アデルの子

新子珠子

文字の大きさ
82 / 114
第三章 明日へ

82. 助け

しおりを挟む
 罰だと思った。ジェイデンの幸せを考えず、自分だけいい思いをした罰が当たったんだと。
 
「……僕は」

 僕は声が震えてしまうのを必死で堪える。
 
「僕は……ジェイデンにそばにいて欲しい」

 僕たちはお互いを見つめ合う。けれど、目が合っているのにどこか遠くを見ているようで、まるで僕の言葉なんて聞こえていないようだった。
 
「…………それは、無理なんだね……」

 ジェイデンはそっと目を伏せた。
 
「…………はい」

 僕は泣きそうになるのをぐっとこらえる。ここで泣いてしまったら、何も言えなくなる気がした。
 
「……申し訳ないけれど、すぐに了承はできない……数日間休暇をとってもらっていいかな、その間に答えをだすから」
「……はい、ご無理を言いまして申し訳ありません」

 そう言って、彼は静かに部屋を出て行った。
 ドアが閉まった瞬間、僕の目からは涙が溢れ出す。どこで間違えてしまったんだろうか? きっと最初から間違ってしまっていたのだ。最初から彼に向き合っていれば、こんなことにはならなかったはずなのに。後悔しても、もう遅いことは分かっていても、そう思わずにはいられなかった。



 気分が乗らなくても仕事はある。今日も朝から書類整理に追われていた。いつもなら、どんなに嫌なことがあっても、書類を読んでいるうちに没頭できたのに、今はそれができない。昨日の出来事が頭をよぎって仕方がなかった。
 
「はぁ……」

 僕は大きなため息をつく。その様子を見かねたのか、従者のテディがそっと口を開いた。
 
「ティト様、今日は午後から寄付のご予定ですが……延期いたしましょうか」
「……ううん、行くよ。大丈夫だから」
「お顔の色が良くないようですが……」
「少し寝不足なだけだから心配しないで」

 そう言うと、彼は困ったように眉を下げながら微笑む。そして、それ以上は何も言わなかった。

 正直に言えば寄付をする気分では全然無かったけど、行かないわけにもいかない。僕は重い腰を上げ、馬車に乗り込んだ。
 
 教会に着くと、小姓が駆け寄ってくる。
 
「ティト様!こんにちは!」
「やあ、元気そうだね」
「はい!この前頂いたお菓子とても美味しかったです!ありがとうございました!」

 小姓は無邪気に笑う。僕はまた持ってくるねと言って、笑みを返した。
 
「どうぞ、こちらへ」

 小姓についていき、礼拝堂へと向かう。簡単に礼拝を済ませると、奥からセレダが出てきた。
 
「ティト様、お越しいただきましてありがとうございます」
「ああ、セレダ。今日もよろしくね」

 にこりと微笑んでいたセレダは僕の顔を見ると、急に真剣な表情になる。
 
「何かあったんですか?」
「どうして?」
「なんとなく……そんな顔をされているような気がして」

 彼は相変わらず鋭い。僕は小さくため息をつくと、白状する様に口を開く。
 
「実は……少し聞いて欲しい話があるんだ……」

 セレダは一瞬驚いたような表情を見せた後、こくりと頷き、僕を部屋へと案内してくれた。
 
「お茶を用意しますので、そこに座って待っていてください」

 彼はそう言い残し、部屋の外に出る。しばらくして戻ってきたときには、湯気の立ったティーカップを持っていた。
 
「何があったんですか?」

 向かい側に座ると、彼は優しく問いかけてくる。

「実は……ジェイデンが僕のもとを去ることになりそうなんだ……」
「それは……どういうことですか?」

 彼は訝しげに眉を寄せた。僕は昨日のことを大まかに説明していく。すると、だんだんと彼の顔が険しくなっていった。
 
「……なるほど。話は分かりました。それで、あなたはどうしたいと思っているんですか?」
「……ジェイデンには幸せになってもらいたいと思っているよ……だけど、彼を手放すことはできないとも思っている」
「そうですか……」

 しばらく沈黙が流れる。彼は紅茶を一口飲むと、ふぅっと一呼吸置いた。
 
「ティト様、よろしければお答えいただきたいのですが」
「うん?」
「ティト様はジェイデンと身体の関係がありますよね?」
「……ああ、あるよ」

 僕は素直に答える。それを聞くと、セレダは満足そうに笑みを浮かべた。
 
「それならば、今から僕が言うことをよく聞いてください。僕もあなたとは違う種類ではありますが、ジェイデンのことを大切に思っています。なので、彼が悲しむ姿を見たくはないんです。だから、お願いします」

 そう言ってセレダは僕の手をぎゅっと握る。そして、まっすぐに見つめてきた。
 
「ジェイデンは妊娠しているんじゃないでしょうか」

 その言葉を聞いた瞬間、僕の心は大きく揺れ動く。
 
「まさか……」
「まだ可能性の話ですが、ない話ではないと思います。もしそうであれば、彼はもう護衛の仕事はできない」

 僕はハッとする。確かにそうだ。僕は自分のことで精一杯で、ジェイデンの状況を考える余裕も無かった。もしそうであれば彼はどんな思いを抱えながら僕のところに来たのだろう。

「もう一度ジェイデンと話をしてみてください」

 セレダの言葉には強い意志がこめられていて、僕は少しだけ勇気付けられた様な気持ちで頷いた。
 
しおりを挟む
感想 20

あなたにおすすめの小説

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

皇帝陛下の精子検査

雲丹はち
BL
弱冠25歳にして帝国全土の統一を果たした若き皇帝マクシミリアン。 しかし彼は政務に追われ、いまだ妃すら迎えられていなかった。 このままでは世継ぎが産まれるかどうかも分からない。 焦れた官僚たちに迫られ、マクシミリアンは世にも屈辱的な『検査』を受けさせられることに――!?

お兄ちゃん大好きな弟の日常

ミクリ21
BL
僕の朝は早い。 お兄ちゃんを愛するために、早起きは絶対だ。 睡眠時間?ナニソレ美味しいの?

処理中です...