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第三章 明日へ
81. 沈黙
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息子であるリティがアデルであったという事実は、あっという間に社交界に広まった。誕生を祝う手紙や贈答品だけではなく、今や国中の貴族から僕の春を買うための申し込みが殺到している。
リノの出産を機に、僕への申し入れの管理は、自身で行う事にした。それなりに骨が折れる仕事だ。従者のテディにサポートをしてもらいながら、対応をしている。
テディが整理してくれたリストを見ていると、扉が開き、ひょこっと幼子が顔を出した。長男のシリルだ。
「ととしゃま」
「シリル、どうしたの?」
「これ!」
シリルはにこにこと歩み寄り、握りしめた紙を僕に差し出した。
受け取って見てみると、その紙には大胆に幾つもの線が描かれている。最近のシリルはお絵描きに夢中だ。
「何を描いたんだい?」
「しりるとりりー」
「シリルとリティか、上手だなぁ」
僕が関心すると、シリルは嬉しそうに満面の笑みを見せてくれる。彼の頬を撫でると、僕は彼を抱き上げて膝の上に乗せた。生まれたばかりのリティに比べると遥かに重く、彼の成長を感じる。
「名前を書こうか、こっちがシリル?」
「うん!」
僕は大胆な線の下にシリルの名を書き込む。こっちがリティかな、と言いながら隣にリティの名前を書くと、シリルは満足げにふんふんと頷いた。そして僕の手元を見ながら、自分もペンを握る。
「しりるも! かく!」
「ああ、そうだね」
僕は微笑ましく思いながら、シリルを見守る。彼は小さな手でたどたどしくも一生懸命、線を引いていく。
「できた!」
「ああ、上手だね、後でリティにも見せてあげようか」
「うん!」
シリルを褒めてから下ろすと、彼は満足したのか子守役の使用人のそばへ戻っていった。お隣の部屋へ行きましょうか、と言う声がして2人は部屋を出て行く。少しすると、隣の部屋からきゃっきゃという楽しげな声が聞こえ始めた。
僕はそんな様子を聞きながら、再び手の中の紙を見る。そこには元気よく描かれたシリルとリティの姿があった。
(……幸せだ)
心の底から思う。愛する家族に囲まれて、日々を過ごすことができるなんて――少し前の自分からは想像できないほど幸せなことだ。
この幸せが続くように努力しようと改めて思った。
――しばらくすると、扉を叩く音がした。どうぞ、と答えると静かに開いた扉の向こうからジェイデンが現れた。彼は部屋の中へ足を踏み入れると、礼をして僕の方へと近づいてくる。
「ティト様、少しお話よろしいですか」
「うん、構わないよ」
彼がこんな風に改まることは珍しい。何かあったのだろうかと思っていると、ジェイデンは神妙な面持ちのまま、しばらく逡巡し、やがてゆっくりと口を開いた。
「……実は……護衛と教師の仕事を……辞めさせていただきたいのです」
僕は一瞬言葉の意味がわからず、ぽかんとした表情を浮かべる。しかしすぐにハッとして、慌てて椅子から立ち上がった。
突然の言葉に動揺してしまう。まさか彼がそんな事を言い出すとは思わなかった。
「えっと、それはつまり、僕の傍にいることが嫌になったということ? ……どうして……急に?」
ジェイデンは無言のまま首を横に振る。
「ティト様に問題があるわけではありません。私の問題です」
「どういうこと?」
「…………申し訳ありません」
謝られてしまい、困惑してしまう。護衛を辞めたいという理由が全く分からなかった。
「理由を教えてくれないか?」
「…………」
彼は俯いて黙り込んでしまう。僕は不安になって、お願いだから教えて欲しいと重ねて言う。それでもジェイデンは何も答えようとしない。
気まずい空気の中、やがてジェイデンはゆっくりと唇を開く。
「理由は……言えません。申し訳ありません」
僕は震えそうになるのを必死に抑えながら口を開く。
