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第二章 育ったお花から採れた種

03.想像の斜め上をいくやらかしです!

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 王都の貴族街にある侯爵家のタウンハウスは、リディアの婚約破棄が決まった時に手放したが、購入した友人は⋯⋯。

『いずれ必要になるかもしれないから、それまでしっかりと管理しておくよ。と言うか、必要な時がくる事を我ら一同、心から祈ってるからな』

 いつかまた、堂々と王都で会える日が来る事が希望だと口にする友人に、レイモンドは何も言えなくなった。レイモンド達が王都に戻ってくるのはエロイーズを倒す時だと決めていたから。

 敵は皇帝と王妃⋯⋯簡単に潰せる相手ではないが、何年かかるかも分からないその時の為に、レイモンド達と共に戦うと言う決意表明でもあった。

 策を練り矢面に立つのはビルワーツ侯爵家、情報収集は王都に残る友人達。

 それならばと⋯⋯アンティークの家具や有名な画家の絵画、値がつけられない程由緒ある美術品、銀のカトラリーなどの調度品もそのままの状態で、売ったタウンハウスの価格は『金貨3枚』

 友人達が大爆笑したのは言うまでもない。



 維持・管理費を毎年支払い、メンテナンスを続けていたタウンハウスを友人から買い戻し、以前タウンハウスの執事をしていたハーレイに監督を任せた。

 花壇に季節の花を植えて壁紙を貼り替え、カーテンやリネン類を一新。タウンハウスに移る使用人の選抜も一任した。

 当時働いていた使用人のほとんどは領地に引っ越していたが、タウンハウスに戻りたいと言う。

『今までの王都にはかけらも興味がありませんでしたが、旦那様達が作り直しされる王都なら⋯⋯あのタウンハウスで、もう一度勤めさせていただきたいです』

 護衛に守られ、列をなした荷馬車がタウンハウスに着くと、使用人達が声を詰まらせた。

『ううっ⋯⋯』

『懐かしいです。またこのお屋敷を目にする事が出来たなんて⋯⋯』

『以前のままだ⋯⋯本当に帰ってきたんですね』

 タウンハウスの使用人達は、代々王都で暮らして来た者達ばかりだったので、これからは親戚や友人達にも気軽に会えるようになる。

 王都に残った使用人達は他の屋敷に勤めているが、レイモンド達が帰ってくると知って、執事宛に手紙を寄越してきた。

『彼等に声をかけても宜しいでしょうか? ビルワーツ家に戻ってくることができない者達も、お屋敷の様子を見たがっておりまして』

 レイモンド達が王都へ到着し、友人を招く前に家族と使用人だけのパーティーが開かれた。

(流石、領民や使用人を大切にするお父様とお母様だわ。みんな楽しそう)

 初めて来た王都の寂れた様子に眉を顰めていたアメリアは、喜んでいる彼等の様子を見て『絶対に成功させなきゃね』と決意を新たにした。








 近隣諸国の王侯貴族も参列し、華やかに開催される夜会のメインは、勿論ランドルフ王太子の婚約発表。

 帝国皇女の輿入れにより息を吹き返し、富裕国に成り上がったと豪語するエロイーズの達の思いを詰め込んで、盛大に開催される夜会は、様々な理由で各国の注目の的になっていた。

 主導したエロイーズは⋯⋯。

『この夜会はわたくしが帝国時代から身につけてきた、ありとあらゆる知識を総動員して、完璧に仕上げてみせるわ!』

『わたくしの素晴らしさに、皆がひれ伏すのを見せつけてやるのよ!』

『この夜会で思い知らせてやるわ。ビルワーツの財は全て、わたくしが有効活用することになると!』

 王妃の指揮の元、王妃派の貴族達が一斉に走り出し、あらゆる伝手を使って最高級品をかき集めた。

 王宮と王妃専用の離宮は、あらゆるものが新しく煌びやかになり、招待客の馬車が通る街道も敷石が張り替えられた。

 使用人達は増員された後に、全員に新しいお仕着せが与えられ、デザインを一新した制服を着た衛兵が整列した。



 派手に飾り付けられた大広間には、南方から運ばれた大量の花が飾られ、大きく開かれたテラスから流れ込む、爽やかな夜の風と共に甘い香りを漂わせている。

 絢爛豪華なクリスタルガラスのシャンデリアと、高名な画家の手による天井画は今回初披露のもの。

 他国から輸入された珍しい食材で作られた料理や酒が準備され、夜会がはじまったばかりにも関わらず既に舌鼓を打つ者もいる。



 予定では国王による開会の挨拶の後、ランドルフ王太子の婚約発表が行われる事になっていたが、ランドルフは王太子妃の内定を貰うはずのアメリアの前を通り過ぎ、ひとりの令嬢の前で片膝をついた。

 全員が微動だにしない⋯⋯静止画のようになった大広間の中、悲鳴を上げる余裕さえないまま気を失う婦人が続出し、慌てた使用人達が別室へ運んで行く。

 顔を引き攣らせた招待客の注目が集まる中、ランドルフ王太子がダンビール子爵家令嬢ジュリエッタに愛を捧げた。

 エロイーズに続く第二弾!⋯⋯いや、それよりも状況は悪いかも知れない。

 マクベスに目をつけたエロイーズは、夜会が終わるまでは『待て』ができたのだから。



 大広間の中央へ向かったランドルフとジュリエッタは、誰の目も気にせずにダンスを踊り続け、その様子を見ているエロイーズは心の中で拍手喝采を送り続けた。

(最高だわ! ビルワーツに大金を使わせた上に、大恥をかかせてやれた! 大勢の前でアメリアを無視し、貴族令嬢として再起不能な傷を負わせたなんて!
この場にあの娘ジュリエッタを準備するなんて、神がわたくしの味方をしてるみたいじゃないの!!)

