アデルの子

新子珠子

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第一章 静かな目覚め

11. 匂い

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 僕とリノは2人でソファに寝っ転がっていた。

 キスをしている内に押し倒されて、いつの間にかリノが僕の上に寝そべっている。ぴったりと寄り添ってお互いの体温を分け合う。

「重たくないですか?」
「大丈夫だよ。」

 リノは比較的背が高い。でも肉付きがしなやかだからか、それほど重くは感じなかった。

「ティト様、身長伸びてきましたね。」
「うん…リノより大きくなれるかな。」
「ふふ、奥様もレヴィル様も背が高いですし、ティト様は背が高くなると思いますよ。」
「そっか…早く大きくなりたいなぁ…。」

 僕がそう答えるとリノが少し笑って身じろぎをした。そしてまたキスをする。

「早く大きくなりたいですか?」
「うーん、身体も大きくなりたいけど…早くリノやレヴィルが甘えてくれるような大人になりたいな。」

 リノは僕の胸元に顔を寄せる。彼の体温が胸元から伝わってきて幸せな気持ちになる。

「嬉しいです。……でも、そんなに急いで大人にならないで。」
「どうして?」
「…もう少しだけ、ティト様と…こうしていたい。」

 リノのその言い方があまりに可愛くて、僕はリノをぎゅっと抱きしめた。

「成人してもずっとリノが大好きだよ。」
「はい、私もです。」
「またこうやって2人っきりでデートもたくさんしよ。」
「ふふ、約束ですよ。」

 子供が言う”ずっと”なんて、きっと何の気休めにもならない。それでもリノは何も言わずに頷いてくれた。僕はこの優しい婚約者を一生をかけて幸せにしたいと心の底から思う。ちゃんと彼らを幸せにできる大人になりたい。



 しばらく抱き合っているとリノがゆっくりと身体を起こした。

「ティト様、せっかくですから、そろそろスパに行きましょうか。」
「え…う、うーん」
「どうしました?」
「リノ、先に行ってて?」
「えっ…なんでですか?」
「その…多分今一緒に行くと、またえっちな気分になっちゃうと思う…から。」

 リノは少しだけきょとんとした後、ちょっと意地悪な表情で榛色の瞳を細めた。そして僕の耳元に顔を寄せる。

「えっちな気分になっちゃうと…どうなっちゃうんですか?」
「リノ…。」
「ふふ…ティト様…教えて…。」

 リノは耳元でくすくすと笑って、そっと耳を甘噛みする。まるで誘われているようだ。いつも僕ががっついてばかりだったから、こんな風にリノから触られるのは初めてだった。

「えっちな気分になると…一緒にスパにいけないんですか?」
「リノ…あんまり、意地悪しないで…。」

 僕が困った顔をすると、彼は楽しそうにくすくすと笑った。僕はゆっくりと彼の身体をなぞる。

「あんまり、意地悪されると…もっと触れたくなっちゃう…。」
「ん……。」

 僕が触れると気持ちが良いのか、リノは素直に身体に触れる感触を追っているようだった。しばらく彼の身体に手を這わせていると、彼は感覚を逃す様にはぁ、と悩まし気に息を吐いた。そして僕の身体に触れてシャツをきゅっと握る。その仕草がどこか切なくて僕はゴクリと唾を飲んだ。
 僕がぐっと力を入れて身体を起すと、リノも不安そうな様子で一緒に身を起こす。榛色の瞳と目が合った。




