竜王妃は家出中につき

ゴルゴンゾーラ安井

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18.公安ギルド管理課爆誕 (1名)

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「公安ギルド管理職員???」

 ハテナをいっぱいに飛ばして、俺は首を傾げた。
 そんなの、見たことも聞いたこともない。まぁ150年も城に引きこもって冒険者の世界からは離れていたから、俺が世情に疎いだけなのかもしれないが、少なくともここ2週間でそんな影を目にしたことはなかったように思う。
 俺に全く気付かれずに動けるなら相当な実力だと思うが、そんなのがいてなお治安の低下を止められないって相当やばくないか?

「はい!街の治安維持を目的とした部隊で、ギルドに所属する冒険者の風紀を取り締まるのがお仕事です」

 おおお、何だか凄そうだぞ。それにどことなくかっこいい。
 
「そんなのがあるなんて全然知らなかったよ。それで、今何人くらい所属してるんだ?隊長は?」

「いません」

「へっ?」

 なにかの聞き間違いだろうか。俺は堂々と胸を張るソーニャに向かって、思わず間抜けな声を上げた。
 
「あ、個人で動く感じ?隊長とかそういうのはいない、みたいな」

「いいえ。今のところメンバーは0です。あ、いえ、あなたが引き受けてくださったので1人ですね」

 なにそれ。え、まじ?正気なの??
 ソーニャの笑顔が若干投げやりな感じに見える。そういう顔するときって、ヤケクソで思いつくままに口から出任せ言ってる時なんですよね、わかります。
 どうやら相当追い詰められているらしい。ほんとは俺がダンジョン攻略一旦切り上げるって言ったのも結構ダメージ入ってたのかもしれない。俺がいなくなるってことは、目についた冒険者の救護活動してくれるやつがいなくなるってことだから、ますますまともな冒険者の頭数が減っちゃうもんな。

「いやいやいや、ソーニャさん??流石に無理があるんじゃね?」

「はて、どのあたりが無理なんです?」

 はて、じゃねぇよ。無理しかないだろそんなもん。
 さもわかりませんみたいな顔しないでほしい。
 確かにある意味好き勝手やらせてくれそうだし、荒事解決は冒険者の仕事とも被ってるから向いてなくはないだろうけど、ギルドが匙を投げるほどの人員不足のツケを一人で解決するなんてできっこない。
 せめて目を光らせて連携してくれる人員がいないと、話にならないに決まってる。ギルド長であるソーニャにそれがわからないはずがない。

「ギルドがお手上げになるぐらい膨れ上がってる数の冒険者を一人で取り締まるなんて、無理しかないだろ!せめて監視して報告してくれる目でもないと」

「なるほど。ではあなたを公安管理課部隊長として任命しましょう。それに伴って、臨時協力職員の任命権を授けます。アルバイトとしてではありますが、あなたが適性ありと判断した者をギルド預かりの協力者として雇用して結構です。人数の上限は問いませんが、手続きもあるので一旦200人までとさせていただきましょう」

 え、なにそれ。人が欲しけりゃ自分で集めろってことかよ。
 なんという非情。これが協力を請う人間のすることか。

「断るなら、あなたの居場所をトカゲにチクります」

「ちくしょおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

 最後は脅しか!!!!丸くなったなんて気の所為だった!人の足元見るエルフなんて、まじで最低だから!!!
 俺は逆らうこともできず、泣く泣くソーニャの申し出を受けるしかなかった。
 せめて待遇だけは絶対に破格にしてもらう。それだけは絶対だ。もし納得できなかったら、本気でギルドを破壊してこの街から出ていくからな!

 

 ※※※


「まさか、ほんとに引き受けるとは思いませんでしたねぇ……」

 ソーニャはリディエールの家を後にし、家路を辿りながら独り言ちた。
 相当な無茶を言ったはずだが、それを引き換えにしてまでジークハルトに居場所を知られたくないとは、全く相当な意地っ張りだ。

 口では『迎えに来るまで帰らない』などと言っているが、本当は寂しがっていることなど一目瞭然である。一人で寂しいから、ノエルを手放せず自分の側に置いて寵愛しているのだ。
 今のジークハルトのことはよく知らないソーニャだが、それでもジークハルトがリディエールを諦めることなど絶対にないことはわかる。恐らく浮気だなんだと言うのも、リディエールの勘違いだろう。

 リディエールは付き纏われて逃げてばかりだったから、あのトカゲが当時どれだけ男女問わず言い寄られていたか知らないのだ。
 ジークハルトはワイルドでありながらも見るからに生まれの良さを感じさせる男だった。当たり前のように人を従わせる尊大さ、端々にカリスマ性を感じさせる仕草、燃えるような赤毛とギラつく金の瞳。竜人特有の長身と、精悍な容姿は人を惹きつけてやまない。何より、戦士としてジークハルトは圧倒的に強かった。
 
 当然ジークハルトの周囲に人は群がったが、その全てをジークハルトは相手を人とも思わぬような冷たさで素気なく蹴散らしていた。実際、あのトカゲにはリディエール以外の人間など塵に等しかったのだろう。
 ジークハルトから一身の愛を注がれるリディエールは常に嫉妬の対象だった。
 悪質な嫌がらせがリディエールに届かないよう、当時の自分とトカゲがどれだけ先回りして手を打ったか、リディエールは知らないに違いない。
 そのことを恩義に感じているから、ジークハルトはソーニャがリディエールの側にいることを妥協していたし、今も親しく交流することを許しているのだ。

 そんな執着心と独占欲の塊であるジークハルトがリディエールを迎えに来ないなどあり得ない。
 もしそうだとしたら、迎えに来ることができない退っ引きならぬ事情があるに違いなかった。
 だから、ソーニャは意地を張らずに帰るべきだと言ったのに。

「―――――まあ、私はリディの味方ですからね」

 ジークハルトには結局のところ、竜人の臣下がついている。
 竜王妃としてではなく、ただのヒトであるリディの肩を無条件に持ってくれる人間は、もうどこにもいないのだ。リディの親兄弟は、もうみんな死んでしまったから。
 だから、どんなことがあろうともソーニャはリディエールの味方をしてやらなければならないと決めている。

 さて、あの意外に責任感のある竜王妃は、一体どうやってこの無理難題をこなすつもりなのか。
 予想外のことばかり起こすビックリ箱のような昔馴染みを思うと、ソーニャの口元には自然と笑みが浮かぶのだった。


  
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