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第一章 静かな目覚め
10. 誤解
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僕たちが寄り添って時間を過ごしていると、馬車の外から御者がもうすぐ目的地に着くこと教えてくれた。
車窓を望むとクーペルーベンを流れる川が見えてきていた。街道沿いは新緑の美しい並木道となっており、道の側には愛らしい草花が咲き乱れている。太陽の光に川の水面が反射してきらきらとしていて、まるで印象画の光の世界にいるような感覚になる。
「綺麗…。」
「本当ですね…。」
僕たちは車窓の風景を楽しんだ。
クーペルーベンは、緑が美しいクローデル領の中でも特に美しい地だ。かつて王族の慰安地であったこの土地は、広大な敷地がランドスケープガーデンとして整えられており、色々な場所にお茶を楽しむための東屋が設けられている。そしてここは温泉地としても有名で、いくつもの温浴施設がある。
しばらく馬車を走らせると美しい睡蓮の浮かんだ池のほとりにドーム状の屋根を持った大きな建物が見えてきた。クーペルーベンの中心部だ。この建物には音楽堂やスパやエステなどの温浴施設、美しい景色を楽しめるホテルなどが併設されている。
車寄せに馬車を寄せてもらい、僕はリノをエスコートしてエントランスへ降り立った。すぐにホテルのボーイが来てくれ、丁寧な挨拶をした後に荷物を受け取ってくれる。ジェイデンも馬から降りて御者に預ける。ここで御者とはしばらくお別れだ。
ボーイに続いてエントランスに入るとホワイトタイのスタッフが恭しく挨拶をしてくれた。
「ティト様。ようこそ、クーペルーベンへお越しくださいました。」
「ありがとう。相変わらずこちらは綺麗ですね。」
「ありがとうございます。すぐにヴィラにご案内することもできますが…よろしければ中庭をご覧になりながら、お茶はいかがでしょうか。」
「ええ、ありがとう。ただ少し疲れたのでお茶はヴィラでいただきます。」
「承知いたしました。ではご案内いたします。」
僕たちはスタッフの先導で美しい柱梁の廊下を進んで裏手のランドスケープガーデンに出た。軒先にはクラシックな魔導車が停車している。スタッフが車の扉を開いてくれ、僕とリノは後部席に乗り込んだ。ボーイは荷物を積んで運転席に乗り、ジェイデンは助手席に乗り込む。ホワイトタイのスタッフに見送られて、車はゆっくりと木立の道を発車した。
「ティト様、お疲れはどうですか。」
「ふふ、大丈夫だよ。」
「ヴィラに着いたらゆっくりしましょうね。」
「うん。」
僕は微笑んでリノの手を握った。僕たちが今日泊まる場所は中央部のホテルではない。この美しいガーデンに点在しているヴィラの一つに滞在する。
車が走る道はいくつかに枝分かれしていた。きっとこの枝分かれの数だけヴィラが用意されているのだろう。メインの道の先は小高い丘になっていて、遠くに立派な建物が見える。
「あの、奥に見える大きな屋敷は保護地区の建物?」
「ええ、そうです。アデルの方々は時々こちらのヴィラを利用されるんですよ。」
「ああ、そうか。そうだよね。」
僕は思い出した様に頷いた。
クーペルーベンにはこの領地で唯一のアデルの保護区がある。アデルは安全上の観点から基本的には保護地区から出ることはないが、おそらくこの地区では多額の金額を払えばお気に入りのアデルとヴィラで夢のようなひと時を過ごせる、という仕組みになっているのだろう。ここの保護地区は特に高額で貴族向けになっていると聞いたことがある。
「ヴィラが見えて参りましたよ。」
