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第二章「デートはお手柔らかに!」

8 食レポ

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 ――――レノに手を引かれて十五分ほど歩いた頃。

 俺達は町の広場、屋台が並ぶ場所へと来ていた。辺りは食べ物の美味しそうな匂いや煙で充満している。活気ある様子はさながら市場のようだ。

「んん~っ、いい匂い!」

 俺はすぅぅぅぅぅっと掃除機並みに匂いを吸い込む。そして並ぶ屋台を見れば、美味しそうな食べ物がいっぱい!

 ……俺、ジェレミーの婚約者だったからこういう所はなかなかこれなかったんだよな。でもこういうB級グルメ、チョー好きっ!

 アップルパイもすっかり消化されたし、時刻はもう昼過ぎ。お腹はペコペコだ。

「前にここへ来たいと言っていたでしょう? 昼食をここでいかがです?」
「うん、俺ここでッ」

 そう言いかけたところで俺はハッとした。

 ……いやいや結局レノの行きたいところじゃなくて俺の来たいところじゃん!

 俺は出かけた言葉を飲み込んでレノを見た。

「キトリー様、どうしました?」
「レノ、俺はお前の行きたいところに行こうって言ったんだぞ? ここじゃ俺の行きたいところだろ。ダメだぞー、そういうの!」

 俺が注意するとレノはフッと笑った。

「仕方ないでしょう。キトリー様の望む場所が私の行きたいところなんですから。それに私の休みをどう使おうといいでしょう?」

 優しく微笑まれて俺は柄にもなくドキッとしてしまう。

 ……くぅっ、なんか今日のレノは優しくない?! いや、まあいつも優しいけど……優しすぎて調子狂う。いやこれがKOIBITOモードってやつか!? はわわっ。

「それよりお腹が空いたでしょう? 何か食べましょう。キトリー様はどれがよろしいですか?」

 レノに尋ねられて俺の意識はすぐに屋台の方へ向かう。

「ん? んじゃ、一緒に見て回って決めよー!」
「わかりました。では行きましょうか」

 そうして俺とレノは一緒に屋台を見て回ることにした。広場はぐるっと回れようになっていて、立ち並ぶ屋台の店先には美味しそうな串肉や揚げた魚とポテト、新鮮な野菜ジュースや旬のカットフルーツがある!
 どれをとっても美味しそうで、値段もリーズナブル。だからついつい。

「レノ、あれも食べたい! あー、でもあっちのもおいしそぉ!」
「はいはい、ちょっと待ってください」

 そんなやり取りをしつつ色んなものを買い込み、ホカホカの屋台飯を両手に俺達は人がいない広場の隅の芝生に腰を下ろした。

「結構買いましたね」
「早く食べよー!」

 俺が言うのと同時に、俺の腹もぐぅぅぅっと鳴った。まるで早く食べさせろ、と言わんばかりだ。
 レノは俺の腹の音を聞いてくすっと笑い「はいはい」と返事をして、買った食べ物と飲み物をその場に広げた。

 並ぶのはパンに挟まれた甘タレ薄肉がおいしそうなサンド、こんがりと焼けた鶏肉の串焼き、カリッと揚げた小魚とポテト。瑞々しい旬のカットフルーツ、そしてビタミンCたっぷりお肌に良さそうなレモネード!

 ふんわりと立ちのぼるいい匂いがさらに俺の胃を刺激する。

「ん~、いい匂い! 食べよ、レノ」
「はい」
「んじゃ、いただきまーす!」

 俺はまずサンドから手を出した。
 ぱくっと一口食べて、もっぐもっぐと味わう。じゅわりっとパンに染みた甘タレ肉とシャキシャキのレタス、甘いトマトのハーモニーが最高だ!