「リノ…絶対に、気絶なんてしない…から…フェロモンが、欲しいよ。」

 緊張のあまり声が震える。それでも、どうしても欲しい。

「…ティト様…。」
「だめかな?」
「……怖い…です。」
「…うん、僕も。」

 僕たちはソファに座って向き合う。僕は震える手をごまかす様に膝の上でぎゅっと握った。

「ごめん…絶対っていったけど…本当は自信がない。でも、もし僕が気絶しちゃっても、それはリノを拒絶してるわけじゃないんだ…。」
「それは…分かってます。」

 リノは少し困った様な顔をした後、僕の手にそっと手を添えてさすってくれる。

「…僕はもっとリノの事を知りたい。
 だからお願いします。貴方にもっと触れさせて。」

 僕は頭を下げた。緊張をしながら顔を上げるとリノが困った様に笑っていた。僕たちはゆっくりと抱きしめ合う。


 リノからは少しだけビターオレンジの香りがする。



「ティト様、大好きです…。」












 スパは温室のような美しいアーチ状のガラスの建物だ。ガラス越しには新緑のガーデンを楽しむことができる。

 床にはエキゾチックな模様が描かれたホワイトタイルが一面に敷かれ、温水プールの部分だけターコイズブルーのタイルがあしらわれている。プールサイドには心を癒す美しい観葉植物の他に、休憩をするためのソファや寝椅子、天蓋付きのベッドなどが置かれていた。
 一角には温泉や岩盤浴ができる魔石プレートもある。2人だけで使うにはもったいないくらいの素晴らしい施設だ。

 僕たちはプールサイドのソファで休憩をしていた。


「ティト様、体調はいかがですか?」
「うん、大丈夫。」

 僕たちはスパの美しさに感動し、プールサイドで遅めの昼食をとった。昼食には離れにいたジェイデンも誘った。ジェイデンはせっかくだから2人でと渋ったが、僕たちが興奮ぎみにスパを見てほしいと誘ったので笑いながら了承してくれた。昼食後にジェイデンにはディナーはくれぐれも2人でどうぞと釘を刺されてしまったが、それでも3人で食べる昼食はとても楽しいひと時だった。
 今はもうジェイデンは離れに戻っていて、僕たちはプールサイドのソファで食後の一休みをしている。


「身体がだるかったりはしませんか?」
「ふふ、本当に大丈夫。すごく元気だよ。」

 僕は心配そうにしているリノを安心させるように笑いかけた。





 結局、僕はリノのフェロモンに慣れる事は出来なかった。


 いや。実際には僕はリノのフェロモンで卒倒することはなかった。けれど途中から動悸が治らなくなってしまい、中断せざるを得なくなってしまった。


「ごめんね…リノ。」
「謝らないで。焦らなくて大丈夫ですよ。」

 僕はリノに心配をかけない様に出来るだけ気丈に頷いた。本当は情けない自分がとても悔しい。でも今は受け入れるしかなかった。
 
「ティト様、せっかくだからプールに入りましょう。ここはプールも温泉水だからお肌に良いんですよ。」
「うん、そうだね。」

 僕たちは気分を変えるようにプールで遊ぶことにした。2人で温水プールに向かう。
 僕たちはすでに水着に着替えていて、リノはホワイトリネンのショートパンツの上にサマーカーディガンを羽織っている。露わになった足は滑らかですらっとしていた。

「リノ、水着も素敵だね。」
「ふふ、ありがとうございます。」

 プールの縁に腰をかけて、ちゃぷんと足をつける。プールの水は温かい。
 プールに浸かると視点が下がって、外のガーデンがさらによく見える。まるで森林浴をしているみたいだ。
 僕たちはしばらくその景色を楽しむようにぷかぷかと浮かんだ。

「綺麗だね。」
「はい…。」

 スパはゆっくり滞在できるようにプールや室温が快適な温度になっている。僕たちは時々温泉に入ったり寝椅子で休憩したりしながら、たっぷりとスパで日頃の疲れを癒した。







「リノ、寒くない?」
「ん…大丈夫ですよ。」

 僕たちは十分にスパを楽しんで、プールサイドのベッドで横になっていた。ベッドの下には魔法石のプレートが組み込まれているようでマットはじんわりと温かい。
 けれどリノは濡れたカーディガンを纏ったままなので少し寒そうだ。エバは水に入る時もあまり上着は脱がない。

「カーディガン冷たそうだよ。」
「すぐ乾く素材なのでそんなに寒くないんですよ。」

 僕はリノのカーディガンに触れた。確かにもう乾き始めている。それでもやはり冷たくなった生地は寒いだろう。僕は少し身を起こして周りをきょろきょろした。

「替えのガウンを持ってこようか。それとももう上がる?」
「だめ。ここにいてください。」

 リノは僕の腕をゆっくりと引っ張った。彼の滑らかな足が僕の足と絡む。

「ティト様が一緒にいてくださったら、寒くないです。」

 僕たちは先ほどまで温泉に入っていたので、身体は温かい。身体を寄せ合えば確かに寒くはないだろう。僕は彼に寄り添って腕に触れた。
 リノの身体はしなやかな筋肉が付いていて、きめ細やかな肌が気持ちがいい。

