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第一章「レノと坊ちゃん」

9 虎視眈々

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「それにキトリー様は早い段階で、ジェレミー王子と婚約されていましたからね」
「あ、確かに」

 俺とジェレミーが婚約したのは、俺がまだ七歳の頃だ。
 学園に入学した後、子供の頃からヘタレ(気弱な性格)だったジェレミーを、大人心からついつい面倒を見て仲良くなってしまったのがキッカケ、もとい運の尽きだった。

『宰相、お前んとこの息子。うちの息子と仲良しじゃん? だから変なのがくっつく前に俺達の子供、婚約させちゃおうぜ!』

 という感じで王様が言ったらしい。俺はその場に居なかったので真偽は定かではないが、うちの王様、めっちゃノリ軽いので多分本当にこんな感じで言ったんだと思う。
 王様(ジェレミーの父ちゃん)、気のいいおっちゃんって感じだもんな~。

 でもその気のいいおっちゃんの頼みでも、俺は困惑したし、できれば拒否りたかった。俺は平々凡々と生きていきたかったからだ。
 しかし王様の命令に非力な七歳児が逆らえる訳もなく(そもそも俺は長い物には巻かれるタイプだし)俺とジェレミーの婚約はあっさりと決まってしまった。父様も反対しなかったし。

 まあ実際、本当にジェレミーと仲良くするだけでよかったんで別に大変な事は何もなかったし、マジで名ばかりの婚約者だったんだけど。

「え、じゃあもしかしてレノって俺の事をそんな小さい頃から!?」

 ……やだぁ。俺の事、そんな昔から好いててくれたの? 照れちゃうじゃん。

 はわわっと俺が感動していると、レノはあっさりと「いえ」と即答で返してきやがった。俺の感動返せ!

「じゃあ、なんで俺の事」
「そうですね。見ていないと危なっかしいな、このクソガキ。と思っていたらいつの間にか、ですね?」

 おい、聞き捨てならん言葉が聞こえたぞ? 喧嘩売ってんのか。売るなら買うぞ、おおん?

 俺はむっとした表情をレノに向ける。だがレノはくすっと笑った。

「けれど、そうですね。小さい頃から好きだったのかもしれません」

 レノはふっと微笑んで言った。普段、無表情かしかめっ面の表情が多いレノの笑顔には破壊力がある。くそ、これだからイケメンってやつは!

 ……ん? でも待てよ。幼い頃から俺の事を好きだったとして、レノは好きだと自覚した頃には俺はジェレミーの婚約者で、それを間近で見ていた訳だろ? それって恋がわかる前から失恋してて、それなのに俺の事を想ってたってことなんじゃぁ。しかも身分差から好きな人に告白もできなくて。……もう、それって俺が泣いちゃうレベルの切ない系の話じゃん!

「まあ、そういう訳でキトリー様に気持ちを伝える事はしなかったのです。……あの、聞いてらっしゃいます?」
「うっうぅっ、お、お前が不憫でぇっ」

 俺はハンカチで目元を拭った。

 ……叶わない恋を胸に秘めて、それでも忠義を尽くすなんて! よし、今度の小説のネタにしよう。スフフッ。

「別に私は不憫では。キトリー様の傍にいられましたし、婚約破棄されるのはわかっていたので」
「……あん? わかっていた?」

 どういう事よ?
 俺が目で訴えれば、レノはふぅっと息を吐いた。

「学園ではそれなりに婚約者としての振る舞いをされていましたが。どう見てもジェレミー王子とキトリー様はお友達同士の間柄で、キトリー様は勿論ジェレミー王子もキトリー様と結婚する気がありませんでしたからね」
「え、俺達の関係ってそんなにあからさまだった?」
「対外的にはうまく演じていらっしゃったと思いますよ。ですが、私は傍で見ていたので。何よりキトリー様は学園に通っている間、ずっと王子の伴侶探しをしていらっしゃいましたし」
「バレてたのか」

 恐るべし、俺の従者!

