【完結】熟成されて育ちきったお花畑に抗います。離婚?いえ、今回は国を潰してあげますわ

との

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第四章

02.どうやら本当らしい

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 驚いて上掛けを握りしめた手は小さく、アカギレだらけの手とギザギザの爪に、幼い頃の記憶が蘇った。

(そうそう、昔はいつもこんな手と爪してたわ。ペンナイフを使うと血だらけになるからって歯で噛み切ってたの。懐かしいわ⋯⋯て言うか、なんでわたくしは生きてるの? だって、バルコニーから突き落とされたはず。落ちていく時に、エドワードがその後ろで笑っていたのを覚えているもの。あれって夢だったってこと?)

 巨大なベッドに座り込んだまま見回した部屋には、不快感しか感じられない。夢の最後に見た狭くて粗末な部屋と同じで、エレーナを不安と焦燥感に駆り立てるだけ。

(急いで支度をして仕事をはじめなくちゃ間に合わない⋯⋯仕事⋯⋯仕事? まだ、子供なのに?)

 考え事をしながらベッドから降りようとして、足が届かず床に転げ落ちて⋯⋯おでこを強かに打ちつけた。

「い、いったーい! ううっ⋯⋯ベッドってこんなに高かったかしら」

(大人なら腕をついて頭を支えるけど、子供の運動神経では頭突きしてしまう⋯⋯って、わたくしは子供よね? このサイズだもの、多分子供のはず、うん。きっとまだ寝ぼけているだけだわ)

 子供がおかしなとこに怪我してたりするのは、多分こういうことなのねと感心しつつ、赤くなった額を抑えて部屋を見回した。

 とてつもなく高く見える天井には、豪華なシャンデリアがキラキラと輝き、型押しされた白い壁紙と明るい色味の床は少し古びて見える。部屋にあるのは巨大なベッド・ドレッサー・テーブルと椅子⋯⋯どれも大人サイズで、今のエレーナの身長だとよじ登らないと使えそうにない。

(アンティークの家具ばかりだけど⋯⋯艶がなくなって傷だらけだから、手入れされてないのね。部屋が埃っぽいから、あとで掃除しなくちゃ)

 なんとなく覚えている気がする部屋のしつらえに、益々不安が大きくなるが、取り敢えず現状確認が最優先だと、ドレッサーの前のスツールによじ登って、鏡を覗き込んだエレーナは、首を傾げたり顔を横向けたりして確認し⋯⋯結論を出した。

(うん、やっぱり子供だわ、間違いない⋯⋯つまり、あれは? 夢を見たんだわ。あんな嫌な夢を見るなんて、よほど寝苦しかったのね)

 すっきりしたわけではないが、クローゼットからチュニックを出して着替え、ベッドのシーツを新しい物と取り替えた。



(うーん、今何歳なのかしら⋯⋯夢と現実がごちゃ混ぜで、気味が悪いわ。あ、日記を見れば分かるはず⋯⋯子供の頃は確かこの辺に片付けてたと⋯⋯違う、今も子供だから⋯⋯えーっと、ああ、あった!)

 床に座り込んでページを捲ると、拙い文字が並んでいた。

『計算するのがおそすぎて、先生にたたかれた。おなかがすいた』

『ラテン語の文法をまちがえて、先生にむちでうたれた』

『カーテシーは難しい。1時間つづけられなくて、たたかれた。パンがたべたい』

(1時間カーテシーを続ける? そう! あれは大変だったわ。ちょっとでも身体が動いたりすると鉄扇で叩かれるから、立てなくなってまた叩かれるの繰り返しで。
歩く練習の時、頭に乗せる本が分厚くて、その上にどんどん本を積み上げられたり⋯⋯って事は、4歳だわ)



 時計を見ると朝の10時前で、アメリアは慌てて隣の勉強部屋に駆け込んだ。

(朝食はなしの日なのね。先生が来られる前に時間に気付いて良かったわ)

 家庭教師は3人いて、全員が別の教科を担当している。どの家庭教師が来るか分からないエレーナは、全ての教科書を並べて家庭教師を待った。

 家庭教師がドアから入って来た時、すぐにカーテシーができるように⋯⋯椅子の横に立って耳をすませ、ドアを見つめ続け⋯⋯ひたすら、見つめ続け。

(おかしい⋯⋯もうお昼が近いのに、家庭教師がこない日なんてなかったはず)

 音を立てないように、部屋のドアをそっと開けてみたが人の気配がしない。

(ちょっと聞きに行ってみようかしら。部屋を間違っていたら鞭が飛んでくるもの。ううん、もしそうなら、とっくに怒鳴られているはずだわ。
ここで待っていても、探しに行っても叱られる⋯⋯それなら聞きに行った方がマシかも)

 階段の上から覗いても誰もおらず、エレーナはそろそろと降りて、微かに音のする方に向かって行った。



「あの⋯⋯家庭教「きゃあぁぁぁぁ!」」

 ドシン⋯⋯

 声を掛けられたメイドが悲鳴をあげ、エレーナを突き飛ばした。あちこちから駆けつけて来た使用人が、尻餅をついているエレーナを睨みながら、メイドに声をかけた。

「大丈夫!?」

「こ、こ、こんなところで何をしてるんですか!」

 指を突きつけて来たのは、叫び声を上げたメイド⋯⋯名前は分からない。

「勉強部屋で待機しておりましたが⋯⋯先生がいらっしゃらなくて、探しにまいりましたの」

「はあ? 何言ってんの? アンタさあ、昨日までベッドで唸ってたじゃん」

(ふむ、それを知っていても、誰も様子を見にこなかったのよね。ええ、それが普通だと知ってますわ)



