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第一章「レノと坊ちゃん」

8 お茶タイム

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 レノから告白されて三日後。

 昼も過ぎた時刻、俺は書斎で仕事をしていた。だが作家業ではない、領主代理としての仕事だ。
 普段はお爺がこの別邸を管理してくれているが、今は俺がいるのでその仕事を担う事になっている。別邸に行くと言ったら、父様に領主代理という肩書を任されてしまったのだ。なので領地の管理も今や俺の仕事。俺、遊びに来たのになぁ。

 まあ、父様はいい機会だから領地で経営を学ばせよう、という考えなのだろう。なので俺も今後の為だと思って報告書に目を通し、カリカリと羽根ペンを動かしてサインをしている……のだが。

 俺の斜め前。俺の仕事の補佐をする為に、レノがどこからか机を持ってきて書類の確認や書き足しを行っている。おかげでさっきから自然と目がチラチラとそちらに向かってしまう。

 あれから三日。告白はされたが、レノの態度は以前と変わらず。俺に愛の視線を送るでもなく、書類を淡々と整理している。

 ……レノ、やっぱり本気で言ったわけじゃないのかな? なーんか、いつもと同じ調子だし。ハッ!! やっぱりあれはドッキリだったのか?! 俺を騙した!?

「騙してませんよ」
「ンハッ!? ちょ、人の心読んだッ?! スケベ、変態!」

 俺が両手で胸を隠して言うと、レノは大きなため息を吐いてペンを置いた。

「そんな百面相していたら、キトリー様が考えてることなんて誰だってわかりますよ。それにスケベ、変態で結構」

 レノは堂々と言い放ちやがった。ちょっとは動揺しなさいヨ!

 だがレノは動じることなく書類をまとめると、おもむろに席を立った。俺は反射的に、何かされるのでは? とビクッとしてしまう。

「れ、レノ?」
「集中力が切れたようですから、お茶でもお入れします。少々お待ちください」

 レノはそう言うと部屋を出て行った。お茶のセットは部屋にあるので、お湯のポットを取りに行ったのだろう。俺は一人部屋に残って、ほっと息を吐く。

「レノの奴、本当はエスパーじゃないのか? いっつも人の心を読んで」

 ……それにしても騙してないって言ってたな。あれってやっぱり本気で俺に告白したって意味? それにしてはあっさりし過ぎてると言うか……。いや、まあ熱烈なレノなんてあんまり想像できないけど。つーか、俺のどこが好きなんだ? 確かに俺は公爵令息で権力はあるし、金もある。顔は美形な両親のおかげで、そこそこいい。性格も悪くはないし。……やだぁ、俺ってばモテ要素しかないじゃんッ!

「また一人で百面相ですか?」
「ひゃっ! れ、レノッ!? 戻ってくるの早くない?」

 さっき出て行ったはずのレノが早速戻ってきた。厨房からここに戻ってくるのには五分はかかるはずなのに! 瞬間移動でも使った?!

「執事長がちょうどポットを持ってきてくれている途中だったので、受け取って戻ってきただけですよ」
「あ、お爺か」

 さすがお爺。できる男は俺達がお茶を飲もうとしているタイミングまでわかっている。そしてレノはお湯が入ったポットをカートの上に置き、用意されているお茶セットで手際よく香りのいい紅茶を淹れ始めた。
 俺はその作業を眺めつつ、休憩タイムの為に机の上の書類を片付ける。大事な書類に紅茶を零してはいかんからな。そうして書類を横に置き、インク壺などに蓋をしていると「はい、どうぞ」とレノが鮮やかな色身を出した紅茶を美しいティーカップに淹れて、俺の机に置いてくれた。
 そして昨日、ヒューゴが焼いていた小さなマドレーヌも三つ付けてくれた。

 ……マドレーヌ、おいしそ! 昨日はお預けをくらったからなぁ~。

 昨日、俺は厨房に顔を出し、その時ヒューゴがマドレーヌを焼いていたのを見ていたのだ。本当はその場で焼きたてを食べたかったのだが、ヒューゴ曰く、マドレーヌとかパウンドケーキは二日目の方が美味いらしく、味見もさせてくれなかった。

『明日には食べさせてあげますから』

 そう笑顔で言われ、やんわりとお預けを食らったのだ。ヒューゴが言うには一日置くと、味が馴染むんだって。二日目が美味しいなんて、ちょっとカレーみたいだよな。
 俺は昨日のやり取りを思い出しながら、紅茶を淹れてくれたレノにお礼を告げた。

「ありがと、レノ」
「どういたしまして」

 俺はレノの返事を聞いてから温かな紅茶を飲む。うん、おいし!
 そして、そのまま手を伸ばして、しっとりしているマドレーヌを掴み、ぱくりっと一口頬張った。ほんのり甘くてレモンの香り、ふわふわ触感が口に広がる。

 ……んんっ、うまぁぁぁっ~!