「んまぁっ! レノレノッ、これうまいよ! この肉とタレ、サイコー! レタスもシャキシャキだし!」

 俺はおいしさに堪らず呟いて、その後ぱくぱくっとあっという間に平らげてしまう。だが俺の横で串焼きを食べていたレノが俺に言った。

「こっちも美味しいですよ」
「え、ホント?!」

 レノに教えてもらった俺はすぐに串焼きを一本手に取ってぱくりと食いつく。この鶏肉、パサパサしていなくて塩コショウだけの味付けで十分なほどおいしい! 炙られて少し焦げたところがまた!

 ……ジューシィーで、うまぁぁぁっ。

 俺は思わず声にならない声を出す。出来立ての串焼きは最高にうまい!

 ……くぅぅっ、これにキンキンに冷えたビールとか最高なんだけどなぁ! 前世では仕事帰りに一人で焼き鳥屋に行って、瓶ビールを頼んだなぁ~。しかも夏に行くと更にビールの旨さがひとしおで。じゅるるるっ。

「キトリー様、よだれが出てますよ」

 ……ぅおっと! いかんいかん。うますぎてノスタルジーに浸っていた。

「どうしました?」
「いや、おいしいなぁって噛みしめてた」

 俺はそう誤魔化しつつ、もう一つ串焼きを食べた。
 あと誤解なきよう言っておくが、この世界でもビールは存在している。この立ち並ぶ屋台の一角にもビールを販売している酒店がある。
 なので以前の俺なら速攻で買いに行ったところだろう。でも残念ながら、今の俺はビールを美味しく感じられない。なぜなら体がまだ若いから!

 ……バルト帝国では十八歳からお酒OKだから前に試しに飲んだけど、すっげぇ不味かったもんなぁ。それに前世の時もビールがうまく感じだしたのって二十後半とかだったし。もう少し待たないと酒の旨さはわからないかもなぁ~。

 俺はそんなことを思いつつ、今度は揚げ魚とポテトを口に放り込む。

 ……んん~っ、こっちもうまいぃぃぃっ! 魚の衣がサクサク、ポテトは外はカリッと中はホクッとしてるぅ! このジャンクな感じがたまらん!

「あー、おいしぃ~っ!」
「キトリー様、ソースをどうぞ」

 レノは付属のタルタルソースを俺に差し出してきた。当然、俺はそのソースをちょんと揚げた魚に付けてぱくりと食べる。

「んむーっ、こっちもうまーいっ!」

 俺はポテトもソースにつけてぱくぱくっと食べていく。その横でレノはサンドにかぶりついていた。

「全部おいしいですね」
「本当にな~」

 ……こっちもビールと最高にマッチする気がする~っ。

 俺はそう考えてハッとする。

「あ、レノ。もしもビールとか飲みたかったら飲んでもいいんだぞ? 今日は休日なんだし」
「ビールですか?」

 俺が言うとレノは珍しくキョトンとした顔を見せた。

「うん。……あ、でもレノがお酒飲んでるところ、あんまり見た事ないな?」

 ……レノがブランデー入りのココアが好きなのは知ってるけど、お酒単体を飲んでるところって見た事ないかも。仕事中は絶対に飲まないし、プライベートでも飲んでるって話は聞いた事ない。お酒自体、あんまり飲まないのかな? それともビールが嫌いとか? そこ、どうなん?

 俺が視線で尋ねれば、レノは首を横に振った。

「お酒に好きも嫌いもないので積極的に飲まないだけですよ。どれだけ飲んでも酔わない体質ですので」

 ……どれだけ飲んでもって肝臓つよ! てか、それって俗にいう蟒蛇(ウワバミ)ってやつなのでは。さすが蛇獣人。

「でもブランデー入りのココアは好きだよな?」
「香りが好きなんです」
「ま、確かにいい匂いするもんなぁ~」

 ……チョコレートボンボン的な。でも、俺はやっぱり普通のあまーいココアが好きだな。マシュマロがついてたら、なお良し!

