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閑話

2 騎士と魔法使い

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 ――しかしあれよあれよと時間は過ぎ、夕方。
 終業の鐘が鳴り、僕は魔塔の裏扉を少し開けてキョロキョロと辺りを見回す。

「よし、誰もいないな」

 僕は人の気配がない事をしっかりと確認して、魔塔の裏口からこっそりを抜け出した。

 ……いなくてよかった。まあ、あんなのは何かの冗談か、罰ゲームだっただろう。姉さんが言うには彼は相当な色男らしいからな。……きっと賭けの罰ゲームとかで僕に告白、なんて流れになったんだろう。うんうん。

 僕は一人頷きながら、トコトコと裏道を歩く。だが歩きながら遅れて魔塔に戻った後、姉さん達から聞いた話を思い出していた――。


 ◇◇


「あらあら、どーしたの? コーディー」

 僕の後ろから心配そうに尋ねたのはダブリン姉さんだった。

「ひゃ!? だ、ダブリン姉さん!? きゅ、急に後ろに立たないでよ!」
「だって、ずぅっと手が止まってるから、どうしたのかと思って」

 ダブリン姉さんは僕の手元を見て言った。今は乾燥した薬草の仕分けをしていたが、テーブルに広げた薬草の量は一時間前と何も変わっていない。

「ちょ、ちょっと考え事をしていただけだよ」

 僕は慌てて瓶に乾燥した薬草を詰めていく。けれど、どこからともなくキラーニ姉さんとエニス姉さんまでやってきた。

「コーディー、お昼からずっと上の空」
「昼に何かあっただろー?」

 一人で作業していた筈なのに、どこで僕を見ていたのか。二人は僕に視線を向けて尋ねてきた。

「別に何もないよ」
「嘘、ダメ」

 キラーニ姉さんが鋭く言う。普段はぽけっとしてるのに、こういう時だけはいつも妙に鋭い。

「本当になんでもないよ。ただ、その……ちょっとある人に声をかけられただけ」
「一体誰に声をかけられたんだ?」

 エニス姉さんに聞かれて、僕は困惑する。

 ……一体誰。そんなのこっちが知りたいよ。”ドレイク”って呼ばれてたけど、僕は面識ないし。それともどこで会った事があるのかな? うーん。仕事で騎士団の人達と行動をよく共にするエニス姉さんなら何か知ってるかも?

「ねぇ、エニス姉さん。ドレイクって名前の赤髪の騎士を知ってる?」

 僕がその名前を口にすると、エニス姉さんの表情が険しくなった。

 ……なにか、ヤバい事を言っただろうか。

「どうしてドレイクの事を? 昼にドレイクと何かあったのか」
「い、いや、ちょっと声をかけられて。どんな人なのかなーって?」

 僕は目もそぞろに尋ねた。だがそんな僕にエニス姉さんはきっぱりと告げる。

「あいつとは関わらない方がいいぞ、コーディー」
「え、関わるなって」

 ……優しいエニス姉さんがこんなにも人を嫌うのは珍しいな。一体、あの人何したんだろう?

「ドレイク、聞いたことがある」
「あらあら、私もその名は聞いたことがあるわ~。彼は有名だものねぇ」

 ……キラーニ姉さんとダブリン姉さんも知ってるって何者なんだろう? 僕、騎士団の人とほとんど関わらないからなぁ。でも。

「一体、何が有名なの?」

 僕が尋ねてみれば、エニス姉さんは「口にしたくもない!」とプイっと顔を背けてしまった。そして二人の姉さんもなんだか言いにくそう。

 ……何だろう。なんだか怖くなって来たな。このまま聞かないで置いた方がいいのかな?

