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第二章「デートはお手柔らかに!」
9 悪役令息参上!
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そしてその後――――。
俺達は買ったものを全て平らげ、後片付けをして帰ることにした。なにせ家を勝手に抜け出しているから、早めにこそっと帰らねばならないのだ。
「じゃ、帰るかぁ」
「そうですね」
そうレノが返事をした時だった。
「なんだと?! 売れないとはどういうことだッ!」
「すみません。先程最後の一つが売り切れてしまって」
屋台の方から聞こえてきたのは大きな怒鳴り声で。
見ればサンドを買った店先に店主夫妻が立ち、その向かいにいかにも成金っぽい若い男が立っていた。身なりからしてどこぞの商家の息子のようだ。そして後ろに強そうな男を二人従えていた。
「ん? あの男……どこかで」
俺は若い男を見て、顎に手を当てる。しかし、そいつは人の目も気にせず店主夫妻に怒鳴り散らしていた。
「私はエランディールの息子だぞ。今から作ればいいだろう!」
そう若い男は偉そうに言い放った。だが、その態度に周りの目は冷ややかだ。
……まあ、あんな態度をとりゃそうなるわな。でもあの男って、もしかして。
俺はピンッと思い出し、レノに声をかける。
「なぁ、レノ。あの男って」
俺が尋ねるとレノはただ短く「ええ」とだけ答えた。俺が言おうとしている事がわかったのだろう。
……やっぱりそうか。あの男、服飾や宝石を扱う貴族御用達・高級ブティック『エランディール』を営んでいる商家の次男坊だ。そして……。
俺はちらりとレノを見る。
……レノの元同級生なんだよなぁ。というかレノが一方的に食って掛かられてたっけ? なぜか知らんけど、レノは学園時代にあの男に色々と難癖をつけられていたんだよなぁ。レノ、俺にそのことを言わなかったけど。
俺がレノを見れば、レノは当然懐かしさなどを感じてる様子は一切なく冷たい表情で男を見ていた。それは周りの人達が冷ややかな目で男を見ている以上に。というか、心底軽蔑している目だった。
……レノがこんなに嫌うなんて何したんだ? でもま、この状況をどうにかしないとな。エランディール商の息子なら、誰も迂闊に手を出せないだろう。貴族ではないけど、それなりの力を持っている家だし。なによりあの後ろにいるボディーガードみたいなのがやっかいだな。……んー、よしっ!
「レノ、プランBで行くぞ!」
俺がレノに告げると、少し嫌そうな顔をした。
「やるんですか?」
「勿論だ。困っている人は見逃せない、そうだろ?」
俺がハッキリと言うと、レノは小さな息を吐いた。
「そうでしたね。貴方はそういう人でした」
レノは呆れたような、でも嬉しそうな顔をした。そしてレノは俺に目で『では行きます』と告げると、エランディールの元へと歩いて行った。
「すみませんが、また明日来てください」
「なんだと?! この私にもう一度来いと言うのか!?」
店主の男が謝るのに、エランディールの怒りは収まらない。しかしそのエランデールにレノが声をかけた。
「やめないか。店主が困っているだろう」
レノが言うと、エランディールは振り向きレノを睨んだ。
「誰だ、貴様は! ……ん? お前、まさか!」
エランディールはレノの正体に気がついたのかピクッと眉を上げ、レノは被っていた帽子を脱いだ。銀色の髪が光にキラキラと揺れ、突然現れた美男子にどこからともなく女の子達の悲鳴が上がる。けれど本人は大して気にした様子もなく、エランディールに挨拶をした。
「久しぶりだな、エランディール」
「お前ッ! どうしてここ?!」
エランディールはレノを見て、苦々しい表情を見せる。
「私もここで食事をしていたんだ。ところでエランディール、ここのサンドが食べたければ、また明日くればいいだけの話だろう。店主を脅すなんて見苦しいぞ」
レノがハッキリ言うとエランディールはムッと苛立った顔を見せ、吠えた。
「うるさい、お前には関係ないだろう。口を出すな! 大体学園にいた時は散々私を無視しておきながら、このような場では声をかけるとは。目立ちたがりか!」
いや、それは君の方でしょ。と俺は思わずツッコミを入れそうになったが、ぐっと堪えてそそくさとポジションに移動する。
「関係なくはない。皆、お前に迷惑している。欲しければ明日また来るんだな」
