竜王妃は家出中につき

ゴルゴンゾーラ安井

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19.番を求めて三千里

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ようやく自由に番を探しに行ける権利を手に入れたジークハルトは、意気揚々と空に飛び立った。
 旅の準備だの護衛だのと悠長なことを抜かす家臣どもを振り切って竜へと変じ羽ばたけば、追いつける者は誰もいない。まして止めるものなど、居ようはずがなかった。

 本来、竜王妃こそがその役目を担う者なのだ。
 神の血を引いた絶大な力をもつ竜王が狂乱しないよう、付き添い、宥め、時にその身をもって止める。それこそが竜王妃の真の役割である。

 強大な力を持つ竜王ではあるが、番にはけして逆らえない。最も強い竜の本能を持つのもまた、王族だからだ。
 それがわかるからこそ、コンラートはジークハルトに同情して援護に回ってくれた。
 ラインハルトは見た目こそジークハルトの特徴を強く受け継いではいるが、いささか人間の血が濃く出たようで、王族にしては番に対する執着が少ない。ソフィアとの婚礼を気長に待てるなどと言うのは、そのせいだろう。
 
 しかし、だからといってラインハルトがコンラートと比べて劣っているとか王としての資質に欠けるということはない。竜の本能は両刃の剣。強すぎてもいけないし、弱すぎてもよろしくない。 
 ラインハルトはコンラートの進言にきちんと耳を傾けることができるし、正しいと思ったことを成す鉄の理性がある。きっといい王になることだろう。
 そうでもなければ、とっくにコンラートを王として即位させていた。
 竜人は番を得て初めて一人前になる。竜王もまた、強すぎる権力と力に溺れて堕落してしまわないよう、竜王妃というストッパーなしで王座につくことは認められない。
 番なしの半人前であるラインハルトに対して、コンラートはとっくにきちんとした番を得ているのだから、継承を競えばどちらに軍配が上がるかなど、判じるまでもない。
 それでもラインハルトが相応しいと資格を得るのを待っていた親心を理解して、仕事に励んでくれればいいのだが。


 そんな事を考えながら、地上が目視できるまで高度を下げたジークハルトは、愛する番の匂いを探した。
 先程リディエールに呼ばれたと思ったのは、けして間違いではない。
 リディエールが伴侶と離れて寂しがっている。ジークハルトにはわかる。
 便宜的に『匂い』と呼ばれてはいるが、匂いとは正確には番同士を繋ぐアンテナのようなものである。
 それは単なる体臭などとは違い、思念などからも感じ取ることができる類のものだ。正確な位置把握の精度はともかくとして、そこに物理的な距離は関係がない。
 
 リディエールがジークハルトを呼べば、ジークハルトには無線のモールス信号のように感じ取れる。
 ジークハルトは思念を感じる漠然とした方向を、ひたすらに旋回しながら飛んだ。
 どうかもう一度自分を想って名前を呼んでほしい。そう願ったが、つれない番はなかなか想いを外に出してはくれないようだった。


 ※※※


 翌日、ジークハルトは人型をとって街に降りた。

 大まかな方向はきっと間違っていないはず。それならば、リディエールはこの街を通った可能性が高い。
 あんなに綺麗で美しくて可愛くて魅力的なリディエールである。ひと目でも見れば夢にまで見るに違いない。
 自分の番であるリディエールに分不相応な想いを寄せる人間がいると思うだけで血が沸騰しそうになるが、リディエールは素晴らしすぎるのだから仕方ないと150年間で学んだ。

 リディエールはその姿を目にした者全てを虜にしてしまう、魔性の愛らしさと聖母の包容力の持ち主なのだ。
 リディエールよりも長く生きているはずの大臣どもも、バブみを感じておギャりたくなっているに決まっている。
 だが、リディエールにおギャっていいのも逆に包容力で包んでいいのも、番である自分だけだ。
 全ての生きとし生ける男は、羨望のあまり血の涙を流すといい。

 リディエールが本人が聞いたらドン引きして拳が飛んでくるようなことを考えながら、ジークハルトは街の広場を目指して歩き始めた。
 なんの名物もないありふれた街ではあるが、メインの大通り付近となればそれなりの賑わいを見せる。
 気づくと、少しばかり空腹も覚えていた。今まで食欲などまるでなかったが、番に向かって近づいていると感じるだけで生きる活力が湧いて来るものらしい。
 ジークハルトは、情報を集めがてらそこら中の屋台で食べ物を買い求めた。細切れの肉を挟んだパンや、揚げた菓子、具材がゴロゴロした汁物に、串焼き。健啖家であるジークハルトは、瞬く間に平らげては次の屋台へと向かう。

 そんなジークハルトの情報は、すぐに街へと知れ渡った。
 ただ大食いだからではない。注目されたのはその優れた容姿である。
 背の高い派手なイケメンが、次々に屋台を渡り歩いていると聞きつけた若い女たちは、街で評判のクッキーやパンなどを買い求めて、気を引こうと現れた。

 普段であれば歯牙にもかけないジークハルトだが、今は好都合だ。少しでもリディエールの情報を得られるなら、腹を満たしがてら相手をしてやってもいい。

「人を探してる。長い銀髪の美人を見なかったか?」

 ジークハルトの問いかけに、群がってきた女たちは顔を見合わせ、首を傾げる。

「すみません、心当たりがないかも」

「そんな目立つ人がいれば、目に留まるとは思うんですけど」

 そう簡単に行くはずがないかと小さく鼻を鳴らしたジークハルトだったが、一人はいはいと大きな声をあげた者が居た。

「あたし、その人見たと思います!」


 
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