ボーイが指を刺す方を見ると木立の中に石造りの建物が見えてきた。かなり立派だ。石造りの建物は母屋と離れがあり、その横には馬小屋があった。さらに母屋の後ろにはアーチ屋根になったガラス張りの大きな建物がある。
「貸し切りのスパってあんなに大きいんだ…。」
「ええ、こちらのスパはすごく人気なんですよ。」
「そうなんだ…楽しみだな…。」
「そうですね。」
僕はリノと微笑みあった。車をヴィラ前に乗り付けると、ボーイは颯爽と降りてエスコートしてくれる。ヴィラの中は落ち着いたインテリアと清潔なファブリックで気持ちが良い。南面には大きなガラス窓が設けられていて新緑が美しかった。
僕たちがヴィラを見学している間にボーイが荷物を運び入れてくれた。
「1杯目のお茶をお入れいたしましょうか。」
「お気遣いありがとう。でも、こちらでやります。」
「承知いたしました。何かありましたらこちらの呼び鈴でお呼びください。」
ボーイはにっこりと微笑んで立ち去った。それを見届けるとエントランスにいたジェイデンも一礼をする。
「では、私も隣の離れに滞在させていただきます。何かあればお呼びください。」
「ジェイデン、ありがとう。離れに行く前にお茶を一緒にどう?」
「いえ、せっかくですのでお二人の時間をお過ごし下さい。」
ジェイデンは少しだけ微笑んだ。そしてエントランスから出て行った。このヴィラの隣にある離れに向かったのだろう。
2人を見届けると、リノが手慣れた様子で紅茶を淹れてくれた。僕たちは窓際に面したロングソファに座って、景色を見ながら紅茶を楽しむ。
紅茶を飲み終えて休んでいると、せっかくだからスパに入らないかとリノが提案してくれた。このヴィラに付いているスパはいつでも利用することができるのだ。僕は少し考える。
「うーん…スパも行きたいけど…せっかく2人きりになったから、もうちょっと休憩したい、かな。」
「ふふ、休憩、ですか?」
「うん。」
くすくす笑うリノの方を向いて、髪に手を伸ばした。彼は恥ずかしそうに微笑む。そのままお互いに顔をよせて、唇を重ねた。何度か唇を合わせるようなキスをして、薄く開かれた唇にゆっくりと舌を差し入れる。
「ん…。」
馬車では深く口付けを出来なかったから、その分深く口付けをしたかった。リノもそう思っていてくれていたのか、すぐに僕の舌を迎えいれてくれる。僕は彼の舌の縁をゆっくりとなぞった。
「…んっ…。」
僕の動きを肯定するようにリノは僕の舌を吸った。リノの温かい体温が舌から伝わる。
「…はぁっ…っ…。」
ちゅくと、やらしい音を立てながら夢中でお互いの舌を絡めた。段々と体重をかけてリノを押し倒す。彼は僕の首に手を回し、足を絡ませて夢中で僕の舌を吸った。
気持ちいい。今までしたことがないような官能的なキスだ。僕は幸せな気持ちで満たされていた。無意識にゆっくりと腰が動く。
「っはぁ…リノ…。」
「ぁ…ティト…様…。」
僕たちはゆっくりと腰を合わせながらキスを重ねる。リノは僕の行動に抵抗をする様子はない。気持ちよさそうな表情で足を絡め、僕が動くタイミングに合わせて彼の腰も動く。その光景はあまりにも情欲的だ。
「っ……、ん…。」
ゆらゆらと腰をすり合わせる度にリノから微かに声が漏れる。もうほとんどセックスのような動きだ。スラックス越しに彼の熱を感じる。僕は夢中で彼を求めた。
「…は……ぁっ…。」
リノは甘い声を漏らし、気持ちよさそうな表情をしている。
けれど、フェロモンの匂いはやはりしなかった。僕のものは少し反応をしているが、リノのフェロモンがないと完全には勃たない。
「リノ……フェロモン頂戴…っ。」
「ぁ……だめっ。」
リノはフェロモンと言われた途端に思い出したかの様に必死に首を振った。ここまで許してくれているのに、その頑なさに心が折れそうだ。
僕は腰を動かすのをやめ、唇を離した。興奮で目の前がチカチカする。これ以上のお預けは正直限界だ。何度か息を吐いて自分を落ち着かせる。
