遠のくほどに、愛を知る

リツカ

文字の大きさ
上 下
117 / 119
後日談など

束縛と睦言と 前編

しおりを挟む

 後日談?
 ウィリアムが一歳半くらいのときのお話。

 +++++++

 カンッ、カンッと木の打ち合う音が庭園の一角に響き渡る。
 いや、一方はそれを受けつついなしているだけなのだから、ただ単に『木を打ちつける音』と言うのが正しいのだろうか。

 庭園の木陰、お茶会のために用意されていた椅子に腰掛け、クロードはむすっとした表情で足を組む。目の前の白い丸テーブルにはいくつかの軽食が並んでいたが、クロードはそれらに手を付ける気にはなれなかった。

 端的にいうと、あまり機嫌が良くない。
 少し離れたところでアルバートの息子に剣の稽古をつけてやっているヴィンセントを眺めているだけで、クロードの胸の奥からもやもやとした感情があふれてくる。
 それでも目を離せないのは、クロードが嫉妬深いからであり、愛しい妻をいつだって見つめていたいからに他ならない。

「最近、艶っぽくなったんじゃないか?」
「……は?」

 その突拍子もない言葉に眉をひそめ、クロードは隣を見やった。
 クロードの隣の席に腰掛けていた金髪碧眼の男──クロードの従兄弟であるアルバート・レイスは彼方を見つめたまま、どこか悪戯っぽく目を細めている。
 その視線が彼の息子ではなく自身の妻に向けられていると気付いた瞬間、クロードの眉尻は吊り上がった。

「……アルバート」
「初めて会ったときはお前の妻にしては無骨すぎると思ったが、最近は会うたび色っぽくなってる気がするな。男に愛される喜びを知った男特有の色香ってやつか?」
「ひとの妻を変な目で見るな。カタリナに言い付けるぞ」
「相変わらず冗談の通じない奴だ」

 わざとらしく肩をすくめるアルバートをひと睨みして、クロードは再びヴィンセントへと視線を戻した。
 相手がアルバートでなければ、今頃クロードは拳を振り上げていただろう。そうならなかったのは相手がアルバートだからというより、この自身によく似た見目の従兄弟が自分と同じく愛妻にしか興味のない男だとわかっているからだ。

 それはそれとして──

「……お前の目からもそう見えるか」
「ん?」
「だからっ……艶っぽいとか、色っぽいとか、そういう話だ」

 アルバートはクロードの発言にきょとんと目を丸くした。かと思うと、突然大きな声で笑いだす。

「クッ、ハハッ、ハハハハッ……! そんなことを気にしてるのか、お前は!」
「う、うるさいっ! 騒ぐな!!」
「お前の声の方が大きいぞ。まあ落ち着け。ヴィンセントは確かに良い男だが、お前の妻だと知っていて手を出す命知らずなんてそうそういないさ。それに、ヴィンセントだってお前以外に靡くような軽い男じゃないだろ?」
「それはそうだが……」

 わかってはいるが、不安にはなる。ヴィンセントが魅力的すぎるのだから仕方がない。
 数ヶ月前の夜会では変な男に声をかけられていたし、ここ最近出かけた先では若い女の注目を集めていた。さらに本人がそれに頓着しないからこそ、クロードはいっそうやきもきしてしまう。

 歳を重ねているはずなのに、ヴィンセントはますます美しくなっていく。洗練されていく。そこには異性だけでなく同性までをも惹きつけてしまう色香があった。
 それ自体はクロードも満更ではない。愛しい妻がいつまでも美しくいてくれることに不満などあるはずがなかった。
 しかし、それを知るのはクロードだけでいいのだ。周りにヴィンセントを軽んじられるのにも腹が立つが、ヴィンセントに興味を持たれることにはもっと耐えられない。

 ヴィンセントはクロードのもので、クロードもまたヴィンセントのもの。たとえ一方的な感情であっても、自分以外がヴィンセントを愛するなんて面白くなかった。

 考えるだけで、またイライラしてきた。クロードは「はぁ」と深くため息を吐く。
 それを見て、アルバートは再び声をあげて笑った。

「お前もまだまだ子どもだな。父親になったんだから、もっと心に余裕を持て。ヴィンセントに愛想を尽かされたくはないだろう?」
「……うるさい」

 むすっとしたまま、クロードは視線をヴィンセントの方へと戻す。
 ヴィンセントは今、アルバートとカタリナの長男であるルーカスに剣の稽古をつけてやっているところだった。騎士団の中でも指折りの騎士であったヴィンセントの腕にアルバートが目を付け、クロードも知らぬ間に稽古の約束を取り付けていたのだ。