 一人、そんなことを思う。けれどそこへ外へ出かけていたゴールウェイ姉さんが箒に乗って帰ってきた。ゴールウェイ姉さんは窓から部屋に入ると、箒からひょいっと身軽に降り立つ。

「たっだいま~。……って、なあに? みんなしてコーディーを囲んで」

 ゴールウェイ姉さんは不思議そうな顔をして僕を取り囲む姉さん達を見回した。

「おかえり、ゴールウェイ姉さん」
「ただいま、コーディー。みんなで面白い話でもしてたの?」

 ……あー、これは言った方がいいのかな? でも言わなかったら言わなかったで、後で僕が怒られそうだし。

「あー、その。ドレイクって騎士の話をしてて」

 僕が答えるとゴールウェイ姉さんはキョトンとした顔をして、あっさりと答えた。

「ドレイク? あのヤリチンの?」
「や、ヤリッ!?」

 まさかそんな言葉が返ってくると思っていなかった僕は思わず声を上げ、顔を赤くする。

「あらあら、ゴールウェイ。もう少し言葉を変えて言いなさい」
「あ、ごめんごめん。えーっと、あの色男の事ね!」

 ダブリン姉さんに窘められてゴールウェイ姉さんは言い変えたが後の祭り。

 ……や、ヤリチン。あの人、そうなんだ。でもエニス姉さんが嫌う理由が分かったかも。そういうナンパな男を毛嫌いしてるからな~。

「で? ドレイクがどうしたの? また誰か女の子が泣かされたの?」
「また?」
「そぉーよー。ドレイクってのは、すっごい美形でね。王国騎士団でも一、二を争うぐらい強い剣の使い手なの。でもそんな男だから、女の子にひっきりなしにモテてね。女の子をとっかえひっかえ。でも、あっちの方がすごく上手いらしくて、女の子は病みつきになっちゃうんだって。だから自分がフることはあっても、女の子からフラれることはないって話よぉ~」

 ……あっちの方。なるほど、だからヤリ……。いや、言わないでおこう。

 僕は赤面しつつ納得する。そして、今日見たドレイクの顔を思い出した。

 ……確かに結構な美形だったもんなー、体格もいいし。あれはモテない方が難しいかも。それに王国騎士団って女の子に人気高い職業だもんな。……って事はあれはやっぱり冗談? いや、冗談に違いない。きっと賭け事の罰ゲームとかで僕にああ言ったのだ。いやー、問題解決!

 そう思ったがゴールウェイ姉さんの話は終わっていなかった。

「でも、最近は女遊びを止めたって話だったのに。違ったのかしら?」

 ゴールウェイ姉さんは顎に手を当てて呟くように言った。

「そうなの?」
「ええ、確か三カ月前ぐらいから誰とも付き合ってない筈よ? その前は短くても一週間も空けずに次の彼女がいたぐらいだから、女の子達の間ではもしかしてドレイクに本命が出来たんじゃないかって噂が流れてるくらいよ。まあ私はあの男が一人に絞るとは思わないけどねー」
「へ、へぇ、そうなんだ~」

 ……まさか、その本命って僕の事じゃないよな?! まさかねッ!?!?

 僕はヘンな汗を掻きながら返事をする。

「でも、どうしてドレイクの話に?」
「ああ、それは」

 ゴールウェイ姉さんが首を傾げ、エニス姉さんが答えようとした。だがその時、もう一人の姉さんが部屋にやってきた。

「みんなで集まって何をしてる」

 そう声をかけたのは、外で薬草の世話をしていたドローエダ姉さんだった。

「ドローエダ姉さん。あ、ごめん! まだ薬草の仕分け終わってない!」

 僕は手元にある薬草を見て謝る。するとドローエダ姉さんは小さくため息を吐いた。

「構わん。どうせ、みんなが邪魔してできなかったんだろう? それに急ぐわけじゃないから今日中に終わらせてくれればいい。そしてみんなは、それぞれ仕事に戻ったらどうだ? コーディーに構いたいのはわかるがな。この子の邪魔は駄目だぞ」
「あらあら、ドローエダの言うとおりね。みんな仕事に戻りましょう」

 ドローエダ姉さんの苦言にダブリン姉さんは頷き、解散を促すとそれぞれ名残惜しみながらも仕事に戻って行った。そして一人残った僕は。

 ……ドローエダ姉さん、ナイス!! あれ以上話が発展しなくてよかったー。

 なんて思いつつ、薬草の仕分けを再開する。でも仕分けをしながらも、やっぱり頭にはあの男の顔がちらついて。

『仕事終わりに迎えに行く』

 ……うーん。何もないと思うけど、今日は裏口を使ってこっそり帰ろう。

 男の言葉を思い出し、僕は薬草を仕分けながら一人心の内で決めるのだった。
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