「リノ…僕が具合が悪くなっちゃうから心配?」
「…違う…。」
「何でダメかちゃんと教えて?」
少し言い募るような言い方になってしまった。僕は何度か深呼吸をしてリノが言葉を紡ぐのを待つ。リノは荒くなった息を何とか整えて口を開いた。
「…ティト様が…私のフェロモンで気絶してしまったら、と思うと…怖くて…。」
リノは不安げに瞳を揺らしていた。
「ティト様に拒絶されたくないです…ちゃんと愛されたい…。」
「リノ…。」
僕はリノからそっと身体を離した。リノもゆっくりと体勢を戻して向かい合うように座る。
「僕、リノの気持ちをちゃんと考えてなかったね…ごめん…。」
リノは首を振った。
「いえ…私も…ごめんなさい…。ティト様に少しずつ慣れて貰うようにフェロモンを出せれば良かったんですが…その…。」
リノは恥ずかしそうに顔を伏せる。僕は彼を覗き込んだ。
「その…ティト様との触れ合いが、気持ち良すぎて…とてもコントロールできなくて…。」
彼は顔を赤くさせてそう言った。
僕はその言葉を聞いて、あまりの恥ずかしさに体がかぁっと熱くなる。
彼は少しずつフェロモンに慣らしてくれようとしていたのに、僕ががっついていたせいでコントロールが出来ず、遮断することしか出来なかったのだ。彼の気遣いにも気付かず、ただ猿のように性急にフェロモンが欲しいと言っている僕は、リノから見たらさぞかし盛ったガキに見えただろう。
早くフェロモンの恐怖を克服して愛し合いたいと思っていたのに、自分の行動でそれを遠ざけていた。あまりにも自分が考えなしだった事に気付く。
「恥ずかしい…。」
「ティト様…?」
僕はリノの方に身体を向ける。そして頭を下げた。
「ごめんなさい。」
「ティト様、謝らないでください。」
「僕、完全に独り善がりだった。本当にごめんね。」
リノは僕が謝る様子に慌てたような素振りをみせる。
「私の方こそ、ティト様がハリス様を抱いて差し上げたいと思っていらっしゃるのに……自分が拒絶されるのが怖くて、中々お手伝いが出来なくて…それなのに愛されたいだなんて…。」
僕はリノの言葉に固まった。
「え、ごめん…どういう意味?なんでハリスが出てくるの?」
「え?」
僕は鈍くなった頭を働かせて思考する。なんだか嫌な汗をかいてきた。
「もしかして…僕がハリスを抱きたいから、リノのフェロモンに慣れてトラウマを克服しようとしてた、と思ってる?」
「はい。」
「…そのために僕が君にキスしたり、それ以上のことをしようとしてたと?」
「はい。その…レヴィル様のフェロモンでは酩酊されてしまうので、私が適任だったのかと…。」
リノは少し首を傾げて頷いた。不安そうに何か違うのだろうかという顔をしている。僕はリノの言葉にぞっとしてしまい、どっと背中に嫌な汗をかいた。
リノは僕が別の男を抱きたいために、踏み台として自分を求めているのだと思っていたのだ。そんな風に思わせていたことが申し訳なさすぎて、男として情けなくて、頭をソファに擦り付けたくなる。僕はリノを置いてけぼりにして一人で浮かれて、一人で焦っていた。最高にかっこ悪い、本当に最悪だ。
思えば、僕は婚約者になってほしいとプロポーズをして以来、彼に何の言葉も掛けていない。元々愛の告白にしてはあまりにも情けないプロポーズだったのに、それ以外には何も伝えていなかった。リノが誤解してしまうのも当然だ。
僕は自分のあまりの未熟さに身悶えしたくなる。それを何とか耐えて、リノの方にしっかりと身体を向けた。
「リノ、僕一人で浮かれた……本当にごめんなさい。」
僕は姿勢を正してリノに謝った。
「僕がリノにキスをしたり、それ以上のことをしたいと思っていた事とハリスは全く関係がないよ。」
「そう、なのですか?」
「うん。」