 俺はそう思いつつ、ポテトを今度はケチャップに付けてパクリっと食べる。けれど、そんな俺にレノは忠告した。

「キトリー様。お気遣い頂き、ありがとうございます。けれど貴方を好きだと言っている男にお酒を勧めるのは良くありませんね。もし私がお酒に弱かったら、貴方を襲ってしまうかもしれませんよ?」

 レノは蠱惑的に微笑むと、唐突に手を伸ばしてきて俺の口の端についていたケチャップを指先で拭った。それから自分の指先についたケチャップを舌先でペロッと舐める。その仕草と言ったら!

 ……なに今の、ちょー恋人っぽいんですけどッ!

「レ、レノ!」

 俺は思わずドキマギして、体がちょっとのけ反る。でもレノは笑うだけだった。

「今日は主人と従者ではなく恋人なのですから、これぐらいいでしょう?」
「いや、まあ……それはそうかもしれないけどぉ」

 ……だからって俺の口元に付いてたケチャップを舐めるなんて!

 俺は慌てて口元を紙ナプキンでゴシゴシッと拭く。もう一度やられたらたまったもんじゃない。俺の心臓がどうにかなりそう。俺はドキドキする胸を抑えつつ、買っておいたレモネードをごくごくっと飲んだ。さっぱりとした味のレモネードが口の中の濃い味を押し流し、心もちょっと落ち着かせてくれる。

「ふぅ」

 ひとまず俺は一息ついた。だが、隣にいるレノの視線がなんだか熱いようなぁ。

「レ、レノ。このレモネード、おいしいぞ? 飲んでみろよ。俺は桃でも食べようかな」

 俺はわざとらしく言い、デザートに取っておいたカットフルーツの桃に手を伸ばした。桃にはつまようじが二つ刺さっており、手を汚さなくて済む様になっている。俺はその内の一つを手に取り、一口大に切られた桃をぱくっと食べた。瑞々しい桃の味が口に広がる。

「ん、うまい! 俺、この桃好きだなぁ~。レノも食べてみろよ」

 俺はそう言いながらレノに渡す為、桃をつまようじで刺してずいっと差し出した。でも俺の手をレノはがしっと掴むと、そのままあーんと大きな口を開けてぱくりっと食べてしまった。

「れ、レノ……!」
「おいしいですね、坊ちゃん」

 レノはちらっと俺を見ると口角をニヒルに上げて言った。

 ……んまーっ、この子ったら一体どこでこんな技を覚えてきたのかしらッ?!

 あまりの驚きに俺の心がおばちゃん化する。でもそんな俺にレノは笑った。

「坊ちゃん、私も好きですよ」

 レノはそう言うと、俺の手に滴った桃の汁を吸うようにちゅっと唇を寄せた。

 ……ドッヒャァァァーッ!

 俺の心臓が今までにない動きをみせる。そして未だ俺の手を掴んでいるレノの手が、さらにぎゅっと俺の手を握った。まるで想いを伝えようとするように。

 ……や、ヤバい! 休日の、この恋人モードのレノは危険だ!

 俺の中の何かが点滅し、危険を知らせる。

「あわあわぁぁっ」

 恋愛免疫のない俺はいきなりのレノの甘々恋人モードに対応できなくてわたわたっと慌てた。でもそんな俺を見て、レノはくくっと笑った。

「キトリー様には、少々刺激が強すぎましたね?」

 レノはそう言うと手をそっと離し、居住まいを正した。

「レ、レノ?」
「すみません。少しだけ調子に乗りました」

 そこにいるのは色男のレノではなく、いつものレノだった。俺はそのレノを見て、ホッとする。

 ……やっぱりいつものレノの方が好きだ。……ん? しゅき??

 そう思ったがレノが。

「このレモネードも美味しいですね、キトリー様」

 レモネードを飲みながらレノが俺に話しかけるから「あ、ああ。うん」と俺は返事をして、一瞬過った想いがどこかに飛んでいってしまった。

 ……あれ? 今、なんか考えていたような? ……まあいいか。

 桃をもう一つ食べ、深く考えることをしなかった。

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