「何を騒いでいるのですか!」

 ジャラジャラと鍵の音を立てた家政婦長ミセス・ブラッツの耳障りな声が聞こえてきたが、いつもより益々甲高いので、かなり機嫌が悪いとすぐに分かった。

 メイド達が一斉に説明しはじめるとミセス・ブラッツは益々機嫌が悪くなり、眉間に皺が寄り⋯⋯。

「エレーナ様! 目が覚めたなら先ずわたくしに報告に来なさい。もうすぐ5歳になられると言うのに、その程度のことさえお分かりにならないのですか!?
こんなところに来て、忙しい使用人達の邪魔をしてはなりません。家庭教師には明日から来るよう連絡を入れますから、部屋に戻り大人しくしていなさい。
さあ、あなた達は仕事に戻りなさい」

(この台詞、聞いたことがあるわ。この後、夢の中では『あのご当主様のお子なのに嘆かわしい』って言うのよね)

「はぁ、あのご当主様のお子なのに嘆かわしい」

「⋯⋯(うそっ! 本当に言ったわ⋯⋯夢じゃなかったの? じゃあ、今夢を見てるとかかしら?)」



 部屋に戻ったエレーナは、ベッドによじ登って頭を抱えた。

(予知夢とか正夢とかかしら⋯⋯なんにしても気持ち悪い。もしこの状態が続くなら⋯⋯いえ、そんな事は絶対にありえないわ)

 エレーナの頭の中には、間違いなく沢山の地獄のような記憶が残っている。夢だと言い切るにはリアルすぎて、忘れられそうにない。

(どうしよう⋯⋯わたくし、おかしくなったのかも)





 自分の中に生まれた記憶が、夢ではないと信じざるを得なくなるのに、それほど時間はかからなかった。

『今日から各国の歴史について学びます。先ず、この国の周辺国について説明なさい』

『ビルワーツ公国の西にはアルムヘイル王国があり、東側にはディクセン・トリアリア連⋯⋯』

(これ、前にやったわ)


『ラテン語の動詞について説明しなさい』

『動詞の基本をおさえる為には直説法・能動態・現在の活用を覚えることが必⋯⋯』

(これも同じ、前にやった覚えがあるわ)


『今日一日でお茶会でのテーブルマナーを覚えていただきます。庭と応接室で複数回実習しますが、お花摘みには行けません。それも練習ですから我慢することを覚えなさい』

(これも同じで、前にやったわ。お漏らしして、動けなくなるほど鞭で叩かれたから忘れられないもの)



 エレーナの生活で唯一変化していく勉強の内容でしか確認できないが、あの記憶は夢ではなかったと思うしかない。

 夢が全て現実になるのと、時間が巻き戻ったのと、どちらの可能性が高いのか⋯⋯部屋の窓から庭を見つめ、悩んでいたエレーナが大きく目を見開いた。

(大変だわ!! 11月のアレ⋯⋯もし、もしもあの夢が本当になるとか、時間が巻き戻ったとかなら!
なんとかしなくちゃ。今が9月だから後2ヶ月しかないじゃない! あ、私の誕生日って今月末だから、もうすぐ5歳になるんだわ)

 エレーナの身体がブルブルと震えはじめ、立っていられなくなったのは、辛く苦しい時がはじまるのが5歳の11月からだから。



 11月の祖父母の命日に母が落馬事故で亡くなり、父が母屋に越して来た日からエレーナの凋落がはじまる。

(今はまだ、お腹が空いたとか、鞭で受けた傷が治らないとか⋯⋯11月以降に比べたら、天国みたいな暮らしだもの)

 アメリアから不当な扱いを受けていると思い不満を募らせていた父は、引っ越して来た日から豪勢な暮らしをはじめ、散財に明け暮れるようになり⋯⋯。

『エレーナは自由気儘で贅沢な暮らしをしていた』

『我儘な娘には躾をしなければならん』

 暴言や暴力を正当化した父は、エレーナを虐めることに無上の喜びを感じているようで、気が向くとエレーナを呼びつけては、理由もなく拳やベルトを振り下ろし、蹴りを入れては笑い転げた。

 その上、娘が痛めつけられるのを見たり聞いたりするとご機嫌になる父は、使用人にも『躾』を望み、怪我の度合いによって褒美を渡す鬼畜ぶりを発揮する。

 使用人達は褒美目当てと遊び感覚で、日を追うごとに過激で執拗な虐めを考えて実践し続け、見る影もなく痩せ細ったエレーナの身体には、青痣や生傷が絶えなくなった。



(これがはじまりだったわ。その後は、殺されたあの日までずっと⋯⋯夢じゃないなら、全部書き留めておかなきゃ)

 あの人生を回避するために、母アメリアの落馬事故を回避しなくては!

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