アデルの子

新子珠子

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第三章 明日へ

110. 呼び声**

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 この人が僕に恋をしてそう言ってくれているなら、どんなに気が楽だっただろう。けれど、そう切り出したカミーユ殿下の心を思うと、とても断ることは出来なかった。

「…………お引き受けします」

 僕がそう答えると殿下は少し困ったように眉を寄せて、ありがとうと微笑んだ。


 それから三日後の夜、僕は約束通りカミーユ殿下の部屋を訪れた。
 扉を開けるとそこには既にガウン姿の殿下がいた。ベッドの上に腰掛けてこちらを見つめる瞳が悲しそうに潤んでいるように見えるのは、部屋の明かりのせいだろうか。

「よく来たな」

 殿下はそう言って立ち上がり、ゆっくりと僕の方へ歩いてくる。僕は緊張しながら殿下の動きを追っていた。そしてあと一歩という距離まで近づいた時、不意に殿下が立ち止まった。

「付き合わせて悪いな……」

 申し訳なさそうに殿下が笑う。その笑顔を見た瞬間、殿下の気持ちを思うと何だか泣きたい気持ちになってしまいそうだった。
 
「いいえ……とんでもございません」
「ああ、ありがとう」

 殿下がそっと目を伏せる。それに合わせて長い金色のまつ毛が影を作った。それがあまりに美しくて見惚れてしまう。

「……では始めようか」
「はい……」

 いつまでも呆けていてはいけないと思い直し、意を決して殿下を抱き寄せた。途端に甘い香りに包まれる。朝露に濡れたバラの香り。まるで花の蜜に誘われるように自然とその唇に自分の唇を近づけていった。
 そっと触れるだけのキスを落とす。
 そうやって柔らかな感触を楽しむように何度か触れ合わせた後、舌先で殿下の唇をつついてみる。するとすぐに隙間が出来た。そのまま中に滑り込ませると、待ち構えていたかのように僕の首の後ろに腕が回され引き寄せられる。
 
「んっ……」

 深くなった口づけに夢中になっているうちに、いつの間にか背中からベッドに押し倒されていた。そしてその上に覆い被さってきた殿下の手が僕の頬に触れる。それはいつもより熱くて、しっとりとしていた。さらり、と彼の黄金を溶かしたような豊かな金髪が頬に落ちた。

「できそうか」
「っはい」
「そうか」

 安心したように殿下は呟いて、また口付けてくる。今度は僕もそれを受け止めながら、同じように殿下の首筋や肩に触れていった。
 それから何度もキスを繰り返し、お互いの身体に手を這わせ、少しずつ服を脱いでいった。そして裸になったところで、いよいよ殿下の秘所に指を伸ばす。
 そこはもうすっかり潤んでいて、僕の人差し指を飲み込んでいく。中はとても温かくて、きゅうきゅうと締め付けていた。
 
「っ……」

 思わず吐息を漏らす殿下の様子を見ながら、ゆっくりとさらに奥へと進めていく。
 
「はぁっ……」

 殿下は悩ましげに身をよじらせた。その姿が何とも艶めかしくて目が離せない。やがて根元まで入った所でゆっくりと抜き挿しを始める。最初は浅く、だんだん深く。
 そうしているうちにくちゅり、と音を立てて二本目の指が入った。
 
「んっ」

 突然、殿下の口から声が漏れる。
 
「ここが良いんですね」

 確かめるようにもう一度そこを刺激すると、殿下はビクリと反応して身を捩らせた。
 
「あ……ああ……いい……すごく……」

 殿下の呼吸が荒くなる。そして、しばらくするとシーツに顔を寄せていた殿下の頬につう、と涙が流れた。
 
「……殿下……カミーユ殿下」

 名前を呼ぶと、濡れた瞳でこちらを見上げる。
 
「……すまない、っ色々……、思い出してしまって……」

 そう言う殿下の顔があまりに切なくて、僕はたまらなくなって殿下の頬に手を伸ばし、流れ続ける涙を拭った。
 
「殿下」
「……」
「ここにいます。ずっと側に居ます」
「……馬鹿を言うな」

 殿下はそう言って笑った。けれどその瞳からは止めどなく雫が流れ続けていた。

 この人が僕に恋をしていない事が……誰かを想う相手を抱く事が、こんなに苦しい事だとは思わなかった。それでも、この人が幸せになるためならば、何かしてあげたい。どうか幸せになって欲しい。

「…………ユ――……」

 殿下がぽつりと呟いたのは、今は亡き愛する我が子の名だろうか、それとも離れざるを得なかった元伴侶の名だろうか。
 どちらにせよ、その名前を呼ばれる度に切なさで胸が軋む音が聞こえてきそうだった。それでも彼が救われるなら――どうかせめて名を呼ぶ時だけでも、彼のそばに寄り添ってあげて欲しい。少しでも温かな場所にいて欲しい。
 そう思わずにはいられなかった。
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