「リノ…肌すべすべだね…。」
「温泉に入りましたから。」
「こっちも触っていい?」

 僕はそっとカーディガンの裾から手を入れた。彼の滑らかなお腹に手を這わす。やっぱり少し彼の肌は冷え始めている。

「リノ、やっぱり冷えてるよ。」
「ふふ、ティト様の手あったかいです。」
「もう…せっかく温泉に入ったのに…。」

 僕は彼がこれ以上冷えないように自分の身体を彼にぴったりと寄せた。ひんやりとした生地の冷たさが伝わるが、しばらくするとじんわりとリノの体温が伝わってくる。

「ん…気持ちい…。」
「うん…そうだね…。」

 お互いの体温が交じり合う感覚になんとも言えない幸福感を感じる。僕はリノの吐息を近くで聞きながら、幸福感と同時にむくむくと欲望が湧いてくるのを感じた。なるべくそちらに意識がいかないようにと、思えば思うほどどんどんと欲望が頭をもたげる。

 彼が気持ち良さそうに、はぁ…と息を吐いた拍子に、僕はついにその感情を抑えきれなくて、ゆっくりと身体を起こした。

「ティト様?」
「ごめん…もうちょっと触らせて…。」

 僕はリノのカーディガンにもう一度手を差し入れて彼の腰をゆっくりとなぞった。今日はリノにずっとこういう迫り方ばかりをしてしまっている。申し訳ないと思いつつも、どうしても衝動を抑えられない。

「あ…ティト様…。」

 リノは少し戸惑った様子で僕の顔を見た。先ほどフェロモンで具合が悪くなったばかりだから心配なのだろう。

「…僕の体調は大丈夫だから。リノが嫌じゃなければ触らせて…。」

 ゆっくりとリノの上に跨って両手で細い腰をなぞる。リノは少しだけ身を捩らせた。

「ティト様…今日はすごく積極的ですね…。」
「うん…本当は…ずっとリノとえっちな事がしたくて仕方がない。我慢出来なくてごめんね。」

 リノは僕の言葉で想像をしたのか、ふるりと身体を震わせた。はぁ…と息を吐いて、彼はゆるく首を振る。

「…私も…したい…。」

 消え入りそうなくらい小さな声で呟いたその言葉で、僕はもう我慢が出来なかった。

 彼の首筋に顔を埋める。彼の全てを味わうように首筋から鎖骨にかけて丹念に何度も唇を押し当てた。彼からは淡くビターオレンジの匂いがする。僕の大好きな優しい彼の匂いだ。

「リノ…いい匂い。」
「……嘘…。」
「嘘じゃないよ。僕リノの匂い大好き。」

 僕の心を掻き乱すような優しく甘い匂いなのに、拒絶してしまう自分が信じられない。
 リノは口元に手をやって我慢するような仕草をした。きっとこれ以上フェロモンが出ないようにしているのだろう。僕はその仕草にきゅうと切ない思いが込み上げる。

「リノ…そんなに我慢しないで。」
「でも…。」

 リノは不安げに僕を見た。

「我儘でごめんね……。」

 カーディガン越しに彼の身体を撫でる。濡れた薄い生地の下には彼の淡い乳首が透けて見えていた。僕は思わず乳首を親指の腹でゆっくりと撫でる。

「ぁ…。」
「リノ……。」
「…ティト様…。」

 リノは不安そうな表情のまま、ゆっくりと手を離した。ふわりとビターオレンジの匂いが広がる。大丈夫。小さい頃から知っている匂いだ。僕はいつもこの匂いを嗅いで安心していた。こう言う場面になって緊張してしまっただけだ。大丈夫。
 僕は頭がくらりとしそうになるのを堪えて、心の中で自分に大丈夫、大丈夫と何度も言い聞かせた。

「…大丈夫、だよ。」
「……本、当に?」
「うん。…キスしてくれる?」

 リノはゆらゆらと瞳を揺らしながら、ゆっくりと顔を近づけた。不安と情欲の入り混じった表情をする彼を宥めるように優しくキスをする。
 ビターオレンジの香りはゆらゆらと、誘うように僕の鼻腔を掠める。恐怖の波を超えてしまえば、やはり慣れ親しんだリノの匂いだ。大丈夫、大丈夫だ。
 は、と短く息を吐いて、キスをしながら乳首を撫でるのを再開する。布越しに親指の腹で乳輪から乳頭をゆっくり撫でて、時々爪で優しくひっかく。それを何度か繰り返している内に、心許ない感触だった乳首が段々としこってくる。

