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第二章「デートはお手柔らかに!」
5 アントニオ
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――――翌日。
「キトリー様、大丈夫ですか?」
「ああ、だいじょーぶ」
心配げなセリーナは遅い朝食を食べる俺に尋ねた。
……結局よく眠れなくて朝寝坊しちゃった。その上、なんだか寝不足。ううっ、スッキリ目覚めるはずが。
そう思いつつ、俺は一人食卓てもそもそっとパンをスープに浸して食べる。
もう父様と兄様は仕事で城に出向き、母様は婦人同士のお茶会があるとかで出ている。なので今朝は実に静かな朝だ。
……母様が出てて良かった。朝から小言を聞くとこだった。
そう思いながら俺は引き続き、パンをもそもそっと食べる。
「ところでキトリー様、今日のご予定はお決まりで?」
「ん? 今日は部屋でゆっくりしておくよ。だからセリーナ、部屋にお茶のセットを置いといてくれる? 今日は誰とも会わず、一人でいたいんだ」
「畏まりました。では、部屋にご用意させておきますね」
「んー、よろしく~」
俺は答えながら紅茶を飲み、一人ほくそ笑んだ。
それから一時間後。
自室に戻ると、セリーナが運んでくれたお茶のセットがテーブルに置かれ、いつの間にかベッドメイクも終わっていた。俺が朝食を食べている間にメイド達が掃除してくれたのだろう。毎日ありがとうございます、と感謝しつつ俺は持ってきた鞄から服を取り出し、鏡の前でささっと着替えた。
「よし、こんなもんだろう」
ベストの皺をピッと伸ばし、鏡に映る自分を見る。そこには庶民に扮した俺がいた。
……これなら町の中に紛れてもわからないな。
顔見知りならいざ知れず、これなら誰も公爵家の令息とはわかるまい。俺は最終の仕上げと言わんばかりに黒縁メガネを掛け、ハンチング帽を被って鞄を肩にかけた。
「ンフフフッ、よーし完璧!」
俺は自分の姿に満足した後、鏡の前を離れて窓を開ける。
外はいい天気で、どこからかメイド達の楽し気な話し声が聞こえてくる。声は裏の洗濯干し場から聞こえてくるものだろう。俺はその声を聞きながら、辺りを確認する。
……よし、誰もいないな。
俺はキョロキョロと見渡した後、慎重に窓の外へ出て、こそこそっと壁伝いに裏口へと向かう。
……町に出かけるって言ったら、大層な護衛を付けられるからな。久しぶりの帝都だ。一人で存分に楽しも~っ! あ、でも先にアイツのとこにも行かなきゃ!
そうして俺は一人、こっそりと家を出てある場所へと向かったのだった。
◇◇◇◇
――――賑やかしい帝都の町・ローセン。
その中の商業街地区には様々なお店が立ち並び、あらゆるものが手に入ると言われている。おかげで多くの人が通りを行きかい、いつだって通りは活気づいていた。
ただそんな町角にひっそりと建つ、古びれた本屋が一軒。
そこに人の出入りはなく、今にも潰れそうな雰囲気だった。だがその本屋の奥。カウンターに一人の青年が座り、入荷したばかりの本を数えていた。深紅の髪に本屋にしては体格のいい青年。
「ええっと? これは新刊予約の取り置きか。こっちは入荷待ちだったお客さんので。こっちは」
青年は呟きながら帳簿を見つつ本を分別していたのだが、その背後にニヤリと笑う影が忍び寄った。
「トニ男、ひ・さ・し・ぶ・りっ。フゥ~ッ」
妙に色っぽい声で囁かれ、耳元に息を吹きかけられた青年は「ウワッ!」と悲鳴を上げて立ち上がった。その驚きっぷりに息を吹きかけた人物は大笑い。
「にゃはははは~っ! 相変わらず耳が弱いなぁ!」
その声に視線を向けると、そこには懐かしい顔がいた。
「キトリーッ!? お前、どうしてここにいるんだッ!?」
「よっ、トニ男。久しぶりだな」
「その名前で呼ぶなって言ってんだろ! 俺はアントニオだッ!」
憤慨する青年ことアントニオは、腰に手を当てて怒った。
アントニオは俺の同級生で、大事な友人だ。平民出身で、亡き祖父母がやっていた本屋を継ぎ、今ではこうして本屋の店主をしている。
そして公爵家の令息ではなく、本当の俺を知っている数少ない一人だ。
「いいあだ名なのにぃ。トニ男の方がしっくりくるじゃん?」
「そんな風に俺を呼ぶのはお前だけだ!」
アントニオは俺の首に太い腕を回して、締め技をきめてくる。
「ぐふっ! ギブギブぅぅ! ごめんなさい、もう言いませんからぁッ!」
俺は必死に謝って、豪腕から解放してもらう。あー、新鮮な空気、おいしっ!
