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第三章「キスは不意打ちに!」
10 ハプニング
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「お嬢さん、この後街でお茶でもいかがですか?」
「そんな悪いですワ。私の事はどーぞお気になさらず。オホホホホッ」
俺は貰った本で顔を隠しながら、裏声を使って目の前にいるキザ男に言う。だが、目の前の野郎はめげない。
「いやいや、ここで出会ったのも何かの運命。そう思いませんか?」
……思わねーよッ! 何言ってんだ!
俺は心の底からそう思うが、今の俺は可憐な令嬢。そんなことは言えない。
「いえいえ、お気になさらず」
「いやいや、気になります。貴方の事が」
……俺はお前の事なんか、一ミリたりとも気にならんわ! くそーっ。俺はただこの本を早く読みたかっただけなのに、こんなところでこんな変な奴とぶつかってしまうとは。しかも運悪く、他の人が通る気配ないし!
俺は心の中でぐぐぐっと怒りの拳を握る。
――それは遡る事、数秒前。
執務室から出た俺は応接間に戻ろうとして少し速足で廊下を歩いていた。しかし少女漫画よろしく曲がり角でこのキザ男にぶつかってしまったのだ。そしてなぜかこのキザ男に纏わりつかれている始末である。
……そりゃ、曲がり角でぶつかって恋に落ちるってのは定番ですよ? 俺だって何度かジェレミーとディエリゴにそういうシチュを。……いや、それは置いといて。俺だって、ぶつかった相手が可愛い女の子(ボッキュンボンならなお良し!)だったらよろこんで恋に落ちて、お茶に行くところだ。けど、相手がこれじゃな。
俺はちらりとキザ男を見る。さっきから『俺カッコいいだろ?』という雰囲気を醸し出し、人の話を一切聞かない。そして無駄にロン毛を靡かせる。俺が一番イラっと来るタイプだ。
……見たところ、どこかの貴族の子息のようだけど。大方、城の侍従見習いで社会勉強しに来たってとこか? たくっ、ナンパしてないで仕事しろ、仕事!
「そういえば、名乗っていませんでしたね。僕はセフル子爵家のアボンと申します」
聞いてもないのにアボンは俺に自己紹介をし、俺は正直名前なんてどうでもよかったが、ふと思い出す。
……セフル子爵のアボン? んー、どっかで聞いたことが。あ、子爵が手を焼いてるボンクラ長男って、もしやコイツ?
俺が視線を向ければ、アボンはパチッと俺にウインクしてきた。ウゲゲェェェッ!
俺の全身鳥肌が立つ。だが、俺の予想は大当たりだろう。けど俺の気持ちなんてお構いなく、アボンはそっと壁に手を置き、俺にソフト壁ドンをしてきた。
……ギョェエエエッ! メーデーメーデェー!
好きでもない奴からの壁ドンなんぞ、気持ち悪いったらない。
「そろそろお嬢さんのお名前を聞いても?」
アボンは俺に微笑みかけてくるが、胡散臭い笑みに俺はイライラを募らせる。
……誰が教えるか! というか、なんちゅー馴れ馴れしさだ。俺の正体ばらしたろか! 俺はさっさとこの廊下を通りたいだけなんだっ!
俺はぐぐぐぐぐっと拳を握る。だが、アボンはそんな俺の気持ちを逆なでする様に持っていた本をひょいっと取り上げた。
「あ!」
「ようやくこちらを見てくれましたね?」
フフッとアボンは笑ったが、温厚(?)な俺の我慢の糸がプツッと切れる。
……お、俺の、俺の、俺の本を汚い手で奪い取りやがったなぁアアアアアッ! キシャーッ!!
俺は目を最大限と見開き、襲い掛かる。だが状況がわかっていないアボンはキレた俺を見て「へ?」と素っ頓狂な声を上げるだけで。
だが、奴は運よく助かった。
「何なさってるんですか、お嬢様」
そう言ったレノは俺を止め、本をアボンから奪い取る。
「レ、ば、バレン!」
俺は危うく名前を呼びそうになったが、慌てて言い直す。
「このような人目のつく廊下で何をなさっているのです? 全く、部屋にいないと思ったら……ともかくこちらをお返ししておきます」
レノはやれやれという顔をして俺に本を返してくれた。俺はもう誰にも奪わせないように両腕でぎゅうっと胸に抱く。
……俺の愛しの本ちゃん!
