蛍降る駅

龍槍 椀 

文字の大きさ
上 下
11 / 21
巡る縁は糸車の様に

しおりを挟む
 堅  



 電話があった。

 結城からだった。

 商品見本のカタログ用の撮影と、編集を頼まれた。 結構入れ込んでいた。



 珍しい。



 いつもの冷笑癖がどこかに飛んだような声だった。

 いいよ。 と、気軽に応えた。

 恩に着るよ と、電話の声がした。

 今日、その試作品とやらを持って俺のスタジオに来る。

 奴を熱くさせた「物」に、俺は興味をもった。

 

*******************************




「すまんな」

「いいよ、今は暇だし」

「なに云ってるんだ、売れっ子のカメラマンが」

「ナンにもでんぞ、世辞はいらん。で、「物」はどこだ?」




 結城が小さなボストンバックを出した。




「この中だ。 セッティングはできるのか?」

「ああ、あとは…… 「ブツ」の具合によって、照明をいじるだけだ」

「これは、極秘なんでな」

「だから、俺一人じゃないか」

「ホントにありがたい」




 結城は、ボストンバックを開け、中から数点のブラウス、タイトスカート、ジャケット、ワンピと、ドレスを出した。 一見、何の変哲も無い、唯の服だった。 ちょっと不思議な感じがした。 結城がそれほど、惚れ込むような物には…… 見えなかったからだ。




「これか」

「ああ」

「普通に見えるがな」

「まぁ見てろって」




 そう云いながら、結城がディスプレーを始めた。 俺は唸った。 なるほど。 これは行けるかもしれないマネキンに着せたブラウス、スカート、ジャケットの三点は、珍しいカットと、フォルムが印象的だった。 色合いにしても、生地が醸し出す風合いにしても、有名ブランドのものにも引けを取らない。

 そうか、これのデザイナーを見つけたんだな。




「どこで見つけた?誰だ?」




 俺は静かに問うた。




「内緒だ。 名前は出さない。 ロゴは決めてある。 とりあえず通販の販路に乗せる。 ちょっと高級的なものを扱う、” エクストラ ” に出す。」

「ほほ~~差別化か。しかし、あれは有名デザイナーの持ち場だぞ」

「良い物は良いんだ。それに、今、俺は通販部門の統括責任者だ。」

「なるほど」




 照明を直し、画を決め、

 撮る、撮る、撮る。

 ファインダーを通すと、その品物の良し悪しがよく見えてくる。 ある角度ではとてもよいが、ある角度ではまるでダメ…… では商品として欠陥だ。 今までにも多くのブランド商品をこうやってファインダーから見てきた。 しかし、こいつは今までにない物を俺にくれた。



 感動ってやつだ。



 全くデザインに破綻が無い。 なにげなさが、またいい。



「誰かモデルが欲しいな。 ……もったいない」

「しかし……」

「要は秘密が護れればいいんだろ」

「……ああ」




 俺は携帯を取り出し、ある番号にかけた。 番号登録など必要が無いほど、指が憶えている番号だ。

 呼び出し音が続く。 やがて、繋がった。




「おれだ。 感動したくないか?」

( ..... )

「俺のスタジオだ。」

( ..... )

「時間?今すぐだ」

( ..... )

「ああ、待っている、じゃあな」




 俺が電話を切るのと同時に結城が尋ねた。 とても心配そうに。




「誰なんだ? スタンダードのサイズしかないぞ」

「そのマネキンと同じサイズの持ち主だ」

「…………ん?!  おまえ、まさか……」

「ああ、呼んだよ」




 結城の心当たりの人物は俺の大切な友人で、その他にも色々と魅力のある人物だった。



*******************************




 スタジオの扉があいた。 黒づくめのスタイル、毛糸編みの帽子を深く被り、濃い色のサングラスをしていた。 やっと来た。 電話から一時間。 俺は、その人物に声をかけた。




「よう、遅かったな」

「なによ、急に呼び出して。 なにが感動よ。 いまパリコレの仮縫いで大変だったんだから」

「そういうなよ…… こちら、結城 敬二。 デパートのアパレルマンだ。 とんでもない物もって来やがった」




 結城が挨拶を始めた。 緊張している。 当たり前か。 この業界にいてこいつの名前をしらん奴はいない。




「あっ、は、始めまして。 結城です。 アドリアーニ=竹中=ロスバッハさん。」

「アディーで良いわよ。」

「こいつ、野々村とは……」

「あら、私のハズよ」




 結城の目が俺とアディーの間で揺れた。 彼女はトップモデルだった。 雑誌や、商業誌だけでは無く、ありとあらゆる媒体にのっていた。 もちろん、俺と結婚しているのは極秘だが。

 アディーが俺達の見ている前で、着替え始めた。 もちろん、結城は明後日の方を向いている。




「どうだ?」

「いいわね~~。今度のパリコレこれにしたいわ~~」

「いや、あの、その……」




 結城のあせりまくる姿に、俺は方頬を上げて見せてた。




「顔は映さない。 ちょっと立ってくれ」

「はいはい。 昔を思い出すわね。 堅」

「ああ」




 俺は、それから無心にシャッターを押し続けた。 


 確信にも似た物が、俺のなかで生まれた。

 



 売れるぞ、こいつは…………



しおりを挟む
1 / 4

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

亨吉さんの予言

歴史・時代 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:2

異世界コーディネーター〜貴方の理想の世界探します〜

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:4

ヤンデレ彼女は蘇生持ち

恋愛 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:12

【完結】風のレクイエム(作品230729)

恋愛 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:2

「夏の陽射しと彼女の微笑み」

恋愛 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

ずぶ濡れで帰ったら置き手紙がありました

恋愛 / 完結 24h.ポイント:49pt お気に入り:56

こえ

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

処理中です...