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後日談など
束縛と睦言と 後編
しおりを挟むヴィンセントがルーカスになにか声をかけると、ルーカスは大きく頷いてからクロードたちの元へと駆けてくる。その間に、ヴィンセントは芝生の上に座り込んでいたウィリアムを抱き上げていた。
クロードとアルバートの元にやってきたルーカスは「休憩だそうです!」と言ってテーブルの上にあったアイスティーをごくごくと飲み干す。その顔は汗だくで、アルバート譲りの金髪が白い肌に張り付いていた。
アルバートは笑顔で息子に声をかける。
「ヴィンセントの指導はどうだった?」
「指示が的確で丁寧で素晴らしかったです! なにより、今まで指導してくださった誰よりも強かったです!」
アルバートの問いにルーカスははきはきとした声で答えた。
それまでムスッとしていたクロードも、妻が褒められたことに悪い気はしなかった。別に剣の腕が立つからヴィンセントを妻にしたわけではないが、ふたりが今生きて結ばれているのはヴィンセントが優秀な騎士だったからには違いない。
そんなクロードたちの元に、ウィリアムを抱いたヴィンセントもやってくる。汗だくのルーカスとは逆に、ヴィンセントは汗ひとつかいていなかった。
「そう言っていただけて光栄です。自分は剣を振るってばかりで、あまり指導役はしたことがなかったので」
「まだまだ現役でいけるんじゃないか?」
「──アルバート」
咎めるようにクロードが呼ぶと、アルバートは楽しげに口角を上げる。
「束縛する男は嫌われるぞ。なあ、ヴィンセント?」
「……さあ、どうでしょう? 少なくとも俺は嫌いではありませんが」
ちらりとクロードを見たヴィンセントが小さく微笑んだ。ヴィンセントのこういうところが、クロードはたまらなく好きだ。
隣の椅子にヴィンセントが腰掛けたタイミングで体を寄せ、クロードは人目も憚らずその頬にキスをする。ヴィンセントの膝の上に座ったウィリアムが「ウィリアムも! ウィリアムも!」とせがむので、そのふっくらとした頬にもキスを落とした。
その光景を見て、アルバートはおかしそうに笑った。ルーカスもにこにこと笑顔を浮かべている。
「なんだかんだお似合いだよ、お前たちは」
「仲良しですね!」
それに対し、クロードはフンと鼻を鳴らして満更でもない顔をする。
少し気恥ずかしそうな顔をするヴィンセントの膝の上で、ウィリアムがどこか得意げに胸を張っていた。
「──騎士に戻りたいか?」
夜、子ども部屋でウィリアムを寝かしつけたあと、自室のソファに腰を下ろしたクロードは淡々とした声で尋ねた。
服を着替えようとしていたヴィンセントは振り返り、静かにクロードを見つめた。かと思えば、微かに口角を上げて笑う。
「戻りたい、と言ったら、許してくれるんですか?」
「…………」
「許さないでしょう。あなたはそういうひとだ」
責められているのかと思ったが、その口調は穏やかだった。
着替えの手をとめたヴィンセントは、ゆったりとした足取りでクロードの座るソファへとやってくる。隣に腰掛けるのかと思いきや、ヴィンセントはそのままクロードと向かいあうようにクロードの体を跨ぎ、膝立ちになってクロードを見下ろした。
そのヴィンセントの行動にクロードは驚く。同時に、どこか挑発的にも見える紫の瞳に見つめられ、腹の底にどくりと熱が生まれるのを感じた。
「ヴィンセント……」
「ああ、別に責めているわけではないですよ。さっき言った通り、あなたに束縛されるのは嫌いではないですし、俺は騎士の仕事に未練はありません」
「……本当に?」
「ええ」
迷いなく答え、ヴィンセントはくすりと笑う。
「もう何度もそう言っているでしょう? むしろ、あなたが騎士に復帰しても良いなんて言い出したら、不安で寝れなくなりますよ。とうとう俺に飽きたのかと」
「お前に飽きるなんてあり得ない」
言い切って、クロードはヴィンセントを抱きしめた。顔を埋めた胸元からは、自分と同じ石鹸の匂いがする。
同じくクロードを抱きしめ返したヴィンセントが、クロードの頭上でくすくすと小さく笑い出した。
「かわいいひとだ」
「……子ども扱いするな」
「じゃあ、大人らしいことでもしましょうか」
ヴィンセントの手が、クロードの背中をゆったりと這うように撫でた。
クロードはそっと顔を上げ、ヴィンセントの顔を見る。その紫色の瞳の奥に誘うような欲を見つけて、クロードは微かに目を丸くした。
「お前がそんなことを言うなんて、めずらしいな」
「俺にだってそういう気分のときもありますよ。……お嫌ですか?」
「まさか」
自然と口角が上がる。クロードは服越しのヴィンセントの肌へ触れ、それから緩慢な手付きでヴィンセントのシャツのボタンを外していく。
まだ直接触れてもいないのに、ヴィンセントの唇からは熱い吐息がこぼれた。薄く開かれた唇から覗く赤い舌がやたら艶めかしく見えて、クロードは引き寄せられるようにその唇にキスをする。
貪るような口付けを交わしながら、ヴィンセントの体をソファへと押し倒す。散々その舌の甘さを堪能した後、クロードはゆっくりと体を起こした。
「ん……」
ヴィンセントが濡れた唇を指先で拭う。
紫の瞳はとろんと蕩けて、物欲しげにクロードを見つめていた。
なんて美しく、なんて扇情的なんだろう。
クロードはごくりと喉を鳴らし、さらけ出されたその肌に手を伸ばした。傷痕の残る腹部から胸部に手を滑らせ、ヴィンセントの上に体を倒す。首筋に口付けながら、甘えた声で「好きだ、愛してる」と囁いた。
すると、ヴィンセントはくすぐったそうに小さく笑う。
「俺もあなたが大好きですよ、俺の愛しい旦那様……」
こういった軽口めいた睦言をヴィンセントが口にするのはめずらしかった。今日は本当にそういう気分らしい。
クロードの心臓は、初夜のときのように騒がしく早鐘を打つ。いや、ヴィンセントを抱くときはいつもこうだったか。
顔を上げたクロードを優しく見つめていた紫色の瞳が、そっと瞼に隠されていく。
クロードは吸い寄せられるようにその柔らかな唇に口付け、再びうっとりとヴィンセントの肌に手を滑らせた。
(終)
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