「…………僕との関係が嫌だった……かな」
「………………」
彼は何も答えなかった。それは肯定なのだろうか。
静まり返った沈黙が、深く胸に突き刺さった気がした。
リノの出産を機に、僕への申し入れの管理は、自身で行う事にした。それなりに骨が折れる仕事だ。従者のテディにサポートをしてもらいながら、対応をしている。
テディが整理してくれたリストを見ていると、扉が開き、ひょこっと幼子が顔を出した。長男のシリルだ。
「ととしゃま」
「シリル、どうしたの?」
「これ!」
シリルはにこにこと歩み寄り、握りしめた紙を僕に差し出した。
受け取って見てみると、その紙には大胆に幾つもの線が描かれている。最近のシリルはお絵描きに夢中だ。
「何を描いたんだい?」
「しりるとりりー」
「シリルとリティか、上手だなぁ」
僕が関心すると、シリルは嬉しそうに満面の笑みを見せてくれる。彼の頬を撫でると、僕は彼を抱き上げて膝の上に乗せた。生まれたばかりのリティに比べると遥かに重く、彼の成長を感じる。
「名前を書こうか、こっちがシリル?」
「うん!」
僕は大胆な線の下にシリルの名を書き込む。こっちがリティかな、と言いながら隣にリティの名前を書くと、シリルは満足げにふんふんと頷いた。そして僕の手元を見ながら、自分もペンを握る。
「しりるも! かく!」
「ああ、そうだね」
僕は微笑ましく思いながら、シリルを見守る。彼は小さな手でたどたどしくも一生懸命、線を引いていく。
「できた!」
「ああ、上手だね、後でリティにも見せてあげようか」
「うん!」
シリルを褒めてから下ろすと、彼は満足したのか子守役の使用人のそばへ戻っていった。お隣の部屋へ行きましょうか、と言う声がして2人は部屋を出て行く。少しすると、隣の部屋からきゃっきゃという楽しげな声が聞こえ始めた。
僕はそんな様子を聞きながら、再び手の中の紙を見る。そこには元気よく描かれたシリルとリティの姿があった。
(……幸せだ)
心の底から思う。愛する家族に囲まれて、日々を過ごすことができるなんて――少し前の自分からは想像できないほど幸せなことだ。
この幸せが続くように努力しようと改めて思った。
――しばらくすると、扉を叩く音がした。どうぞ、と答えると静かに開いた扉の向こうからジェイデンが現れた。彼は部屋の中へ足を踏み入れると、礼をして僕の方へと近づいてくる。
「ティト様、少しお話よろしいですか」
「うん、構わないよ」
彼がこんな風に改まることは珍しい。何かあったのだろうかと思っていると、ジェイデンは神妙な面持ちのまま、しばらく逡巡し、やがてゆっくりと口を開いた。
「……実は……護衛と教師の仕事を……辞めさせていただきたいのです」
僕は一瞬言葉の意味がわからず、ぽかんとした表情を浮かべる。しかしすぐにハッとして、慌てて椅子から立ち上がった。
突然の言葉に動揺してしまう。まさか彼がそんな事を言い出すとは思わなかった。
「えっと、それはつまり、僕の傍にいることが嫌になったということ? ……どうして……急に?」
ジェイデンは無言のまま首を横に振る。
「ティト様に問題があるわけではありません。私の問題です」
「どういうこと?」
「…………申し訳ありません」
謝られてしまい、困惑してしまう。護衛を辞めたいという理由が全く分からなかった。
「理由を教えてくれないか?」
「…………」
彼は俯いて黙り込んでしまう。僕は不安になって、お願いだから教えて欲しいと重ねて言う。それでもジェイデンは何も答えようとしない。
気まずい空気の中、やがてジェイデンはゆっくりと唇を開く。
「理由は……言えません。申し訳ありません」
僕は震えそうになるのを必死に抑えながら口を開く。
「…………僕との関係が嫌だった……かな」
「………………」
彼は何も答えなかった。それは肯定なのだろうか。
静まり返った沈黙が、深く胸に突き刺さった気がした。
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