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第二章「デートはお手柔らかに!」

10 ロディオン兄様

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 レノと屋台を見て回った日の夜、夕食も終えてお風呂にも入った後。

「キトリー、入ってもいいか?」

 ロディオンがノックをし、俺は「どーぞ」とすぐに声をかけた。そして先手を打つ。

「一緒に寝ないよ」

 俺が告げるとロディオンはくすっと笑った。

「わかってるよ。だから、寝る前に一杯のお茶を付き合ってくれないか?」

 ロディオンはそう言うと後ろに控えていたセリーナにちらりっと視線を向けた。

 ……お茶なら、まぁ。

 そう思って俺は一杯だけ付き合う事にした。部屋にある小さいテーブルを挟んで向き合って座り、セリーナがお茶を淹れてくれる。温かい紅茶だ。でもお茶を淹れ終わった後、セリーナは「では、私はこれで」と部屋を出て行った。
 その後姿を見送り、俺は紅茶をちびっと飲んで向かいに座るロディオンを見る。

「今日は護衛もつけずにお出かけしたみたいだね」
「うっ……もうお説教は母様からされたよぅ?」

 俺はロディオンにまで叱られるのかと思って先に言う、だけど。

「セリーナに聞いたよ」
「ん? なんだ、もう知ってたの。……ちょっと友達のところに行っただけなんだ。途中でレノに捕まったし」
「さすがレノだ。キトリーの事、よくわかってるね」

 ロディオンは紅茶を飲みながら、ふふっと笑った。でも俺は笑えない。

 ……わかりすぎてて逆に怖いよ、あのストーカーめ。

「で? 昨日は聞きそびれたけど、レノとはどこまでいってるんだい?」

 ロディオンにいきなり聞かれ、俺は飲んでいた紅茶を吹き出しそうになった。

「ブッ! ど、どこまでって?」

 俺が白々しく尋ね返すと、ロディオンは直球で聞いてきた。

「言葉通りだよ。レノと付き合うようになったんだろう?」
「なんでそれを知ってんのッ!?」
「ザックから時々手紙を貰うのでね」

 ロディオンはにっこりと笑って俺に言った。

 ……そういえばザックは兄様の元専属護衛だったな。くっ、俺とレノの事を報告したなぁ~!

「で? どうなんだい?」

 再度聞いてくるロディオンに俺は目を逸らして答える。

「どうって……別に付き合ってるだけだよ。てか、兄様が意外に好意的な事に俺は驚きなんだけど」

 ……兄様の事だから、怒るような気がしてたんだけど。意外に反応が普通と言うか、なんというか。
『うちのキトリーに手を出すなんて、許さん!』とでも言いそうだと思ってたんだけどな。

 俺はブラコン気質の兄を思わずじっと見る。するとロディオンはくすっと微笑んだ。

「そうだねぇ、これが全く知らない子だったら怒っていたかもしれないけど、レノだからね。レノの事も弟みたいに思ってるし、何よりキトリーの事を一番わかってる。それにレノは……」
「レノは?」

 言いかけたロディオンに俺は尋ねたけれど、答えてはくれなかった。

「いや……。しかしまだ何の進展もないのか。まあ、そんな事だろうと思ったけど。それよりキトリー、今日は昼間に屋台広場でひと悶着起こしたそうだね?」

 ロディオンは紅茶を飲みながら俺に尋ねてきた。
 どうやら話の本命はこちらのようだ、と俺はロディオンの雰囲気を見て察した。

 ……大きな騒ぎにはならなかったけど、どこかから聞いたんだろうな。さすがというか。

「あー。でも大きな騒ぎは起こしてないよ?」
「けど、また悪ぶったんだろう?」

 ……そこまで聞き及んでたのか。なんて答えよう。

 だが俺が考えている間にロディオンはカップをソーサーに置いて、小さくため息を吐いた。

「キトリー、正義感が強いのはいいことだ。でも私は心配だよ、お前は優しすぎる。屋台広場の一件にしろ、ジェレミー王子の件にしろ……人の為に悪を演じている。そのせいで本来のお前とは別の人物像が世間では独り歩きして。サウザーの一件も、誘拐された事は嘘で、本当はお前も獣人の人身売買にも関与していたのではないか? サウザーは切り捨てられただけでは? と噂する者もいる」