レノはハッキリと告げた。しかし素直に聞く相手ではない。
「私は今日、欲しいんだッ! 邪魔をするとこの二人が相手をするぞ」
そう高らかに宣言した。だが、エランディールの後ろに控えていた二人組は弱腰だった。
「ちょ、エランディール様。そりゃ無理ですよ。相手はあの公爵家の従者でしょう?! 従者に何かあったら公爵家に何を言われるか。そもそも」
「めちゃくちゃ強いって噂じゃないですか! 無理ですよ!」
二人はこそこそっとエランディールに言った。二人はレノが強い事を知っているのだろう。
……まあ、レノは剣術大会で優勝したことがあるからなぁ~。
「お前達、何の為に雇ったと思っているんだ! それに公爵家の従者だからなんだと言うんだ。こいつが仕えているのは悪評高い次男の方だ、だから」
そこまで言ったところで、レノは鋭い目つきでエランディールを睨んだ。
「私の主人を愚弄するのは止めろ」
それはとても低い声でエランディールは恐れからか、ヨタヨタと後退った。だが、そこには俺が待ち構えていて、エランディールはドンッと俺にぶつかってくる。
「な、なんだ!? こんなところに立つなッ!」
エランディールは苛立ちをぶつける様に俺に叫んだ。しかし俺は無視してレノを見る。
「おい、聞いているのかッ?!」
無視されたエランディールは俺に食って掛かってきた、レノに怒りをぶつけられないからだろう。そして怒鳴られた俺はしめしめと思いつつ、ゆっくりと口を開いた。
「僕に言っているのか?」
「そうだ、お前に言っているんだ! 人にぶつかったのだから謝れ!」
全くもって横暴な発言である。
……これは強めのお灸が必要だな。
「そうか。僕に言ったのか……この辺りは治安がなっていないようだな、レノ」
俺はエランディールの背後にいるレノに声をかけた。
「は、そのようで」
レノはすぐさま従者の態度を取り、俺の元に歩んでくる。その様子を誰もが呆然として眺めた。そして辺りが静まり返った中で声を発したのは、俺の目の前にいるエランディールだった。
「ま、まさか……あなたは」
エランディールは震えた手で俺を指さし、俺は被っていた帽子と眼鏡を外した。エランディールは学園にいた頃、レノに付きまとっていた筈だから俺の顔をしっかりと見て覚えているはずだ。
そして俺の読み通り、エランディールは俺の顔を見て青ざめさせた。
「ポブラット家のキトリー様ッ!!」
その一言に辺りがにわかにざわつき始める。俺は宰相の息子で、この前までジェレミーの婚約者だった。顔は知らなくても名前を知っている人は多いだろう。何より、ジェレミーとディエリゴの仲を引き裂こうとした悪名高い令息としても。
「ほぅ。僕を知っているのか」
俺は最大限悪い顔をしてエランディールを見る。勿論、見下した目で。
するとエランディールは明らかに慌てふためき始めた。
「いや、それは……そのっ」
「先ほど僕を悪評高いと罵っていたようだが? 他に言う事はあるか?」
「いえ、あれは違うんです! つい口から出まかせに!」
エランディールは小物らしく俺にへつらった。さっきの威張り散らしていた態度はどこへやら。
「僕の従者に対しても失礼な態度を取っていたようだが?」
「それは……彼とは学友でして」
顔を引きつらせて言うエランディール。俺はレノを見て「そうなのか?」とわざとらしく尋ねる。だが当然。
「違います」
レノはハッキリ否定し、エランディールはぎりっと奥歯を噛みしめ、レノを睨みつけた。
「違う、ということだが? 僕に嘘を吐いたというかな?」
「いえ、それは、その……違うんです! これは!」
エランディールはそれでもまだ嘘をつき、俺に取り繕うとした。だが、この茶番もここまでだ。
「黙れ、不愉快だ。そのうるさい口を閉じて、この場からさっさと立ち去れ。この帝都から身ぐるみはがされて、追い出されたくなければな」
俺は低く冷たい声でエランディールに通告した。
そうすれば、エランディールと二人組の男はヒィッ! と小さな悲鳴を上げ、「スミマセンデシターッ!」と叫びながら尻尾撒いて立ち去った。
……全く、いたぶりがいのない奴らだぜ~。
俺はふぅっと息を吐き、腰に手を当ててエランディール達の後姿を見送った。そんな中、レノが俺に声をかける。
「キトリー様、お手を煩わせ申し訳ございません」
「フン、全くだ。レノ、エランディール家に苦情を入れておけ。それと慰謝料の請求もな……公然の場であんなにも罵られたんだ、たっぷり請求しておけよ?」
俺は悪い顔でレノに言った。まさに悪役令息っぽく!
「畏まりました。本日中にエランディールの方へ苦情を申し立てておきます。ところで、この後はどうされますか?」
「久しぶりの町だが興覚めた。屋敷に戻るぞ」
俺はそう言ってレノを引きつれ、その場を立ち去ろうとした。だが、その前に俺は困惑顔の店主夫妻に一枚の金貨を渡しておく。
「え? あの、これは」
「騒がせたな。僕からの迷惑料だ」
「え、ですがっ!」
「心配しなくても、それ以上の金はエランディールからもらい受ける。だから気にしなくて結構。行くぞ、レノ」
「はい」
レノは返事をして、俺達はようやくその場を離れた。
だが俺達が離れた途端、広場からは、わっ! と騒ぐ声と共に店主達を労う声が聞こえてきた。その声はどちらかと言うと明るく、どうやら悪い雰囲気はあの場に残らなかったようだ。
……迷惑客のイメージが店についたら大変だからな。これで迷惑客VS突然現れた悪役令息(巻き込まれた店主)ってだけの話になるだろ。やれやれ。
「お疲れ様です、キトリー様」
レノは俺の隣を歩き、労いの言葉をかけた。
「レノもな……プランB作戦。上手くいったな」
「そのネーミングはいかがなものかと思いますが、そうですね」
「けど、もうこの服で町にお出かけはできないな。お気に入りだったんだけど」
俺の鉄板の変装服だったのにぃ~。
俺はガックシ肩を落としたが、そんな俺の隣でレノはくすっと笑った。
「本当に、坊ちゃんは坊ちゃんですねぇ」
レノがしみじみと言うから俺は意味が分からず「あん?」と問いかける。でもレノは答えず、その代わりに質問を投げかけてきた。
「けれどキトリー様、今回はわざわざ悪役にならなくてもよかったのでは?」
「いーんだよ、これで。俺が良い人になったら面倒だろぉ」
「そうですか?」
「そうだよ。好感度低い方が色々と楽なの。いつもいい奴が子猫を拾っても何にもドラマは生まれないけど。不良のヤンキーが子猫を拾っただけでドラマが始まるだろ?」
「どらま? やんきぃとは?」
……あ、やべ!
「にゃんでもにゃいです。とにかく悪い方が色々と便利って事だよ」
……そもそも今更いい人ぶってもなぁ~。ジェレミーとディエリゴの結婚に横やりを入れる事態になるかもしれないし。良い人は色々と面倒くさいからこのままで十分。悪役の方が演じるの面白いし。
「とりあえず。身近な人が俺の本当を知ってくれれば、それでいいよ」
「……欲がないですね」
「ん? そうでもないぞ。ただ必要なものは俺の手の中にあるってわかってるから」
俺が答えるとレノは少し間をおいて返事をした。
「時々どーしようもない人だと思ったりもしますが、坊ちゃんのそういうところ、感服します」
「なんだよ急に?」
……てか今、軽く俺のことディスったよなッ!? どーしようもないってどー言う事だ、ああんッ!?
「尊敬している、という事ですよ」
「む……本当だか。でも俺もレノに聞きたい事がある」
「なんでしょう?」
「エランディールの事だけど、学園にいた時から俺も噂は聞いていた。ずっと纏わりつかれてたんだろ? なんで相手にしなかったんだ? レノなら黙らせることができただろ」
レノなら、レノ自身の力でどうする事もできたはずだ。レノは優秀な成績を収めていたし、なんなら俺に一言言って権力で黙らせることも可能だった。でもレノは何もしなかった。しかし問いかけた俺に対して、レノの答えは明快だった。
「キトリー様。喧嘩というものは、相手が自分と同レベルじゃないとできない事ですよ」
レノはにっこりと笑って俺に言った。そこにうっすらと怖さを感じる。
……ひえーっ、こわ! でもまあ、確かにレノとあいつじゃ、相手にならないって感じだもんなぁー。
「ともかく馬車に乗って屋敷へ戻りましょう」
レノに言われ、答えを得た俺は素直に「んー」と返事をしておいた。
その後、俺達は大通りで流しの馬車を捕まえ、無事帰宅する事になった。
しかし帰宅後。家を抜け出していたことが母様にバレて、俺はまたもお説教を食らうことになるのだった。ひーんっ(泣)
俺達は買ったものを全て平らげ、後片付けをして帰ることにした。なにせ家を勝手に抜け出しているから、早めにこそっと帰らねばならないのだ。
「じゃ、帰るかぁ」
「そうですね」
そうレノが返事をした時だった。
「なんだと?! 売れないとはどういうことだッ!」
「すみません。先程最後の一つが売り切れてしまって」
屋台の方から聞こえてきたのは大きな怒鳴り声で。
見ればサンドを買った店先に店主夫妻が立ち、その向かいにいかにも成金っぽい若い男が立っていた。身なりからしてどこぞの商家の息子のようだ。そして後ろに強そうな男を二人従えていた。
「ん? あの男……どこかで」
俺は若い男を見て、顎に手を当てる。しかし、そいつは人の目も気にせず店主夫妻に怒鳴り散らしていた。
「私はエランディールの息子だぞ。今から作ればいいだろう!」
そう若い男は偉そうに言い放った。だが、その態度に周りの目は冷ややかだ。
……まあ、あんな態度をとりゃそうなるわな。でもあの男って、もしかして。
俺はピンッと思い出し、レノに声をかける。
「なぁ、レノ。あの男って」
俺が尋ねるとレノはただ短く「ええ」とだけ答えた。俺が言おうとしている事がわかったのだろう。
……やっぱりそうか。あの男、服飾や宝石を扱う貴族御用達・高級ブティック『エランディール』を営んでいる商家の次男坊だ。そして……。
俺はちらりとレノを見る。
……レノの元同級生なんだよなぁ。というかレノが一方的に食って掛かられてたっけ? なぜか知らんけど、レノは学園時代にあの男に色々と難癖をつけられていたんだよなぁ。レノ、俺にそのことを言わなかったけど。
俺がレノを見れば、レノは当然懐かしさなどを感じてる様子は一切なく冷たい表情で男を見ていた。それは周りの人達が冷ややかな目で男を見ている以上に。というか、心底軽蔑している目だった。
……レノがこんなに嫌うなんて何したんだ? でもま、この状況をどうにかしないとな。エランディール商の息子なら、誰も迂闊に手を出せないだろう。貴族ではないけど、それなりの力を持っている家だし。なによりあの後ろにいるボディーガードみたいなのがやっかいだな。……んー、よしっ!
「レノ、プランBで行くぞ!」
俺がレノに告げると、少し嫌そうな顔をした。
「やるんですか?」
「勿論だ。困っている人は見逃せない、そうだろ?」
俺がハッキリと言うと、レノは小さな息を吐いた。
「そうでしたね。貴方はそういう人でした」
レノは呆れたような、でも嬉しそうな顔をした。そしてレノは俺に目で『では行きます』と告げると、エランディールの元へと歩いて行った。
「すみませんが、また明日来てください」
「なんだと?! この私にもう一度来いと言うのか!?」
店主の男が謝るのに、エランディールの怒りは収まらない。しかしそのエランデールにレノが声をかけた。
「やめないか。店主が困っているだろう」
レノが言うと、エランディールは振り向きレノを睨んだ。
「誰だ、貴様は! ……ん? お前、まさか!」
エランディールはレノの正体に気がついたのかピクッと眉を上げ、レノは被っていた帽子を脱いだ。銀色の髪が光にキラキラと揺れ、突然現れた美男子にどこからともなく女の子達の悲鳴が上がる。けれど本人は大して気にした様子もなく、エランディールに挨拶をした。
「久しぶりだな、エランディール」
「お前ッ! どうしてここ?!」
エランディールはレノを見て、苦々しい表情を見せる。
「私もここで食事をしていたんだ。ところでエランディール、ここのサンドが食べたければ、また明日くればいいだけの話だろう。店主を脅すなんて見苦しいぞ」
レノがハッキリ言うとエランディールはムッと苛立った顔を見せ、吠えた。
