蛍降る駅

龍槍 椀 

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巡る縁は糸車の様に

上坂

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 上坂  



 定例の常務会が第一会議室で、行なわれた。議題はいつも通りの販売戦略会議だった。今日の話題は、通販部門の新しい展開で、前年、前月比を250%も上回る売上を記録した物についてだった。

 販売ルートは、我社発行の通販雑誌エクストラ。物はアパレル、のみならず、ちょっとした小物まで含まれている。全く無名のデザイナーの物だった。

 この会議に、アパレル部門の総責任者の神埼君と、その部下で、今回の椿事の火付け役となった結城君が出席している。




「いや~~良くやってくれた。前年比250%増しとは、恐れ入った」

「有難う御座います、上坂常務」

「いや、君達の手腕が結実している証拠だよ」




 口火を切った私に、他の常務達が同意の頷きをしている。この消費不況下に、そこそこの値段で、売れる物は少ない。いかに安くするか、いかに大量に捌くかが、明暗を分けている現在、高級アパレルが何故そこまで売れているのか、他の常務達も理由を知りたがった。




「恐れい入ります。 …………あぁ~~ 結城君、御説明を」

「はい」




 まだ若い結城と云う社員が、立ちあがり、ホワイトボードの前に立った。




「今回のプロジェクトについて、御説明致します。 なにぶん、最初は成功するかどうか、わからなかったものですから、ロットは最小単位、全責任を私が取る覚悟で、進めました……」



 小気味良い口調で、彼は説明を始めた。



 要は、デザインと、差別化。 そして、なにより雰囲気と、使いまわしの良さ。 どんなシチュエーションでも、そつ無く逢わせられえる事、それでいて、普通のプレタポルテとは、違った物。ターゲットは、2F後半から4F前半のOL、及び主婦。

 未だに潜在的な購買力を持ち、名の知れたブランドは飽きてしまった人々。 さらに、この不況下で、収入が減っている現在、旧来のブランドよりも安く、縫製デザインが優れている物が売れるという、マーケットリサーチに立った、プロジェクトだった。



 それが、嵌った様だ。



 その様子を神崎君はさも嬉しような顔で見ているが、彼の耳が赤くなるのを私は見逃してはいなかった。

 彼は何か気に入らない事があると、直ぐに顔に出る。特に耳に。

 はは~~ん、今回のプロジェクトは、この結城と言う青年一人で進めた事だな。 神埼は常々、通販部門を切捨てる様に私に稟議を廻していた。 つまり、彼の目論みは崩れたと言うわけだ。

 何を考えていたかは、しらんが……



「…………そうする事によって、今回の営業成績に結び付いたと、思われます。以上です」



 結城が着席すると、常務の一人が、質問した。



「デザイナーは誰だ? これだけの物を創り出させるのだから、有名な人が、別名でやっているんだろ?」

「…………いいえ、今回は、全くの新人デザイナーを採用しました」

「で、名前は?」

「…………誠に申し訳御座いませんが、契約上、名前は出せない事になって居ります。 もし、名前を出せば、我社との専属契約が切れ、フリーになり、他の企業に取られる可能性がありますので」

「…………そうか」




 釈然としない者が数名。 仕方ないと思う者が二人、そして、当然だと思う者、は一人、それは、私だった。このデザイナーの作品には、名声や金を得ようとする気配が無い。 それより、より良い物を、発表する、ただそれだけに集中している感じが、何時もしていた。 名前が出れば、それだけ、余計な事に注意を向けなければならない。 それをするくらいなら、止めてしまおうと、考えている節もある。



 デザインは、デザイナーの思考そのものである。 長年そういった物だけを見続けていた私には雰囲気で判る。



 結城君は良いデザイナーを手に入れたものだ。




*******************************




 定例会議は定刻に終了した。 いつもは紛糾するこの会議は、今回は珍しく、全員一致でこのプロジェクトに賛成し予算の増額を認めた。




「常務、上坂常務」




 部屋を出て行こうとする私の背中に、神崎君が声をかけた。

 振り向くと、彼が暗い目をして立っていた。




「どうした?」

「内密に御話しが…………」

「ああ、そうか。判った。 飯でも食いながらどうだ?」

「はい……」




 目の端で部屋を見ると、結城君が資料の後片付けをしていた。 デザインラフ画を大事そうに、ファイルに詰め、皮のアタッシュケースに直しこんでいた。 その顔は、自分が企画したプロジェクトが成功した喜びより、そのデザインを世に送り出せた喜びの方が強い顔だった。



 …………以前の私がそうであった様に…………




*******************************




 都内のあるレストランで飯を食いながら神崎の話しを聞いた。

 いつもの事だ。

 来年の人事異動で、役員になれるかどうかだった。

 私は彼に負けないくらい、暗い目をして云った。




「今回の通販部門の躍進。 あれは、君の発案ではないな。 下から上がった稟議を握りつぶしたような形跡も見られる」

「お、御言葉ですが…………」

「知っているんだよ。 残念な事にね」

「………………」

「役員の役割は現場が仕事を遣り易い様に整える事だ。 決して足を引っ張る物では無い。 当然、社の意向や市場の要求などもあり、現場の意見が通らぬ事は多い。 しかし、役員は、少しでも現場の意見をいれ、より多くの収益を上げる事が一番の仕事だ。 ……神崎君 ……クリスマス商戦だな。」

「は、はい」

「君が後押しをし、鳴り物入りでテナントに入れた森原君。 売上は今一つだな。『リ・オリー』だけではな。 そろそろ新たな展開が見えても良さそうな時だ。 宜しく頼むよ」

「はい、その時は……」

「考えておく。 …………なぁ、神崎君」

「はい。」

「デザイナーが命を込めて創ったデザインは、君の出世の道具では無いんだよ。 …………理解して欲しい」




 私は、含みを持たせた笑顔で、神崎を見詰めていた。

 この試練に打ち勝てば君は役員だ…………

 もっとも、その前に君自身が変わる必要がありそうだ。

 神崎は押し黙ったまま、食事に手も付けづにうな垂れていた。その姿をみて、私は思った。

 重圧は自分の力だけでは返せない物だ。周囲に自分をサポートしてくれる、良き理解者がいなければ、と。



 そうだ。



 彼のプロジェクトと競合させて見るのも面白い。どちらが勝つか。

 重圧を楽しめる方だな…………




 一度、結城君を飯にでも誘うか。



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