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第二章「デートはお手柔らかに!」

4 家族団らん

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 かれこれ母様のお説教を受けて三十分――――。

「失礼します。奥様、そろそろ旦那様とロディオン様がお戻りの時間です」
「あら、もうそんな時間? ではお迎えに行かなくてはね」

 セリーナが報せに来て、母様のお説教がやっと中断された。

 ……やっと解放されるぅ! セリーナ、救いの女神!

「キトリー。お話はここまでにしておきますが、わたくしの話をちゃんと胸の内に留めておくように。いいですね?」
「はいっ!」

 俺は一番いい返事をして母様を見た。母様はやれやれって顔をしたけど。

「全く、現金なんだから。では、お父様達を迎えに玄関へ行きますよ」

 母様はそう俺に言ったが、足を崩した途端ぴりぴりと痺れて動けなかった。

「あ、足がぁ~っ」

 俺は呻いて足を伸ばす。

「仕方のない子ね。わたくしは先に行っていますから、足の感覚が戻ったら貴方もいらっしゃい。セリーナ、キトリーをお願い」
「はい、奥様」

 セリーナは返事をし、母様は部屋を出て行った。家族の見送りと出迎えをするのが母様の日課(ルーティン)なのだ。

「大丈夫ですか、キトリー様」
「うううっ、セリーナ」
「お助けできなくてすみません」

 セリーナは謝りつつも床に座っている俺の手を掴んで、立ち上がるのを手伝ってくれた。しかし足の痺れで、立てても生まれたての小鹿の様にしかなれない。プルプルプルッ。

「キトリー様、こちらに」

 セリーナの誘導で、俺はすぐに近くのソファにどかっと座った。

「はぁ、久しぶりに母様の説教を食らってしまった」
「きっとキトリー様が帰ってきたことが嬉しいんですよ、奥様は」
「嬉しい、でお説教は勘弁してほしいんだけど」

 俺が口を尖らせて言うとセリーナは困ったように笑った。しかし俺がソファでゆったりしていると、こちらへタッタッタッと走る足音が聞こえてきた。

 ……ん、この足音は。俺が玄関先に行くより早かったな。

 そう思った途端ドアが勢いよく開き、一人の美丈夫が現れた。

「キトリーッ!」

 彼はそう言うとすぐさまソファに座る俺を見つけた、だから俺は。

「あ、兄様。久しぶり~」

 軽く手を上げ、俺は頼れる兄(マイブラザー)こと、ロディオンに挨拶をした。

 ロディオンは俺の六つ上の兄で、母様譲りの金髪に父親と同じアメジストの瞳を持っているめちゃめちゃ見目麗しい兄貴である。その上、俺とは違って昔から優秀な人で、時期宰相として今は父様の補佐で城に勤め、周りからの人望も厚い。次代のポブラット公爵家は安泰だと言われているほどだ。ただ……。

「キトリーッ! 久しぶりだ!!」

 問題なのは少々鬱陶しいぐらいのブラコンだというところだろうか。
 ロディオンは駆け寄ってきて、ぎゅうぎゅうっと腕力に任せて力強く俺を抱き締めた。

「ぎゅぅっ、にぃたま、ぐるじぃっ」

 俺は慌ててロディオンの背を叩く。帰ってきて早々、兄の腕の中で圧死したくない。

「あ、ごめん、キトリー。嬉しくってつい」

 解放された俺はふぅっと息を吐き、ロディオンを見た。

「兄様もおかえり」
「ただいまぁ、キトリー。久しぶりに会えて嬉しいぞッ!」

 ロディオンはニコニコ笑顔で俺に言った。まるで一年も会えなかったかのような口ぶりだ、半年も経ってないと言うのに。

「元気そうだね。この前、折角帝都に来てたのにそのまま帰って……とても寂しかったのだよ?」

 うるうると瞳を潤ませて言われ、俺は目を逸らした。ここで正直に『え、帰ってくるの面倒だったんだもん』とでも言えば、怒られること間違いなし。

「いや~、忙しくて。ほら、俺ってば今は領主代理もしてるから、急いで戻らないといけなくてさ」
「キトリー、向こうでの暮らしに不便はないか? いつでもこっちに帰ってきていんだぞッ?!」
「ん、それはわかってるけど」

 あっちで暮らしていた方が色々と自由なんだよな、という本心は隠しておく。
 しかしそこへ母様と共に、ある人物がやってきた。

「おー、キトリー。帰ってきたのか~」

 のんびりした声で言ったのは、このポブラット公爵家当主であり、この国の現宰相である我が父だ。
 そして王様の『俺達の子供、婚約させちゃおうぜ!』って言った言葉に『あ、それいいっスね』と答えた少々軽(チャラ)い父だ。