「で、申し訳ございませんが、どちら様でしょう? うちのお嬢様に何か御用でも?」
レノはにっこりと凄みのある笑顔で尋ね、アボンは顔を引きつらせながら「あ、いや、その」と後退る。しかし一歩、二歩、後ろに下がったところで誰かに後ろ首をがっしりと掴まれた。
「こんなところで何をしているのかしら?」
アボンが振り向けば、そこにいたのは怖い笑顔で立っているマリア。
「メイド長!?」
「ここの窓拭きを頼んでいたのに全然終わってませんね? その上、そちらのお嬢様に何をしていたのかしら?」
「いや、これはっ」
アボンは俺を見るが、俺はそそっとレノの後ろに隠れる。まさにひ弱な令嬢って感じだ。そして待ってました! と言わんばかりに大物が現れる。
「マリア、彼女は私が連れていく。彼は君に任せるよ」
アボンは現れたジェレミーを見て驚いた。まさか、俺がジェレミーと知り合いだとは思っていなかったのだろう。
「では、私と一緒に行きましょうか」
「あ、ちょっ!」
アボンは助けを求める様にこちらを見たが、マリアに引きづられるようにしてどこかに消えていった。……成仏しろよ、南無南無。
俺は両手を合わせて見送る。だが、そんな俺を見ながらレノは呆れた様子で聞いてきた。
「で、本当に何をしていたんですか。こんなところで」
「別に何も。部屋に戻ろうとしたら、あのキザ男に捕まったんだよ。でもこの格好だし追い返すにも追い返せなくって」
「全く、あなたは本当に目を離してられないですね」
「ム?! 今回は俺のせいじゃない。不可抗力と言うやつだぞ!」
「あー、はいはい」
……あ、今、ちょー適当に受け流しやがった。俺のせいじゃないのにぃーっ。
俺はぷくーっと頬を膨らませて、不貞腐れる。だがそんな俺達にジェレミーは優しく声をかけた。
「まあまあ、二人とも。とりあえず、ここではなんだから私の部屋に行こうか」
そう提案され、俺達は大人しくジェレミーと共に私室へと向かった。
「そんな悪いですワ。私の事はどーぞお気になさらず。オホホホホッ」
俺は貰った本で顔を隠しながら、裏声を使って目の前にいるキザ男に言う。だが、目の前の野郎はめげない。
「いやいや、ここで出会ったのも何かの運命。そう思いませんか?」
……思わねーよッ! 何言ってんだ!
俺は心の底からそう思うが、今の俺は可憐な令嬢。そんなことは言えない。
「いえいえ、お気になさらず」
「いやいや、気になります。貴方の事が」
……俺はお前の事なんか、一ミリたりとも気にならんわ! くそーっ。俺はただこの本を早く読みたかっただけなのに、こんなところでこんな変な奴とぶつかってしまうとは。しかも運悪く、他の人が通る気配ないし!
俺は心の中でぐぐぐっと怒りの拳を握る。
――それは遡る事、数秒前。
執務室から出た俺は応接間に戻ろうとして少し速足で廊下を歩いていた。しかし少女漫画よろしく曲がり角でこのキザ男にぶつかってしまったのだ。そしてなぜかこのキザ男に纏わりつかれている始末である。
……そりゃ、曲がり角でぶつかって恋に落ちるってのは定番ですよ? 俺だって何度かジェレミーとディエリゴにそういうシチュを。……いや、それは置いといて。俺だって、ぶつかった相手が可愛い女の子(ボッキュンボンならなお良し!)だったらよろこんで恋に落ちて、お茶に行くところだ。けど、相手がこれじゃな。
俺はちらりとキザ男を見る。さっきから『俺カッコいいだろ?』という雰囲気を醸し出し、人の話を一切聞かない。そして無駄にロン毛を靡かせる。俺が一番イラっと来るタイプだ。
……見たところ、どこかの貴族の子息のようだけど。大方、城の侍従見習いで社会勉強しに来たってとこか? たくっ、ナンパしてないで仕事しろ、仕事!