 まさに至福の時。やっぱり息抜きには糖分だよね!
 俺はマドレーヌをもっぐもっぐと食べ、紅茶を飲む。このハーモニーが堪らん!

 だが、最後の一個をもぐもぐしていると、不意に何かの視線に気が付いた。なんだ? と顔を上げてみと、レノが微笑ましそうに俺を見ていた。

 そりゃ、もう。なんだか愛おし気そうな顔で!

 いつもだったら何とも思わないんだけど、レノが俺を好きだと知ってしまった今、なんだか恥ずかしくなって……。俺は思わずマドレーヌを喉に詰まらせそうになった。

「んぐ!」

 俺は慌てて紅茶を飲み、マドレーヌを押し流す。

「大丈夫ですか、キトリー様」
「んんっ、コホッ、大丈夫だ」

 俺は咳ばらいをしながら答えた。その横でレノは俺に二杯目の紅茶を注いでくれる。それを眺めながら俺はちらりとレノを見た。

 ……やっぱり、もう一度確認しておこう。こいつが本気なのか。こう……ずっとモヤモヤするのも、嫌だし。

「あ、あのさ。レノ」
「はい、なんですか?」
「あの……」

 俺はじっとレノを見て、そっと口を開いた。

「いや、なんでもないわ」

 俺の小心者ぉ! でもさ、でもさ? レノに『俺の事、好きなの?』って聞くの、なんか恥ずかしいじゃん! だってレノだよ?!

 俺はむぐっと口を閉じる。しかし、そこは察しの良いレノだった。

「キトリー様の事、好きですよ」

 不意打ちに告白され、俺は驚く。

「えっ、あ、ああ。……やっぱり本気なんだ」

 俺は目を逸らして呟いた。だって気まずいんだもん。だから、どうしたもんかとちょっと口が尖ってしまう。むぅっ。
 でもレノはそんな俺に怒るでもなく呆れるでもなかった。

「キトリー様が戸惑う気持ちはわかります。でも私がこういった冗談を言わないことは、キトリー様が一番ご存じでしょう?」

 レノに言われて、俺はちらりとレノに視線を向ける。レノの目はマジだ。

「まあ、それはわかってるけど。レノ、今までそんな雰囲気なかったじゃん?」
「それはそうです。出してませんでしたから」

 レノはしれっとした顔で答えた。

「じゃあ、なんでいきなり……戸惑うじゃん」

 俺が尋ねるとレノはにこりと笑った。でも怒ってる笑顔だ。

「キトリー様の方から私に聞いてきたんですが?」
「あ……はい、そうでしたネ」

 俺はレノに尋ねた事を思い出した。

「じゃあ、俺が聞いたから?」
「まあ、そうですね。本当はもう少ししてから言うつもりでしたが、キトリー様が私の事を気にかけて下さいましたので答えさせて頂きました」

 ……お、俺は墓穴を掘ったわけね。

「でも、なんで今まで黙っていたんだよ? ずっと一緒にいたんだから、いつでも言えただろ。それにその……俺、今までレノが俺に好意を持ってるなんて微塵も感じなかったんだけど」
「それはそうでしょう、隠していましたから。それに私がキトリー様に告白できる立場ではありませんし」

 レノに言われて俺は思い当たる。レノはずっと俺の傍にいて兄弟のように育ってきたが、身分的には主人と従者。そして、俺は公爵令息でレノは平民。法律で取り締まられているわけではないが、カップルになれたとしても公爵家の令息の俺との結婚は難しいだろう。
 その上、レノは蛇獣人。風当たりはより強い。
 まあ、これからジェレミーがディエリゴの為に改革を推し進めていくだろうから、今後は変わってくると思うけど……。

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