僕はリノにちゃんと伝わるようにしっかりと瞳を見つめた。
「僕は…ずっと一緒にいてくれて優しいリノが大好き。」
「…ありがとうございます。」
「でも、僕の大好きはリノが思ってる大好きだけじゃないよ。」
リノの髪をそっと撫でる。
「最近はリノと一緒に過ごす時間が楽しくてずっと一緒にいたいなって思う。僕が褒めた服や髪型を忘れないでデートでまた着てくれたり、レヴィルに焼き餅焼いてくれるのもすごく嬉しい。」
僕の言葉に少しリノは恥ずかしそうに瞬きをした。
「あとは…キスが好きな所も…すごくすごく可愛いなって思う。」
「っ…。」
「もっとたくさんキスしたいし、もっとリノの色んな表情が見たい。」
リノは恥ずかしさに耐えられなくなったのか顔を伏せた。少し赤くなっている。
「いつかリノとセックスをしたいし、2人の子供が欲しい。でもそんなの関係なく、歳をとってもずーっとリノと一緒にいたいし、笑っていたい。死ぬまで一緒にいたいよ。」
僕はそっと彼の肩を撫でる。
「僕の好きは、多分恋愛の好き……なんだと思う。誰かの代わりじゃなくて、リノが大好きだからキスがしたい。」
「本、当に…?」
「本当だよ。」
リノは恥ずかしそうに身じろぎをして、顔を上げた。頬を紅潮させて瞳は揺れている。
「リノ、大好きだよ。ずっと僕の傍にいて欲しい。」
「……私も、ティト様が大好きです。」
リノはぽろっと片目から1粒の涙を流した。僕はゆっくりとリノを抱きしめた。
「…ありがとう。」
「ティト様…。」
「不安な想いにさせちゃってごめんね。」
リノは僕の腕の中で首を振った。そしてそっと上目遣いに僕をみて、優しく微笑んだ。
「…キスしてくれたら許します。たくさん。」
「もちろん。」
僕たちはくしゃくしゃの顔で笑いあって、長い時間をかけてキスをした。
車窓を望むとクーペルーベンを流れる川が見えてきていた。街道沿いは新緑の美しい並木道となっており、道の側には愛らしい草花が咲き乱れている。太陽の光に川の水面が反射してきらきらとしていて、まるで印象画の光の世界にいるような感覚になる。
「綺麗…。」
「本当ですね…。」
僕たちは車窓の風景を楽しんだ。
クーペルーベンは、緑が美しいクローデル領の中でも特に美しい地だ。かつて王族の慰安地であったこの土地は、広大な敷地がランドスケープガーデンとして整えられており、色々な場所にお茶を楽しむための東屋が設けられている。そしてここは温泉地としても有名で、いくつもの温浴施設がある。
しばらく馬車を走らせると美しい睡蓮の浮かんだ池のほとりにドーム状の屋根を持った大きな建物が見えてきた。クーペルーベンの中心部だ。この建物には音楽堂やスパやエステなどの温浴施設、美しい景色を楽しめるホテルなどが併設されている。
車寄せに馬車を寄せてもらい、僕はリノをエスコートしてエントランスへ降り立った。すぐにホテルのボーイが来てくれ、丁寧な挨拶をした後に荷物を受け取ってくれる。ジェイデンも馬から降りて御者に預ける。ここで御者とはしばらくお別れだ。
ボーイに続いてエントランスに入るとホワイトタイのスタッフが恭しく挨拶をしてくれた。
「ティト様。ようこそ、クーペルーベンへお越しくださいました。」
「ありがとう。相変わらずこちらは綺麗ですね。」
「ありがとうございます。すぐにヴィラにご案内することもできますが…よろしければ中庭をご覧になりながら、お茶はいかがでしょうか。」
「ええ、ありがとう。ただ少し疲れたのでお茶はヴィラでいただきます。」
「承知いたしました。ではご案内いたします。」
僕たちはスタッフの先導で美しい柱梁の廊下を進んで裏手のランドスケープガーデンに出た。軒先にはクラシックな魔導車が停車している。スタッフが車の扉を開いてくれ、僕とリノは後部席に乗り込んだ。ボーイは荷物を積んで運転席に乗り、ジェイデンは助手席に乗り込む。ホワイトタイのスタッフに見送られて、車はゆっくりと木立の道を発車した。
