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第一章「レノと坊ちゃん」

10 好きなわけ

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 まだまだ明るい夏の夕方。食堂の長テーブルには使用人達が席につき、その中には俺もいた。
 本来なら公爵家の人間と使用人が一緒に食卓に着くなんて事はあり得ないのだが、俺だけ別に食事を取るのはいちいち手間だし、一人飯は味気ないので無理を言って夕食だけはこの食堂で使用人のみんなと一緒に取らせてもらっている。
 なので可愛いメイドさん達に囲まれて……。

 という訳にはいかず。俺は領主代理なので長テーブルの端っこ、お父さん席に座らされ、左を向けばお爺とレノ、右を向けばヒューゴとフェルナンドが並んで座っている。年若いメイドさん達は俺から離れた場所にいて、キャッキャと楽しそうだ。……俺もあっちに座りたいなぁ、ぐすんっ。

 まあその願いは叶わないんだけど。それでも、やっぱりワイワイとした食卓で食べる料理はおいしい。食事は賑やかしく食べるのが一番だ。しかもヒューゴの料理だし!

 だが今日も美味しいはずの夕食が……。

「あ、あの、坊ちゃん? 今日の料理はお口に合いませんでしたか?」

 俺の右側に座るヒューゴは心配そうな表情で、もっぐもっぐと鼻息荒く食べる俺に尋ねた。

「美味しいよ。ただ、チョットネ!」

 俺はそう呟き、左斜め、お爺の隣に座っている男をじろりっと睨んだ。
 そこにはレノが座っており、俺と目が合うとにっこりと涼やかな顔をしてきやがった。

 ……にゃろー、にっこり笑いやがって! 俺に言った言葉を忘れたのか!?

 俺はナイフを片手に軽く殺意を覚えたが、ぐっと堪えて付け合わせのサラダを口いっぱいに頬張って、むしゃむしゃりっと食べた。

 そして思い返すのはついさっきの事。

 
 ◇◇◇◇


「俺のドコを好きになったわけ?」

 一番大事な事を聞きそびれていた俺は改めてレノに尋ねた。するとレノはぱちくりと目を開けて、腕を組んで考えた後、さらりと答えた。

「そうですねぇ。……少々おバカさんなところでしょうか?」

 にっこりと笑って言われ、俺は「は?」と眉間に皺を寄せて聞き返した。

「ですから、おバカ」
「二回言わんでも聞こえとるわ!」
「そうですか? 聞き取れなかったのかと思いまして」

 笑って言うレノに、俺は怒り爆発。人が真剣に聞けば、いけしゃあしゃあと!

「前々から失礼な奴だと思っていたが、今日と言う今日は許さんぞ、レノ! だれが、おバカさんだッ!」

 俺は堪らず椅子から立ち上がって言った。だがレノは動じない。

「そうですね、そういう自覚のないところですかね?」
「むぎぃッ! そう言う事を聞いてるんじゃない! 俺が聞いたのは、俺のドコを好きになったのか? って話だ!」
「だから、おバカさんなところと」
「二度ならず三度も! 絶対にお前の事、好きになんねーかんな! バカ、レノ! お前とはもう絶交じゃぁあっ!」

 俺はプンプン怒って、そっぽ向いた。しかしレノに俺の怒りは通じなかった。

「はいはい、そうですね。でも、ご安心ください。必ず私の事を好きになって頂きますので」

 な、なぬっ!? その自信はどこからっ!

 そう思って見れば、レノは楽し気に微笑んでいた。ぐぅっ、イケメンの微笑みの破壊力たるやっ!! 眩しっ!

「そもそもキトリー様が私の恋を必ず叶えてくれるとお約束してくれたんですからね。約束の反故はいけませんよ?」
「うっ、それは!」
「私の事を好いてくれたら、どんなところに惚れたのか、本当の事を教えて差し上げますよ」
「なっ、本当の事? じゃあ今のは!」

 レノを見れば、くすっと笑っていた。

 ……か、からかわれたーーっ!! むっきぃぃぃぃっ!!

 俺は心の中でタシタシッと地団駄を踏む。

「では、こちらを片付けてきますね。キトリー様、書類を終わらせておいてください。よろしいですね」

 レノはそれだけ言うとティーカップを片付けて、カートに乗せると悠々とした足取りで部屋を出て行った。

「あんにゃろぉーっ! 人をからかいやがってぇ!」

 ……ヤな奴、ヤな奴、ヤな奴ッ!! しかも結局、俺のドコが好きなのか答えてねーじゃん! ヤな奴ッ!!



 ◇◇◇◇



 と言うことが数時間前にあったのだ。

 ……レノの奴。俺がおバカさんだと? そんな失礼な事を言うのは、この世でもお前ぐらいだぞ!

 夕食を食べ終えた俺は、食堂から移動し、風呂に浸かりながらぶくぶくっと泡を出していた。
 未だ腹の虫が収まらない。

 ……だけど俺に惚れたって、マジでどこに惚れたんだろ?

