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第四章

03.エレーナの計画、いざ行動開始

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(1番の問題は味方がひとりもいない事かも⋯⋯お母様にお会いする手段から考えなくてはいけないのに、面会の依頼を頼める方を思いつけないわ。それに、お会いできても⋯⋯こんな奇妙な話を信じていただけるのかしら)

 4歳までの記憶にも頭の中の記憶にも手助けしてくれそうな人は見つからず、エレーナは日々悶々とするばかりで時間だけが過ぎていく。

(いっそのこと宮殿に乗り込む? うーん、4歳児が訪ねて行っても門前払いになるだけで終わりそう。もしお会いできたとしても、口を利く前に追い払われる未来しか想像できないわ)

 まだ見たことがない宮殿は大理石でできたとても美しい建物だと聞いたことがある。

 国の重要な施設が集まっているため警備が厳重で、ジェイクが帳簿や手紙を届けにいく時に苦労していると聞く。

(ん? ジェイク⋯⋯ジェイクって確か、元執事でお母様のとこにいるジョーンズさんの関係者じゃなかったかしら。ジェイク経由でジョーンズさんにお手紙を渡してもらえば、お母様に届くかしら? 届いたら読んでもらえ⋯⋯ないわね。はぁ、四面楚歌だわ)

 18年プラス4年のエレーナの人生の中で、初めて自分の意思で行動に出ようとしている。その記念すべき第一歩は袋小路に迷い込んでいた。



 家庭教師の目の前で悩んでいても教師の質問には、21年の間に溜め込んだ知識が勝手に正解を導き出してくれる。唯一手間取ったのは世界情勢についての問いで、現時点の世界の状況が頭の中にある状況のどのタイミングになるのかが分からない事。うっかり答えるとかなり先に進んだ⋯⋯現時点で起きていない事を話してしまいそうになる。

 不機嫌になった家庭教師は難易度を上げてくるが、国の政務を肩代わりしていたエレーナには簡単なものばかり。家庭教師の顔が不気味なものを見る時のようになっていった。

 上の空でも問題ないのは、記憶の中のエレーナが常にマルチタスクで生活していたから。学園の授業を受けながら放課後、王宮へ行った後の予定を整理し、王宮で各部署の事務官の質問に答えながら、頭の中ではテスト範囲の内容をおさらいしていた頃の経験が活かされている。



 恐らく1度説得に失敗したら2度目はない気がする。手紙を出して返事を待つ間に祖父母の命日が来たら⋯⋯。

(頭の中の記憶⋯⋯ややこしいから、回帰前⋯⋯うーん、ループでいいわ。ループ前に一度だけ話したマーカス様なら? 真面目そうな方だったし、2代目の公王になられるくらいだから人望もおありなはずだし。何より、お母様の事が大好きだって仰ってた。どうやればマーカス様にお会いできる? 確かあの方は、えーっと⋯⋯そう! 軍の総司令官だったはず。軍の司令本部は⋯⋯はぁ、やっぱり宮殿かぁ)



 家庭教師は休みなしで毎日やってきて、午前も午後も授業がある。その前後の少ない時間で宮殿に行き、母親かジョーンズかマーカスを説得して帰ってくるには時間が足りない。

 馬車ならかなり時間短縮になるが、頼んでも断られるのは間違いないだろう。

(朝のうちにこっそり抜け出して宮殿まで歩いて、衛兵の前で派手に騒いで大声を上げれば、アメリア様の元へ辿り着けるかしら。
アメリア様の執務室がどこにあるのかも分からないし、小さなこの身体では簡単に摘み出されそう⋯⋯でも、勝算は低いけどゼロじゃないわ。これは最後の作戦に取っておきましょう。
その前にできる事をやってみなくちゃね)



 今考えつく中で唯一の可能性⋯⋯ジェイクに賭けることにした。

 家政婦長の目に留まらないように、メイド達を刺激して部屋に連れ戻されないように気配を殺して廊下を歩いていると、何故かメイド達が横をスルーしていく。

(おかしいわ⋯⋯いつもなら睨むとか舌打ちとかするのに)

 不安に思いながら屋敷の中をコソコソと歩いていると、目的の人物が(何の部屋か知らないが)ドアから出てくるのを発見した。

「ジェイク! ちょっと良いかしら?」

 困ったような顔になったのは見ないふりをして、ジェイクの袖を引っ張ったエレーナは強引に自分の部屋へ連れ込んだ。

(うん、こういう時は子供って便利だわ)

「えーっと、どうされましたか?」

 エレーナの行動に不思議そうな顔をしてはいるが、他の使用人なら袖を掴んだ時点で振り払われ叱られていただろう。膝に手を置いて腰をかがめて目線を合わせたジェイクが、エレーナの顔を覗き込んだ。

「唐突な質問で申し訳ないのだけど、元執事のジョーンズさんがどんな方か教えていただきたいの」

(⋯⋯えーっと、4歳児ってこんな話し方するっけ? いや、エレーナ様は正真正銘の4歳児だけどさ。普段お話しした時は⋯⋯えーっと、あれ?)

