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社会的不公正
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しおりを挟む『あれほど残酷な事件を起こしたのだから、当然といえば当然かもしれません。無念です』
僕は座布団に胡坐をかいて、ぼーっとテレビを観ていた。
別に観たかったわけではない。
前のバラエティ番組が終わってからそのまま続けて観ていただけだった。
「何言ってんのよこの人!」
お母さんの甲高い声が部屋に響く。
その声には怒りの色がはっきりと現れていた。
あまりの声の大きさに、僕の膝の上で和んでいたスルガが驚いて顔を上げた。
夕食が終わり、お母さんは食洗機から食器を取り出して片付けをしていたが、わざわざその手を止めて立ったままテレビを注視していた。
そろそろ食洗機能が付いた食器棚を購入しようと言いつつもまだ購入には至っていないらしい。
テレビ画面に映し出される映像を睨みつけるお母さんの顔は険しかった。
右頬を糸で引っ張られているかのように引き攣らせている。
普段あんなに気を遣ってスキンケアをしているのに、そんな表情をしたら台無しになるのではないだろうか。
僕はスルガを撫でながらお母さんとテレビ画面を交互に見た。
スルガは気を取り直して僕の膝に顎を乗せて寝息を立てた。
今観ているのは夜の情報番組で、画面には初老くらいの細身の男の人が、たくさんの記者に囲まれているところが映し出されていた。
くたびれたスーツから疲労を感じられ、細い白髪が頼りなく頭皮を覆っている。
目を伏せている姿はわざとらしいくらいに悔しさをにじませており、胡散臭さが際立っていた。
僕は画面左上のテロップに目を向ける。
『 村ノ戸連続殺人事件 元少年らに死刑判決』
今日の昼に、昨年隣の県で起こった連続殺人事件の裁判があり、被告人である三人の男の人たちに死刑判決が下ったらしい。
それからテレビ番組はこのニュース一色である。
近年稀にみる凄惨な事件だったらしく、発生した当初もすごい騒ぎになっていたのを覚えている。
事件の内容については詳しいことは知らない。
お母さんに聞いたら「 煌は知らなくていいことだから」と教えてもらえなかった。
しかしお母さんはこの事件に胸を痛めていた。
『彼らには生きて罪を償ってほしかった』
涙を流そうと必死に顔を顰めながら語るこの初老の男性は被告人の弁護士だ。
無数のカメラやマイクに囲まれている様子は、槍を向けられているようだった。
場面は変わり、今度は夫婦と思われる男女が映し出された。
どうやら被告人のうち一人の両親らしい。
顔は映っていないが、それぞれ皴のない高級そうなスーツに身を包んでいるところを見るに相当金持ちのようだ。
『身を切り裂かれるような気持ちですが、息子にはしっかりと償わせたいと思います』
ふり絞るような声で男性が答えると、隣の女性が堰を切ったように泣きだした。
「白々しい」
お母さんが低い声で憎しみを込めてつぶやいた。
その表情にはかなりの怒りの色が現れている。
「なんで死刑なのよ! 普通だったら無期懲役でしょ!? しっかり罪を償わせないといけないのに、どうして死刑判決が出るのよ!」
お母さんはこの判決に納得がいっていないようで、腕を振り回さんばかりに憤っていた。
「死刑判決出たのって僕初めて見たけど、無期懲役? ってやつより軽いの?」
お母さんは驚いた顔で僕の方を見た。
そして息子の無知を恥ずかしがるような顔をした。
どうやらまた変な事を言ってしまったらしい。
僕は死刑判決を一番重い罪だと思っていたのだが、そう思っているのは僕だけで、実は違うのだろうか。
どうしてお母さんはそんなに怒っているのだろうか。
「いや、死刑って本当は一番重い罪なのよ。命をもって償うんだから」
僕の質問で少し毒気が抜かれたのか、トーンダウンした。
「じゃあ、なんでお母さんは怒っているの?」
お母さんは大きく溜息をついた。
「それはね、絶対に執行されないのが分かってるからよ」
そう言って、僕の座っている向かいの座布団に腰を下ろした。
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