「…んっ…。」

 優しい触れ方がもどかしいのか、彼は何度か身体を捩らせた。僕は唇を離し、カーディガンの前を寛げる。彼の美しい胸板と腹筋が露わになる。僕は思わず彼の下腹のあたりに顔を寄せて匂いを嗅いだ。その匂いは僕の脳をじんわりと甘く溶かし始めていた。

「どうしよう…すごくいい匂いだよ、リノ…。」
「ゃ……っ。」

 僕の言葉に反応してビターオレンジの香りが濃くなる。僕は下腹に熱が溜まり始めるのを感じた。
 恐怖に意識がいかないように、そのまま胸元に唇を寄せ、ちろちろと彼の乳首を舐めて、ゆっくりと吸い上げる。ピンと尖った乳首を舌で弄んで、もう片方の乳首も指先で摘んで転がした。

「はぁ…ぁっ…。」

 リノは僕の頭に手を置き、僕の髪に手を差し入れて緩く掴んだり、離したりを繰り返している。それがもっとと強請られているようで、僕はもう片方の乳首も口に含み、熱心に愛撫をした。

「んっ…んっ…。」

 リノは僕が強く乳首を刺激する度にもどかしそうに身を捩らせている。僕はちゅっと音を立てて一度唇を離した。彼の乳首は充血してピンと可愛らしく形を主張していた。

「リノの乳首すごく可愛いくなったよ。」

 リノは僕の言葉にびっくりしたように目を見開いた。無垢だと思っていた僕が急に言葉責めのような事をしたので、びっくりしたのかもしれない。

「ティト様…なんでそんなに上手、なんですか…。」

 リノは戸惑ったようにそういった。

「気持ちいい?」
「…すごく…。」
「嬉しい。たくさん気持ちよくしたいよ。」

 僕はリノの質問には答えずに、柔らかな髪を優しく撫でた。そのままゆっくりと手を下に移動させる。

「こっちも…触っていい?」

 彼のショートパンツに指をかける。リノは慌てて身体を捻った。

「…っや…!」

 やはり彼はこれ以上先に進むのは怖いようだった。僕は彼を安心させるように瞼に唇を落とす。大丈夫だよ、とリノになのか自分になのか分からない言葉をかける。

「リノ…僕の触ってくれるかな…?」
「え…?」
「…少し反応してきちゃった。」

 僕は恥ずかしそうに笑った。そしてゆっくりとリノの手を下腹部へ持っていく。そのまま彼が怯えないようにやんわりと腰を動かした。僕のものが彼の手に触れる。僕のペニスは少し硬くなっていた。

「あ…。」
「ね、少し硬くなってる。リノが良い匂いだからだよ。」
「あ…あ、…ティト様……っ!」

 リノは見る見るうちに瞳にいっぱいの涙を溜めて、僕に抱きついた。
 一気に濃厚なビターオレンジの香りが漂う。ここで気絶をするのは絶対にまずい。僕は歯を食いしばってリノを強く抱きしめた。

「ティト様好き…好き…っ。」

 リノはぽろぽろと涙を零しながら、縋るように抱きつく。



 ここに来るまで、僕は優しい彼にたくさん気を遣わせて、傷つけてしまった。

 彼はまるで子供の様にたくさん泣いて、たくさん僕の名前を呼んだ。僕が彼のフェロモンも受け入れられた事を喜ぶその姿に、僕も胸に熱いものが込み上げる。

「ティト様ぁ…好き…っ。」
「うん、僕も…リノが好きだよ。」

 彼が愛しいと言う気持ちが僕の中ではっきりと分かると、僕はもう彼のフェロモンが怖くなかった。
 心優しい婚約者の香りはただただ官能的で心地が良い。もっともっと彼と甘い時間を過ごしたい。


「ティト様…っ、もっと…触って。」
「うん…僕も触れたい…。」


 僕たちはようやく通じた想いを確かめ合うように深く口付けをした。
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