9 / 42
1章
1章 7話「過去」
しおりを挟む「…………」
「おい、ノア」
「…………」
「ノア、ノアール!」
「っ! はい?」
呼ばれたことに気付き、ノアールはパッと顔を上げる。
声がした方へ向くと、頭に埃を乗せたグリーゼオが読み終わった本を片そうと持ち上げてるところだった。
「これ、もういいのか?」
「あ、うん。こっちは古い遺跡のことが書かれてて、こっちは魔術について書かれたものだったよ」
「おう、ありがと。じゃあ、新しいのはこっちに置いておくから」
「うん、ありがとう」
ノアールが礼を言うと、グリーゼオは少しは休めよと言って部屋を出ていった。
カランとグラスに氷が当たる音に気付き、その音のした方へと目を向けるとテーブルの上には冷たいお茶が置いてあった。いつの間に持ってきてくれていたんだろうか。ノアールは一口飲んで、また本をの続きに目を通していく。
学園の図書室には置かれないような、古代文明のことが書かれた文献にノアールは夢中になった。この歴史のどこかに前世の自分が生きていたかもしれない。前世の記憶は所々思い出せるとはいえ、どの時代に生きていたのかまではハッキリしない。
そこまで古代の人間じゃないことは確かだが、何年前、何十年前、何百年前なのかまでは分からない。だから手当たり次第調べていく必要がある。
「……あれ」
新しく手に取った本を捲り、ノアールは小さく声を漏らした。
それは今から250年前に起きた魔王との戦争について書かれたものだった。世界中を脅かした大戦争なのに学園の図書室には一冊もこれに関する文献がなかった。もっと語り継がれてもいはずなのに、歴史の年表にも数行程度にまとめられている。
一応、王都には魔王を倒したという勇者の像がある。それなのに当時のことに関する詳細に関しては何も残されていない。そのことにノアールは疑問を抱いていた。
「……ゼオのお父様もそのことに疑問を抱かれていたのね」
ページを捲っていき、所々に殴り書きされた文章からそれが読み取れる。
本来なら事細かく後世に残すべきことなのに、それをしないのには何か理由があるはずだと。ノアールは小さく頷きながら読み進めていく。
グリーゼオの父は過去に何があったのか明らかにしたい。その為に様々な遺跡などを調べ、隠された歴史を紐解こうとしていた。学者となったのもその為だと記されている。
「……魔王とは魔物たちの頂点に君臨し、闇の力を使う。僅かに残された文献から、そのことが判明……」
闇の力。あらゆる魔法の属性の中で、唯一魔物のみが使うとされている。それは長い歴史の中で人間が闇の魔力を宿したことが一度もないから、そう言われていることだ。
さらに言えば、魔物の中でも魔族と呼ばれる一部のものにしか宿らない特殊な魔力。
「……今現在、魔族が人間と相対さないのは、魔王が人間に敗れたからではないかと推測される。なるほど、それはありえない話でもないか」
「何が?」
ノアールの独り言に、いつの間にか戻ってきていたグリーゼオが聞いた。
急に話しかけられた少し驚いたノアールだが、いま読んでいたページを指さして魔族が人間を襲わない理由についてだと答えた。
「あー、それか。確か前に父さんが話してた気がするな。今はまだ平和なままだけど、もしかしたら魔王となる存在がまた現れないとも限らないって」
「それで色々と調べているってこと?」
「さぁ、それは知らないけど。なんつーか、この勇者の話だってホントかどうか分かんねーしな」
「……そうだね、それは私も同感。魔族って言われても、他の魔物と何が違うのかよく分からないし」
「だろ。そんなことより、何が前世のヒントになるものはあったかよ?」
グリーゼオの問いに、ノアールは静かに首を振った。
どれもピンとこない。ただ闇雲に調べるだけでは意味がないのだろうか。
やはり旅に出るのが一番効率がいいように思う。しかしノアールはまだ子供。どんなに賢くてもそれを許してくれる人はいない。
「調べるよりも旅に出るための準備をするべきなのかな」
「は? 何する気だよ」
「体力作りとか!」
「……まぁ、健康な体であるべきだろうとは思うけど……」
「私、ずっと調べ物ばかりで運動とかは疎かにしてたし、魔法を覚えられたときのためにも体力はあった方がいいよね。最近、ちょっと肩も痛い気がするし」
「そうかもな。でも、そんなに急ぐことないだろ」
「分かってる。急いては事を仕損じる、でしょ。でも時間は限られてるんだから、無駄にはしたくないじゃん」
「……はぁ。とりあえず今すぐどっか旅立とうとしてる訳じゃないならいいか」
ずっと図書館に篭もりっぱなしでいるより適度に運動をしている方が今よりも健康的で良いだろう。グリーゼオはそう自分を納得させた。
「あのさ、マジで一人でどこか遠くに行こうとかしないでくれよ」
「え?」
「おれもそうだけど、お前の家族が死ぬほど心配するだろ」
「そんなの分かってるよ。親の許可無く街から出たりしないもん。当たり前でしょ」
「……うん、それが分かってるならいいよ」
ムッとした顔でノアールは言った。
その表情に、グリーゼオは少しホッとした。何の疑いもなくそう思ってくれているなら、いきなり消えるようなこともないはず。
だがしかし人の心が、彼女の気持ちがずっと同じでいるかは分からない。何かの影響でノアールの気持ちが変化する可能性だって充分ある。
グリーゼオはそうならないよう、なるべくノアールから目を離さないように気をつけようと改めて思った。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
もう死んでしまった私へ
ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。
幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか?