「うるさい、お前には関係ないだろう。口を出すな! 大体学園にいた時は散々私を無視しておきながら、このような場では声をかけるとは。目立ちたがりか!」
いや、それは君の方でしょ。と俺は思わずツッコミを入れそうになったが、ぐっと堪えてそそくさとポジションに移動する。
「関係なくはない。皆、お前に迷惑している。欲しければ明日また来るんだな」
レノはハッキリと告げた。しかし素直に聞く相手ではない。
「私は今日、欲しいんだッ! 邪魔をするとこの二人が相手をするぞ」
そう高らかに宣言した。だが、エランディールの後ろに控えていた二人組は弱腰だった。
「ちょ、エランディール様。そりゃ無理ですよ。相手はあの公爵家の従者でしょう?! 従者に何かあったら公爵家に何を言われるか。そもそも」
「めちゃくちゃ強いって噂じゃないですか! 無理ですよ!」
二人はこそこそっとエランディールに言った。二人はレノが強い事を知っているのだろう。
……まあ、レノは剣術大会で優勝したことがあるからなぁ~。
「お前達、何の為に雇ったと思っているんだ! それに公爵家の従者だからなんだと言うんだ。こいつが仕えているのは悪評高い次男の方だ、だから」
そこまで言ったところで、レノは鋭い目つきでエランディールを睨んだ。
「私の主人を愚弄するのは止めろ」
それはとても低い声でエランディールは恐れからか、ヨタヨタと後退った。だが、そこには俺が待ち構えていて、エランディールはドンッと俺にぶつかってくる。
「な、なんだ!? こんなところに立つなッ!」
エランディールは苛立ちをぶつける様に俺に叫んだ。しかし俺は無視してレノを見る。
「おい、聞いているのかッ?!」
無視されたエランディールは俺に食って掛かってきた、レノに怒りをぶつけられないからだろう。そして怒鳴られた俺はしめしめと思いつつ、ゆっくりと口を開いた。
「僕に言っているのか?」
「そうだ、お前に言っているんだ! 人にぶつかったのだから謝れ!」
全くもって横暴な発言である。
……これは強めのお灸が必要だな。
「そうか。僕に言ったのか……この辺りは治安がなっていないようだな、レノ」
俺はエランディールの背後にいるレノに声をかけた。
「は、そのようで」
レノはすぐさま従者の態度を取り、俺の元に歩んでくる。その様子を誰もが呆然として眺めた。そして辺りが静まり返った中で声を発したのは、俺の目の前にいるエランディールだった。
「ま、まさか……あなたは」
エランディールは震えた手で俺を指さし、俺は被っていた帽子と眼鏡を外した。エランディールは学園にいた頃、レノに付きまとっていた筈だから俺の顔をしっかりと見て覚えているはずだ。
そして俺の読み通り、エランディールは俺の顔を見て青ざめさせた。
「ポブラット家のキトリー様ッ!!」
その一言に辺りがにわかにざわつき始める。俺は宰相の息子で、この前までジェレミーの婚約者だった。顔は知らなくても名前を知っている人は多いだろう。何より、ジェレミーとディエリゴの仲を引き裂こうとした悪名高い令息としても。
「ほぅ。僕を知っているのか」
俺は最大限悪い顔をしてエランディールを見る。勿論、見下した目で。
するとエランディールは明らかに慌てふためき始めた。
「いや、それは……そのっ」
「先ほど僕を悪評高いと罵っていたようだが? 他に言う事はあるか?」
「いえ、あれは違うんです! つい口から出まかせに!」
エランディールは小物らしく俺にへつらった。さっきの威張り散らしていた態度はどこへやら。
「僕の従者に対しても失礼な態度を取っていたようだが?」
「それは……彼とは学友でして」
顔を引きつらせて言うエランディール。俺はレノを見て「そうなのか?」とわざとらしく尋ねる。だが当然。
「違います」
レノはハッキリ否定し、エランディールはぎりっと奥歯を噛みしめ、レノを睨みつけた。
「違う、ということだが? 僕に嘘を吐いたというかな?」
「いえ、それは、その……違うんです! これは!」
エランディールはそれでもまだ嘘をつき、俺に取り繕うとした。だが、この茶番もここまでだ。
「黙れ、不愉快だ。そのうるさい口を閉じて、この場からさっさと立ち去れ。この帝都から身ぐるみはがされて、追い出されたくなければな」
俺は低く冷たい声でエランディールに通告した。
そうすれば、エランディールと二人組の男はヒィッ! と小さな悲鳴を上げ、「スミマセンデシターッ!」と叫びながら尻尾撒いて立ち去った。
……全く、いたぶりがいのない奴らだぜ~。
俺はふぅっと息を吐き、腰に手を当ててエランディール達の後姿を見送った。そんな中、レノが俺に声をかける。
「キトリー様、お手を煩わせ申し訳ございません」
「フン、全くだ。レノ、エランディール家に苦情を入れておけ。それと慰謝料の請求もな……公然の場であんなにも罵られたんだ、たっぷり請求しておけよ?」
俺は悪い顔でレノに言った。まさに悪役令息っぽく!