「そういえば、名乗っていませんでしたね。僕はセフル子爵家のアボンと申します」
聞いてもないのにアボンは俺に自己紹介をし、俺は正直名前なんてどうでもよかったが、ふと思い出す。
……セフル子爵のアボン? んー、どっかで聞いたことが。あ、子爵が手を焼いてるボンクラ長男って、もしやコイツ?
俺が視線を向ければ、アボンはパチッと俺にウインクしてきた。ウゲゲェェェッ!
俺の全身鳥肌が立つ。だが、俺の予想は大当たりだろう。けど俺の気持ちなんてお構いなく、アボンはそっと壁に手を置き、俺にソフト壁ドンをしてきた。
……ギョェエエエッ! メーデーメーデェー!
好きでもない奴からの壁ドンなんぞ、気持ち悪いったらない。
「そろそろお嬢さんのお名前を聞いても?」
アボンは俺に微笑みかけてくるが、胡散臭い笑みに俺はイライラを募らせる。
……誰が教えるか! というか、なんちゅー馴れ馴れしさだ。俺の正体ばらしたろか! 俺はさっさとこの廊下を通りたいだけなんだっ!
俺はぐぐぐぐぐっと拳を握る。だが、アボンはそんな俺の気持ちを逆なでする様に持っていた本をひょいっと取り上げた。
「あ!」
「ようやくこちらを見てくれましたね?」
フフッとアボンは笑ったが、温厚(?)な俺の我慢の糸がプツッと切れる。
……お、俺の、俺の、俺の本を汚い手で奪い取りやがったなぁアアアアアッ! キシャーッ!!
俺は目を最大限と見開き、襲い掛かる。だが状況がわかっていないアボンはキレた俺を見て「へ?」と素っ頓狂な声を上げるだけで。
だが、奴は運よく助かった。
「何なさってるんですか、お嬢様」
そう言ったレノは俺を止め、本をアボンから奪い取る。
「レ、ば、バレン!」
俺は危うく名前を呼びそうになったが、慌てて言い直す。
「このような人目のつく廊下で何をなさっているのです? 全く、部屋にいないと思ったら……ともかくこちらをお返ししておきます」
レノはやれやれという顔をして俺に本を返してくれた。俺はもう誰にも奪わせないように両腕でぎゅうっと胸に抱く。
……俺の愛しの本ちゃん!
「で、申し訳ございませんが、どちら様でしょう? うちのお嬢様に何か御用でも?」
レノはにっこりと凄みのある笑顔で尋ね、アボンは顔を引きつらせながら「あ、いや、その」と後退る。しかし一歩、二歩、後ろに下がったところで誰かに後ろ首をがっしりと掴まれた。
「こんなところで何をしているのかしら?」
アボンが振り向けば、そこにいたのは怖い笑顔で立っているマリア。
「メイド長!?」
「ここの窓拭きを頼んでいたのに全然終わってませんね? その上、そちらのお嬢様に何をしていたのかしら?」
「いや、これはっ」
アボンは俺を見るが、俺はそそっとレノの後ろに隠れる。まさにひ弱な令嬢って感じだ。そして待ってました! と言わんばかりに大物が現れる。
「マリア、彼女は私が連れていく。彼は君に任せるよ」
アボンは現れたジェレミーを見て驚いた。まさか、俺がジェレミーと知り合いだとは思っていなかったのだろう。
「では、私と一緒に行きましょうか」
「あ、ちょっ!」
アボンは助けを求める様にこちらを見たが、マリアに引きづられるようにしてどこかに消えていった。……成仏しろよ、南無南無。
俺は両手を合わせて見送る。だが、そんな俺を見ながらレノは呆れた様子で聞いてきた。
「で、本当に何をしていたんですか。こんなところで」
「別に何も。部屋に戻ろうとしたら、あのキザ男に捕まったんだよ。でもこの格好だし追い返すにも追い返せなくって」
「全く、あなたは本当に目を離してられないですね」
「ム?! 今回は俺のせいじゃない。不可抗力と言うやつだぞ!」
「あー、はいはい」
……あ、今、ちょー適当に受け流しやがった。俺のせいじゃないのにぃーっ。
俺はぷくーっと頬を膨らませて、不貞腐れる。だがそんな俺達にジェレミーは優しく声をかけた。
「まあまあ、二人とも。とりあえず、ここではなんだから私の部屋に行こうか」
そう提案され、俺達は大人しくジェレミーと共に私室へと向かった。
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