準男爵家って、そこまで有名だったんだ…… 知らなかった…… イグバール様はお父様とは和解したって仰ってたし…… いいよね。 紹介状書いて、送れば……
「相談してよかった!! 今、王都では魔道具が払底しておりますのよ。 すべては聖堂教会のせいなのですわ!! 薬師だけでなく、符呪師も集められておられるんですもの!! もう、本当に、困ってましたのよ!!」
語気荒く、デギンズ助祭を睨みつけるフルーリー様。 小さくなって、困った顔をしているデギンズ司祭。 なんとなく…… 何となくだけど、力関係が見えた気がしたわ。 フフフフ……
また、ハト便飛ばさなくちゃね。 おばば様と、イグバール様に。
” いろんな人を見ておいで ”
おばば様のお言葉が蘇ったの。
ほんと、王都には……
色々な性格の人が居るものね…………
手を振り、デギンズ助祭と一緒に帰られた フルーリー様を見送りながら、 そんな事を思っていたのよ。
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