 貴族の子息が幼い頃から剣術を習うのは当然のことだが、なにもヴィンセントに頼まなくてもいいのに……とクロードは少し不満に思う。
 けれど、ルーカスに剣術を教えるヴィンセントは心なしか生き生きしている様にも見えた。少し離れたところからヴィンセントとルーカスを見つめる息子のウィリアムも、目をキラキラとさせて楽しそうだ。

 なんだか置いてきぼりを食らったような気分になって、クロードは丸テーブルに頬杖をつく。こういうところが子どもだとアルバートは言っているのだろうが、そう思ってしまうのだからどうしようもない。

 ルーカスの後ろから腕を回して、剣の構え方や姿勢を教えているらしいヴィンセント。
 相手はまだ十歳にも満たない子どもなのでさすがのクロードも嫉妬に駆られることはない……はずだが、あまり見ていて気分の良いものではなかった。

 俺のヴィンセントなのに──そんなことを思ったクロードがむくれていると、不意にヴィンセントがこちらを振り向いた。
 美しい紫の瞳がクロードを捉え、優しく細められる。
 ただそれだけで、クロードは自身の心臓が跳ねるように大きく高鳴ったのを感じた。

しおりを挟む
感想 61

あなたにおすすめの小説

忘れ物

うりぼう
BL
記憶喪失もの 事故で記憶を失った真樹。 恋人である律は一番傍にいながらも自分が恋人だと言い出せない。 そんな中、真樹が昔から好きだった女性と付き合い始め…… というお話です。

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

生まれ変わりは嫌われ者

青ムギ
BL
無数の矢が俺の体に突き刺さる。 「ケイラ…っ!!」 王子(グレン)の悲痛な声に胸が痛む。口から大量の血が噴きその場に倒れ込む。意識が朦朧とする中、王子に最後の別れを告げる。 「グレン……。愛してる。」 「あぁ。俺も愛してるケイラ。」 壊れ物を大切に包み込むような動作のキス。 ━━━━━━━━━━━━━━━ あの時のグレン王子はとても優しく、名前を持たなかった俺にかっこいい名前をつけてくれた。いっぱい話しをしてくれた。一緒に寝たりもした。 なのにー、 運命というのは時に残酷なものだ。 俺は王子を……グレンを愛しているのに、貴方は俺を嫌い他の人を見ている。 一途に慕い続けてきたこの気持ちは諦めきれない。 ★表紙のイラストは、Picrew様の[見上げる男子]ぐんま様からお借りしました。ありがとうございます!

だから聖女はいなくなった

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
「聖女ラティアーナよ。君との婚約を破棄することをここに宣言する」 レオンクル王国の王太子であるキンバリーが婚約破棄を告げた相手は聖女ラティアーナである。 彼女はその婚約破棄を黙って受け入れた。さらに彼女は、新たにキンバリーと婚約したアイニスに聖女の証である首飾りを手渡すと姿を消した。 だが、ラティアーナがいなくなってから彼女のありがたみに気づいたキンバリーだが、すでにその姿はどこにもない。 キンバリーの弟であるサディアスが、兄のためにもラティアーナを探し始める。だが、彼女を探していくうちに、なぜ彼女がキンバリーとの婚約破棄を受け入れ、聖女という地位を退いたのかの理由を知る――。 ※7万字程度の中編です。

キミと2回目の恋をしよう

なの
BL
ある日、誤解から恋人とすれ違ってしまった。 彼は俺がいない間に荷物をまとめて出てってしまっていたが、俺はそれに気づかずにいつも通り家に帰ると彼はもうすでにいなかった。どこに行ったのか連絡をしたが連絡が取れなかった。 彼のお母さんから彼が病院に運ばれたと連絡があった。 「どこかに旅行だったの?」 傷だらけのスーツケースが彼の寝ている病室の隅に置いてあって俺はお母さんにその場しのぎの嘘をついた。 彼との誤解を解こうと思っていたのに目が覚めたら彼は今までの全ての記憶を失っていた。これは神さまがくれたチャンスだと思った。 彼の荷物を元通りにして共同生活を再開させたが… 彼の記憶は戻るのか?2人の共同生活の行方は?

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。

ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。 ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。 対面した婚約者は、 「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」 ……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。 「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」 今の私はあなたを愛していません。 気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。 ☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。 ☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)

諦めようとした話。

みつば
BL
もう限界だった。僕がどうしても君に与えられない幸せに目を背けているのは。 どうか幸せになって 溺愛攻め(微執着)×ネガティブ受け(めんどくさい)

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

処理中です...