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後日談など
束縛と睦言と 前編
しおりを挟む後日談?
ウィリアムが一歳半くらいのときのお話。
+++++++
カンッ、カンッと木の打ち合う音が庭園の一角に響き渡る。
いや、一方はそれを受けつついなしているだけなのだから、ただ単に『木を打ちつける音』と言うのが正しいのだろうか。
庭園の木陰、お茶会のために用意されていた椅子に腰掛け、クロードはむすっとした表情で足を組む。目の前の白い丸テーブルにはいくつかの軽食が並んでいたが、クロードはそれらに手を付ける気にはなれなかった。
端的にいうと、あまり機嫌が良くない。
少し離れたところでアルバートの息子に剣の稽古をつけてやっているヴィンセントを眺めているだけで、クロードの胸の奥からもやもやとした感情があふれてくる。
それでも目を離せないのは、クロードが嫉妬深いからであり、愛しい妻をいつだって見つめていたいからに他ならない。
「最近、艶っぽくなったんじゃないか?」
「……は?」
その突拍子もない言葉に眉をひそめ、クロードは隣を見やった。
クロードの隣の席に腰掛けていた金髪碧眼の男──クロードの従兄弟であるアルバート・レイスは彼方を見つめたまま、どこか悪戯っぽく目を細めている。
その視線が彼の息子ではなく自身の妻に向けられていると気付いた瞬間、クロードの眉尻は吊り上がった。
「……アルバート」
「初めて会ったときはお前の妻にしては無骨すぎると思ったが、最近は会うたび色っぽくなってる気がするな。男に愛される喜びを知った男特有の色香ってやつか?」
「ひとの妻を変な目で見るな。カタリナに言い付けるぞ」
「相変わらず冗談の通じない奴だ」
わざとらしく肩をすくめるアルバートをひと睨みして、クロードは再びヴィンセントへと視線を戻した。
相手がアルバートでなければ、今頃クロードは拳を振り上げていただろう。そうならなかったのは相手がアルバートだからというより、この自身によく似た見目の従兄弟が自分と同じく愛妻にしか興味のない男だとわかっているからだ。
それはそれとして──
「……お前の目からもそう見えるか」
「ん?」
「だからっ……艶っぽいとか、色っぽいとか、そういう話だ」
アルバートはクロードの発言にきょとんと目を丸くした。かと思うと、突然大きな声で笑いだす。
「クッ、ハハッ、ハハハハッ……! そんなことを気にしてるのか、お前は!」
「う、うるさいっ! 騒ぐな!!」
「お前の声の方が大きいぞ。まあ落ち着け。ヴィンセントは確かに良い男だが、お前の妻だと知っていて手を出す命知らずなんてそうそういないさ。それに、ヴィンセントだってお前以外に靡くような軽い男じゃないだろ?」
「それはそうだが……」
わかってはいるが、不安にはなる。ヴィンセントが魅力的すぎるのだから仕方がない。
数ヶ月前の夜会では変な男に声をかけられていたし、ここ最近出かけた先では若い女の注目を集めていた。さらに本人がそれに頓着しないからこそ、クロードはいっそうやきもきしてしまう。
歳を重ねているはずなのに、ヴィンセントはますます美しくなっていく。洗練されていく。そこには異性だけでなく同性までをも惹きつけてしまう色香があった。
それ自体はクロードも満更ではない。愛しい妻がいつまでも美しくいてくれることに不満などあるはずがなかった。
しかし、それを知るのはクロードだけでいいのだ。周りにヴィンセントを軽んじられるのにも腹が立つが、ヴィンセントに興味を持たれることにはもっと耐えられない。
ヴィンセントはクロードのもので、クロードもまたヴィンセントのもの。たとえ一方的な感情であっても、自分以外がヴィンセントを愛するなんて面白くなかった。
考えるだけで、またイライラしてきた。クロードは「はぁ」と深くため息を吐く。
それを見て、アルバートは再び声をあげて笑った。
「お前もまだまだ子どもだな。父親になったんだから、もっと心に余裕を持て。ヴィンセントに愛想を尽かされたくはないだろう?」
「……うるさい」
むすっとしたまま、クロードは視線をヴィンセントの方へと戻す。
ヴィンセントは今、アルバートとカタリナの長男であるルーカスに剣の稽古をつけてやっているところだった。騎士団の中でも指折りの騎士であったヴィンセントの腕にアルバートが目を付け、クロードも知らぬ間に稽古の約束を取り付けていたのだ。
貴族の子息が幼い頃から剣術を習うのは当然のことだが、なにもヴィンセントに頼まなくてもいいのに……とクロードは少し不満に思う。
けれど、ルーカスに剣術を教えるヴィンセントは心なしか生き生きしている様にも見えた。少し離れたところからヴィンセントとルーカスを見つめる息子のウィリアムも、目をキラキラとさせて楽しそうだ。
なんだか置いてきぼりを食らったような気分になって、クロードは丸テーブルに頬杖をつく。こういうところが子どもだとアルバートは言っているのだろうが、そう思ってしまうのだからどうしようもない。
ルーカスの後ろから腕を回して、剣の構え方や姿勢を教えているらしいヴィンセント。
相手はまだ十歳にも満たない子どもなのでさすがのクロードも嫉妬に駆られることはない……はずだが、あまり見ていて気分の良いものではなかった。
俺のヴィンセントなのに──そんなことを思ったクロードがむくれていると、不意にヴィンセントがこちらを振り向いた。
美しい紫の瞳がクロードを捉え、優しく細められる。
ただそれだけで、クロードは自身の心臓が跳ねるように大きく高鳴ったのを感じた。
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