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1章

1章 7話「過去」

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「…………」
「おい、ノア」
「…………」
「ノア、ノアール!」
「っ! はい?」

 呼ばれたことに気付き、ノアールはパッと顔を上げる。
 声がした方へ向くと、頭に埃を乗せたグリーゼオが読み終わった本を片そうと持ち上げてるところだった。

「これ、もういいのか?」
「あ、うん。こっちは古い遺跡のことが書かれてて、こっちは魔術について書かれたものだったよ」
「おう、ありがと。じゃあ、新しいのはこっちに置いておくから」
「うん、ありがとう」

 ノアールが礼を言うと、グリーゼオは少しは休めよと言って部屋を出ていった。
 カランとグラスに氷が当たる音に気付き、その音のした方へと目を向けるとテーブルの上には冷たいお茶が置いてあった。いつの間に持ってきてくれていたんだろうか。ノアールは一口飲んで、また本をの続きに目を通していく。
 学園の図書室には置かれないような、古代文明のことが書かれた文献にノアールは夢中になった。この歴史のどこかに前世の自分が生きていたかもしれない。前世の記憶は所々思い出せるとはいえ、どの時代に生きていたのかまではハッキリしない。
 そこまで古代の人間じゃないことは確かだが、何年前、何十年前、何百年前なのかまでは分からない。だから手当たり次第調べていく必要がある。

「……あれ」

 新しく手に取った本を捲り、ノアールは小さく声を漏らした。
 それは今から250年前に起きた魔王との戦争について書かれたものだった。世界中を脅かした大戦争なのに学園の図書室には一冊もこれに関する文献がなかった。もっと語り継がれてもいはずなのに、歴史の年表にも数行程度にまとめられている。
 一応、王都には魔王を倒したという勇者の像がある。それなのに当時のことに関する詳細に関しては何も残されていない。そのことにノアールは疑問を抱いていた。

「……ゼオのお父様もそのことに疑問を抱かれていたのね」

 ページを捲っていき、所々に殴り書きされた文章からそれが読み取れる。
 本来なら事細かく後世に残すべきことなのに、それをしないのには何か理由があるはずだと。ノアールは小さく頷きながら読み進めていく。

 グリーゼオの父は過去に何があったのか明らかにしたい。その為に様々な遺跡などを調べ、隠された歴史を紐解こうとしていた。学者となったのもその為だと記されている。

「……魔王とは魔物たちの頂点に君臨し、闇の力を使う。僅かに残された文献から、そのことが判明……」

 闇の力。あらゆる魔法の属性の中で、唯一魔物のみが使うとされている。それは長い歴史の中で人間が闇の魔力を宿したことが一度もないから、そう言われていることだ。
 さらに言えば、魔物の中でも魔族と呼ばれる一部のものにしか宿らない特殊な魔力。

「……今現在、魔族が人間と相対さないのは、魔王が人間に敗れたからではないかと推測される。なるほど、それはありえない話でもないか」
「何が?」

 ノアールの独り言に、いつの間にか戻ってきていたグリーゼオが聞いた。
 急に話しかけられた少し驚いたノアールだが、いま読んでいたページを指さして魔族が人間を襲わない理由についてだと答えた。

「あー、それか。確か前に父さんが話してた気がするな。今はまだ平和なままだけど、もしかしたら魔王となる存在がまた現れないとも限らないって」
「それで色々と調べているってこと?」
「さぁ、それは知らないけど。なんつーか、この勇者の話だってホントかどうか分かんねーしな」
「……そうだね、それは私も同感。魔族って言われても、他の魔物と何が違うのかよく分からないし」
「だろ。そんなことより、何が前世のヒントになるものはあったかよ?」

 グリーゼオの問いに、ノアールは静かに首を振った。
 どれもピンとこない。ただ闇雲に調べるだけでは意味がないのだろうか。
 やはり旅に出るのが一番効率がいいように思う。しかしノアールはまだ子供。どんなに賢くてもそれを許してくれる人はいない。

「調べるよりも旅に出るための準備をするべきなのかな」
「は? 何する気だよ」
「体力作りとか!」
「……まぁ、健康な体であるべきだろうとは思うけど……」
「私、ずっと調べ物ばかりで運動とかは疎かにしてたし、魔法を覚えられたときのためにも体力はあった方がいいよね。最近、ちょっと肩も痛い気がするし」
「そうかもな。でも、そんなに急ぐことないだろ」
「分かってる。急いては事を仕損じる、でしょ。でも時間は限られてるんだから、無駄にはしたくないじゃん」
「……はぁ。とりあえず今すぐどっか旅立とうとしてる訳じゃないならいいか」

 ずっと図書館に篭もりっぱなしでいるより適度に運動をしている方が今よりも健康的で良いだろう。グリーゼオはそう自分を納得させた。

「あのさ、マジで一人でどこか遠くに行こうとかしないでくれよ」
「え?」
「おれもそうだけど、お前の家族が死ぬほど心配するだろ」
「そんなの分かってるよ。親の許可無く街から出たりしないもん。当たり前でしょ」
「……うん、それが分かってるならいいよ」

 ムッとした顔でノアールは言った。
 その表情に、グリーゼオは少しホッとした。何の疑いもなくそう思ってくれているなら、いきなり消えるようなこともないはず。
 だがしかし人の心が、彼女の気持ちがずっと同じでいるかは分からない。何かの影響でノアールの気持ちが変化する可能性だって充分ある。
 グリーゼオはそうならないよう、なるべくノアールから目を離さないように気をつけようと改めて思った。


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