「たくっ、相変わらずろくでもねぇ奴だ。テメーは。……ところでここに来たなら、んっ」
アントニオは容赦なく俺に手を差し出した。
「できてんだろーな? もう一カ月も遅れてんだぞ」
「いやー、色々あったじゃん? 俺」
「それはそれ、これはこれだ。さっさと出せ」
アントニオは再会の感動もなく、ずいっと手を差し出してきた。感動のない奴め。と思いつつ、俺は「はいはい」と答えて鞄に入れていた原稿をアントニオに手渡した。するとフンッと鼻を鳴らして笑った。
「できてなかったら、シメてたところだ」
「仲良しフレンドに対して酷くない?」
俺は口を尖らせて言うが、アントニオは不服そうな顔を見せた。
「誰が仲良しフレンドだ。お前とはただの腐れ縁だ」
「照れちゃってぇ~、もぅ」
俺はアントニオをツンツンと突く。しかし段々アントニオのこめかみがぴくぴくと動いてきた。
「あのなぁ! お前が原稿を持ってこないとこっちが怒られるんだぞ。仲介役してる俺の身にもなれ!」
「いつも感謝してるよ、マイフレンド」
俺はぽんっとアントニオの肩を叩く。
「たくっ。ちゃんと書けてるか確認するから、お前はサイン本書いとけ」
アントニオはそう言うなり店を閉めて、母屋に俺を連れていくと倉庫から本を取り出してきて俺の目の前に積み上げた。
『転生したらそこは異世界でした! 著・フォレスト・リバー』
これは俺が書いたBL小説。話の内容は、こちらの世界に住んでいた一人の男が日本と言う異世界に転生して、そこで年上の男と恋するお話だ。
「ほら、ペンはここに置いておくから」
アントニオはテーブルにサインペンを置き、俺の向かいに座った。だがそのアントニオの手には赤ペンが握られていた。
「俺はいいけど、店まで閉めて良かったのか?」
「ああ、この時間は客はほとんど来ないからな。大丈夫だ」
そう言いながらアントニオは原稿を読み、時折赤ペンを走らせる。その顔は編集マンさながらだ。
……というか、本当に編集者なんだけど。
実はアントニオは俺の友人でもあるが、個人的な担当編集者でもある。
始まりはBL小説を書いたのはいいが、どこに持っていけばいいのか俺が困っていたところ、アントニオがツテを使って出版社との間を取り持ってくれたのだ。以来俺は作家の端くれになり、アントニオは小説の脱字誤字の訂正や話のアイデアなどにも携わる編集者になった。
しかし……皆さんにここで残念なお知らせがある。
アントニオは悲しい事にBLが読めるだけで我らが同志(特別BLが好きな腐男子)ではないのだッ!(泣)
この世界では同性婚もできるので、BL小説もただの恋愛小説に分類される。なのでアントニオも小説としてBLを読んだりするらしいが、特に好きなわけじゃないらしい。そもそもアントニオは本なら何でも読む雑食系。
……アントニオもこっち側だったら色々と話し合えたのになぁ。推しの作家さんとか、BL本を薦めあったりとか~。カップリングとかぁ~!