「という訳で、端っからキトリー様と王子が結婚することはないとわかっていました。なので、別れた頃に告白しようかと。……ですが、キトリー様から伺われたので答えさせていただいた所存です」

 なんだよ! お前、全然不憫じゃないじゃん。めちゃくちゃ虎視眈々と狙ってるじゃん! って、狙われてるのは俺かッ!? ひえええぇぇっ!

「だ、だからってな。あんないきなり言われても……その、ごにょにょっ」

 俺はどもってしまう。だってレノはレノなのだ。それは告白されても。

「な、やっぱり勘違いじゃないのか? 俺が好きって、かんちが」

 俺が言いかけるとレノはドンッと机に手をつき、間近に顔を近づけてきた。綺麗な銀色の長いまつげと赤い紅玉みたいな瞳が俺をじっと見つめる。
 うっ、美顔!!

「キトリー様」

 今まで聞いたことのない色っぽい声で名前を呼ばれると、俺の背中がぞくっと震える。や、やばい。これは!

「な、なんだよ。れ、レノだって知ってるだろ? 俺は女の子が好きなの! そもそもレノとなんて考えた事ないし」

 俺は顔を背けて言うが、レノはそんな俺の耳元で語り掛ける。

「キトリー様が好きな小説のヒロイン・コーディーもそう言いながら、ドレイクに恋してましたよね?」
「そ、それは!」

 俺の好きなBL小説『騎士と魔法使い』は魔法使いのコーディー(ノンケ・ヒロイン)が俺の推しキャラ、ドS騎士のドレイクに落とされて恋人同士になるお話だ。

「しょ、小説と現実は違うの! 俺は読むのが好きなのであって、現実にしたいとは思ったことないのッ!」
「『好きになったら好み(性別)なんて関係ない』。キトリー様が一番好きなドレイクのセリフでしたよね?」

 おーーいっ、なんでそんな事を覚えてんだよッ! やめろよッ!

「キトリー様」

 レノの赤い瞳がじっと俺を見てる。

「うぅーっ」

 困る、非常に困るッ!! 俺はレノの事が好きだ。でもそれは従者としてであって、恋愛感情は全くない。けど、すっぱりきっぱりばっさり断って、レノが従者を止めることになったらそれはそれで困る。だってレノって有能なんだもーん!

 ……もう俺にどうしろと?! そもそもレノの気持ちに応えたとしてレノと付き合うって想像がつかないんですけど?! キャッキャウフフなんてできないんですけど!? そもそも俺とレノじゃ、付き合ったとして絶対インされるのは俺の方だよねッ!? ひええぇっ、俺のお尻の危機ですよ!? まあ逆にインして欲しいとかお願いされても困るけど!

「何か失礼な事、考えてませんか?」

 ……何も考えてませんッ!

 俺は心の中で叫び、むぐぅっと口を閉じて首を横に振る。でも俺の心を読み取ったのか、レノはふぅっと大きくため息を吐いて俺から距離を置いた。

「そんな顔をしないでください。別にキトリー様を困らせたいと思っているわけではないのですから」

 ……いや、めっちゃ困ってんだけど。お前のせいで。

「それに今すぐにお返事をいただきたいわけではありません」

 ……いや、今めっちゃ俺に迫ってたやん。

「とりあえず今は、私がキトリー様をお慕いしている、という事だけわかっていただけたら結構です。お返事はもうしばらく待ってから、また伺う事にします」

 ……あ、返事しないって選択肢はないわけね?

「よろしいですね?」

 レノは俺にそう尋ねた。でも俺はそんなレノに一つだけ聞きたい事があった。

「……わかった。けどさ、聞きたい事があるんだけど」
「なんでしょうか?」
「俺のドコを好きになったわけ?」


 俺は一番大事な事をレノから聞いていなかった。

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