「ティト様、お疲れはどうですか。」
「ふふ、大丈夫だよ。」
「ヴィラに着いたらゆっくりしましょうね。」
「うん。」
僕は微笑んでリノの手を握った。僕たちが今日泊まる場所は中央部のホテルではない。この美しいガーデンに点在しているヴィラの一つに滞在する。
車が走る道はいくつかに枝分かれしていた。きっとこの枝分かれの数だけヴィラが用意されているのだろう。メインの道の先は小高い丘になっていて、遠くに立派な建物が見える。
「あの、奥に見える大きな屋敷は保護地区の建物?」
「ええ、そうです。アデルの方々は時々こちらのヴィラを利用されるんですよ。」
「ああ、そうか。そうだよね。」
僕は思い出した様に頷いた。
クーペルーベンにはこの領地で唯一のアデルの保護区がある。アデルは安全上の観点から基本的には保護地区から出ることはないが、おそらくこの地区では多額の金額を払えばお気に入りのアデルとヴィラで夢のようなひと時を過ごせる、という仕組みになっているのだろう。ここの保護地区は特に高額で貴族向けになっていると聞いたことがある。
「ヴィラが見えて参りましたよ。」
ボーイが指を刺す方を見ると木立の中に石造りの建物が見えてきた。かなり立派だ。石造りの建物は母屋と離れがあり、その横には馬小屋があった。さらに母屋の後ろにはアーチ屋根になったガラス張りの大きな建物がある。
「貸し切りのスパってあんなに大きいんだ…。」
「ええ、こちらのスパはすごく人気なんですよ。」
「そうなんだ…楽しみだな…。」
「そうですね。」
僕はリノと微笑みあった。車をヴィラ前に乗り付けると、ボーイは颯爽と降りてエスコートしてくれる。ヴィラの中は落ち着いたインテリアと清潔なファブリックで気持ちが良い。南面には大きなガラス窓が設けられていて新緑が美しかった。
僕たちがヴィラを見学している間にボーイが荷物を運び入れてくれた。
「1杯目のお茶をお入れいたしましょうか。」
「お気遣いありがとう。でも、こちらでやります。」
「承知いたしました。何かありましたらこちらの呼び鈴でお呼びください。」
ボーイはにっこりと微笑んで立ち去った。それを見届けるとエントランスにいたジェイデンも一礼をする。
「では、私も隣の離れに滞在させていただきます。何かあればお呼びください。」
「ジェイデン、ありがとう。離れに行く前にお茶を一緒にどう?」
「いえ、せっかくですのでお二人の時間をお過ごし下さい。」
ジェイデンは少しだけ微笑んだ。そしてエントランスから出て行った。このヴィラの隣にある離れに向かったのだろう。
2人を見届けると、リノが手慣れた様子で紅茶を淹れてくれた。僕たちは窓際に面したロングソファに座って、景色を見ながら紅茶を楽しむ。
紅茶を飲み終えて休んでいると、せっかくだからスパに入らないかとリノが提案してくれた。このヴィラに付いているスパはいつでも利用することができるのだ。僕は少し考える。
「うーん…スパも行きたいけど…せっかく2人きりになったから、もうちょっと休憩したい、かな。」
「ふふ、休憩、ですか?」
「うん。」
くすくす笑うリノの方を向いて、髪に手を伸ばした。彼は恥ずかしそうに微笑む。そのままお互いに顔をよせて、唇を重ねた。何度か唇を合わせるようなキスをして、薄く開かれた唇にゆっくりと舌を差し入れる。
「ん…。」
馬車では深く口付けを出来なかったから、その分深く口付けをしたかった。リノもそう思っていてくれていたのか、すぐに僕の舌を迎えいれてくれる。僕は彼の舌の縁をゆっくりとなぞった。
「…んっ…。」
僕の動きを肯定するようにリノは僕の舌を吸った。リノの温かい体温が舌から伝わる。
「…はぁっ…っ…。」