「畏まりました。本日中にエランディールの方へ苦情を申し立てておきます。ところで、この後はどうされますか?」
「久しぶりの町だが興覚めた。屋敷に戻るぞ」
俺はそう言ってレノを引きつれ、その場を立ち去ろうとした。だが、その前に俺は困惑顔の店主夫妻に一枚の金貨を渡しておく。
「え? あの、これは」
「騒がせたな。僕からの迷惑料だ」
「え、ですがっ!」
「心配しなくても、それ以上の金はエランディールからもらい受ける。だから気にしなくて結構。行くぞ、レノ」
「はい」
レノは返事をして、俺達はようやくその場を離れた。
だが俺達が離れた途端、広場からは、わっ! と騒ぐ声と共に店主達を労う声が聞こえてきた。その声はどちらかと言うと明るく、どうやら悪い雰囲気はあの場に残らなかったようだ。
……迷惑客のイメージが店についたら大変だからな。これで迷惑客VS突然現れた悪役令息(巻き込まれた店主)ってだけの話になるだろ。やれやれ。
「お疲れ様です、キトリー様」
レノは俺の隣を歩き、労いの言葉をかけた。
「レノもな……プランB作戦。上手くいったな」
「そのネーミングはいかがなものかと思いますが、そうですね」
「けど、もうこの服で町にお出かけはできないな。お気に入りだったんだけど」
俺の鉄板の変装服だったのにぃ~。
俺はガックシ肩を落としたが、そんな俺の隣でレノはくすっと笑った。
「本当に、坊ちゃんは坊ちゃんですねぇ」
レノがしみじみと言うから俺は意味が分からず「あん?」と問いかける。でもレノは答えず、その代わりに質問を投げかけてきた。
「けれどキトリー様、今回はわざわざ悪役にならなくてもよかったのでは?」
「いーんだよ、これで。俺が良い人になったら面倒だろぉ」
「そうですか?」
「そうだよ。好感度低い方が色々と楽なの。いつもいい奴が子猫を拾っても何にもドラマは生まれないけど。不良のヤンキーが子猫を拾っただけでドラマが始まるだろ?」
「どらま? やんきぃとは?」
……あ、やべ!
「にゃんでもにゃいです。とにかく悪い方が色々と便利って事だよ」
……そもそも今更いい人ぶってもなぁ~。ジェレミーとディエリゴの結婚に横やりを入れる事態になるかもしれないし。良い人は色々と面倒くさいからこのままで十分。悪役の方が演じるの面白いし。
「とりあえず。身近な人が俺の本当を知ってくれれば、それでいいよ」
「……欲がないですね」
「ん? そうでもないぞ。ただ必要なものは俺の手の中にあるってわかってるから」
俺が答えるとレノは少し間をおいて返事をした。
「時々どーしようもない人だと思ったりもしますが、坊ちゃんのそういうところ、感服します」
「なんだよ急に?」
……てか今、軽く俺のことディスったよなッ!? どーしようもないってどー言う事だ、ああんッ!?
「尊敬している、という事ですよ」
「む……本当だか。でも俺もレノに聞きたい事がある」
「なんでしょう?」
「エランディールの事だけど、学園にいた時から俺も噂は聞いていた。ずっと纏わりつかれてたんだろ? なんで相手にしなかったんだ? レノなら黙らせることができただろ」
レノなら、レノ自身の力でどうする事もできたはずだ。レノは優秀な成績を収めていたし、なんなら俺に一言言って権力で黙らせることも可能だった。でもレノは何もしなかった。しかし問いかけた俺に対して、レノの答えは明快だった。
「キトリー様。喧嘩というものは、相手が自分と同レベルじゃないとできない事ですよ」
レノはにっこりと笑って俺に言った。そこにうっすらと怖さを感じる。
……ひえーっ、こわ! でもまあ、確かにレノとあいつじゃ、相手にならないって感じだもんなぁー。
「ともかく馬車に乗って屋敷へ戻りましょう」
レノに言われ、答えを得た俺は素直に「んー」と返事をしておいた。
その後、俺達は大通りで流しの馬車を捕まえ、無事帰宅する事になった。
しかし帰宅後。家を抜け出していたことが母様にバレて、俺はまたもお説教を食らうことになるのだった。ひーんっ(泣)
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