近未来怪異譚

洞仁カナル

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社会的不公正

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 今日の給食は僕の好きなカレーライスだったけど、なぜだか食欲が湧かなかった。


 原因はわかっていた。


 村ノ戸連続殺人事件のせいだ。


 僕の頭の中の大部分に、この事件について昨日知ったいろいろな情報が鳥の巣のように絡み合って鎮座していた。


 死刑判決、被害者遺族の言葉、お母さんの考え、様々な情報が一気に僕の中に流れてきたことで、頭が処理しきれずにストレスになっている。


 給食の時間が終わり、昼休みになっても僕の気持ちは塞ぎ込んだままだった。


 こういう時にやることは一つだ。


 僕は教室の真ん中より廊下側に位置する友人の席に向かった。


  奨すすむ君は机に本を広げて、それを見ながら手を組んだり合わせたりしていた。


 明らかに不審な動きをしているが、クラスのみんなは自分の時間を思い思いに過ごしているので誰も気に留めていない。



「ねえねえ、奨君」



 僕は奨君の前の席の椅子を借りて座った。


 奨君は小さな声で何かを呟いている。



「何してんの?」



 僕は邪魔になるのも気にせずに声をかけた。


 むしろ奨君の作業を中断させるつもりだったが、奨君は手を止めることはなかった。



「印を結ぶ練習をしているんだよ」



 奨君は指を内側に織り込むようにして右手と左手を握り合わせていた。


 その奇妙な手の形が不恰好な彫刻のようで一種の芸術のようにも見えた。



「印?」


「陰陽師がやるアレだよ。呪いとか術式とかをやるときに、手でいろんな形を作って、なんかやってるじゃん。あれを『印を結ぶ』って言うんだよ」


「そうなんだ」



 僕は龍治さんのことを思い浮かべた。


 たしかに手で何かをしていたかもしれない。


 それを自分でやろうという発想には至らなかったな。


「煌君も練習しておいたほうがいいよ。『九字護身法』教えてあげるから」


「昨日のニュース観た? 死刑判決出たじゃん。あれ、どう思う?」



 奨君の提案を無視して、僕は自分の聞きたかったことを単刀直入に聞いた。


 不謹慎かもしれないけどこの話題について奨君と話したかった。


 同年代の奨君が何を考えているか、知りたかった。



「異例のスピードらしいね、事件からたった一年ちょっとで死刑確定は。控訴もしないらしいし」


「そうなんだー」



 コウソってなんだろうかと頭で思いながら相槌を打った。



「昔は長いと二十年くらいかかったらしいよ。死刑が確定するまで」



 そんなことも知っているのかと、僕は奨君の博識さを改めて実感した。


 そして自分の不勉強さを少し恥じた。


 僕は昨日、死刑についてお母さんから教えてもらって分かったのに、奨君はすでにそんな歴史的背景まで知っているなんて。



「まあ、それは置いておいて、なんか、うまく逃げられた感がすごいよね」


「うん?」


「だって、一応は人類史上最も重い罪に処されたんだよ。


もし軽い罪になったのなら、被害者側も文句言えるけど、『これ以上重い罪にはできません。それくらいのことをしました』って言われたら被害者遺族が何もできない。


刑を軽くしろなんて言ってめちゃくちゃ軽い罪になったらそれこそ目も当てられない。


たとえ死刑が執行される確率がゼロに等しくても、ゼロじゃない以上は文句が言えないじゃん。


加害者の家族も『辛いが受け入れる。命をもって償わせる』なんて。


そんなこと言われたら何も言えないじゃん。


『そんなの嘘だ』なんて言ったら、言ったほうが非道な人間になる」



 今の奨君には世間を騒がせた死刑判決よりも印を結ぶ練習の方が重要のようだ。



「りん、ぴょう、とう、しゃ、あー無理、指つる」



 印をうまく結べずに、奨君は投げやりになって背もたれにふんぞり返った。



「今まで静かだった死刑反対派が騒ぎ出すだろうね。


そしてその問題がある限り死刑執行はなされない。


体よく逃げられたね。


親が権力者だからだよね。


親が子どもを庇おうとしているからタチが悪い。


後ろ盾のない人間だったら確実に無期懲役だよ。


加害者は死刑が執行されないことを知っているから死の恐怖に震えることもない、懲役を課されることもない、きっと待遇もいいだろうから悠々自適だろうね。


だけど表上は『罪を受け入れます』とか『しっかりと償わせます』とか言ってるから誰も文句が言えない」



 印を結ぶ練習をしながらこんなに色々なことを考えていたのかと感心する。


 一見何も考えていないように見えていろいろ考えているのが奨君のすごいところだ。


お母さんも同じことを言っていたなと思ったが、一応口止めされたし口には出さなかった。



「もし被害者の方も同じくらい上流階級の人間だったらどうなるかわからないけど、被害者のほとんどは一般家庭の人達だから、もうどうすることもできないよ」


「そんなこと許されるなんて、酷いね」



 奨君からの怒涛の言葉の大波に溺れそうになりながら僕はそうこぼした。


「社会的不公正はいけないことだとかなんとか言ってるけど、結局現実社会はこんな感じだね」



「『社会的不公正』って何?」



 聞きなれない言葉に僕の耳が反応した。



「いわゆる差別だよ。


性別とか人種とかで社会的に不当な扱いを受けること。


選挙権を与えないとか教育を受けさせないとか。


加害者が正当に裁かれないことは差別にあたると思うけど、まあ一応罪に対しては相応の判決が出ているから表立っては言えないね」


「でもそこまで上流階級の人の子どもだったら、罪を揉み消した方がよくない? なんでしなかったのかな」



 僕は奨君の机に頬杖をつきながら聞いた。



「煌君はこの事件、よく知らないの? 


加害者達は現行犯逮捕されたんだよ。


夜に公園で、アルバイト帰りの女の子に暴力を振るっている時に通行人に見つけられて警察呼ばれたんだ。


女の子は病院に運ばれたけど結局死んじゃった。


女の子の親が弁護士だったから、結構大事になったよ。


でも、もし弁護士じゃなかったら、ひょっとしたら揉み消されたかもしれないね。


逮捕されたら余罪がじゃぶじゃぶ出てきて、二ヶ月で八人殺してたことが分かった。

ちなみにその弁護士さん、昨日死刑賛成派になったって。


昔は知らないけど今の時代の弁護士って死刑反対派じゃん。すごいことになったよね」



 奨君は飽きたのか、手を狐の形にして遊んでいた。


 親指と中指と薬指をくっつけ鼻に、人差し指と小指を立てて耳に見立てている。


 右手の狐と左手の狐を向かい合わせて会話をさせるように動かしていた。



「『狐の窓』って知ってる?」



 奨君が狐をパクパクさせながら聞いてきた。



「何それ?」


「手で狐を二匹作って」



 僕は奨君に言われるがままに手を狐の形にした。



「右手の狐を自分の方に向かせる。左は向こう側」


「こう?」


「そうそう。左手小指と右手人差し指、右手小指と左手人差し指をくっ付ける」


「ほい」


「指を開くと、真ん中にのぞき穴ができるでしょ? それが『狐の窓』」



 確かに人差し指と中指の間に隙間ができていた。



「この窓から見ると覗いた対象の正体が分かるんだって」


「へー」



 信じてはいなかったが、僕は狐の窓を通して周囲を見渡した。


机、ロッカー、掲示物、 翔生しょう君の顔面どアップ。



「うえっ!?」



 急に窓に現れた翔生君の顔面どアップに、僕は椅子から転げ落ちて腰を打った。
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