「おい、手が止まってるぞ」
ギロッと睨まれて、俺は慌てて手を動かす。久しぶりに会えたのに厳しい友人である。ぐすんっ(泣)
「キトリー様、大丈夫ですか?」
「ああ、だいじょーぶ」
心配げなセリーナは遅い朝食を食べる俺に尋ねた。
……結局よく眠れなくて朝寝坊しちゃった。その上、なんだか寝不足。ううっ、スッキリ目覚めるはずが。
そう思いつつ、俺は一人食卓てもそもそっとパンをスープに浸して食べる。
もう父様と兄様は仕事で城に出向き、母様は婦人同士のお茶会があるとかで出ている。なので今朝は実に静かな朝だ。
……母様が出てて良かった。朝から小言を聞くとこだった。
そう思いながら俺は引き続き、パンをもそもそっと食べる。
「ところでキトリー様、今日のご予定はお決まりで?」
「ん? 今日は部屋でゆっくりしておくよ。だからセリーナ、部屋にお茶のセットを置いといてくれる? 今日は誰とも会わず、一人でいたいんだ」
「畏まりました。では、部屋にご用意させておきますね」
「んー、よろしく~」
俺は答えながら紅茶を飲み、一人ほくそ笑んだ。
それから一時間後。
自室に戻ると、セリーナが運んでくれたお茶のセットがテーブルに置かれ、いつの間にかベッドメイクも終わっていた。俺が朝食を食べている間にメイド達が掃除してくれたのだろう。毎日ありがとうございます、と感謝しつつ俺は持ってきた鞄から服を取り出し、鏡の前でささっと着替えた。
「よし、こんなもんだろう」
ベストの皺をピッと伸ばし、鏡に映る自分を見る。そこには庶民に扮した俺がいた。
……これなら町の中に紛れてもわからないな。
顔見知りならいざ知れず、これなら誰も公爵家の令息とはわかるまい。俺は最終の仕上げと言わんばかりに黒縁メガネを掛け、ハンチング帽を被って鞄を肩にかけた。
「ンフフフッ、よーし完璧!」
俺は自分の姿に満足した後、鏡の前を離れて窓を開ける。
外はいい天気で、どこからかメイド達の楽し気な話し声が聞こえてくる。声は裏の洗濯干し場から聞こえてくるものだろう。俺はその声を聞きながら、辺りを確認する。
……よし、誰もいないな。
俺はキョロキョロと見渡した後、慎重に窓の外へ出て、こそこそっと壁伝いに裏口へと向かう。
……町に出かけるって言ったら、大層な護衛を付けられるからな。久しぶりの帝都だ。一人で存分に楽しも~っ! あ、でも先にアイツのとこにも行かなきゃ!
そうして俺は一人、こっそりと家を出てある場所へと向かったのだった。
◇◇◇◇
――――賑やかしい帝都の町・ローセン。
その中の商業街地区には様々なお店が立ち並び、あらゆるものが手に入ると言われている。おかげで多くの人が通りを行きかい、いつだって通りは活気づいていた。
ただそんな町角にひっそりと建つ、古びれた本屋が一軒。
そこに人の出入りはなく、今にも潰れそうな雰囲気だった。だがその本屋の奥。カウンターに一人の青年が座り、入荷したばかりの本を数えていた。深紅の髪に本屋にしては体格のいい青年。
「ええっと? これは新刊予約の取り置きか。こっちは入荷待ちだったお客さんので。こっちは」
青年は呟きながら帳簿を見つつ本を分別していたのだが、その背後にニヤリと笑う影が忍び寄った。
「トニ男、ひ・さ・し・ぶ・りっ。フゥ~ッ」
妙に色っぽい声で囁かれ、耳元に息を吹きかけられた青年は「ウワッ!」と悲鳴を上げて立ち上がった。その驚きっぷりに息を吹きかけた人物は大笑い。
「にゃはははは~っ! 相変わらず耳が弱いなぁ!」
その声に視線を向けると、そこには懐かしい顔がいた。
「キトリーッ!? お前、どうしてここにいるんだッ!?」
「よっ、トニ男。久しぶりだな」
「その名前で呼ぶなって言ってんだろ! 俺はアントニオだッ!」
憤慨する青年ことアントニオは、腰に手を当てて怒った。
アントニオは俺の同級生で、大事な友人だ。平民出身で、亡き祖父母がやっていた本屋を継ぎ、今ではこうして本屋の店主をしている。
そして公爵家の令息ではなく、本当の俺を知っている数少ない一人だ。
「いいあだ名なのにぃ。トニ男の方がしっくりくるじゃん?」
「そんな風に俺を呼ぶのはお前だけだ!」
アントニオは俺の首に太い腕を回して、締め技をきめてくる。
「ぐふっ! ギブギブぅぅ! ごめんなさい、もう言いませんからぁッ!」
俺は必死に謝って、豪腕から解放してもらう。あー、新鮮な空気、おいしっ!