ちゅくと、やらしい音を立てながら夢中でお互いの舌を絡めた。段々と体重をかけてリノを押し倒す。彼は僕の首に手を回し、足を絡ませて夢中で僕の舌を吸った。
気持ちいい。今までしたことがないような官能的なキスだ。僕は幸せな気持ちで満たされていた。無意識にゆっくりと腰が動く。
「っはぁ…リノ…。」
「ぁ…ティト…様…。」
僕たちはゆっくりと腰を合わせながらキスを重ねる。リノは僕の行動に抵抗をする様子はない。気持ちよさそうな表情で足を絡め、僕が動くタイミングに合わせて彼の腰も動く。その光景はあまりにも情欲的だ。
「っ……、ん…。」
ゆらゆらと腰をすり合わせる度にリノから微かに声が漏れる。もうほとんどセックスのような動きだ。スラックス越しに彼の熱を感じる。僕は夢中で彼を求めた。
「…は……ぁっ…。」
リノは甘い声を漏らし、気持ちよさそうな表情をしている。
けれど、フェロモンの匂いはやはりしなかった。僕のものは少し反応をしているが、リノのフェロモンがないと完全には勃たない。
「リノ……フェロモン頂戴…っ。」
「ぁ……だめっ。」
リノはフェロモンと言われた途端に思い出したかの様に必死に首を振った。ここまで許してくれているのに、その頑なさに心が折れそうだ。
僕は腰を動かすのをやめ、唇を離した。興奮で目の前がチカチカする。これ以上のお預けは正直限界だ。何度か息を吐いて自分を落ち着かせる。
「リノ…僕が具合が悪くなっちゃうから心配?」
「…違う…。」
「何でダメかちゃんと教えて?」
少し言い募るような言い方になってしまった。僕は何度か深呼吸をしてリノが言葉を紡ぐのを待つ。リノは荒くなった息を何とか整えて口を開いた。
「…ティト様が…私のフェロモンで気絶してしまったら、と思うと…怖くて…。」
リノは不安げに瞳を揺らしていた。
「ティト様に拒絶されたくないです…ちゃんと愛されたい…。」
「リノ…。」
僕はリノからそっと身体を離した。リノもゆっくりと体勢を戻して向かい合うように座る。
「僕、リノの気持ちをちゃんと考えてなかったね…ごめん…。」
リノは首を振った。
「いえ…私も…ごめんなさい…。ティト様に少しずつ慣れて貰うようにフェロモンを出せれば良かったんですが…その…。」
リノは恥ずかしそうに顔を伏せる。僕は彼を覗き込んだ。
「その…ティト様との触れ合いが、気持ち良すぎて…とてもコントロールできなくて…。」
彼は顔を赤くさせてそう言った。
僕はその言葉を聞いて、あまりの恥ずかしさに体がかぁっと熱くなる。
彼は少しずつフェロモンに慣らしてくれようとしていたのに、僕ががっついていたせいでコントロールが出来ず、遮断することしか出来なかったのだ。彼の気遣いにも気付かず、ただ猿のように性急にフェロモンが欲しいと言っている僕は、リノから見たらさぞかし盛ったガキに見えただろう。
早くフェロモンの恐怖を克服して愛し合いたいと思っていたのに、自分の行動でそれを遠ざけていた。あまりにも自分が考えなしだった事に気付く。
「恥ずかしい…。」
「ティト様…?」
僕はリノの方に身体を向ける。そして頭を下げた。
「ごめんなさい。」
「ティト様、謝らないでください。」
「僕、完全に独り善がりだった。本当にごめんね。」
リノは僕が謝る様子に慌てたような素振りをみせる。
「私の方こそ、ティト様がハリス様を抱いて差し上げたいと思っていらっしゃるのに……自分が拒絶されるのが怖くて、中々お手伝いが出来なくて…それなのに愛されたいだなんて…。」
僕はリノの言葉に固まった。
「え、ごめん…どういう意味?なんでハリスが出てくるの?」
「え?」
僕は鈍くなった頭を働かせて思考する。なんだか嫌な汗をかいてきた。
「もしかして…僕がハリスを抱きたいから、リノのフェロモンに慣れてトラウマを克服しようとしてた、と思ってる?」