「父様、ただいま。あと、おかえり」
「ああ、キトリーもな」

 父様は再会の感動もなく普通に返事をした。実は誘拐事件の後、報告の為に帝都に寄った際の俺は父様にだけは会っていたのだ。だが、それを知ってしまったロディオンが『父様だけキトリーに会うなんてズルいッ!』と詰め寄り、父様に助けを求められた俺はレノと共に帰ってくることになった。

「父様、会った事は兄様には内緒ねって言ったじゃん」
「すまん、すまん。ついぽろっとな」
「二人でこそこそ、何を話してるのカナ?」

 父様とこっそり話しているとロディオンに問いかけられ、俺達は作り笑いをした。

「いや、なんでもないよ。ね、父様?」
「ああ。いやー、キトリーが帰ってきてくれて嬉しいなぁ~!」

 父様は俺の肩を掴んでわざとらしく言った。だが、じろりと見るロディオンの視線が変わらない。しかしそこで助け舟を出してくれたのは、やっぱりセリーナで。

「皆さま、夕食の準備が整っております」
「話は後に致しましょう。貴方、ロディ、キトリー、先に夕食にするわよ」

 この家の最高権力者である母様の号令に俺達男衆は「「「はい」」」と返事良く答えたのだった。





 それから俺は家族と楽しい夕食を共にし、一人風呂に入って部屋に戻った頃にはもうすっかり夜が更けていた。

「ふぅ……疲れた。兄様ってば一緒に寝たがるんだから」

 実はつい五分前、俺の部屋の前に可愛いパジャマを着たロディオンが現れた。

『キトリー、今日は兄弟水入らず一緒に寝よう!』
『いや、一人で寝る。という訳でおやすみなさい』
『ギドリィィィッ!』

 悲痛な声が響いたが、俺は容赦なくドアを閉めた。

 ……兄様と一緒に寝ると翌朝圧死してる可能性があるからな。まあセリーナが傍にいたから大丈夫だろう。兄様を回収して部屋に連れてってくれるはずだ。

 俺はやれやれと肩を落としながら、部屋に用意されていた水差しから一杯の水をコップに入れて、くぴっと飲んだ。
 そしてベッドに座り、何気なく窓を見る。外は真っ暗だ。

「レノも今頃ゆっくりしてるかな~」

 ……あいつは働きすぎだから、たまにはゆっくりした方がいいんだ。ちょっとワーカーホリック的なところがあるからな。

『あまり仕事のし過ぎだと感じた事はないのですが……。好きな人と一緒にいられますので』

 にっこりと笑って言うレノが頭にちらつき、俺は思わず一人赤面する。

「あのスケコマシめ」

 俺は呟いた後、コップをサイドテーブルに置き、ぽふんっとベッドに横になる。

 ……レノが俺を好きねぇ。あの顔とスペックなら、どんな子でも入れ食い状態だろ。でも……もしもレノに誰か特別な人が出来て『じゃあ、キトリー様。後は自分でやっておいてくださいね』とか言われた日には。

「なんか、それはそれでムカつくな」

 俺は眉間に皺を寄せ、ムゥッと口をへの字に曲げる。
 だが、それはレノが誰かと付き合うからムカつくのではなく。レノなら付き合う相手がすぐ見つかるだろう、という想像が簡単につくからだ。

 ……俺なんか、今までモテた事ないのに!

『嫌だなぁ、坊ちゃん。私が好きだと言ってるじゃないですか?』と笑顔で囁いてくるレノが頭に過るが、イケメンに言われても苛立つだけだ。

「あーっ、もうはよ寝よ! 今日は疲れたし」

 ……明日は久しぶりにレノのいない一日だ。まったり堪能しよう~。

 そう思い、俺はベッドの中にもぞもぞ入って明かりを消した。そして今日はレノがいない分、ゴロゴロと広いベッドの中で何往復も寝がえりを打つ。

 ……イッエーイ! 一人だとひろーい! これならすぐに寝られるな。

 十分にゴロゴロし終えた俺は仰向けで目を瞑り、すぐに眠る体勢に入る……のだがしかし、五分、十分を過ぎても眠気が来ない。眠いと言う感覚はあるのに、眠りに落ちれない。

「なんか……落ち着かん」

 ベッドが広すぎてなんだか違和感なのだ。前はこのベッドに一人で眠っていたというのに、なんとなく寝にくい。どうやら俺の体は、レノが隣にいることに慣れてしまったようだ。

『坊ちゃん。今夜は寂しくても、泣かないでくださいね?』

 またも笑うレノの姿が浮かぶ、イラッ。

 ……くそぅ、レノめ。何が何でも寝てやるんだからなぁ~!

 そう息巻いたが……その後、俺が眠れたのは真夜中も過ぎた頃だった。


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