 目が合った時に会釈する程度で『エレーナと話すのは初めてだ』と気付いたジェイクは思わず顔を顰めてしまった。

(いや、マズいだろ。主人の娘と口を利いた事がない執事とか、叔父さんジョーンズにバレたらボコボコにされそう。いい年なのに結構喧嘩っ早いんだよなぁ)

「あ、あの。ジェイクがいつも忙しいのは知っておりますの。心から申し訳ないと思っているのだけど、とても大切な質問なので答えていただけると助かります」

 緊張しているエレーナは、自分の話し方が大人っぽすぎる事に対してジェイクが戸惑っていると気付かず、忙しいのに部屋に連れてこられたせいで腹を立てたのだと勘違いしていた。

「あの、本当にごめ「ゴホン! えーっと、ジョーンズですね。彼はすごく優秀な執事です。融通が利かな⋯⋯あ、えーっと。真面目で細かいところまで気を配⋯⋯気がつきます」」

「あの、普通に話していただいて構いませんわ。融通が利かないくらい真面目な方で、気配りもできる方なのね。
では、例えばですけど⋯⋯奇想天外なお話でも理解しようと努力してくださる許容範囲の広い方かしら? それとも、どちらかと言うと杓子定規な考え方をされる方だとか、常識の範囲外のお話は荒唐無稽だと切り捨てる方かしら?」

「⋯⋯う、うーん。多分ですけど⋯⋯奇想天外なお話でも平然としてるタイプだと思います。子供の頃のアメリア様はお祖父様のレイモンド様に似て、突拍子もない事を思い付かれる方だったそうで⋯⋯お二人にお仕えしているジョーンズはその頃、少々のことでは動じない腹黒⋯⋯泰然とした感じだったようですから(俺にはすぐに手が出るけど)」

 公国になる前から住んでいる住民に有名な話の中に、突然馬で飛び出したアメリアが何日も野宿してきたり、坑夫に紛れて鉱山に潜ったりという逸話が残っている。

「そう言えばそうね。ここが侯爵領だった頃の歴史書を読んだのだけど、アメリア様は研究がお好きで夢中になられると驚くような事をなさっておられたわ。レイモンド様も大胆で豪快な方だったし」

 頭の中で整理しながら話しているせいか、無意識に母や祖父と言わずにアメリアやレイモンドと言っていた事に、エレーナは全く気付いていない。

「アメリア様じゃなくて、お母様です」

「え? ああ、ごめんなさいね。少し考え事をしていたものですから。それでその、お願いがあるの。ジョーンズさんと直接会ってお話を出来ないかしら? とても大切なお話があるの」

「⋯⋯⋯⋯俺⋯⋯私では駄目ということですか?」

 この屋敷の執事となって数年なので、足りない部分は多いとは思うが、当主の令嬢に先代の執事を頼られるのは面白くない。

(俺はこの屋敷の中ではエレーナ様に結構気を遣ってる方だと思ってたんだけどなぁ。まあ、直接話した事がない時点で大した事をしてないのは丸わかりだけど)

「ごめんなさい! ジェイクじゃ駄目とか、そういう意味ではないの。お話の内容がアメリ⋯⋯お母様に関する事でね、わたくしがお母様にお話しできれば一番なのだけど、ほら、わたくしって嫌われてますでしょ?
だからお母様の近くにいつもいらっしゃる方からなら、アメリア様も聞いてくださるのではないかと思っただけなの。
で、わたくしが名前を知っているのがジョーンズさんとマーカス様だけだった。説明が足りなくてごめんなさいね」

 エレーナはジェイクに向かって頭を下げた。

(もう、最初から失敗するなんて! こんなだからいつも嫌われるんだわ。今のままじゃこの先もループ前と同じ人生になっちゃう⋯⋯言葉の使い方を勉強しなくちゃだめね)

「いや、頭をお上げください。俺の方こそ誤解して申し訳ありませんでした。ジョーンズに聞いてみるだけならできると思います。でも、マーカス様でも良いのでしたら今週末にいらっしゃいますよ?」

「え?」

「ジョーンズは参りませんが、マーカス様を含めた5人でいらっしゃるので、お食事とお酒の準備をするように申しつかっております」

「⋯⋯ああ、そうでした! その時どなたかがブランデーの瓶を倒されて⋯⋯大笑いする声が響いたんでした。アメリア様は酔って国葬ではなくお茶会がいいと仰られ『飲み過ぎだ』って揶揄わ⋯⋯ゴホン⋯⋯えーっと、なんの話でしたかしら?」

「あー、いや。今週末の話ですね。何が起きるかはまだ分からない今週末の」

「も、勿論ですわ! とっておきのブランデーがレイモンド様のお好きな銘柄だったとか⋯⋯まだ⋯⋯まだ何も分からない⋯⋯です、はい」

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