「たくっ、相変わらずろくでもねぇ奴だ。テメーは。……ところでここに来たなら、んっ」
アントニオは容赦なく俺に手を差し出した。
「できてんだろーな? もう一カ月も遅れてんだぞ」
「いやー、色々あったじゃん? 俺」
「それはそれ、これはこれだ。さっさと出せ」
アントニオは再会の感動もなく、ずいっと手を差し出してきた。感動のない奴め。と思いつつ、俺は「はいはい」と答えて鞄に入れていた原稿をアントニオに手渡した。するとフンッと鼻を鳴らして笑った。
「できてなかったら、シメてたところだ」
「仲良しフレンドに対して酷くない?」
俺は口を尖らせて言うが、アントニオは不服そうな顔を見せた。
「誰が仲良しフレンドだ。お前とはただの腐れ縁だ」
「照れちゃってぇ~、もぅ」
俺はアントニオをツンツンと突く。しかし段々アントニオのこめかみがぴくぴくと動いてきた。
「あのなぁ! お前が原稿を持ってこないとこっちが怒られるんだぞ。仲介役してる俺の身にもなれ!」
「いつも感謝してるよ、マイフレンド」
俺はぽんっとアントニオの肩を叩く。
「たくっ。ちゃんと書けてるか確認するから、お前はサイン本書いとけ」
アントニオはそう言うなり店を閉めて、母屋に俺を連れていくと倉庫から本を取り出してきて俺の目の前に積み上げた。
『転生したらそこは異世界でした! 著・フォレスト・リバー』
これは俺が書いたBL小説。話の内容は、こちらの世界に住んでいた一人の男が日本と言う異世界に転生して、そこで年上の男と恋するお話だ。
「ほら、ペンはここに置いておくから」
アントニオはテーブルにサインペンを置き、俺の向かいに座った。だがそのアントニオの手には赤ペンが握られていた。
「俺はいいけど、店まで閉めて良かったのか?」
「ああ、この時間は客はほとんど来ないからな。大丈夫だ」
そう言いながらアントニオは原稿を読み、時折赤ペンを走らせる。その顔は編集マンさながらだ。
……というか、本当に編集者なんだけど。
実はアントニオは俺の友人でもあるが、個人的な担当編集者でもある。
始まりはBL小説を書いたのはいいが、どこに持っていけばいいのか俺が困っていたところ、アントニオがツテを使って出版社との間を取り持ってくれたのだ。以来俺は作家の端くれになり、アントニオは小説の脱字誤字の訂正や話のアイデアなどにも携わる編集者になった。
しかし……皆さんにここで残念なお知らせがある。
アントニオは悲しい事にBLが読めるだけで我らが同志(特別BLが好きな腐男子)ではないのだッ!(泣)
この世界では同性婚もできるので、BL小説もただの恋愛小説に分類される。なのでアントニオも小説としてBLを読んだりするらしいが、特に好きなわけじゃないらしい。そもそもアントニオは本なら何でも読む雑食系。
……アントニオもこっち側だったら色々と話し合えたのになぁ。推しの作家さんとか、BL本を薦めあったりとか~。カップリングとかぁ~!
「おい、手が止まってるぞ」
ギロッと睨まれて、俺は慌てて手を動かす。久しぶりに会えたのに厳しい友人である。ぐすんっ(泣)
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