「はい。」
「…そのために僕が君にキスしたり、それ以上のことをしようとしてたと?」
「はい。その…レヴィル様のフェロモンでは酩酊されてしまうので、私が適任だったのかと…。」
リノは少し首を傾げて頷いた。不安そうに何か違うのだろうかという顔をしている。僕はリノの言葉にぞっとしてしまい、どっと背中に嫌な汗をかいた。
リノは僕が別の男を抱きたいために、踏み台として自分を求めているのだと思っていたのだ。そんな風に思わせていたことが申し訳なさすぎて、男として情けなくて、頭をソファに擦り付けたくなる。僕はリノを置いてけぼりにして一人で浮かれて、一人で焦っていた。最高にかっこ悪い、本当に最悪だ。
思えば、僕は婚約者になってほしいとプロポーズをして以来、彼に何の言葉も掛けていない。元々愛の告白にしてはあまりにも情けないプロポーズだったのに、それ以外には何も伝えていなかった。リノが誤解してしまうのも当然だ。
僕は自分のあまりの未熟さに身悶えしたくなる。それを何とか耐えて、リノの方にしっかりと身体を向けた。
「リノ、僕一人で浮かれた……本当にごめんなさい。」
僕は姿勢を正してリノに謝った。
「僕がリノにキスをしたり、それ以上のことをしたいと思っていた事とハリスは全く関係がないよ。」
「そう、なのですか?」
「うん。」
僕はリノにちゃんと伝わるようにしっかりと瞳を見つめた。
「僕は…ずっと一緒にいてくれて優しいリノが大好き。」
「…ありがとうございます。」
「でも、僕の大好きはリノが思ってる大好きだけじゃないよ。」
リノの髪をそっと撫でる。
「最近はリノと一緒に過ごす時間が楽しくてずっと一緒にいたいなって思う。僕が褒めた服や髪型を忘れないでデートでまた着てくれたり、レヴィルに焼き餅焼いてくれるのもすごく嬉しい。」
僕の言葉に少しリノは恥ずかしそうに瞬きをした。
「あとは…キスが好きな所も…すごくすごく可愛いなって思う。」
「っ…。」
「もっとたくさんキスしたいし、もっとリノの色んな表情が見たい。」
リノは恥ずかしさに耐えられなくなったのか顔を伏せた。少し赤くなっている。
「いつかリノとセックスをしたいし、2人の子供が欲しい。でもそんなの関係なく、歳をとってもずーっとリノと一緒にいたいし、笑っていたい。死ぬまで一緒にいたいよ。」
僕はそっと彼の肩を撫でる。
「僕の好きは、多分恋愛の好き……なんだと思う。誰かの代わりじゃなくて、リノが大好きだからキスがしたい。」
「本、当に…?」
「本当だよ。」
リノは恥ずかしそうに身じろぎをして、顔を上げた。頬を紅潮させて瞳は揺れている。
「リノ、大好きだよ。ずっと僕の傍にいて欲しい。」
「……私も、ティト様が大好きです。」
リノはぽろっと片目から1粒の涙を流した。僕はゆっくりとリノを抱きしめた。
「…ありがとう。」
「ティト様…。」
「不安な想いにさせちゃってごめんね。」
リノは僕の腕の中で首を振った。そしてそっと上目遣いに僕をみて、優しく微笑んだ。
「…キスしてくれたら許します。たくさん。」
「もちろん。」
僕たちはくしゃくしゃの顔で笑いあって、長い時間をかけてキスをした。
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スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
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小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
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