 俺は風呂の中で、自分のチャーミングポイントを考える。けれど考えても考えても、レノが俺に惚れた理由が見つからない。

「あいつ、俺のどこが気に入ったんだ?」

 レノと出会ってからの事を思い返しても、ときめきポイントが思いつかない。つか、三歳で出会った時からレノに迷惑をかけていたことしか思い出せない。

 本邸を抜けだして、街中に繰り出して騒ぎになったり。
 庭でキャンプファイヤーごっこをしようとして火事騒ぎを起こしたり。
 学園に入る頃には、授業をサボったり、レノに課題の手伝いをしてもらったり。
 ジェレミーを巻き込んで悪戯をしようとしたのを見つけられてレノに怒られたり。エトセトラ、エトセトラ、ケセラセラ。

 ……うーん。俺、ロクなことしてないね。アハハハッ。……いや、マジでレノ。俺のドコを好きになったのかね?

 俺は頭を抱えて、更に悩む。しかし考えても答えは出ない。

「レノは(俺を選ばなくても)色んな人からモテるだろうに」

 俺はもあもあっと立ち上がる湯気を見つめながら思った。

 そう、レノはモテるのだ。基本無表情か作り笑顔しかしないレノだが、顔がいいものだから黙っているだけで絵になる。特にあの銀色の髪と赤い瞳は人目に付く。
 その上、細マッチョで体格もよろしい。もしも前世の世界でレノが歩いていたら、速攻でスカウトマンが走ってくるだろう。そしてその日の内にモデルデビューだ。しかもムカつくことに声までイケボだし、頭もそこそこいい。気が利くし、公爵家の家人って事で身元はバッチリ、給料面もしっかりしてる。

 唯一、蛇獣人って事だけがネックだが、それも時期になくなるだろう。兎獣人であるディエリゴの為にジェレミーがどうにかするはずだからな。

 何より、レノは俺をからかってばっかりだけど根はいい奴だ。文句を言いながらも俺の我儘に今まで付き合ってくれた。今回、この別邸に来るのだって、なんだかんだ言いながらも一緒に来たんだから。

「でも、今まで付き合ってくれてたのって。やっぱり俺が好きだからなのかな?」

 俺は反響する狭い浴室の中で呟くが、すぐにそれはないな、と答えを得る。

 ……あいつのことだ。『仕事だったからですよ?』とか笑って答えそう。ふんっ、俺がお前にときめかないのは、そーいう所だよ!

 俺は心の中で笑っているレノにイラっとしながら湯船から上がる。

「あちっ。長湯しすぎた」

 ……全部レノのせいだ。折角、羽根を休めに来たっていうのにぃ。問題提起しやがって。

 俺はぶつくさと心の中で文句を言いながら浴室を出て、脱衣所に入る。そしてぽかぽかな体をタオルで拭き、下着を履いて前開きの寝巻に着替えた。
 しかし、やっぱり長湯しすぎたのか紐を結んでいる内にクラッと目の前がふらついた。

「あれ?」
「キトリー様、いつまで入っているんですか。のぼせますよ」

 俺がよろけたタイミングで、見計らったようにレノの声が扉の向こうから飛んできた。監視カメラでもあんのかよ、察し良すぎじゃね? まあ、助かるけど。

「れ、レノ。中、来てっ」

 うっ、なんかセクシーに呼んでしまった。恥ずっ。

 そう思いつつも俺の呼びかけが聞こえたレノはすぐに扉を開けた。

「何してるんですか」

 レノは棚にもたれかかっている俺を見て呆れた顔を見せる。

「……のぼせた」

 俺が答えるとレノははぁっと呆れたため息を吐くと俺の前に背を向けてしゃがんだ。

「ほら、乗ってください。部屋までお連れします」

 レノは俺に振り返って言い。俺は遠慮なくレノの背にぽふっと乗っかる。するとレノは俺を背負ってるのに、軽々と立ち上がった。

「全くしょうのない人ですね」
「すまん」

 俺はレノに背負われながら素直に謝った。だからか、それ以上の小言はなかった。レノは俺を部屋まで連れてってくれるとそっとベッドに下ろし、それからすぐに水差しから水をコップに注ぎ、俺に渡してくれた。

「ほら、飲んで下さい」
「ん」

 俺はレノからコップを受け取って、ごくごくっと飲んだ。出て行った水分が体の中に取り込まれていくのがわかる。

「もう一杯入りますか?」

 レノは空になった俺のコップを見て聞いた。でも一杯の水でもう十分だった。

「いや、もう大丈夫」

 俺がそう告げるとレノは俺から空のコップを受け取った。なので俺はベッドにごろんっと寝転がる。

「ほら、そんなところで寝ないで。枕はあっちですよ」

 ……お前は俺のオカンか。俺のママンはもっと優しいぞ?

 俺はそんなことを思いつつ、レノの言葉に従ってごろんっと動く。するとレノが夏用の薄いかけ毛布をそっと体にかけてくれた。ここらの地域では夜になると夏でも少し寒くなる。なので、かけ毛布はかかせない。

「本当に目が離せないですね、色んな意味で」
「んぅ」
「……好きだと言ったのに、こんな無防備でいるなんて」

 レノの小言が聞こえるが、もうそれに反論する力は俺に残ってはいない。
 だってもうベッドに入っているし、俺の体はぽかぽかだし、もう夜だし。俺の意識はもうほとんど夢の世界にパタパタッと飛び立とうとしていた。
 でも返事をしない俺にレノは耳元でそっと囁いた。

「はぁ……。おやすみなさい、キトリー様」

 レノのイケメンボイスを最後に俺の意識は完全に夢の国へと旅立って行った。『まだ俺は怒ってんだからな!』と心の隅で叫んでいるのを無視して。

 でもこの時の俺はまだ知らなかった。明日からイベントが発生することを……。
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