 ロディオンは苦々し気に呟いた。真実を知らない者や口さがない者はいつの時代でも自分勝手に発言するものだ。勿論、そう思わせている俺自身も悪いのだが。
 
「キトリー、私は」
「兄様や父様には俺の悪評で色々と迷惑をかけて申し訳ないと思ってる。でも世の中、全てが正攻法で丸く収まるわけじゃない。だろ?」

 俺が真正面から意見するとロディオンは言い淀む。

「それは、そうだがっ……なぜキトリーが悪しざまに言われないのかと思うと」
「兄様、心配してくれてありがとう。でも俺は大丈夫だから。それに……悪評が高い方が色々と便利なんだ」

 俺がにっこりと笑って言うと、ロディオンは大きいため息を吐いた。

「全く、お前は昔から人のいう事を聞かないんだから」
「ごめん」
「いや……。なぁキトリー、もしお前が私の」

 ロディオンはそこまで言って言葉を切った。

「ん? なに?」
「いや、なんでもない。私はそろそろ部屋に戻るよ」

 ロディオンは席を立ち、俺に近づくと俺の額にちゅっとおやすみのキスをした。

「いい夢を、キトリー」
「あ、うん。兄様もね」

 俺は返事をして、ロディオンを見送った。




 ――――しかし一方。

 部屋を出たロディオンと言えば、ドアの前に立ち尽くし考え込んでいた。

 ……『私の為に悪評を受け入れているんじゃないか?』そう問いかけたところで、キトリーは否定するだろう。

 ロディオンはぐっと手を握り、昔の事を思い出した。
 まだ幼かったキトリーは出された問題をスラスラと解き、時折大人顔負けの発言をした。それゆえに周りの大人たちはキトリーを神童だと持て囃した。そしてそれはロディオンも。

 『私の弟は可愛い上に、すごいんだ!』と、幼き日のロディオンは素直に喜んだ。ロディオンの目から見てもキトリーは他の子と抜きん出て見えたから。
 でも残念ながら大人たちは喜ぶだけでなく、次第にロディオンとキトリーと比べ始めるようになった。優秀な長兄と神童の次男、そう言った目で。
 そしてその内、ロディオンを少し蔑ろにする者が現れるようになり、ついには。

『公爵家の跡取りにはキトリー様の方がいいのではないか?』

 そんなことを言う者まで現れる様になってしまった。
 でも、そんな頃からだった。……キトリーがわざと我儘を言ったり、他所で悪さをしてくるようになったのは。
 そうなったら優等生であるロディオンの株が自然と上がり、大人たちは『やはり公爵家の跡取りはロディオン様しかいない』と勝手に言うようになった。

 だが、大人になってからロディオンにはある想いが胸に痞えていた。

 ……子供の頃はわからなかったが、今思えばキトリーが悪名を自ら被るように仕掛けたのではないかと思う。私の為に、私に家督を譲る為に。……やっぱり優しすぎるな、キトリーは。

 ロディオンはふぅっと小さく息を吐いた。

「だが、そうであるなら私もキトリーの為に動くまでだ」

 ロディオンは小さく呟いて、部屋の前から立ち去った。そして、ロディオンのブラコンが酷くなったのはこういった経緯もあったからだった。




 ――――そして、その頃のキトリーと言えば。

「さっきの兄様、なんか変だったな~」

 少しぬるくなった紅茶を椅子に座ったまま、ずずっと飲んでいた。

 ……兄様、自分の為に俺が悪童を演じてる、とか思ってなきゃいいけど。そりゃ子供の頃は俺、神童って呼ばれてましたよ? でもそれは当たり前なわけで……。だって俺、中身はおっさんじゃん? 大学とかの問題ならいざ知れず、小さな子供の問題をスラスラ解けちゃうのは当たり前で。でも解きすぎて、こりゃヤバいってんで途中から子供っぽく我儘言ったり悪戯をして誤魔化したんだよなぁ~。神童とか思われたら面倒だし。そもそも神童じゃねーし。

 俺はふぅっと息を吐き、ロディオンの事を思い返す。

「……なんか勘違いしてないといいけど」

 俺は少し心配になって呟いた。
 だが俺の願いも空しく、ロディオンがしっかりと勘違いしている事を俺が知ることはなかった。
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