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第三章「キスは不意打ちに!」

11 六歳の頃

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「どうぞ、キトリー様……って、聞いてませんね?」

 レノが紅茶を淹れてテーブルに置いてくれるが、俺の視線は本に釘付けだ。だってずっと探してた本が手に入ったんだから仕方ない。笑みも止まらないってもんよ!

「ムフフフッ」
「キトリーは本当に本が好きだね」

 ジェレミーは紅茶を飲みながら言い、レノは呆れた視線を俺に向ける。

「本好きと言うか、不気味なだけですが。……ところでキトリー様、陛下とのお話は終わられたのですか?」

 レノの聞かれて俺は本を置いて、ようやく答える。

「ん? まあな。この本を渡したかったみたい」
「そうですか」

 俺は簡素に答えたが、レノは聞き返してこなかった。話がそれだけではないとわかっているだろうが、できる従者は聞いてこないのだ。

「ところでジェレミーの仕事はもう終わったのか?」

 俺が尋ねればジェレミーはにこやかに答えた。

「私の方は終わったよ。レノが手伝ってくれたからね」
「いえ、私は書類の整理をしただけで何も。どこかの誰かさんと違って、処理が早くて驚きました」

 レノはちらりとこちらを見る。

 ……嫌味かよ。誰かさんって、どー考えても俺じゃん。……でも、確かにジェレミーって昔からできる子だったもんな~。

 レノの言葉に少々イラっとしつつ、俺は紅茶を飲みながらジェレミーを見た。
 目の前にいるのは金髪碧眼の麗しき王子様。しかも仕事ができて、優しくて、お金持ちだ。長い脚を組み、レノと並べばまさに眩しいぐらい絵になる。

 ……照明いらずってか。ま、子供の頃から整った顔をしてたけどこんな風に育つとはなぁ。
 俺は紅茶を飲みながら、出会った頃のジェレミーを思い出す。
 それは学園に入ったばかりの、まだ俺が六歳の頃――。



 ◇◇◇◇



 学園に入学して一週間。六歳の俺は中庭で長ーいため息を吐いていた。

「はぁーっ」

 ……子供達にまみれて過ごすのって疲れる。保育士の先生や学校の先生ってしゅごい。

 俺は中庭に設置されているベンチに座って、早くも疲れていた。

 ……子供達のパワーがあんなにとは。俺、やっていけるかー? まぁ、いざとなれば飛び級しちゃうってのもアリかもしれんが。いや、しかしそうすると目立っちゃうしなぁ。うーむ。 

 俺は腕を組んで唸る。しかしそんな折、二階の社会科準備室に二つの人影が動く。
 俺はすぐさまソソソッとベンチから下りて草むらに隠れると、そっと影から二階を見上げた。そうすれば、男二人が楽しく談笑しているのが見える。

 彼らは生徒から人気も高い先生達で、一人は社会担当の三十代、クールなインテリ系イケメンで、もう一人は数学担当の二十代、人懐っこい爽やか系イケメンだ。なので二人が並べば、背景に花が飛ぶ。
 そんな彼らだが、実は恋仲らしいのだ! しかも数学の先生は社会の先生の元教え子!
 そんなのって、そんなのってぇ!!

 ……もー、甘ーいっ! 元教え子が学校に戻ってきて恋仲になるとか、最高かッ!! なに、今はもう第二シーズン始まってる感じ!? 第一シーズンの高校編を終えての、社会人編っ!? あーもう、これこそ本当の仰げば尊し! ウフッ。

 俺は見上げながら楽し気に話す二人の姿を微笑ましく思う。願わくば、結婚編の第三シーズンまで見たいものだ。……しかし。

「うーん。でも一体どっちがどっちなのか……受け・攻め・リバ」

 ここは慎重に見極めなければならない。

 ……俺の読みだと数学の先生が受けだと思うけど。うむむ。

「何してるんですか、坊ちゃん」
「ヒョッ!?」

 顎に手を当てて深く考えると背後から声が聞こえてきて、肩を揺らして振り向けば、そこには十一歳のレノがいた。この頃のレノは美少年に磨きがかかり、更に美しく育っていた。

「レノ、どうしてここにッ!」
「それはこっちの台詞です。ここは菫棟ですよ、薔薇棟にいるはずの人がどうしてこっちにいるんですか」

 レノは腰に手を当てて言った。
 ちなみに薔薇棟と言うのは貴族や豪商の子達のクラスがある棟で、菫棟は庶民の子達のクラスがある棟だ。これは身分差別ではなく、セキュリティの問題で分けられている。身分の高い子供と言うのはそれだけで悪い大人に狙われるからな。

 ちなみに公爵令息である俺は薔薇棟、レノは菫棟にクラスがある。そして今いる場所は菫棟の中庭、しかも授業中で……。

「今は授業時間中でしょう、なんでここにいるんですか?」
「そーいうレノだって、授業時間中なのにどーしてここにいるんだよ。サボり?」

 俺が尋ねればレノの目がつり上がる。

「そんなわけないでしょう。キトリー様の姿が見えたので、体調が悪くなったことにして教室を抜け出してきたんです」
「やっぱサボりじゃん」
「サボりじゃないと言ってるでしょう?」

 レノはそう言うと俺のマシュマロほっぺを両手で挟んで、ポヨポヨとサンドイッチする。

「うぎゅっ、ぎょ、ぎょめんってぇ~」

 俺が謝れば、レノは俺のほっぺを解放してくれた。ふぅ、中身がでるとこじゃったわい。

「そういうキトリー様はどうやって授業を抜け出してきたんですか」
「ん? 別に俺は抜け出してないよ。先生がテスト終わった人から自由時間って言ったから、さっさとテスト終わらせてきた」

 ……なにせ、ただの暗算テストだったからな。というわけで、俺はサボりではないのだ。残念だったな、レノきゅん?

「なんだか今バカにされたような気がしたのですが?」
「ひぇ!? な、なにも思ってないよ!」

 ……心、読まれた!? エスパーか!

 俺はドキドキする胸を押さえつつ、明後日の方向を見る。しかしそんな俺をじーっと見た後、レノは小さく息を吐いた。

「ともかく、自由時間でも菫棟に来ては駄目ですよ。キトリー様は一応、公爵家の令息なんですから」
「一応は余計だ」

 ……ちゃんと公爵家の令息だぞ! 二番目だけど!!

「全く、どこをどうなったらこうも違ってくるんでしょう。ロディオン様はあんなにご立派なのに。兄弟って似るんじゃないんですか?」
「そんなこと言われてもなー。兄様は兄様だし、俺は俺だから。でも俺と兄様、似てるじゃん。この見目麗しいところとか!」
「……そうですね」

 ……おぃぃっ! 今、ちょっと間がありましたけどッ!? まあ、ホントのところ、兄様の方がカッコいいのわかってますけど。それでも俺の従者なんだから、俺に気を使いなさいよ、気を!

 だが全く、全然、一ミリたりとも俺に忖度しない従者は俺の手を掴んだ。

「ほら、薔薇棟に戻りますよ」
「むぅぅっ」

 俺はふくれっ面を見せるが、レノはこの三年ですっかり俺の扱い方をマスターしていた。

「放課後にあの先生達に会わせてあげますから」
「え!? ほんとぉ!?」
「ええ、二人とも私の担当教科の先生ですから」
「やった! レノ、大好き!」

 ……やっぴぃー! あの二人と対面できるなんて!

 おかげで俺の機嫌は元通りだ。

「全く、現金ですね」

 レノは呆れた口調で言ったけれど頬はほんのり染まっていた。

 ……なんでレノが照れてんだろ? でも先生達に会えるの楽しみ~♪

 俺は先生達の事ばかり考えて、レノの頬が赤い理由を全くわかっていなかった。
 そしてそのままレノに連れられて菫棟に戻ろうとしたが、戻る途中、渡り廊下に困った様子の少年が一人歩いているのが見えた。

「ん? あの子」
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