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20.竜王妃、人心を動かす

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「うぬぬぬぬぬ~~~~」

 俺は、自宅のリビングのテ―ブルに突っ伏して、一人うめき声を上げていた。
 ノエルが何事かと足元をぐるぐる回っている。
 選択肢がなかったからとはいえ、最高に厄介な案件を抱えてしまったぞ。

「どうしよう……この街に知り合いなんか、ソーニャ以外一人もいねぇんだけど……!クソォ~!ソーニャめ~!!!お前の人選基準どうなってんだよ!!!!」

 そもそも、なんで余所者の自分がこんなにこき使われなきゃならないのか。
 俺は通りすがりの竜王妃で、三桁単位で地上から遠ざかっていた時代遅れの世間知らずだ。
 国の裏事情や政治の情勢には詳しくなっても、今の庶民の常識なんかわからない。
 そう考えると、この150年間で自分がひどく退化してしまった気がして、それも悔しかった。

「俺だって、サボってたわけじゃないんだぞ……!竜王妃の仕事は頑張ってたんだからな……!!!しょーがないじゃん、他のことがわかんなくなってたってさあ………!!!」

 なあそうだろ?とノエルを抱っこして問いかけると、ノエルは『なんだかわからないけど、ご主人はエライ!』とでも言いたげなピュアな眼差しでペロペロと労ってくれる。
 うう、ノエルだけだ、俺の味方は。こういう動物の無条件に自分を慕ってくれるところ、ほんとに救われるんだよ。

「ん……??まてよ……?……………そうか、その手があったか!!!!」

 向き不向きは人それぞれ、個性いろいろ適材適所。助け合うのが人の道。そんなのわかってたじゃないか。
 冒険者の俺では太刀打ちできない問題なら――――竜王妃としてやればいい。


 ※※※



「お願いですから、私と一緒にこの街を救ってくれませんか?」



 心を痛めて今にも気を失ってしまいそうです、といういかにも儚げな風情で、俺は切々と訴えかけた。
 場所は冒険者ギルド、目の前には勝手に増えた親衛隊たちの姿がある。
 
 あの後、俺は装いを変えて竜王妃仕様の服装にチェンジし、髪も自分でできる範囲で結って身なりを整えた。
 ソロで頑張る無名の冒険者リディは一匹狼だが、国を引っ張る政治家の竜王妃は人心を転がしてナンボの商売だ。
 今まで培ってきた猫と弁舌で、俺はこの街の平和が如何に危機に面しているか、そのために立ち上がりたくとも一人では何もできない無力さに心を痛めているかということを切々と語ってみせた。
 元々俺に対して好意を持っている親衛隊たちは、前のめりになって耳を傾け、しまいには感涙して雄叫びを上げ始める。

「皆さん、どうもありがとう。心優しく正義感のあるあなた方に話を聞いてもらえただけで嬉しいです。少しでもこの考えに賛同してくれる方は、ここに署名を……」

 ハンカチでうそっこの涙を拭いながら公安課バイト職員の誓約書を配ると、ほとんどのメンバーがノータイムで記入した。
 中には途中で正気を取り戻しかけた連中も居たが、『先着200名までです』『仲間になってくれた皆様には握手会を検討しています』と告げると、残りの用紙を巡って争いが起きた。
 
「争わないでください、暴力を振るうとリディが悲しみますよ。あなた方の熱意とリディの心に免じて、追加で人員を募集します」

「ありがとうございます、ギルド長!ささ、皆さん。ここにまだ用紙がありますから、喧嘩はやめて」

 しれっと奥から出てきて増刷した誓約書を渡してきたソーニャに乗って、俺も竜王妃のおっとりスマイルで語りかける。
 追加の用紙もすぐになくなり、かくて一日で280人の冒険者が治安課の臨時職員となった。


 ただ頭数だけ集めたってしょうがない。
 所詮荒くれ者の集まりだし、きちんと仕事をしてくれるかなんてわからないのが実情だ。
 だけど、俺の真の狙いは職員を集めることではなく、この誓約書にサインをさせることにある。

 まともに読んだやつなんていやしなかっただろうが、この契約書には『この臨時職員契約は仮のものであり、登録後一定期間の働きを考慮して正規臨時職員として昇格することとし、それまでは出来高に応じ報酬は日払いで支払われる』『登録者は公安課に属する者としてギルドの名を汚すことのない振る舞いを心がけ、街の治安維持及び向上に努める』『公安課としての特権を利用して他の冒険者に悪事を働いた場合、これを厳しく罰する』『ギルド側が悪質と判断した場合、この契約は即座に打ち切られ、然るべき対処をもって処罰することに加え、街からの永久追放とする』などなどの内容が記載されている。

 つまり、マジメに働かなければ金は入ってこないし、お行儀よく生活しないと罰則があり、悪さをするとお仕置きの上街から出禁にするよ、ということだ。
 ただ悪さをした冒険者を一方的にギルドが処分するだけなら不満も出るが、本人がサインした誓約書があるとなれば話は別だ。
 こちらは大手を振ってよくない手合いを叩き出せるし、うまくすれば本当に良いアルバイトをゲットできるんだから、メリットしかない。
 
 そして、金銭的に逼迫している冒険者救済のため、一日一食、食堂で一定金額までのランチが食べられる特典をつけた。週二回公衆浴場を無料で使用する権利もある。これらは冒険者カードで管理されるため、他人に不当に奪われたり売買されることはない。
 最後に、成果を上げたら翌日俺に握手付きで激励してもらえるというオプションをつけた。要らんだろうけど。


「いやあ、なかなかやりますね、リディ。お猿さんのままだと思っていましたが、見直しました」

「だろ?俺だって公務はやってきたし、それなりに腹芸だってできるんだからな」

 俺とソーニャは腹黒い笑顔を浮かべながら、顔を突き合わせて不気味に笑った。
 一体何人追放になるかわからんが、愉快なことこの上ない。
 あとは結果を御覧じろだ。 

 
 
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