近未来怪異譚

洞仁カナル

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社会的不公正

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「こういう話はしっかり教えておいた方がいいわね」



 お母さんは僕と向かい合い、声を抑えて、僕と自分に言い聞かせるように言った。



「いい? 死刑判決が最後に出たのは、たしか七十年くらい前で、それ以来出てないの。


最後の死刑囚が老衰で死んだのが三十年くらい前。


死刑執行が実際にあったのはそれよりずっと前なのよ。


つまりそれくらい前から死刑執行はいけないことだという暗黙の了解ができていたってこと。


だから今更死刑判決なんて下したって、執行なんてされないのは明白。


今の時代、法務大臣だって死刑執行なんて負担の大きなことしないだろうし、今はほとんど活動していないけど過激な死刑反対派の勢力だっている。その人達との折り合いだってあるもの、死刑判決なんて形だけ」



なるほど、そういう理由でお母さんは怒っていたのか。


僕はスルガの喉をなでながら、頭に浮かんだ新たな疑問をお母さんに投げた。



「執行されない死刑って無期懲役と違うの?」



執行されないとはいえ、刑務所から出られないのは変わらないのだから、ずっと刑務所にいる無期懲役と変わらないのではないか。



「違うよ、死刑は懲役がないのよ」


「懲役って言葉は聞くけど、何をするの?」


「刑務所内で働くこと」


「じゃあ死刑を下された人って働かないの?」


「基本的にはね。中には請願作業っていうことをする人もいるけど」



お母さんはそばに置いてあったコップの水を一口飲んで続けた。



「本来殺人みたいな酷い罪を犯した人間には、懲役が課されるの。


けどね、死刑囚には懲役が課されない。死刑囚は独房で死と向き合い、自分の罪を反省するの。


でも命を奪われることがないと分かっている以上、むしろ一生労働からも解放されたようなものよ」



 自分の言葉にイライラしてきたのかまた声が大きくなってきた。



「お母さんは死刑が執行されてほしいの?」



僕の質問にお母さんは頭を抱えて眉間にしわを寄せた。



「いや、違うのよ。死刑を執行してほしいんじゃなくて、罪を償わせるべきだって言ってるの。


死刑って言ったって結局は殺人じゃない。


殺人はいけないことだし、関わる人の心労を考えると、執行しろなんて口が裂けても言えないよ? 


だからこそ無期懲役にしなさいって言ってるの。


何人も殺めるような殺人って、強盗殺人とか保険金殺人の場合が多いと思うけど、犯人達は働かずにお金を儲けたいって考えて罪を犯したんじゃないかと思うの。


その人達にとっては死ぬまで逃げられない懲役ってかなり苦しいと思うんだよね。


だからきちんと償いになるのよ。


だからみんな無期懲役で納得してる。


あくまでお母さんの考えだけどね。


一方で、死刑は執行されて初めて償いができるの。


死刑が執行されないってことは罪を償わないってことになるでしょ?」


「それって執行されてほしいってことじゃないの?」



 僕は素朴な疑問として言ったのだが、お母さんを困らせるには十分な内容だったらしい。


 お母さんは力なくうなだれた。


 お母さんを困らせてしまったことにちょっと罪悪感を抱いた。



「そうかもしれない。お母さんは人が殺されることを望んでるのかもね。


言い訳になるけど、今の時代は死刑賛成なんて言ったらどんな風に見られるかわからないから、みんな表向きは納得しているだけなのかもしれない。


実は心の底では死刑賛成の人も結構いるんじゃないかしら。


この犯人達って、政治家とか警察のお偉いさんの息子らしいじゃない。


しかもその親がまた困った人達で、自分たちの欲のために悪いことを普通にするとか、悪い噂が後を経たないの。


間違いなく執行されないのは分かってる。


今の死刑制度なんて存在しているだけで機能してないんだから。


執行されないのがわかっていて判決されたって、それは許されたようなものじゃない!


この子達絶対反省なんてしないよ!」


 お母さんは肺を限界まで空気で満たすように息を大きく吸い、その倍以上の時間をかけてため息を吐いた。


 そして再度テレビに視線を向けた。


 僕もつられてテレビを見る。


 コメンテーターが「この判決は彼らに更生を促すでしょう」などと、子どもの僕が見ても気休めだと分かる発言をしていた。



「きっと収容されても特別扱いされるのよ。本来死刑囚にされる厳しい制限だってないだろうし。お偉いさんの子どもだからってなんでも許されるなんて、差別よ!」


「そんなに政治家とか警察って悪い人なの?」


「いや、政治家でも警察のお偉いさんでもその家族でも真っ当に生きている人はいるよ? 中にはね。でも、一部のこんな人間のせいでそういう人達まで白い目を向けられることになる。そんな二次被害まであるなんて酷すぎる!」



 テレビを見ていても怒りが収まることはないと察したのか、お母さんは中断していた食器の片づけを再開した。


 僕は、このままテレビを観ていてもお母さんが怒るだけだと思うので、テレビを操作してネットの動画配信サイトに切り替えた。


 同じような事件のまとめニュース動画のサムネイルがズラリと並んでいる。


『【速報】村ノ戸連続殺人事件 元少年三人に死刑判決』


『【閲覧自己責任】残酷すぎる…少年らが起こした凄惨事件【村ノ戸連続殺人事件】』


『村ノ戸連続殺人事件を元刑務官と現役弁護士が徹底解説!』



 きっとテレビよりは大衆の意見を反映した内容なのではないかという淡い期待を持って、まともそうなタイトルの一つを選択した。


 被害者遺族の独白動画だ。


 動画投稿者は判決後に被害者遺族に取材したらしく、ノンカットのインタビュー映像が三十分ほどの長さで投稿されている。


被害者の一人の父親が加工された声で胸の内を打ち明けている。



『彼らは公判の時、不貞腐れた顔で私たち遺族を睨みつけました』


『私達の子供の命と彼らの命は、同じ重さではないんですね』


『懲役刑であれば、出所した後に私が娘の敵討ができる。しかし死刑となってしまった以上、それも叶わなくなってしまった。彼らは塀の中で、仇討ちからも守ってもらえるんですね』



 先ほどの弁護士やコメンテーターの心のこもっていない発音練習のような言葉とは違い、言葉一つひとつが文鎮のように重く圧し掛かる。


 強い言葉に僕は少し恐怖を覚えた。



「お母さんが被害者の家族の立場だったら、もし煌になにかあったら、犯人には同じ苦しみを味わわせたいって思うだろうな。だからこの人の言うこと、批判できないな」



 皿を棚にしまいながら、まるで自分のことのように憤るお母さん。


 お母さんの思想が結構過激であると知り、僕は複雑な心境になった。



「機能しない死刑なんてさっさと廃止しちゃえばいいのに! ……あ、今の話、みんなにはしちゃ駄目よ。死刑反対以外のことを言ったらどんな目で見られるかわからないんだから」



 僕は違う動画をクリックした。


 今度はTVで中継された加害者側の親族の映像の切り抜き動画だ。



 泣きじゃくってたはずの加害者のお母さんが、別の人のインタビューに移ったときに後ろでガッツポーズしているのが発見された。



 さすがの僕でもやりきれなくなった。


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