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後日談など
Twitter小話
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「オペラは好きか?」
「いえ……」
「じゃあ、ピアノは? 演劇は? 絵画はどうだ?」
「……どれも、あまり……」
ヴィンセントが正直に答えると、クロードは難しい顔をして顎に手を当てた。ヴィンセントは申し訳ないやら情けないやらで軽く肩を落とす。
穏やかな秋の夜。ヴィンセントとクロードがともに寝台に横たわった直後のこと。
明日ふたりでどこかへ出掛けようと言い出したのはクロードだった。それに対してヴィンセントは「いいですね」と返したが、行き先選びは難航している。クロードが『ヴィンセントを楽しませること』にこだわっているからだ。
その気持ち自体はうれしい。けれど、好きなところと言われてもヴィンセントにそんなものはなかった。
オペラにも楽器にも美術品にも興味がない。無趣味と言えば聞こえは良いが、要は貴族としての教養がないのだ。いや、平民の女性と付き合っていたときも『つまらないひと』と呆れられていたのだから、それ以前の問題なのかもしれない。
屋敷では読書をして過ごすことが多いが、別に本が好きな訳ではなかった。やることがないから仕方なく暇を潰しているだけだ。剣を振るうのも、体を鍛えるのも日課だからで、趣味とはまた少し違う気がする。
本当になんてつまらない男だろう──苦笑していたヴィンセントの頭に、ふとあるものが浮かぶ。
「あ……」
「なにか思い付いたのか?」
「……いえ」
ヴィンセントは目を泳がせながら慌てて首を横に振る。
ヴィンセントが思い出したのは黒毛の美しい愛馬のことだった。思えば騎士学校に通っていた頃から、剣を振るうことより馬に乗ることの方が楽しかった。馬に乗って風を切るように走るのが昔から好きなのだ。
──しかし、乗馬が好きだなどとクロードに言う訳にはいかなかった。クロードが落馬してからまだ三年ほどしかたっていないのだ。クロードが『じゃあふたりで遠乗りに行こう』なんて言い出したら困る。過保護だと言われようが、ヴィンセントは今もクロードが馬に乗るのが怖い。
そんなヴィンセントの胸のうちも知らず、クロードは「なにか思いついたなら言ってみろ」と声をかけてくる。
なんとか誤魔化さなければ。
口をまごつかせながら、ヴィンセントは自分の好きなものについて考えた。乗馬ではなく、オペラでもなく、酒でもカードでもなく──
ヴィンセントは顔を上げてじっとクロードを見つめた。なによりも、それこそ乗馬よりずっと好きなものを思い出したのだ。
「あなた……ですかね」
「は?」
「ですから、俺にこれといった趣味はありませんが、クロード様のことは好きです。なので、クロード様が隣にいてくれるなら、俺は本当にどこでもいいです」
クロードはぽかんと口を開けてヴィンセントを見つめる。どうやら言葉を失っているようだ。
ミルクのように白い頬が、みるみるうちに赤くなっていく。クロードは言葉に詰まりながら叫んだ。
「っ、そ、そういうことを聞いたんじゃないっ!」
「ですが、俺は無趣味ですし、好きなものと言えばあなたくらいしか……ああ、もちろんウィリアムのことも好きですが」
「わ、わかったッ、もういい……!」
クロードは片手で金髪を掻き回した。少し乱れた髪も妙に色っぽく映るのだから、美形というのはずるい。
深いため息をついたクロードは、赤い顔のままじとりと横目でヴィンセントを見る。
「出掛けるのはやめだ」
「え?」
「俺が隣にいればどこでもいいんだろう? 例えば──ベッドの中でも」
クロードが少し掠れた声でヴィンセントの耳に囁く。その声だけでぞくりと腹の底が疼いたような気がした。
にやりと笑ったクロードが体を起こし、ヴィンセントへと手を伸ばす。
今度はヴィンセントが顔を赤くする番だった。
(終)
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お久しぶりです!感想ありがとうございます!
新婚のときはすれ違いまくりだったんですが、日ごとにふたりの仲が深まって、ヴィンセントの包容力や天然度合いも増しているようです( ੭ ・ᴗ・ )੭♡
感想ありがとうございます!
楽しんでいただけたらうれしいです( ˊᵕˋ* )♩
感想ありがとうございます!
いつも以上に甘々なふたりでした(っ´ω`c)♡