今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!!
ゆるゆる設定です。
いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持
空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。
その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。
※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。
※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。
公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~
朱色の谷
恋愛
公爵家の末娘として生まれた8歳のティアナ
お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。
お父様やお兄様は私に関心がないみたい。
ただ、愛されたいと願った。
そんな中、夢の中の本を読むと時分の正体が明らかに。
普通に恋愛して幸せな毎日を送りたい!
魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。
断罪イベント返しなんぞされてたまるか。私は普通に生きたいんだ邪魔するな!!
柊
ファンタジー
「ミレイユ・ギルマン!」
ミレヴン国立宮廷学校卒業記念の夜会にて、突如叫んだのは第一王子であるセルジオ・ライナルディ。
「お前のような性悪な女を王妃には出来ない! よって今日ここで私は公爵令嬢ミレイユ・ギルマンとの婚約を破棄し、男爵令嬢アンナ・ラブレと婚姻する!!」
そう宣言されたミレイユ・ギルマンは冷静に「さようでございますか。ですが、『性悪な』というのはどういうことでしょうか?」と返す。それに反論するセルジオ。彼に肩を抱かれている渦中の男爵令嬢アンナ・ラブレは思った。
(やっべえ。これ前世の投稿サイトで何万回も見た展開だ!)と。
※pixiv、カクヨム、小説家になろうにも同じものを投稿しています。
チート薬学で成り上がり! 伯爵家から放逐されたけど優しい子爵家の養子になりました!
芽狐@書籍発売中
ファンタジー
⭐️チート薬学3巻発売中⭐️
ブラック企業勤めの37歳の高橋 渉(わたる)は、過労で倒れ会社をクビになる。
嫌なことを忘れようと、異世界のアニメを見ていて、ふと「異世界に行きたい」と口に出したことが、始まりで女神によって死にかけている体に転生させられる!
転生先は、スキルないも魔法も使えないアレクを家族は他人のように扱い、使用人すらも見下した態度で接する伯爵家だった。
新しく生まれ変わったアレク(渉)は、この最悪な現状をどう打破して幸せになっていくのか??
更新予定:なるべく毎日19時にアップします! アップされなければ、多忙とお考え下さい!
婚約破棄されたら魔法が解けました
かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」
それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、第一王子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。
「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」
あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。
「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」
死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー!
※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です
前世と今世、合わせて2度目の白い結婚ですもの。場馴れしておりますわ。
ごろごろみかん。
ファンタジー
「これは白い結婚だ」
夫となったばかりの彼がそう言った瞬間、私は前世の記憶を取り戻した──。
元華族の令嬢、高階花恋は前世で白い結婚を言い渡され、失意のうちに死んでしまった。それを、思い出したのだ。前世の記憶を持つ今のカレンは、強かだ。
"カーター家の出戻り娘カレンは、貴族でありながら離婚歴がある。よっぽど性格に難がある、厄介な女に違いない"
「……なーんて言われているのは知っているけど、もういいわ!だって、私のこれからの人生には関係ないもの」
白魔術師カレンとして、お仕事頑張って、愛猫とハッピーライフを楽しみます!
☆恋愛→ファンタジーに変更しました
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる