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第三章 明日へ
109. 我儘
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セレダの産後しばらく経って、僕は久しぶりにカミーユ殿下の元を訪れた。
殿下は相変わらず静かに過ごしていて、訪れた寝所はどこか寂しさを感じるほどだった。僕は殿下と共に就寝前のハーブティーを味わう。
「……そうか、生まれた子はアデルだったか」
「ええ、ですが元気な子で母子共に健やかに過ごしています」
「ああ、それは何よりだな」
殿下は優しく目を細めた。その表情は穏やかだ。
僕は亡くなったユイール様のこともあり、あえて殿下の前で子供の事を話すようなことはしていなかった。だが今日は初めて殿下から我が子の様子を問われていた。
「上の子は幾つになる?」
「一番上の子はもうすぐ6歳になります」
「そんなに大きくなったか」
「はい、この間まで赤ちゃんだった気がするのですが……あっという間ですね」
「そうだな……子供の成長は早いものだ」
殿下の声音も少し感慨深げなものに変わる。そして静かに頷くとぽつりと呟いた。
「ユイールも生きていれば8歳になっていたんだな」
「……そうですね」
殿下の言葉には深い悲しみが込められているように感じた。
そして、しばらくすると、ふっと小さく笑う声が聞こえた。
「……すまない、変な空気になってしまったな」
「いいえ、ユイール様を思う事は、殿下にとって大切な時間です」
僕がそう言うと殿下はまた微笑む。
「そうだな、こうして思い出してみると不思議な気分だ。つい最近まで一緒に居て、いつも私の後ろについて来ていたというのに……」
そう言って殿下は遠くを見つめるような目をした。きっと亡きユイール殿下のことを思い浮かべているに違いない。
「あの子の事だけは、ずっと忘れずにいようと思っているのだがな……」
そう言ったきり、沈黙が流れる。
そして、何かを決意したかのように顔を上げると僕に問いかけてきた。
「お前に一つ聞きたいことがある」
「はい、なんでしょうか?」
僕が顔を上げると、湖の氷が煌めく様なアイスブルーの瞳が真っ直ぐに僕を見据えていた。
「お前は……私を抱けるか」
突然の質問に言葉が出なかった。何を言っているのか理解するのに数秒かかってしまったほどだ。
「……どういう意味ですか?」
「そのままの意味だ」
「…………」
「私は今年37歳になる。もう子を成せるかどうかは分からない……」
殿下の声色は思ったより冷静だった。
「だが、やはり何度考えてみても……出来ればアルスランには……弟には想う相手とだけ寄り添わせてやりたい」
その言葉でようやく殿下の意図を理解した。
今王室には御子がいない。跡継ぎを産むことは王室にとって必要不可欠なことだ。けれどカミーユ殿下は、フェロモンの相性によって子を成すことが難しいアルスラン殿下とフェリス配殿下の仲を割きたくはないのだろう。
だから、僕がカミーユ殿下を抱くことが出来たなら……自身が子を成せたなら、と考えているのだろう。
僕はどう答えたら良いものなのか迷っていた。すると僕の様子を見かねた殿下が口を開く。
「無理をする必要はない。若いお前にとっては相手にするのも辛いだろう……」
「いえ!そういう訳ではありません……!」
「気を使わなくていい。私がお前の立場でも同じように悩むと思う」
殿下の言葉を聞いて僕は首を横に振る。
「違います、そうではないんです。ただ、殿下は公務に復帰されたばかりです。ご負担が大きすぎるのではないかと……そう思っただけです」
「……ああ、確かに。今更、子ができれば大変だろうな」
「やはり……」
「だが、それでも構わないと思っている」
殿下はきっぱりと言い切った。
「これは私の我がままだ。私の我がままに付き合わせるお前には申し訳ないが……だがもし本当に私でも良いと言うのであれば、どうか頼む」
殿下の目には強い意志を感じた。それはこの国を背負う覚悟を持った人の目だった。
殿下は相変わらず静かに過ごしていて、訪れた寝所はどこか寂しさを感じるほどだった。僕は殿下と共に就寝前のハーブティーを味わう。
「……そうか、生まれた子はアデルだったか」
「ええ、ですが元気な子で母子共に健やかに過ごしています」
「ああ、それは何よりだな」
殿下は優しく目を細めた。その表情は穏やかだ。
僕は亡くなったユイール様のこともあり、あえて殿下の前で子供の事を話すようなことはしていなかった。だが今日は初めて殿下から我が子の様子を問われていた。
「上の子は幾つになる?」
「一番上の子はもうすぐ6歳になります」
「そんなに大きくなったか」
「はい、この間まで赤ちゃんだった気がするのですが……あっという間ですね」
「そうだな……子供の成長は早いものだ」
殿下の声音も少し感慨深げなものに変わる。そして静かに頷くとぽつりと呟いた。
「ユイールも生きていれば8歳になっていたんだな」
「……そうですね」
殿下の言葉には深い悲しみが込められているように感じた。
そして、しばらくすると、ふっと小さく笑う声が聞こえた。
「……すまない、変な空気になってしまったな」
「いいえ、ユイール様を思う事は、殿下にとって大切な時間です」
僕がそう言うと殿下はまた微笑む。
「そうだな、こうして思い出してみると不思議な気分だ。つい最近まで一緒に居て、いつも私の後ろについて来ていたというのに……」
そう言って殿下は遠くを見つめるような目をした。きっと亡きユイール殿下のことを思い浮かべているに違いない。
「あの子の事だけは、ずっと忘れずにいようと思っているのだがな……」
そう言ったきり、沈黙が流れる。
そして、何かを決意したかのように顔を上げると僕に問いかけてきた。
「お前に一つ聞きたいことがある」
「はい、なんでしょうか?」
僕が顔を上げると、湖の氷が煌めく様なアイスブルーの瞳が真っ直ぐに僕を見据えていた。
「お前は……私を抱けるか」
突然の質問に言葉が出なかった。何を言っているのか理解するのに数秒かかってしまったほどだ。
「……どういう意味ですか?」
「そのままの意味だ」
「…………」
「私は今年37歳になる。もう子を成せるかどうかは分からない……」
殿下の声色は思ったより冷静だった。
「だが、やはり何度考えてみても……出来ればアルスランには……弟には想う相手とだけ寄り添わせてやりたい」
その言葉でようやく殿下の意図を理解した。
今王室には御子がいない。跡継ぎを産むことは王室にとって必要不可欠なことだ。けれどカミーユ殿下は、フェロモンの相性によって子を成すことが難しいアルスラン殿下とフェリス配殿下の仲を割きたくはないのだろう。
だから、僕がカミーユ殿下を抱くことが出来たなら……自身が子を成せたなら、と考えているのだろう。
僕はどう答えたら良いものなのか迷っていた。すると僕の様子を見かねた殿下が口を開く。
「無理をする必要はない。若いお前にとっては相手にするのも辛いだろう……」
「いえ!そういう訳ではありません……!」
「気を使わなくていい。私がお前の立場でも同じように悩むと思う」
殿下の言葉を聞いて僕は首を横に振る。
「違います、そうではないんです。ただ、殿下は公務に復帰されたばかりです。ご負担が大きすぎるのではないかと……そう思っただけです」
「……ああ、確かに。今更、子ができれば大変だろうな」
「やはり……」
「だが、それでも構わないと思っている」
殿下はきっぱりと言い切った。
「これは私の我がままだ。私の我がままに付き合わせるお前には申し訳ないが……だがもし本当に私でも良いと言うのであれば、どうか頼む」
殿下の目には強い意志を感じた。それはこの国を背負う覚悟を持った人の目だった。
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