 邪神か、『光を掲げる者』という名をもつ有名な悪魔かも。



 絶句する招待客の中で、ビルワーツ侯爵家の3人は心密かにサムズアップしていた。

(婚約成立前にしでかすとは、なかなかやるじゃないか。蛙の子は蛙と言うが、愚か者の息子はそれ以上の愚か者に育ったわけか。
ランドルフの奴は、これ以上ない最高のパフォーマンスを見せてくれたよ)

(まあ、あの方の嬉しそうなこと。お陰で漸く叩き潰せるんですもの、わたくしもとても嬉しいですわ)

(流石あの方エロイーズの息子ね。他の追随を許さない道化って感じで、凄く感動したわ。お二人に感謝の花束を贈ってあげてもいいくらい)



 煌びやかな衣装を纏う他の令嬢に比べると、見劣りするジュリエッタ嬢のドレスは、ジュリエッタ嬢の婚約者の色。

 ランドルフ王太子の衣装は、王太子妃の内定を貰っていたアメリアの色。



 全面改修した大広間の費用から、夜会に関わるすべての費用を負担させられたのは、ランドルフ王太子の婚約者に内定していたビルワーツ侯爵家。

 この時とばかりに、食器や厨房の器具まで新しくさせたのは他国にも知れ渡っている。

 王族全ての衣装も、他国からやって来た招待客の宿泊・移動・護衛や世話をする使用人の手配や費用も、ビルワーツ侯爵家に負担するよう指示を出し、あり得ないほどの豪華なパーティーにしたのはエロイーズ。

『なのになんで嬉しそうなんだ!』

 招待客達の、声にならない悲鳴が聞こえてくる。



『ビルワーツには金が余っているから、わたくしが使ってあげているだけの事よ。王妃の決定はこの国で最も優先されるのが当然だもの。
王国の経済に貢献できたと、ビルワーツに感謝されても良いと思わない?』

 その挙句にこの仕打ちとは。ビルワーツ侯爵家がどう動くか⋯⋯王家はこれをどうするつもりなのか。

 幸せそうに踊り続けるランドルフ&ジュリエッタと、満面の笑みを浮かべるエロイーズだが、なにより不気味なのは⋯⋯この状況の中で、ビルワーツ一家だけが穏やかに談笑している事かもしれない。

 これほど異常な事態になっても夜会は続けられ、大広間に流れ続ける音楽が、招待客達の耳には『王家の終わりを知らせる葬送曲』に聞こえてきた。

 婚約発表は延期され、有耶無耶のままで終わりを迎えたのは当然の結果だろう。








 夜会の翌朝、既に席についていた両親の前に座ったアメリアは、朝食を運んできたメイドが首を傾げるくらい機嫌が良かった。

「アメリアは初めての夜会だったのに、全然疲れてないみたいね」

 苦笑いする両親を前に、アメリアは満面の笑みを浮かべた。

「はい、大勢人がいるのには驚きましたが、あんな楽しい劇が見れるなんて思いませんでしたから。王太子とあのご令嬢は、喜劇俳優になれそうですね。あの台詞を即興で思いつくとか、もしかしたら吟遊詩人の生まれ変わりかもって考えてたら楽しくて」

 数えきれない不貞の証拠を集め『婚約致しません』と言い切り『ざまぁ』する予定だったアメリアにとって、ランドルフの公開プロポーズは、追加投入された最高のネタでしかない。

あの方エロイーズ、夜会の最中ニヤニヤし続けてらしたから、今頃大喜びしておられると思うんです。ぬか喜びだって気付くのは、是非私達の前でお願いしたいです」

 毎日、何人もの商人が請求書を持って侯爵家のタウンハウスを訪れる度に、購入時の状況などを聞き取りメモを取り、内容を確認した上でサインを貰う。その後、請求金額と明細を一覧表に纏め財務大臣に確認に行く。

 いやと言うほど繰り返されるルーチンに、アメリアは『いい加減にしろぉ!』と叫び出しそうになった。憔悴していく財務大臣も、多分同じ気持ちだっただろう。

「お父様、あの方は私達が参内する前に、私達を殺せと指示をお出しになると思いますか?」

「全ての支払いをすると約束した事を忘れていたら参内した後、覚えていれば参内前だな」

 物騒な内容はともかくとして、コロコロと表情を変えながら質問するアメリアは、年齢よりも幼く見えた。 

「あの方が覚えておられるとは思えませんから、参内後ですね! あまり時間がかかりすぎると、私の方から殺り「アーメーリーアー、それ以上は口にしてはいけません」」

 侯爵家のドンであるセレナからストップがかかり、勢いがついていたアメリアは小さく舌を出した。

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